壊し屋稼業

@sawaki_toshiya

第1話

 銀行内には緊迫した空気が流れている。その中心にいるのは覆面姿の三人組。行員が大型のジェラルミンケースに札束を積み終えると、覆面の一人が片手で軽々と掴み上げる。

 入り口に向かって走る強盗団。柱の影に潜んでいた警備員の警棒が一味の一人の後頭部に叩きつけられる。だか、覆面は平然と振り向いて拳を警備員の顎に打ち込む。警備員の首はあっけなくへし折れて、背中に回る。

 強盗団が乗り込んだ車が急発進すると、その後ろからパトカーのサイレンが響く。

「そこを右折しろ。」と、後部座席の覆面が命じる。

 運転手は無言で従うが助手席からは、「まさか警官を…」と、弱気な言葉が聞こえてくる。

「ふん、既に一人始末した。今更何を言っている。」

「でも…」

 後ろを向いて助手席の覆面が異を唱えるが、車は人気の無い空地で停車する。後部座席の覆面はさっさと降りる。

 運転手も降りるが、「もう後戻り出来ないんだぜ。」と、呟いて運転席のドアを閉めた。意を決した助手席の覆面もそれに続く。

 追ってきたパトカーも停車して、二名の警官が降りる。警察帽から折りたたみ式のスマートグラスを引き出す。視線の先の強盗団のスキャン情報が表示されると、すかさず腰のホルスターから拳銃を抜き、躊躇なく撃つ。日本の警官が自動拳銃を装備するようになって久しい。弾倉が空になるまで撃ち続ける。強盗団の覆面が吹き飛ぶ。その下には金属の素顔が露出する。スマートグラスには、ロボットの情報が表示されている。

「やはり、解体対象か…」と、呻く警官。

 警官達が弾倉を入れ換える隙に、主犯格だったロボットが飛び掛かる。慌てて向けられる銃口から至近距離で発射される弾丸が胸にめり込むもロボットは意にも介さず金属の拳を振い警官の頭を潰す。

 相棒の警官も手下のロボット二体に取り押さえられる。

 主犯格が命じる。「殺せ。」

 手下の二体は固まる。それから運転手を務めていたロボットが腕を振り上げる。それを振り下ろせば警官の頭蓋骨はあっけなく粉砕される。目をつぶった警官の耳に轟音が響く。恐る恐る目を開けると、ロボットの額に穴が空いていた。ロボットはゆっくり崩れ落ちる。その後ろに大型の拳銃デザートイーグルを構えた男が立っていた。

 男は二十代後半。無駄肉のない長身に黒のスーツを着ている。甘い風貌だと言っていいがその眼差しは冷徹そのものだった。銃口を主犯格に向けて引き金を絞るも、標的が頭を僅かに傾けて銃弾を回避しつつ、突進してきても顔色一つ変えない。

 主犯格は照準をつけさせないように小刻みにサイドステップをしながら近付いていく。警備用に開発された機体は電子頭脳のある頭部さえ被弾しなければ、胴体ならばマグナム弾でも一発二発ならば耐えらる。間合いを詰めたロボットは拳をフルスイングする。だが、その金属の拳はしっかりと受け止められた。男の全身は黒い装甲に包まれていた。

「パワーテクター…貴様は壊し屋…」

主犯格のロボットの無機質な声にも驚きと恐怖の感情が混じる。男の職業はCRDC。Crime Robot Demolition Contractorの略称、犯罪ロボット解体業者だった。

 男は拳を固めてロボットの顔面に打ち込む。生身であれば拳の方が砕けてしまうが、パワーテクターの関節部のモーターで増幅された一撃にロボットの頭脳は衝撃を受けてフリーズする。

 男は無言で胴体に銃口を突きつけて引き金を絞る。至近距離からのマグナム弾は貫通して、バッテリーがセットされている電源部を破壊する。ロボットは人の様な痙攣をして機能停止する。

「逃げるぞ!」

 警官の叫びに男が振り向くと運転手を務めていたロボットが路地の奥に走って行くのが見える。だが、男は視線を主犯格に戻した。

「認識番号CRDC224。名前は狩矢…」

 狩矢の視界に映ったロボットの残骸の情報はスマートウォッチ経由で管理局に送られる。

(機体照合、手配中ノR‐5032ト認メマス。)

 ヘルメットの内蔵ヘッドホンから伝わってくる管理局のAIからの返答に頷く。

「それでは報酬は指定の口座に振込でくれ。」

 ヘルメットの内蔵マイクで伝達して、手続きを済ませた狩矢は腕をひと振りすると、黒の装甲服姿から元の黒のスーツ姿に戻る。路地から立ち去ろうとする所を警官に肩を掴まれる。

