第46話 兄の剣、弟の誓い

 あっけなく分家と祖父の襲来が終わった。

 俺の活躍は、倒れていただけなのでゼロだ。それでも――いや、だからこそ、俺は思い知らされた。うちの家族は、とにかく強い。親父以外の戦いは見ていないが無傷で勝っているのだから規格外だろう。分家とはいえ勇者の血を受け継いだ者たちを無傷で倒したのだから。

 親父も、姉さんも、兄さんも。あれこそが“勇者の末裔”だと胸を張れる存在だ。


 その日の晩、ダンジョンから戻ったレイシャ叔母さんとリリシアに一部始終を話すと、二人とも箸を止めて驚いた。


「父さんがそこまでの強行に出るとはね」


 晩ご飯をつまみながら、叔母さんがぼそりとつぶやく。親父は少し困った顔をしていた。


「もう来るなとは言ったが……。これ以上、家を引っかき回さないでほしい」


「んー、どうだろうね。父さんはアルカ・ネクスを危険視してるから」


「アルカ・ネクスか……。勇者の血を調べて何をする気か知らんが、ろくなことじゃないだろうな」


 その名に、食卓の空気が僅かに重くなる。

 叔母さんはさらりと続けた。


「噂はいろいろ聞く。不死の研究、人の強化……そして死者の蘇生。実験と称して村一つ消えた事例もある。ルナやアレンが心配だよ」


 親父がこちらを見た。


「そういえば、アレンはアルカ・ネクスに襲われたそうだな」


「襲われたけど、ルビアのおかげで撃退できたよ」


「そうか……ルビア、改めて息子を守ってくれたこと、礼を言う」


 ルビアは首を振った。


「お礼なんて結構です。死にかけていた私に薬をくれたし、今はセレナさんに修行をつけてもらっていますから」


「私の薬、よく効いたでしょ? また分けてあげるよ」


 ルナが得意げにウインクする。その薬の効力は、俺もルビアの治療で見て知っている。即死以外はどうにかなりそうなほどの回復力だ。貴重な品に違いない。


「いいの?作るのに手間もお金も必要でしょ?」


「作るのに手間と時間はかかるけど、命とは比べ物にならないからね」


 ルナはルビアの質問にサラリと答える。ありがたい。保険があるというのは、こんなにも心を軽くするのか。


 そんな和やかな会話で、晩ご飯は終わった。


 ◇ ◇ ◇


 晩御飯も終わり部屋で休んでいると、ドアがノックされる。


「アレン、いるか? ライオルだ」


「今開ける」


 動きやすい格好の兄さんが立っていた。目が、本気だ。


「ガルヴァイン爺さんのやり方は強硬すぎる。だが、勇者の末裔に力が必要なのも事実。……アレン、今から俺と模擬戦をするぞ」


 有無を言わせぬ声。普段の兄さんとは違う緊張感が背筋を走る。俺は頷き、無言でついて行った。


 道場。木剣を手に向かい合う。


「いつでもいい。かかって来い」


 深く息を吸い、吐き、心を静める。次の瞬間、俺は踏み込んだ――はずだった。


 だが先に当たったのは兄さんの木剣だ。鋭い痛みが脇腹を走る。よろめいた瞬間、追撃が左腕に叩き込まれた。


 ほんの一瞬で二撃。以降も、俺が振るたび、倍の数の斬撃が返ってくる。

 親父は重い一撃を極める剣だが、兄さんは真逆。速さと連撃。間合いを詰めるたび、斬撃の雨が降る。こうして手合わせして再認識させられる勝てる可能性はゼロであることを、一撃当てることすら、夢のまた夢であることを。


「あまり変わってないな……」


 失望か、憐れみか。そんな視線が突き刺さる。言い返せない。悔しさだけが胸を支配する。

 オルビスに入って知識はついた。だが戦闘面では――成長していない。ガイルは親父との修行で伸びているのに、俺は足踏み。悔しい。ただ、それだけだ。


「ブレイクリミットは使うなよ。使っても意味はないし、お前じゃ負担が大きすぎる」


「……わかってる」


「ならいい。続けるぞ」


 そこからも、一撃も入らない。それでも振り続けた。何度剣を当てられて倒れても、何度でも立ち上がる。届かなくても、何かを掴むために。


 ――何度目か、また地面に叩き伏せられた。


「やめよう。それと……オルビスは退学した方がいい」


「なんで!」


「アルカ・ネクスの件もある。それに……お前に死んでほしくない。戦うと決めたら、腕がもげようが何をしようが死ねまで戦い続けるだろう。そのくらい分かる。だから戦いと無縁の生活を――」


 兄さんの優しさ。だが、それでも……。


「嫌だ。俺は勇者の末裔として強くなりたい! 守られるだけじゃなく、皆を守りたい!」


 マンティクローの時も、アルカ・ネクスの時も守られてばかり。そんなのはもうごめんだ。俺は誰かを守れるほど強くなりたい。親父や兄さんの背中を見て育った俺だからこそその思いは強い。

 いつの間にか痛みは消えていた。俺は木剣を振るう。避けられ、一撃をもらう――が、それは織り込み済み。二撃目に合わせて剣を振るう。

 同時に、お互いの木剣が相手の体に触れた。


「……少しは強くなっただろ? ライオル兄さん」


「……あまり褒められた戦法じゃないが、よくやった。お前のような弟を持って、俺は幸せだ。……ゆっくり休め」


 その声を最後に、俺の意識は闇に沈んでいく。きっと兄さんはわざと相打ちにしてくれた。だが確かにこの手には兄さんへ一撃を入れた感触は残っていた。

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