ピンクの兎
ミクラ レイコ
ピンクの兎
「あ、見てよ、兎よ!」
冬のセントラルパークで、ナタリーが遠くにいる兎の着ぐるみを見て言う。
どこかのお菓子屋のイベントだろうか。ピンクの兎の着ぐるみを着た人が、通りすがりの子供達に風船を配っている。
「……そう。ナタリーが貰いに行けば?」
「私は三十五歳なんだけど?」
「ナタリーは中身が子供みたいだからいいんじゃない?」
ナタリーと言い合っているのは、九歳のマイク。白い息を吐きながら、無表情に言葉を発している。
「もうっ、可愛くないわねっ! どうしてこんな子になっちゃったのかしら」
「ナタリーに育てられたからじゃないかな」
マイクの母親は彼が五歳の時に亡くなり、マイクの父親であるレオンは警官として忙しく働いている。マイクは実質、レオンの姉であるナタリーに育てられたようなものだ。
「本当にあなたは……。そんなんじゃモテないわよ? せっかくサラサラの綺麗な金髪なのに……」
「どうせ僕は愛されない男だよ。……父さんにさえ、クリスマスの約束をすっぽかされるくらいだしね」
マイクは、クリスマスの日に一緒に家でケーキを食べようとレオンと約束をしていた。しかし、急な仕事が入り、レオンはクリスマスの日にマイクの側にいる事が出来なかった。
「それは……仕事だから仕方なく……レオンだってあなたの側にいたかったはずよ」
「そうだね。でも、クリスマスから一週間経っても泊まり込みの仕事から帰れないなんて事あるのかな?」
マイクは、一週間以上父親に会っていない。目を伏せがちにして大人ぶった言い方をしているが、本当は寂しさを感じていた。
「レオンは、きっと難しい捜査をしているのよ。ほら、風船を貰いましょう」
「……しょうがないなあ……」
そしてマイクとナタリーが着ぐるみに近付こうとした時、遠くで叫び声が聞こえた。
「待てええええええ!!」
見ると、三十代くらいの男がこちらに向かって駆けてくる。男を追って、数人の制服警官も走ってきていた。追われている男の手元を見て、二人は顔を強張らせた。男は、銃を持っていたのだ。
「マイク、逃げるわよ!」
「う……うん」
マイクはナタリーに手を引かれて逃げていたが、地面の石に躓き転んでしまった。
「あっ!」
「マイク!!」
警官に追われている男が、切羽詰まった様子で呟く。
「くそっ……! こうなったら人質を取るしか……!!」
男は、地面に倒れているマイクに駆け寄って手を伸ばそうとした。
「ダメっ……!!」
ナタリーがそう叫んだ瞬間、ピンクの兎が勢い良く駆けて来た。そして、男の腕を捻り上げると、あっという間に地面に組み伏せた。
「大丈夫か? マイク」
ピンクの兎の声には聞き覚えがあった。マイクは、目を見開いて呟く。
「まさか……」
「助けるのが遅くなって悪かったな」
そう言って着ぐるみが自身の頭部を脱ぐと、そこに現れたのは――レオンだった。
「とう……さん……」
茫然とした顔でマイクが言うと、レオンはニカっと笑って言った。
「さあ、帰ろう。遅くなったが、三人でクリスマスを祝おうじゃないか」
◆ ◆ ◆
夜になり、マイク、ナタリー、レオンの三人は、マイクたちの自宅で食事をしていた。
「二人共人が悪いよ。父さんが休みなのに僕に教えてくれないなんて」
マイクが不機嫌な表情で言うと、ナタリーが苦笑して謝る。
「ごめんね。レオンはすぐにでもマイクと話したがったんだけど、せっかく休みが取れたんだからサプライズにしようって私が言ったの」
「しかし、まさかあんな場面に出くわすとはなあ」
レオンが腕組みをして言う。
ナタリー達の計画はこうだ。今日、レオンがピンクの兎の着ぐるみを着て風船を配り、ナタリーがそこにマイクを連れてくる。そしてマイクが風船を受け取った瞬間に着ぐるみを脱いで正体を明かす。
しかし、そこにあの男が現れた。あの男は、強盗事件を起こし、警察に追われていたらしい。
「……マイク、いつもお前の側にいてやれなくてごめんな。でも、俺はお前の居るこの地域を守る為に、警官で居続けたいんだ」
レオンが真剣な顔で言う。マイクは、目を伏せながらも照れくさそうに応えた。
「いいよ。僕は仕事を頑張る父さんが嫌いじゃないし。……さっきは、助けてくれてありがとう」
レオンとナタリーは、顔を見合わせて笑った。そして、その晩はずっと三人の笑い声が家に響いていた。
ピンクの兎 ミクラ レイコ @mikurareiko
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