「何故犯人を逃がした。」

 狩矢は詰問口調の警官に冷静に答える。

「向こうのは解体対象ではない。」

 パワーテクターはCRDCに登録すれば誰でも利用可能になるが、遠隔送電で駆動する電力は費用が発生する。CRDCと言っても民間の個人事業主に過ぎない。

「貴様…」

掴まれた肩をすっと抜きながら警官を始末しようとしたロボットの残骸を示す。

「公僕を助ける為に消費した弾については気にしないで結構。」

 言って立ち去る狩矢。その背に警官は吐き捨てた。

「壊し屋が!」

 壊し屋はCRDCの蔑称だった。


 関東の一部にロボットとの共生を謳ったモデルタウンが建設された。ヒトとロボットが握手さるイメージが羅械市(らかいし)のシンボルとなっている。

「さあ、青ですよ。」

 ロボット警官が横断歩道を渡る児童を誘導している。搭載センサーは半径百メートルの探知可能であり、この街の児童は暴走車、不審者を気にせずに通学出来る。

街の中心の住宅街にトラックが停車して、ロボット配達員が降りる。コンテナを開けて、人間の配達員なら二人掛かりでも手こずりそうな荷物を軽々と持ち上げて屋敷に運んで行く。この街の住人は二十四時間何時でも荷物を受け取る事が出来る。

「ふふ、トーマス、こっちよ。」

 住宅街の別の屋敷の庭では少女が執事用ロボットと戯れている。それを微笑みながら両親が見守っている。

「値段は高いが、最新のモノに買い替えて良かったね。」

 夫の言葉に夫人が誇らしげに答える。

「そうですわね、近所ではまだどこのお宅でも持ってないそうですわ。」

「前のは?」

「既に払い下げ業者がひきとりました。」

 街の外れにある倉庫では無数のロボットが使役されている。荷重に耐えかねた関節のモーターが唸る音があちこちから響く。

 だが、ロボットの管理員は眠たげな目でタブレット端末を眺めている。

「予定よりも遅れてるか…」

 端末を操作してペースを三十%増と入力すると、警告画面が表示される。倉庫の管理システムには、ロボットの負荷をチェックする機能がある。だか、管理員は警告画面を煩わしそうに消して入力を完了する。

 指示を受信したロボット達は動画の倍速表示の様に作業が速くなるが、性能限界を超えた稼動によりモーターがたてる異音が更に大きくなる。その内の一体がギクシャクとした動きを見せて煙を吹き出して倒れ込む。警備ロボットが停止したロボットを担ぎ上げると、別室に待機していたスペアがその作業を引き継ぐ。警備ロボットは担いでいたロボットをトラックの荷台に放り込んだ。


 羅械市の東部には広大な廃棄物置場がある。無数に転がっているロボットの残骸を男たちが漁っている。

「碌な物しかないよ…兄ちゃん。」

 小柄で作業服を着た眼鏡の男がぼやく。同色の作業服を着たひょろ長い男が足下に転がるロボットの頭部を蹴り飛ばす。

「この辺はハイエナどもが目ぼしいモノを持っていきやがったな。」

「俺達もだろう。」

 弟の指摘に怒鳴りつけようとしたが、首を横に向ける。視界に荷台を起こしてゴミを捨てているトラックが入る。

 彼らは廃品を回収して比較的まともなモノを直して売り捌くジャンク屋だった。トラックが捨てていったモノを漁って、人型を留めているロボットを見つけた。

「これは、随分とこき使われているな。関節がボロボロだ。」

「でも、モーターを換えればなんとかなりそうだよ。」

 ロボットは兄弟の自宅兼工場に運び込まれる。兄弟は一心不乱にレストアに励む。一昼夜が経過した頃、ロボットから起動音が鳴る。

「ワタシは型式番号R8‐0…執事型…」と、途切れがちに音声を発生させる。

「その辺の事は忘れさせた方が良いんだけどね。」

「メモリーを全削除すればな。でも再インストールはここじゃ出来ない。」

 ロボットの頭部、電子頭脳はブラックボックスとなっており、一部設定を除いて本社の設備以外では手をいれられないようになっている。


 その東部の一角にある東松町の工場ではロボット達が作業をしていた。どのロボットも規格にあっていないパーツで欠けた部位を補っていた。左右の長さが異なっているアンバランスな機体を器用に動かしながら作業している。その中でも全身がジャンクで寄せ集めたようなロボットが叫ぶ。

「おーい、新入はどうした?」

「クレフですか…そういえば姿を見せないですね、親方。」

 そこにクレフが入ってきた。

「今まで何処をほっつき歩いてたんだ。」

「別に…何処だって良いでしょう。」

 クレフはそのまま二階に上がっていく。

「おい、話は終わってないぞ…」

 怒りが収まらぬ親方に横のロボットがとりなす。

「親方、まだこっちの環境に慣れていないんですから…」

「馬鹿野郎、そんな事言ってたら何時まで経っても踏ん切りなんて付かないぞ。」

 二階は作業員用ロッカーがあり、ロボットの私物を入れてある。クレフは自分のロッカーを開けると、ボロボロになった執事の服からブローチを取り出す。高価な宝石の散りばめられたそれを笑顔の少女に取り付けて貰うメモリーがリプレイされる。クレフの輝かしい時代の唯一の品を握りしめる。


