下
どのくらいそうして俯いていたのか、電車の揺れでハッとした。
スマホをきつく握りしめたままだったから、手が真っ白になっている。
まだ怒りは消えないものの、時間がたったせいか、さきほどよりは幾分ましになっていた。
なんだか現実感が薄い。もう一度あの絵を見て、あれが私の勘違いじゃなかったことを確認しようとスマホの画面をつけるが、絵ではなく右上の時刻が目に入りぎょっとする。通学でいつも利用している片道15分の電車だったが、私は乗車してから、かれこれもう1時間も乗っているようなのだ。
あわてて外の景色を見るも、運悪くトンネルの中に入ってしまう。
この電車に乗っていて、トンネルに入るのは初めてのことだった。
私は今、いったいどこにいるのか。
車内を見ると、目の前に立つ女の人—―はずみと、数人の眠りこけている人しかいない。
朝の通勤通学の時間帯だったから、もっと人がいっぱいいたはずなのに。
1時間もの間、私はあんなにいた人たちが降りていくのに、気が付かなかったのだろうか。
異様に長いトンネルを抜けると、窓の外では所狭しと木々が生い茂って凸凹としていた。かなり山に近いところを走っているらしい。
電車は止まらない。トンネルだけでも20分ほど、トンネルを抜けてからは、もう30分は走っているというのに。
落ち着きをなくす私とは対照的に、はずみのパンプスは微動だにしない。
この女はいったいどこまで行くつもりなのか。
こんな山ばかりのところに、会社なんてあるのだろうか。
電車に乗り込んでから、3時間ほどがたった頃。
ようやく駅に着いて、電車が止まる。パンプスが動いた。どうやらこの駅で降りるらしい。
不安と緊張と長く座っていたせいで疲れていたのもあって、駅名は聞き逃したが、とにかく私ははずみの後を追って電車を降りた。
その駅は無人駅らしく、打ち捨てられた廃駅だと言われても納得しそうなくらいさびれている。
「あれ?」
私は確かにはずみの後を追って駅に降りたはずだ。
なのに、駅には人っ子一人見当たらない。
電車を振り返るが、開いたドアの中にはずみの姿はなく、じゃあやっぱりこの駅で降りたに違いなかった。さっさとホームを抜けて、会社に向かったのだろう。私も追いかけないと。
音質の悪い電子音が足元からした。
はずみの持っていたスマホが落ちている。
しめた、と思った。本人は見失ったけど、スマホが手に入ればはずみの個人情報が抜き出せる。
私は黒い感情でいっぱいになりながらスマホに手を伸ばす。
しかし、スマホに表示された文章を見てその手が止まる。
『ごめんね。次はあなたの番』
ずいぶんと長い間停車していた電車のドアが、背後で閉まった。
呆然と走り去る電車を眺めてから、ふとホームを振り返り、駅名を確認する。
そこには、『きさらぎ駅』とかすれた字で書かれていた。
友釣り 洞貝 渉 @horagai
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