最終話/第14話
目を覚ました先は真っ白なものだった。
白い床、同じ色のカーテンやベッド。なにもかもが白で埋め尽くされている中で、燎自身だけが違っていた。
「どこだ、ここ……」
身体を起こそうとすると全身が痛みに襲われる。起きることはできず、呻きながら身体を丸める。しかし、それすらも痛みに代わり、さらにじくじくとしたものが頭に襲い、考えることすらままらなくなった。
どのくらい経ったのか、痛みに慣れたのか、ただ引いただけなのか分からないが、意識をようやく巡らすことができるようになる。
全身は痛みに襲われており、羽は出すことが出来ない。なにかで封じられているかようだった。
ベッドの周囲はカーテンで覆われている。他に人はいないようで、誰の声もしなかった。
近くにあるのは引き出しのあるサイドテーブルだけだった。
綾華を助けるために駅に駆け込んだのは覚えている。彼女の仲間であろう騎士団の人間を連れて行った所で、記憶は途絶えていた。
「綾華……」
彼女はどうなったのか。
身体を起こすと、すぐに痛みに襲われる。どうにかなってしまうのではないか、と思うほどの激痛だが、燎はそれを押して、ベッドをどうにか降りた。
たったそれだけの移動で身体からは玉のような汗が出ている。
それを理解しながら、なお動こうとしていると、ドアが開いた音がした。
コツコツと靴音を立てながら、燎の方に近付いて来る。カーテンと床の隙間からもそれは窺えた。
誰なのか分からない。しかし、容易に動くことも出来ないまま、目の前のカーテンが引かれる。
「……何をやっているんだ、君は」
「綾華っ!」
果たして眼前にいるのは、傷一つない綾華だった。顔色もよく、とても重症を負っていたとは思えない。その元気そうな姿に安堵するが、途端に痛みに悶え、動くとができなくなる。
「本当に何やってるんだ……」
呆れかえった口調が耳に痛い。早くベッドに戻りたいと思っていると――ひょい、綾華に持ち上げられる。そして、そっとベッドに寝かされた。
恥ずかしさでまともに彼女の顔を見られなくなる。
「思ったより元気そうで良かった」
「全身激痛だけどな」
「私も似たようなものだった。……あの毒のせいで」
やはり綾華は毒に苦しめられていたらしい。
「その割には元気そうだけど」
「騎士団の人間は、この程度ならなんとかなる。すぐにはとはいかないけどね」
そのどこか自信に溢れたような声に、彼女を見ると、勝ち誇ったような笑みだった。
「私達は訓練してる。だから、多少の怪我はどうとでもなる」
「ふーん、それは羨ましい……」
「――ところで、君のことを調べさせてもらった」
咳払いを一つして、綾華は告げる。先ほどまでの顔はどこへやら、キリっとした真剣な顔になっていた。
燎は自分の立場も忘れ、凛々しい顔も可愛いな、と場違いに思う。
「私は知らなかったが、君は、いや君たちは随分と騎士団の手を焼いていたようだね」
「……そうかな?」
施設の人間は、『禁足地』に入っていることを騎士団にだけは決してバレるなと言っていた。それが何を意味していたのかいまだに分からない。ただ、十神施設長が言うならば、そうしなければならなかった。
「そうだ。悪いが、君の記憶を覗かせてもらった。騎士団に他人の記憶を覗き込める変わり者がいるんだよ」
「記憶を?」
「そう、過去にも禁足地に子供がいて捕まえることはあったが、どういうわけか消えてしまっていたんだ。でも、君のおかげで色々と分かった」
言葉が途切れる。彼女は何もかもを見通すように真っ直ぐに燎を見ていた。
ふいに彼女は動き、燎を抱き締めた。
「え、と……?」
「まずは感謝を。私を助けてくれてありがとう。君がいなければ私は確かに死んでいた」
「そんなことは……」
「経験したんだろう? 知っているぞ、私は」
燎は何も言えなくなった。すべて見られた。その事実だけは理解することがかろうじて出来た。
綾華の身体が離れる。
「君にはショックかも知れないが……」
彼女は言いにくそうにしながらも、最終的には燎の目を見て告げる。
「――君が『施設』と呼んでいるあそこだがな、もうないぞ」
「えっ?」
「当たり前だろ? 騎士団の人間と癒着し、子供をあそこに送り込んでいた。しかも、よりによって精霊を信仰し、結びついていたんだ。君の記憶が決定打になった」
「そんな……」
施設がない。燎が一度も想像したことがないことだった。
「みんなはどうなったですか。あそこには……」
「大丈夫だ、子供たちは全員保護してる。大人は分からん。全員姿をくらましていた。今、どこにいるのかも不明だ」
子供が無事と聞いて、燎はホッとする。
「そこで、だ」
「はい?」
「君たちは全員騎士学校に行ってもらうことになった。住む場所も寮として用意する。あそこにいた大人が何をするか分からないからな。しばらくは、安全のために監視されるだろう」
「騎士学校……」
名前からして、騎士団関係の学校なのだろうということは、燎にも推測できた。しかし、彼にとって一番重要なのはそこではなかった。
「そこに行けば、綾華の騎士になれるのか?」
「……お前、よくそんな恥ずかしいこと真面目な顔で言えるな」
一瞬ぽかんとした顔をした綾華だったが、次の瞬間には睨んでいた。
「で、どうなんだ? 綾華を守れるくらいに強くなれるのか?」
「私をって、……アハハっ」
なにがおかしいのか、綾華は腹を抱えて笑った。
「燎、私はとても強いよ。騎士団の中でも上だと自負してる。それでも、私より強くなると言うの?」
「そうだ。で、どうなんだ、強くなれるのか?」
本気にしてなさそうな彼女を見て、燎はなおも言葉を重ねた。
「本気で私の騎士になる、なんて言っているの?」
「当たり前だ」
そう、力を込めて言うと綾華は顔を逸らした。
「騎士団で力をつけることはできる。私の騎士には、……勝手になりなさい。なれるものならね……」
それだけ言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
再び静かになった室内。少しして燎は頭を抱えた。本人を目の前にしてつい熱くなってしまい、つい宣言してしまった。
恥ずかしさで顔が熱くなってくる。
だけど、と思う。言ったことに間違いはない。すべて燎の本心だった。
――綾華の騎士になる。
今はまだ綾華の言う通り、彼女には及ばない。だけど、いつか、いや、そう遠くない未来。
「騎士になる……」
誰よりも強い彼女を護る。彼女だけは殺させない。なにがあっても守り、誰もが叶わない騎士になる。
痛みが引き、眠気が襲ってくる中、燎はそんな考えで頭をいっぱいにしながら眠りに入っていった。
完
騎士になりたい少年 辻田煙 @tuzita_en
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