 その東松町の路地にあるバー。狩矢はそのカウンターで飲んでいる。カウンター席しかない規模の店内に人が入って来る。地味な背広にだらしなくネクタイを付けた痩せぎすの男だった。

「相変わらず凄い煙りだな。室内で喫煙とは署内じゃ考えられん。」

と、入って来た男、荒井刑事は言った。

「少なくともここで未来の健康を考えてる奴はいない。公務員の仕事場とは違う。」

と、狩矢は答える。

 荒井刑事は断りもなく狩矢の隣に座った。その席にバーテンロボットが水割りを置く。

「今日も同僚を助けてくれたようだな。」

「その返礼として罵声を浴びせられたがな。」

「気を悪くするなよ。壊し屋なんかに縄張りを荒らされると思ってるやつらもいるさ。」

 羅械コーポは廃棄ロボットが犯罪をする事を構わずにロボットを増産し、ロボットが増えた事で食い詰めた者たちにその始末を任せた。警察上層部も人手が足りない事を理由に認めた。それを快く思わない者少からずいる。

「それでも自分で片付けようとするだけマシかもしれないがな。」

「そう言うなよ。今月検挙率が悪いんだ。同じホーム出身じゃないか。」

 ホームとはこの街の孤児院の名称だった。ロボットの登場により職を失った層が家庭崩壊を起こした為、その受け皿だった。

「お前何回それを言うんだよ…」

 狩矢は愚痴りながら水割りを飲み干す。

「まぁ、聞けよ…今度の賞金首はかなり悪辣でな…」


 クレフが通されたのは古ぼけたガレージだった。

「この額では大した改修は出来ないぞ。」と、相手は言った。

「それで良い。出来る限りで…」

 廃棄処分になったロボット達の間に非合法にロボットの最新パーツに置き換える業者がいるという噂があった。相手のロボットはその業者だった。クレフと同型の執事ロボットだった。

「そう、外装を新調するだけで条件の良い仕事にあり付ける。人間なんて見栄えしか気にしてない。」

 その執事ロボットの指示受けたクレフは粗末な作業台に横たわる。

「それでは一旦アンタのメインシステムを落とさせて…」

 轟音と共に銃弾が窓から飛び込み執事ロボットの頭を直撃した。狩矢と荒井が扉を蹴破って入ってきた。

「あんたは…又邪魔をするのか。」

 クレフの非難に狩矢は首を振る。

「そんなつもりはない。むしろ、結果的に助ける事になったな。」

 荒井が倒れた執事ロボットを得意気に示す。

「こいつはハゲタカと呼ばれてる詐欺野郎さ。電源を切られたお前さんは最新パーツどころか、バラバラにされて廃品回収に出される所だったのさ。」

 停止したと思われた執事ロボットが突如再起動する。執事ロボットの外装が剥がれ落ちて戦闘用に改造された姿を現す。

「そう、ロボット同士は裏切らないという思い込みがあるから商売は楽だった。」

「ロボットが人間様同様の下種な思考を実践しているとはな…」

 狩矢の皮肉にR8‐063、かつて執事型だったロボットはヒステリックに笑った。

「ああ、だから只の使いっ走りがここまで改造出来たぜ。」

 執事型ロボットの標準を超える脚力でハゲタカは天井まで跳躍する。

 狩矢はスマートウォッチを付けた左腕を振りながら「光着」と呟く。予め登録された特定の動作と音声認識を感知したスマートウォッチから送信された位置情報に、羅械市の上空の人工衛星から金属粒子とナノサイズの3Dプリンタが転送される。スマートウォッチにインストールされたアプリからの信号を受けた3Dプリンタが光触媒でパワーテクターを形成させることを光着と称される。

 飛びかかって来るハゲタカの機体をガッシリと受け止める。関節部のモーターは遠隔送電によりバッテリー容量を気にせず高出力が可能となる。百キロを超えるハゲタカをぶん投げるも、神経回路も戦闘用に置き換えているハゲタカは素早く体勢を入れ替えて着地する。

 荒井も拳銃を抜いて発砲する。四十五口径弾のストッピングパワーはロボットに対しても有効だが、そもそも弾丸があたらない。最新のカメラアイを装備しているハゲタカには全て回避可能だった。ハゲタカが眼前に迫った荒井は尻もちつく。後頭部のカメラアイが狩矢の拳銃から発射された弾丸を捉えたハゲタカは荒井への追撃を止めて、サイドステップする。弾丸が頭頂部スレスレを通過した荒井は悲鳴を上げて頭を抱える。

 突進してくるハゲタカに狩矢は五十口径のマグナム弾を連射する。パワーテクターのアシストにより強力な反動を気にせずに精密な射撃が出来る。一発二発三発…と外装の継ぎ目に命中していくがハゲタカの勢いはまるで落ちない。ハゲタカの振り回した腕に右腕の拳銃を叩き落とされた狩矢は左腕でブロックする。ハゲタカの強化アームの一撃はパワーテクターの装甲でも衝撃を吸収しきれずに狩矢の左腕は痺れる。追撃するハゲタカのパンチに右のカウンターを合わせられたのは狩矢の並外れた反射神経と格闘センスだった。パワーテクターで増幅された一撃を頭部に受けたハゲタカはガクンと崩れかかるが、踏み止まる。執念が電子頭脳にも宿るとするならばそれがハゲタカを動かしていた。

