限界社畜と猫又巫女ちゃん

フェノン♬

第1話 はじめまして

「…今日もこんな時間だ…。疲れたなぁ…。」

 午前2時。真っ暗な道を街灯と月だけが照らす寂しい帰り道を、私は歩いていた。

 何故こんな時間に歩いているのかというと、私がいわゆるブラック企業に勤めているからである。

 これも一体何連勤目で、会社にもどのくらいの量の仕事をこなして、上司にどれだけ怒鳴られたか…。それらの事を詳しく思い出せないくらいには私はまさに疲れきっていた。周囲の建物は既に暗くなっていて、普通の人であればとっくに眠っていることだろう。

「あれ…?こんな所に鳥居ってあったっけ…?」

 歩いているとふと足が止まった。その場所にはちょうど神社でよく見るあの真っ赤な鳥居が建っていた。それ自体はおかしくない。問題なのはそれが今朝は存在しなかったことだ。しかし、そういった不可思議な出来事を警戒する程の余裕は、今の私には無かった。もしかしたら近道になっていて、少しだけ早く帰れるかもしれない…。そう思った私は鳥居へと足を踏み入れた。

 少しだけ歩くとよく知る景色が見えた。手水舎ちょうずや絵馬掛所えまかけどころ狛犬こまいぬ社殿しゃでん。一般的によく見る立派な神社の景色がそこにはあった。でも、尚更こんな場所は無かったはずだと、ここでようやく恐怖の念が込み上げてきた。

「…やっぱり引き返したほうが良いかな。」

 そう思った矢先に、少しだけ向こうの方から小さな人影がこちらへ歩いてきた。

 その人影の正体は格好から巫女さんだとすぐに分かった。しかしそれでも何故こんな時間に居るのか、何で子供がこんな格好をしているのかという疑問は残る。そしてなによりその巫女ちゃんには何故か猫の耳と尻尾が生えている。その見た目に可愛いとは思うが、余計に混乱する。私の困惑も気にせずにその巫女ちゃんは話しかけてきた。

「こんな夜遅くにどちらさまでしょうか…?」

 それ以上にこちらは聞きたいことはある。でも目の前の子供は純真無垢な眼差しで聞いてきた。一先ず自分の置かれた状況を確認する為にもその質問に答えることした。

「こんばんは、私は江藤陽菜えとうはるなって言うんだけど…君は…?どうしてこんな夜遅くに子供がいるの?」

「えーっと、私はその…。妖怪の類でして。それよりもなんで江藤さんもこんな時間に…?」

 その女の子は自分の事を妖怪とたしかに言った。どうやら自分は怪奇現象に巻き込まれたらしい。しかし寧ろ、現実と隔たれた場所に居るとなんだか気が楽になった。

「私はついさっきまで仕事してて…これから帰る所なんだ。夜ご飯とかお風呂もまだだし…。」

 そう話した途端、その巫女さんは目の色を変えて詰め寄ってきた。

「それはダメですよ!なんでこんな時間まで働いているんですか!今の時間ならもうご飯も食べてお風呂も済ませて、明日の準備の為にも寝ているはずですよ!こっちに来てください!」

 そう言って巫女ちゃんは私の腕を掴んで引っ張り、走り出す。引き留める間もなく私の足はつられて動き出した。少し走ると神社の奥の方に少し古い民家があった。

「今から簡単なご飯を用意しますから、江藤さんはお風呂を済ませてきてください!まだお湯も暖かいので!」

 そう言って脱衣所の方まで私の事を連れて行って、私の返事を待たずに言い残すと今度は急いで台所の方に向かって行った。でも私は普段シャワーばかりなのもあって、目の前の久々のお風呂に入りたくなってしまった。だから、その巫女ちゃんに従う事にした。

 服を脱ぎ、体と頭を洗ってから湯船へと浸かる。久々のこの体験に自然と声が漏れ出る。

「はぁ〜ぁ…。気持ち良い…。」

 シャワーを浴びるばかりでやはり疲れが溜まっていたのだ。お湯の温もりに包まれて、まるで全身がほぐされていく様だ…。

 それから湯船から出て脱衣場に戻ると、いつの間にやらタオルが用意されてあった。ありがたく使ってから服を再度着ると、良い匂いがする。それに気付くと足元に2匹の黒と白の猫が居た。その2匹が歩いていく方向についていくとそこはどうやら居間らしく、ご飯やお味噌汁に焼き魚、漬け物といった手料理が並んでいた。

 そして居間の奥の方から箸を持ってきたのは巫女ちゃんだった。

「取り敢えず食べてください!おかわりも用意してありますから!」

 流石にご飯まで食べるのは申し訳ないと思ったがそれと同時に腹の虫が大きく鳴いた。それに厚意を無碍にも出来ず、結局食べる事にした。

「いただきます。」

 手を合わせてからさっそく味噌汁を飲む。

「おいしい…。」

 そんな言葉が口から溢れた。思えばいつも食べているのは半額のスーパーやコンビニの弁当。手料理を口にしたのはいつぶりだろうか。

「あ…れ…。」

 勝手に涙がポロポロと溢れてくる。どうやら私の心は、私が思っている以上に限界の状態だったようだ。涙が止まらない私に、巫女ちゃんは優しく話しかけてきた。

「疲れている時は、たくさん泣いてもいいんです。その涙は、今まで江藤さんが頑張ってきた証なんですから。」

 そう言って、頭を撫でてくれた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「すいませんでした、沢山お世話になって…。」

 その後私は、辛い事を全て吐き出して涙がおさまった後、目を晴らしながらご飯を目一杯食べた。私は明日も仕事だ、家に帰って寝なければならない。でも明日はなんだか頑張れる気がした。

「いえいえ、良いんですよ。それよりも…明日もお仕事なんですよね?もし宜しければ、明日も私の所に来てください。お風呂も沸かして、晩ご飯も用意してますから。」

「え、いや、流石にそこまでは…。」

「私…江藤さんみたいな人を見ると心配になって…。つい世話を焼きたくなってしまうんです…。駄目ですか…?」

 上目遣いでお願いされてしまった。流石にそこまで言われてしまっては私も断る理由が見つからなかった。

「…それじゃあ、また明日もお願いします。そういえば…まだ君の名前を聞いてなかったけど…。」

「私の名前は…清永乱華きよながらんかと言います。それじゃあ明日も待ってますね、江藤さん!」

 これが限界社畜の私と、猫又巫女の清永ちゃんとの出会いだった。

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