おじさん柄とわたし
ヨムカモ
第1話
私には好きなもの、というより、こだわっているものがある。
それは、手のひらサイズのスケジュール帳である。
大きすぎてはいけない。できれば横10センチ、縦15センチ以内に収まるものが良い。
厚さは1センチくらいがちょうど良い。厚すぎれば重いし、薄すぎると面白みがない。
始まりは1月で良いが、月間スケジュールのページがついてなくてはならない。メインは週間スケジュールのページで、見開きで2週間分のスケジュールを横長に書き込めるのが良い。
それぞれの月間ページがすぐに開けるよう、インデックスのようになっているならなお良し。手帳の最後にメモ帳やメッセージカードがあるとしたら心憎い。ペンホルダーなんてものがついていたら、この手帳を考えた人は天才なんじゃないかと思う。使ったことはないが、その気遣いが素晴らしい。
しかし一番重要なのは、可愛らしい絵柄である。各ページに季節や月によって違う、しかも書き込みに邪魔にならないイラストがついているのが外せない。
そのすべてを叶えてくれるのが、学研の手帳だった。毎年異なる絵柄、異なる色調、それなのにカラフルでかわいらしく、かつ上品な装丁の手帳を出して下さり、10月に来年の手帳を買うのをそれはそれは楽しみにしていた。
しかし、昨今は手帳の需要が減っており、地元の書店を周っても、このシリーズを見かけなくなった。注文で取り寄せができればいいが、5冊セットでの販売だったり、予約扱いだったりしてそれも難しい。そのため、ネットで取り寄せをするようになった。
それなのに、制作自体が終わってしまった。ネットで1か月近く探し回り、今年は発売が遅いなあと思って発売元のサイトに寄って、見つけたのがその知らせである。
やむなく、必死に代わりの手帳を探した。けれど、なかなか気に入ったものが見つからない。それもそのはず、様々な手帳の中で唯一条件を満たしていたのが、学研のそれだったのだ。簡単に見つかるものではない。
妥協を繰り返しながらも毎年何かしらを購入し、来年こそはと探し求めること数年、ようやくまた、お気に入りの手帳を探し当てることができた。
それが、ミドリカンパニーの「カーニバル」というシリーズである。
タマノリエさんのイラストで、かわいらしいリスやブタやイヌなどが世界のお祭りやイベント、風習などを楽しんでいる様子が優しい色合いで描かれたきれいな手帳だった。
なぜそれまで気づかなかったのかというと、地方なのでお店の品ぞろえが悪かったこと、そして、同じミドリカンパニーの手帳ならば、「おじさん柄」が人気だったからである。
おじさん柄? なんでそんなどこのだれとも知らないおじさんをカバンに入れて歩かなければならないの?
流行りに疎い私には、おじさんの良さがわからなかった。人気なのだから好きな人が多いのだろうと思うのだが、何度自問自答してもかわいいとは思えない。
まあとにかく、こうしてまたお気に入りのシリーズを見つけた私は、10月から年末まで手帳探しに奔走することもなく、穏やかに新年を迎えることができるようになったのである。
……しかし、手帳離れの波は、とどまるところを知らなかった。
余裕を持っていられたのは数年、やがて、恐るべきことが起きる。
そう、「カーニバル柄」の終売である。
2024年最大の衝撃。例のごとく、なかなか来年の手帳が出ないことに焦りを覚えていた時にそれは訪れた。
お知らせを見た瞬間、「――またかよ!」と思わず地面を叩いた。
もうやめてくれ。どこまで私を追い詰めたら気が済むんだ、と。
そういえば、2024の手帳に「カーニバル柄30周年」のページがあった。しかし、どこにもこれで終売とは書いていない。「30周年なんだ、すごい! アニバーサリーおめでとう!」などと何も知らず喜んでいた自分がうらめしい。
なぜ30年も続いたのにやめてしまうのか。さらに30年くらい続けてもいいのではないか。
しかも、おじさん柄は変わらず販売されている。
おのれ、おじさん。
と思ったが、おじさん柄を恨んでもカーニバル柄が復活するわけではない。
絶望を抱いたまま、また手帳探しの旅の始まりである。
年末まで粘り、今年の分は何とか購入することができた。
しかし、1週間分で見開き2ページも使っているせいで、厚さが1.5センチほどもある。大きさはまあ合格点だが、イラストは表面だけで、1年を彩ってくれるはずの中身には何も描かれていない。
そんな不満は覚えながらも、少しずつ愛着は生まれている。
果たして、来年はこの手帳はあるのだろうか。
妥協する必要のない、こだわりを満たしてくれる手帳は生まれるだろうか。
おじさん柄は、いつまであるのだろうか。
10月が来るのが、今から怖くて仕方がない。
おじさん柄とわたし ヨムカモ @yomukamo
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