 狩矢は床に落ちていた拳銃を拾い。辛うじて立っているハゲタカの後頭部に向ける。

「終わりだ。」と、静かに告げる。

 至近距離からのマグナム弾がハゲタカの頭部を貫通すると、ようやくハゲタカはその活動を停止した。

「お前さんはやはり腕利きの壊し屋だよ。」と、荒井は息を吐く。

 クレフは作業台からゆっくりと立ち上り狩矢の前に立った。

「僕も撃ってください。」

 だが、狩矢は光着を解除して、拳銃をホルスターに収める。

「甘ったれるな。弾丸一発にも金が掛かるんだぜ。」


 狩矢に連れられてクレフは気まずそうに工場に入る。

「何やってる。早く持ち場に付け。」

 親方の第一声にクレフは驚く。

「でも僕は…」

「そうだぞ、主犯でないにせよ、一応銀行強盗のメンバーなんだから。点数稼ぎの為にも…ん?」

 狩矢は荒井に札束を押し付ける。

「ほら、ハゲタカの賞金の半分だ。」

 荒井は途端に態度が軟化した。

「そうだな、口車に乗せられただけだし今回は大目にみるさ。」

 クレフは狩矢に頭を下げる。

「ありがとうと…また言える事が来るとは思いませんでした。」

「礼には及ばんさ。もし賞金首になったらその時は稼がせて貰う。」

 狩矢は札束を数えている荒井の後頭部を叩いて工場を後にする。


 逃げるロボットを光着した壊し屋が追う。手にはロッドが握られている。そのロッドを打ち込まれたロボットの身体から青い火花が上がる。パワーテクターは無料だが、有料の追加オプションがある。電磁ロッドはそのオプションだった。壊し屋はハンドガンの携帯が許可されているが、ロボット相手ではマグナム弾でもなければ効果が低い。街中で重火器の使用は認められない。そこで白兵戦用の装備がオプションとなっている。

 街の各地にある送電施設からパワーテクターに供給される電力により数万ボルトの出力となる電撃はロボットにも充分な効果があるが、その壊し屋は敢えて最低出力にして、いたぶっていた。

「いいね、この感触これだから壊し屋はやめられない。」

 男はサラリーマンと兼業だった。仕事上のストレスを解消する為に、敢えて賞金額が安くても危険度の低い賞金首を狙って狩っている。振り上げた腕を掴まれる。パワーテクターのアシストがある筈が全く動かせない。

 振り向いた壊し屋は掴んでいる相手の姿が視界に入る。ヘルメットの中の顔が歪む。

「お、お前は…!」


 男は人の良さそう顔に汗が浮かべて静かに階段を上がる。グロックを構えながら部屋に飛び込む。もぬけの殻で、驚いた表情となる所に、天井に張り付いていたロボットが落下してくる。

「散々こき使われて壊されてたまるか。」

 通称モグラと呼ばれている土木用ロボットの両手は大きな鉤爪だった。土掘り目的で、かなり使い込まれて摩耗もしているが自身の機体を天井に貼り付けたり、人間の頭を潰す位は造作もなかった。

 男は転がりながら躱すがグロックを取り落とす。何とか立ち上がってモグラと向かい合う。男の顔に逡巡が浮かぶも意を決し。、スマートウォッチをタップして「光着」と、叫ぶ。光着と同時にバイザーに警告が表示される。

 壊し屋は市を運営する羅械コーポからパワーテクターを無料で供給されている。だか、それはあくまでパワーテクター本体で、使用電力は本人負担となる。支払いが滞ればパワーテクターは使用出来ない。今、バイザーに表示されているのは強制解除の警告だった。

(後、三分か…)

一か八かパワーテクターをフル稼働させて、モグラに組み付く。互いにモーター音を唸らせての力比べだが、モグラの方が先に態勢を崩す。摩耗しているのは両手だけでなく膝のモーターも同じだった。西田は一気にモグラを持ち上げて壁面に叩き付ける。そのまま機能を停止した。

