第5話 孤独じゃないらしい

 この後休憩が終わり、また働いているときに事件は起こった。


「ちょっと、店員サン! これ、髪の毛入ってたんだけど!」

「えっと……」


 楪が、たちの悪い客に絡まれたのである。

 漱は、明らかに戸惑っている調理班に小声で伝える。


「君らの失態じゃない……。あれはあの客の髪の毛だ」


 しかし、その事実はこの場を収めるのに何ら役立たない。


「ご、ごめんなさい……! か、代わりのものを……」

「えー、食べる気無くしたんだけどー。どうしてくれんの?」


(めんどくさ……しかし、ユズは恐らくあれを上手く処理できない……。僕が行くしか……)


「貴方……」


 その時、客の前に立ちはだかったのは、文化委員、篠崎花蓮だった。


「その髪の毛、自分で入れましたよね」

「はぁ? 何言っちゃってんの?」


「ここに証拠もあります」


 彼女はスマホを取り出した。そこには、髪の毛を自らの手で料理に入れる、客の姿が映っていた。


「私、写真が趣味なんです」

「チッ……もうこんなところに用はねぇ!」


 客は去っていった。あの客は賢明だった。あそこで帰らなければ、厨房から菜箸が飛んできていただろう。


「あ、ありがとう、篠崎さん……」

「いえ、お安い御用よ。それよりも……」

「?」


「篠崎じゃなくて、花蓮と呼んで頂戴。他人行儀なのは嫌だから」

「う、うん……。花蓮ちゃん! 私のことも、楪って呼んでね!」 


 美しい友情物語だな、と漱は思う。


(衣装無理矢理着せられたこと、ユズ、忘れてるな……? ん……これは?)


