約束

おむすび

約束

「約束」

 それは、口先だけでの軽いものでも、半永久的に残る重いものにも、「結びつけること」に共通して使用される。


 そしてそれは、他人の人生に多大な影響を与えることもある。例えそれが、自分にとって些細なことでもー。


 俺と桜子は幼稚園の頃からの幼馴染だ。

 幼稚園、小学校中学校と同じ所に通い、更に全て同じクラス。そしてずっと席が隣同士であった。

 なんということだろう、まさか運命!?と思う人も多いだろうが、そんなことはない。そう断じてそんなことはないのだ。

 確かにずっと一緒にいることが多く、それによって「カップルみたい!」と言われることも多い。

 しかし、幼馴染となるとそうもいかないのだ。

 だってよ?あいつは中学のころに、俺の部屋でいきなりポテチを開けだして食べ始めて、カーペットの上に粉を落とす。お次には俺のベットで勝手に寝始めた挙句いびきまでかきだす。終いにゃ、恥じらいもなく寝っ転がって、スカートが捲れてるのもお構いなし。

 最後のはともかく前のニつのおかげでそういう気持ちは一切無い。そして、最後のやつからして、多分桜子は俺のことを異性として見てないんだろう。

 という俺の葛藤が入っているが、つまりはこういうこと。

 そして、一つだけ謝りたいことがある。そういう気持ちが一切無い、と言ったが本当は無いわけではない。こっちは健全な男子高校生ぞ?そういう気持ちにならないわけがない。ただ、やっぱり先ほど言った通り、桜子は俺にそういう気持ちはない。

 そんな複雑な心情を抱えながら、登校していると、


「わぁ!」


 いつもの声、振り返ると桜子の姿。

 

 少し笑いながら、俺は桜子と話す。これがないと、一日が始まった気がしない俺は、少しおかしいだろう。


 ある日の昼休み、教室で桜子と話していた俺は、女子Aと女子Bに、放課後に中庭に来てほしいと言われた。


「告白なんじゃないのー?」


 そういって、桜子がニマニマしながら僕を茶化すが、少しだけ、ほんの少しだけ顔色が曇っている気がしたー。


「あんたは桜子ちゃんの何なの?」


 呼び出してきた女子たちの第一声は、それだった。話された内容を要約すると、桜子は俺のことが、嫌い、らしい。

 だめだ、ショックすぎて、思考が、まとまらない。要約しすぎて、これだけじゃ何も分からない。

 もう1回、順序を立てながら要約する。

 まず、女子Aは桜子から相談を受けたらしい。

「あいつ、凄いグイグイきて、正直言って“キモチワルい“んだよね」

 そんな感じのところだ。

 そこから、女子達からの嫌味、暴言、脅迫に近しい言葉。

 しかし、その前の言葉に衝撃を受けすぎて、それらは何のダメージにもならなかったー。


 解放されたのは一時間後。一時間も暴言をぶつけられていたのに精神が壊れなかったのは、ショックを受けすぎて何も考えられなかったからだろう。いや、ほぼ放心状態だから、ある意味壊れているのかもしれない。

 そんな状態で荷物を取りに教室へ向かう。教室には桜子の姿。そこにいることを忘れていた。


「お、終わったー? じゃあ帰ろっかー!」


「…。」


「何の話されたの?w 告白だったー?」


「…。」


「……。なんで無視するの、?」


「…。」


「どうしたの? ねぇ?」


「…。ごめん、待って、今は、一人にさせてほしい、かも、。」


「え、? ちょっとまって、あの子たちに何されたの、?」


「…。いや、別に、。」


「いや、その反応何もないわけないでしょ、? 何があったの?」


「だから、何も無いって、。」


「嘘つかないで! 何されたのさ!?」


「うるさいなぁ!!! 一人にしてくれって言ってるだろ!?」


 俺は、女子たちから聞いたことと、桜子の取る言動の矛盾に、混乱していたのだろう。


 そこから、数日間、俺と桜子が話すことは無かった。

 俺はあれ以降何をするべきかずっと考えていた。しかし、桜子の本当の気持ちを知らない俺は、簡単に次に取る行動を決めることも、実行することも、ましてや、思いつくことさえ出来なかった。


 そして、桜子と話さなくなって一ヶ月たったころ、ある話が俺の耳に届いた。


 桜子が、死んだ。


 死因は不明。部屋で倒れているところを、母親に見つけられたらしい。すぐに母親が救急車を呼び、桜子は病院に運び込まれたが、既に手遅れだったらしい。


 そして、奇しくもその日は桜子の十八歳の誕生日であったー。


 初七日法要が終わり、葬式場の外にあるベンチで俯いていると、桜子の母親が


「これ、桜子があなたに残した動画みたいよ。私はまだ見ていないから、家に帰って見てあげて。」


 そういって僕に動画の入っているであろうビデオCDを渡してくれたー。


 家に帰り、CDとにらめっこをしたまま、既に数十分たっている。流石に、こんなことしていても無駄だと思い、勇気を振り絞って、再生する。


「あー、あー、聞こえるかな? やっほー、桜子だよ!元気してる? 元気してなさそうだねw」


 久しぶりの、桜子の声に、少し涙が出そうになったのを堪えて続きを見る。


「えっとねー、まず、この動画を見ているってことは、私はもうこの世にはいない、だろうね!w なんかよく漫画とかで見るセリフ言ってみちゃった★」


 どういうことだ、? 桜子は、自分が死ぬことを知っていたということなのか? 何故?