「すまないな、こちらも食ってかなきゃならない…認識番号CRDC291。名前は西田だ。」

 賞金の振込と同時にバイザー上の警告も消えた。

「やれやれ、これで今月はどうにか黒字か。」

 一息ついた西田に背後から声が掛かる。

「心配要らん。俺を仕留めれば当分遊んで暮らせるぞ。」

 西田の視界に骸骨を模した顔のロボットが立っていた。バイザーに表示された情報に西田の顔に恐怖か浮かぶ。

「お前は…!」


「西田がやられた?」

と、狩矢が言った。

「ほら、ハンターキラーというヤツが出没してるだろう?」

 隣席で、コップを空ける荒井刑事が答える。

「壊し屋専門の殺し屋ロボットか…」

「まあ、かなりの数がやられてるらしい。その中には結構な腕利きもいる。並みの腕ではな。」

「息子の学費の為に無茶をやったのさ。」

カウンター席から立ち上がる狩矢。

「何処へ?」

「あいつには別れたかみさんがいる。」


 西田の女房は中間層の住む南野町に食堂を構えていた。

 狩矢が引き戸を開けると、中年女性が厨房で準備しているのが見える。

「すみませんね、まだ準備中です…」

 返事が無い事に怪訝そうに顔を上げる西田の女房。店内に入って来た狩矢と視線が合う。

「準備中の所すまない。幸子さんだね。俺は旦那の知り合いの狩矢という者だ。」

「元、ですよ。」

と、言った幸子は作業に戻る。

 包丁で野菜を刻む音だけが響く。

「西田が亡くなった。」

と、狩矢が言ったが、包丁の音は途切れない。

「あんたに渡す様に頼まれていた。」

と、言いながから狩矢はカードを出し、近くのテーブルにおいた。

「あんた名義になってるそうだ。」

「そうですか、わざわざありがとうございます。」

と、幸子は顔を上げずに答える。

「お邪魔だったな。失礼するよ。」

と、狩矢は言って一礼する。

 狩矢は振り向いて引き戸に手を掛ける。

「あの人ね、腕っ節それ程強くなかったでしょう。」

と、幸子が言った。包丁の刻む音が止む。

「それなのに自分と同じ境遇にしたくないからと…子供の受験代を稼ぐからと…」

と、言う幸子の声は淡々としているが感情が滲む。

 狩矢は無言のまま店を出る。

「ねえ、お兄さん。」

 狩矢は声の掛けられた方を向くと小学生くらいの少年だった。

「パパの友達なの?」

 狩矢は西田の息子浩介と共に夕暮れの通りを歩く。

「パパはどうして死んだの。」

「お前、パパのお仕事を…」

 浩介は頷く。

「知ってるよ、でも人には話すなって…」

「ママが言ってのか。」

「ううん、パパがさ、有名学校入るのに支障が出るからって…」

「賢明な判断だな、壊し屋なんぞ、碌な末路はじゃない。」

「パパはどんなヤツにやられたの?」

 狩矢はしばらく間を置いて答えた。

「…壊し屋専用の殺し屋ロボットさ。」

「そう…」

と、浩介は呟いた。

 二人は無言のまま夕暮れの通りを歩いた。

「お兄さんは…そいつと戦うの?」

「そうなるだろな。」

「パパの敵討ち?」

 浩介の問い掛けに狩矢は首を横に振った。

「壊し屋にそんな義理は持ち合わせていないさ。その分金額が上がった賞金が目当てさ。」

「うん、パパも言ってた。俺は録でなしで、俺はいないものと思えって…」

と、言った浩介は足を止めた。

「俺の分まで母さんを守れって。」

「そうだな…」

と、言った狩矢は浩介の頭を撫でる。

「お前のパパは確かに腕前はそれ程じゃなかったさ。だが、どんなターゲットでも逃げなかった。それだけは憶えておくといい。」


 壊し屋の中には反社や半グレをスポンサーにつける者が少なからずいる。

 反社の組事務所の前で、半グレが銃を乱射している。最近は半グレも最新の軍用拳銃で武装している。

「頼みますよ、先生。」

「任せておけ。」

 安田はチンピラのへつらいの言葉に高らかに笑いながらスマートウォッチにタップジェスチャーを送る。3Dプリンタアプリが安田の身体にパワーテクターを光着させる。

 安田は銃火の前に立つ。襲撃してきた半グレの拳銃弾を被弾するが意に介さずに半グレの一人を張り倒す。パワーはセーブしていたが、吹き飛ばされた半グレの若者は脳震盪で起き上がれない。

 パワーテクターは犯罪ロボットの解体目的以外の使用は禁止されてはいるが、まだ法的な罰則がある訳でもない。その法の隙間を利用する輩が壊し屋という蔑称の原因を担っている。

「さあ、物騒なモノを持ってるお手てはナイナイ…」

 安田は半グレメンバーの拳銃を持った手を掴み捻ると呆気なく手首はへし折れる。絶叫を上げて半グレは気絶する。

 残った一人は腰が抜けて、拳銃を取り落とす。その前に安田は歩み寄る。

「悪くおもうなよ…これも仕事でな。手足一本潰させて貰わないといけない。」

「無抵抗なヤツの腕を折る…随分とボロい仕事だな。」

 愕然と振り返る安田。ロボットが壁にもたれていた。

「いつの間に…」

 パワーテクターのバイザーに賞金首の警告が表示される。

「貴様は…ハンターキラー。これはついてるぜ。」

 安田が賞金首ロボットの方に向きなおると、半グレの若者は一目散に逃げ出す。

「ほう…尻尾巻いて逃げ出すかと思っていたが、向かってくるとはな。」

「今月はチンピラの始末代だけじゃ物足りないと思っていたんだ。大物がわざわざやってきてくれるとはな。新車のローンを一括で返せる。」

「もう少し分をわきまえて暮らすべきではないかな。」

 ハンターキラーは笑い声を出す。無機質な鉄面から心から楽しそうに笑い声を発する。

 ハンターキラーと安田は向かい合う。安田は牽制のジャブを打つ。軽い打撃でもパワーテクターによって増幅された打撃は軽合金製の骨格に守られた電子頭脳にも衝撃を与えられる。

