ドッペルゲンガーが多すぎる!

大星雲進次郎

ドッペルゲンガーを使役して無双なスローライフを満喫する

「なんですか、これ」

 新作のアイデアができたから見てくれと、請われた編集者ザンジばるが、春夏秋冬合併特別号の進行がクソ忙しい中時間を作った、その打合せで見せつけられたものが、これだ。

 

『ドッペルゲンガーが多すぎる!ドッペルゲンガーを使役して無双なスローライフを満喫する』

 

 ザンジ原は目の前で「会心の一撃」が決まったというように、ニコニコと触手をウネウネさせる作家をブン殴りたくなった。

「大星雲先生」

 最近、その特殊な感性がジワジワくると、人気が出始める前兆が見え始めた作家だ。なるべく良い方に持っていきたい。ザンジ原はBGPブチギレ・ポイントを調整しながら言葉を吐き出した。

「舐めてンのか?」

「ははは、そうですよね……あ、これつまらない物ですけど、お納め下さい」

 ザンジ原は大星雲が何処からか取り出した芋銀河羊羹をありがたく受け取った。

「まあ、読ませてもらいますね」


 内容は、大星雲にしては普通だった。

 彼もこうして、売れ筋を覚えていくのだ。

 新人の頃から彼を担当していたザンジ原は、大星雲の成長をうれしく思う反面、彼の自らを傷付けるほど尖った感性が失われていくことを残念に思った。

 

 主人公が居酒屋で一人の美しい女性と出逢うところから物語は始まる。まぁこの女性がドッペルゲンガーなのだが、物語が進むにつれて次々とドッペルゲンガーが主人公の前に現れる。召喚のためのトリガーは様々でそれに関連したドッペルゲンガーが現れるというギミックだ。

 ドッペルゲンガーなので当然この世界にいる誰かを模倣しており、その能力を使ってスローライフを送るつもりがいつの間にか世界を救う……自分でも書いて成功してぇ!と思うくらいぶれない王道だ。


「でもドッペルゲンガーってこういう物じゃないでしょ?これじゃ単なる召喚物じゃないですか」

 ザンジ原はあえて編集者目線で大星雲を試す。

 そうなのだ。ドッペルゲンガーである必要が全くない。「そういう新キャラ」出ました、でいいのだ。

 ここは発表後に確実に争点になる部分だ。

 今のうちに強い理由付けが必要だろう。

 しかし当の作家先生本人が、そんなことは論点にもならないと考えている。ズボンのポケットを探ったら、ジンベエザメやクモがそのままにゅるんと出て来るのをおかしいと思わないように。

 そしてとんでもないことを言い出した。

「そうですか?本人達は書いてあるみたいに、もっと使ってくれていいのにって言ってましたけどね」

「本人?……会ったんですか」

 大星雲は異常者だ。

 彼は我々と異なる常識で生きているのだ。

 そもそも、地球人じゃないし。

「ええ、割とその辺にいますからね。突撃取材ッス~とか言って突っ込んだら、ノリ良く喋ってくれますよ」

「……ノンフィクション?なんですか?」

「単なる設定の裏付け?ですよ。妄想だけで書かれた物語は空しい物になりますからね」

 大星雲は第3碗をくねらせて話す。

「で、僕SF作家でしょ?だから何とかSFにしていきたいんですけど、少し困ってて。ザンジ原さんに相談に来たというわけです」

 ジャンルの問題ではない。

 ドッペルゲンガーである必然がそもそもない。

 星人……?位相がずれた世界……?

 ドッペル……ドッペル……。

 いや、これを考えるのが作家だろう!


「他にもいくつか考えてて」

「へぇ……」

 ザンジ原は水滴の付いたアイコレイコのコップをそっと置いた。

 大丈夫、まだ自制は利いている。

「『俺のドッペルゲンガーがこんなに可愛いわけがない』?」

「そうでしょうね!」

「いや、これはつまり可愛いと言っているわけで……あと、『ドッペルゲンガーとハバネロ』?『究極鳥人ドッペルゲンガー』?」

「黙ってろこのキ○ガイ野郎!」


 かくして、「ドッペルゲンガーが多すぎる!シリーズ」は世紀の大ヒット作となり、作家大星雲は一つのジャンルで一時代を築くことになった。

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