 その理由は、すぐに画面の中の桜子が説明してくれた。


「なんで自分が死ぬことをわかったかって? それはね、もう既に離婚してるけど、私のお父さんにあたる人の家系では、長女は“18“歳で亡くなるの。それは、ここ数百年前からずっと。」


 数百年前から、ずっと。


「なんか、私の先祖にあたる方が蛇の神様?みたいなのを怒らせちゃって、それでそういう呪いがかかったちゃったんだってさ。」


 …。


「蛇の神様って何?w 漫画かよ!wみたいな?w ウケるよねーw」


 なんで。


「てか先祖様は何しちゃったん?w 祠壊しちゃったとか?w あ!もしかしt」


「なんで、なんで桜子が死ななきゃいけないんだよ! 悪いのはそいつだけだろうが! 何も関係ないだろ!」


 桜子が喋っているのに、叫んでしまった。

 そのあとも、神様というやつに向けた暴言やらなんやらをぶち撒けた。同じようなことばっかりを、何度も。何度も。


 そして


「なんで、なんで俺に言ってくれなかったんだよ、。」

 そう呟いたとき、画面の中の君が。


「きっと、君は「なんで俺に伝えてくれなかったんだ」って言うんだろうね。」

 と、そう言った。


 当たり前だろ。


「でもね、もし君に伝えてしまったら、君を私に縛り付ける“呪い“をかけてしまうことになると思うんだ。」


 …。

 そんなの、とっくにかかってるよ。


「ごめんね、こんなに後に伝えちゃって。でもこれが最善だと、思ったんだ。…。 ごめん、泣かないって決めてたんだけどさ。」


 そういうと、画面の中の君は泣き出してしまったー。


 君が泣き止んだのは、その数分後だった。

 一息吸って君は言った。


「ごめん、これから言うことは私のわがままだから。今から、君に“呪い“をかけるね。」


 …。


「あのね、私、君のことが好きだよ。昔から、ずっと。」


 なんだ。そうなのか。やっぱり、あいつらの言うことは嘘だったんだ。


「それとこれは約束! 私のこと、忘れないでね! じゃあね!」


 …。


 せっかく、悩んでいたことが消えたのに、次は何とも言えない、モヤモヤした気持ちが残った。

 そんなことを考えながら、俺は生きる気力を失ったのか、学校に行かなくなったー。


 学校に行かなくなってから、2週間がたった。

 ある時、布団の中でぼーっとしていると、ふと、飾られている写真が目に入った。そして、あいつの言葉を思い出した。


「私のこと、忘れないでね!」


 今の今まで忘れていた、桜子との思い出。


 桜子と一緒に遊園地に行ったこと


 桜子と一緒にゲームで競い合ったこと


 桜子と出会った、最初の日のこと


 桜子と変な感じになってしまったあの日のこと


 鮮やかな記憶が蘇る。

 こんなことをしている場合ではないことを、今更理解したー。


 桜の花びらが舞い落ちるころ、俺はある場所についた。

 墓石の前に立った俺は、墓石の掃除をし、お菓子や水、そしてあいつの好きだった「パピコ」を供えた。


「あいつ、「君と分けられるからこれ好きなんだよねー!」とか言ってたな。お供え物向きじゃないもの選びやがってw」


 もちろん、墓石が反応してくれるはずもない。


「…。お前がさ、俺に一方的につけた約束はさ、口先だけでのものでもある、だが、動画に残したことはつまり、半永久的に残るものなわけなんだよ。」


「…。」


「その約束は、実は君が思ってるよりも、俺の人生に大きい影響を与えてくれたよ。」


「…。」


「あの約束がなければ、俺は立ち直れなかっただろうし、全く違う人生になっていた。」


「…。」


「君が俺にした告白、それの遅さは許してない。けれど、俺にかけてくれた呪いには感謝してる。」


「…。」


「ありがとう、本当に。」


「…。」


 やっぱり、最後まで墓石が反応してくれることはないな。そう思った矢先、一匹の猫が近づいてきた。


 おかしいことだが、その猫に対して、桜子の面影を感じてしまった。


 その猫はしっぽを振りながら、俺の足元まできて、俺の足にほおずりをしたあと、謝るかのように、一礼のようなことをして、どこかへ行ってしまった。


 墓石の方に向き直し、

「最後に伝えさせて。」


「…。」


「俺も、好きだよ。遅くなってごめんね。」


 その言葉を口にしたとき、そよ風が吹いた。

 心地良い。


「…。また、来るね。」


 そう呟いて、墓をあとにした。

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約束 おむすび @nsgkren

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