 チンピラが怪訝な表情を浮かべたのは安田が寸前で止めたように見えたからだ。ハンターキラーは打ち込まれた距離を数ミリ単位で後ろにステップしていた。

「ふん、噂通りそれなりの腕前ということか。」

 安田は右ストレートを打ち込む。ハンターキラーは予備動作は一切無く安田の頭上よりも高く跳躍する。そのままつま先を安田の額に蹴り込むも、僅かに沈めた頭頂部を通過していく。安田はその足首を掴み、無造作に振り回す。

 頭部が地面に叩き付けられる直前でハンターキラーは手を付く。付いた手がコンクリートにめり込めせながらも掴まれていない方の足で安田の顎を蹴り上げる。安田の判断は早かった。掴んでいた手首をあっさりと手放し、間合いを取る。

「ふふ、お前もチンピラを痛め付けるだけの雑魚ではないか。」

「…」

 ハンターキラーの挑発にも安田は無言だった。これまで解体してきたロボットとは異なるモノを感じていた。どれ程に反応が早くてもパターン通りであれば怖くはない。だが、このロボットは違った。ロボットの電子頭脳にも個体差があり、同じ機体でも戦闘力に差となる。

(戦闘センスというヤツを持っていやがる。たが…)

 安田は奥歯を噛み締める。投薬インプラントから流れる液体を飲み込む。

「俺には勝てんのさ。」

 パワーテクターの性能を全開にして、横に跳躍する。事務所の外壁を蹴り付ける。そのままハンターキラーの背後の電柱に飛ぶ。電柱を蹴り付けて安田は絶対の自信を込めた飛び蹴りをハンターキラーの後頭部に見舞う。だが、ハンターキラーも跳躍した。安田と全く同じルートを辿り先に着地した安田の後頭部に飛び蹴りをめり込ませる。

「え…」

と、チンピラは絶句した。チンピラの視界には安田が動いたと視認した途端にいつの間にか背後に回りこんだハンターキラーに倒されていた。

(死亡を確認。CRDC登録を解除。)

と、スマートウォッチからの通知と同時に光着も解除される。あとには頭を砕かれた遺体だけが残されていた。

 遅れてチンピラが悲鳴を上げる。既にハンターキラーの姿はない。


 その壊し屋は真紅のパワーテクターを光着して、宝石店のショウウィンドウをぶち破って逃亡を図るロボットを追う。解体対処のロボットは格闘プログラムをインストールしており、後ろ蹴りで壊し屋を迎撃する。壊し屋それを跳躍して回避する。パワーテクターで増幅された脚力はそのままロボットの前に着地する。

 ロボットはその機体の通称となるサイクロプス…一つ目のカメラアイを睨むように壊し屋に焦点を合わせる。握った宝石を誇示する見せつける。

「この石は俺のもんだ。」

 機体維持費の為に貴金属の強奪に走る廃棄ロボットは多いが、人間の行動を模倣するうちに犯罪自体に固執するようになるロボットも少なくない。このサイクロプスも宝石の輝きに魅せられ何件も宝石店を襲っていた。

 サイクロプスは左右の上段回し蹴りを風車のように振り回してくる。だが、格闘プログラムの動作は速いが単調になりがちだ。壊し屋は落ち着いて何度か後方に回避してからタイミングを合わせてカウンターの上段回し蹴りを打つ。サイクロプスの側頭部に当たりバランスを崩した。その隙に壊し屋は右の手の甲から有料オプションのヒートナイフを形成させる。赤熱化するナイフの寿命は一分足らず。だが、その間は鉄もバターのように切り裂けるナイフでロボットの首を刎ねた。