 漱の研ぎ澄まされた感覚は、異常な気配を察知する。


「……この気配……悪魔か……!」

「ごめん、萩原君、これ……ってあれ?」


 漱はすでに廊下へと駆け出していた。


「やはりな……」


 校庭に巨大な異形がいた。あえて形容するならば、歪な肉の塊である。


「あれって……悪魔、だよね……」


 遅れて走ってきた楪が息を切らしなら同意を求める。


「正確に言えば違う。あれは、悪魔に憑かれ、膨大な力を手に入れたものの使いこなせず悪魔にも見放された、人間の成れの果てだ。魔物、と呼ばれるな」


「グオオオオオオオオオオオオオ!!」


「ど、どうするの?」


 漱はペットボトルに入った解毒剤を楪に掛けた。


「ユズ、後で記憶消去魔法を頼む。派手な戦いになると思うから。後衛は頼むぜ」


 私はアシスタントAIか……と眉を顰めた楪だが、直ぐに魔法を展開する。

 見上げた漱の顔が、珍しく真剣だったから。腰には、いつの間にか太刀が下がっている。


「抜刀術式・閃化。神鳴落とし」


 雷撃に乗って、一瞬で魔物に接近する。


 彼の能力、抜刀術式はあらゆる属性の攻撃に対応する。そのため、あらゆる敵に最も有効な攻撃ができるのだ。


 雷とともに肉塊を切り裂くが、魔物は一瞬で再生した。


「……やはり心臓か……」


 漱は太刀を下段に構えた。


「抜刀術式・乱化。颶風吹き抜け」


 まっすぐに心臓を狙いに行くが、肉に防がれ刃が届かなかった。

 触手を振り回し始めたため、一旦退かざるを得ない。


「狙撃炸裂魔法・ハナビウタ」


 楪が手先から大量の魔法弾を放つ。

 全て肉塊に到達したが、わずかに表面を削っただけで、致命的な効果がない。


「うそ……中ボスはこれだけで倒せたのに……!」

「この敵が中ボス以上なんだよ! 恐らく『森の熊さん』並みだ……!」


 森の熊さん……その名は彼らに愉快でない記憶を想起させる。

 彼らの前世、大陸東にある『安らかな森』に出没した超巨大熊モンスターだ。異常な耐久力を持ち、何度斬っても何度撃っても倒せなかった。

 結局、餌の幻影で注意を引き付け、その隙に漱が太刀で心臓を貫いた。


「本当にどうするの!?」

「……極限まで加速し、勢いで心臓を斬るか貫くしかない……!」


 楪が手を前に出す。

「狙撃爆破魔法・ハナビヒビキ!」


 漱が刀を構える。

「抜刀術式・炎化。火球夜裂!」


 轟音が響き、地面が抉れる。それでも魔物は息絶えない。


「何この敵……!?」

「心臓を……斬っただけじゃ意味がないんだ! 両断しないと駄目らしい!」


 漱は刀を半身に構え、楪は手を前に翳す。


 極限まで緊張した空間に、突然間の抜けた声が響いた。


「おねえ……ちゃん?」

「……漱さん……?」


「……? ! 紅葉、柊!」


 楪は、突如戦場に現れた弟妹二人のもとに駆け寄る。


「どうしてここにいるの!! 早く……早く逃げて!」

「ねえ、どういうことなの?」

「どうして二人ともそんな戦って……っ!」


「死ネエエエエエエエエエエエ!」


「しゃ、喋んのかい!」


 楪は咄嗟に障壁魔法を展開して、触手から弟妹を守る。


「うぐ……重い……」


 障壁にヒビが入る。楪が少しずつ押されていく。


「破れ……っ!」

「遅れたな」


 突然、触手の圧迫が無くなった。勢いあまって、楪は前に転ぶ。


「痛……。は、敵!」

「もう倒した」

「え?」


「抜刀術式・毒化。死呼ぶ針刺し」


 漱は、最早動かない肉塊から太刀を引き抜いた。


「心臓に毒を打ち込んだ。毒はコンマ数秒で体を回り……即死する。いやー、ユズのために大量の毒を作っておいてよかった。あの練習がなければ咄嗟に毒属性を扱えたか」


 さて、と漱は太刀を鞘に仕舞った。鈴が鳴るような音がして、太刀は消える。


「あとはユズの仕事だ」

「そ、そうだった……」


 ゴホンと咳ばらいをして、楪は手を真上に掲げる。


「記憶消去魔法……ワスレウタ」


 手のひらから光が拡散し……視界が戻るころには元通りになっていた。


 校内に賑わいが戻り、何もかも無かったように文化祭は続く。


「終わったあ……」

「なんとか撃破だ……。正直もう働きたくないな。あ、そうだ、これ回復薬」

「絶対なんか入れてるでしょ……」


 ぼそぼそと話していた漱と楪だったが、ポンポンと背中を叩かれて振り向く。


「姉さん、漱さん、いい加減全部教えてください!」

「おねーちゃん! すごかったよお!」


「「……え、覚えてるの?」」










 結局……楪は家族にすべて話すことにした。

 なぜなら、弟妹に「お母さんとお父さんに話さないなら全部バラす」と脅されたからだ。

 家族はすんなりと受け入れてくれて、「無理はしないように」と言われただけだそうだ。


 あの一件からは無事に文化祭は終わりを迎え、漱は校舎屋上から夕陽を眺めている。


 魔物となった者の身元は、結局わからなかった。悪魔がその人の全てを闇に消してしまうからだ。過去も、現在も、未来さえも。


 楪が屋上のドアを開いた。


「あ、こんなところにいた。みんなが打ち上げするから漱を呼んできてって」


 フン、と漱は鼻を鳴らした。


「随分とクラスメートと仲良くなったみたいだな」

「ま、まあみんないい人だし……。い、行くよ!」


 ぱたぱたと駆けていく楪の背中を見てから、漱は振り返って空を見た。


 あの日、孤独な少女だった彼女と交わした約束、彼はまだそれを覚えている。

 オムライスを試作して見せた日、彼女は孤独に見えた。

 だから、あの馬鹿みたいな作戦に乗った。


 彼女を孤独にしないために。


 ただ、それだけだ。










 最強の剣士は、仲間との約束を守る。


 それだけの話しだ。

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しかめっ面の最強剣士 剣士は約束を忘れない 烏鴉 文鳥白 @buntyow

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