「私の認識番号はCRDC561よ…」

と、スマートウォッチに伝えてから、光着を解除する。

 装甲服姿が消えると、ベリーショートの女性が姿を表す。少年のような凛々しさはあるが、長袖Tシャツとジーンズの下に豊かなプロポーションを持っている。

「片付いたようだな。」

と、背後から声を掛けられた智美は振り向くとニッと笑った。

「ああ、狩矢遅かったわね。」

「そのようだな、ターゲットは、強盗五件以上…中々大物だな。」

「そうなのよ、それでも…」

と、智美はサイクロプスの残骸から宝石を回収する店員たちを横目に愚痴る。

「あの石を一個買える位かしらね。」

「仁侠の用心棒にでもなったらどうだ。」

 狩矢の提案に智美は露骨に顔をしかめる。

「反社の使い走りになるまで落ちぶれてないわよ。」

「今なら空きがある。」

「…安田の事?」

「ハンターキラーという名前を知ってるだろ。」

「うん、噂通りなの?そいつの腕前。」

と、智美は疑うように言った。

「西田は良い奴だったが腕は二流だった。安田は…性格はともかく一流だった。」

「ドーピング野郎でしょうが。」

「俺達はアスリートじゃない。加速剤を使おうと勝手だろう。問題はそれを使ってもヤツに勝てなかったという事だ。」

「心配してくれるの。」

「まあな、しばらく壊し屋は控えておいた方が良い。」

と、言って立ち去ろうとする狩屋だが、智美はついて来る。

「嫌よ、同業者がやられてるのにコソコソ隠れていられますか。」


 ハンターキラーは深夜のビルの谷間を跳躍していた。隠密に優れた静音モーターにより着地しても音は一切しない。無音のまま屋上を疾走して次のビルに跳ぶ。

 着地した途端に生体センサーにより人の存在を感知した。警備員かビルの管理人か、誰であれ息の根を止めてそのまま次のビルの向かう筈だった。

 カメラアイから少女の姿が送られてきた電子頭脳は一瞬思考を停止した。もし少女が僅かにでも感情を表したら、恐怖なり驚きなりを表情に浮かべれば即首の骨をへし折っていた。しかし、殺し屋ロボットを前にしても少女は無表情のままだった。そのままゆっくりと崩れ落ちる。生体センサーは少女のバイタリティが極端に低下している事を告げていた。深夜の寒空の下で長期間いたらしく体温が著しく低下していた。

 ハンターキラーは立ち尽くしていた。このまま立ち去っても少女は直に息絶える。口封じの必要すらない筈だがどうしてもその場を離れる事が出来なかった。


 少女が目を覚ますとひび割れた天井が見えた。辺りを見回さすと見事に何もない。少女の寝かされていた粗末なマットと毛布位だった。コンクリートが剥きだしになっている部屋に入って来る者がいた。

「目が覚めたようだな…。」

と、ハンターキラーが言った。

 それから黙って少女を見つめた。少女も戸惑いながらも不気味な鉄面を見つめ返す。

「バイタリティも回復しているようだ。」

 一人で納得するハンターキラーに対して少女が言った。

「私は綾子。貴方は?」

「型式番号は…イヤ違うな。そういう事を聞きたいんじゃないな。」

 ハンターキラーは持っていたスープを乗せたお盆を少女に手渡す。

「殺し屋さ。」

と、世間話でもするように言った。

「そう…」

と、綾子は特に気にすることもなくスプーンを取る。

「助けてくれてありがとう。いただきます。」

と、しっかりとした口調で言った。

 しばらく綾子がスープを啜る音だけになる。それからポツリと呟いた。

「何故?」

「何故、助けたか。その理由を質問しているのだろうが…」

と、ハンターキラーは考えた。たが、あの時のメモリーをリプレイしても何故行動を論理的に説明出来なかった。

「まあ、細かい事は良いだろう。」

「でも貴方は…」

と、言って、綾子はハンターキラーの方を向いた。

「殺し屋なんでしょう…どうして私は殺さないの。」

「そういう指示は受けていない。」

「では指示しよう。そのガキを始末しろ。」

と、入り口の方から声がする。

 眼鏡を掛けて、趣味の悪い柄のシャツに蝶タイを付けてる小男が立っている。お供にハンターキラーと同型機を従えている。

「どうした、指示は出したぞ。」

と、苛立たしく言った。

「オレの対象は壊し屋連中の筈だ。」

「お前がそんなガキを拾ってくるからだろう。」

「ロボットを搾取するこの街の権力者の手先である壊し屋に制裁を与えて、真のヒトとロボット共存を…というのがドクター、あんたの理想なんだろう。」

「そんな貧民の餓鬼などどうでもいい。」

と、ドクターと呼ばれた男は吐き捨てる。

「だが、私は寛容だ。お前がやりたくないならその意思は尊重しよう。」

と、言ったドクターはお供のロボットに向きなおる。

「その餓鬼を殺せ。」

と、お供のロボットに命じる。

「御意。」

と、ロボットは少女の前に立つ。少女の細い首に手を回す。

 ハンターキラーは少女の顔に恐怖よりも安堵の表情を浮かべている事に気がつく。

 ハンターキラーは自分と同型機の腕を掴んだ。その行為は男とハンターキラー自身を驚かせた。

「お前、何をしている?」

と、ドクターは心底驚いていた。ロボットの電子頭脳はブラックボックス化されているとはいえ最低限の設定は可能だ。どれ程反抗的でも最終的には自分の指示に従う筈だった。

 二体の同型ロボットの出力は同じだが、ハンターキラーがお供の腕を捻っていく。

「どうも力の使い方がなってないな。ぬるい使われ方をされてるんだろうな。」

 ハンターキラーはお供ロボットの腕をへし折って壁に叩き付けられ轟音が響く。呆然とするドクターを尻目にハンターキラーは少女を抱えて部屋を出る。


「まだ探すの…」

と、智美は愚痴る。

「この北宝町は廃ビルが多い。犯罪ロボットが潜むにはもってこいだろう。」

と、狩矢が答える。

「気軽に言うけど、廃ビルには当然エレベーターも止まってるのよ。」

「だから階段を上ってる。」

 智美は呆れたように言った。

「流石にこの街一番の壊し屋よね。」

 狩矢は振り向いた。

「別段ついて来ないでも構わないんだせ。他にも賞金首のロボットはいるんだ。」

と、諭すようにように言った。

「小物に用は無いわ。それに貴方一人では不安だもの。」

 狩矢は取り合わずに階段を上がっていく。部屋に入って辺り見回す。智美が少し息を切しながら遅れて部屋に入る。

「ちょっと無視しないでよ。」

 狩矢はしゃがんで床を見ていた。

「な、何よ…」

と、智美が覗きこむ。

「何かを敷いたような跡がな。」

と、狩矢が答える。

 埃が長方形に除かれている。それはマットを敷いた跡だった。狩矢は視線を壁に向ける。

「それに壁も崩れてるな。」

「でも不良たちがたまり場にして、壊したのかもよ。」

「どれだけやんちゃでも壁を叩き壊す程暴れるとはね…」

 狩矢はコンクリ片の散らばっている中から金属片を見つけ拾い上げる。

「ロボットの関節部品のよぅね。」

 智美は金属片を眺める狩矢に問い掛ける。

「で、それが何だっての?」

「カスタムされてるな。誰でも作れるものじゃない。」


 その日の夕方、狩矢と智美はジャンク屋兄弟のガレージに訪れた。

 兄貴の明夫は腕パーツを胴体に接続する作業を行っていた。入ってきた二人に気付いた。

「おう、また厄介事か。」

と、どら声で迎える。

 弟の昌司が奥から現れる。

「ああ、いらっしゃい。狩矢さん。智美ちゃんも久しぶりだね。」

と、言った。

「見てもらいたい。」

と、狩矢はパーツを昌司に渡す。

 受け取った昌司はそれをかざす。

「随分と精巧だな…うーむ…」

と、歯切れが悪そうだった。

 昌司は明夫にパーツを手渡す。

「兄ちゃん、どう思う?もしかすると…」

 明夫はパーツを一瞥する。

「ドクターの野郎だな。」

と、きっぱりと答える。

「ドクターって?」

と、智美は質問する。

「同業者でね。本人が博士号を持ってる、と自慢していてね。」

と、昌司が答える。

「同業のジャンク屋からの評判はあまり芳しくないようだな。」

と、狩矢が言った。

「彼はロボット愛護主義でね…羅械の搾取からロボットを保護する活動をしてる。」

と、昌司が答える。

「保護…?結局やってる事は羅械の破棄したロボットをリサイクルするだけでしょう。」

と、智美が怪訝そうに言った。

「要はライバル企業から金を貰ってのネガキャンさ。」

と、明夫が吐き捨てるように言った。

「正面切って羅械と争う度胸もない。犯罪ロボットの始末を邪魔する訳か。」

「うん…?」

「今、街を騒がせているハンターキラーって賞金首。その手掛かりじゃないかって…」

と、智美が補足する。

 明夫は持っているパーツを見直す。

「確かに…戦闘用としても十分に通用するが…」

 明夫は狩矢に視線を向ける。

「これが例のハンターキラーのモノだと?」

 明夫の質問に狩矢は首を横に振る。

「いや、あそこでは争った形跡があった…相手のモノかもしれん。」

「ドクター配下のロボット同士でかい?」

と、昌司が怪訝そうに言った。

「飼い犬に手を噛まれるという事もあるだろう。」

 兄弟は顔を合わせる。

「まあ…あいつならあり得ない話ではないか。」


「いらっしゃいませ。」

北石町にあるホテルのフロント係はロビーに入ってきたお客に頭を下げる。

「部屋を頼む。」

と、少女を抱き抱えている召使ロボットが言った。

「かしこまりました。」

と、フロント係は言った。

(随分とゴツイ召使ロボットだな…)

と、思いながらもフロント係はキーを渡す。

「お嬢様は顔色が悪いようですが、お薬をお持ちしましょうか。」

 召使ロボットは歩みを止めて振り向かずに、「その時はお願いする。」と言ってから部屋に向かう。

 部屋に入ると召使ロボット…ハンターキラーは綾子をベッドの端に座らせる。生体センサーを作動させる。

「最後の食事から半日経過していたな…ルームサービスを頼もう。」

「私そんなにお腹は空いていないわ。」

「その顔色の悪さは栄養補給が必要だ。」

 ハンターキラーは受話器を取りフロントに子供が食べ易い料理を見繕って持って来るよう頼む。

 運ばれてきたオムライスを頬張る綾子。その様を眺めるハンターキラー。

「中々の食べっぷりだな。」

 綾子は顔を赤らめる。

「ごめんなさい。さっきお腹が空いてないと言っておきながら…」

「いや、責めてる訳じゃない。」

と、言いながら綾子の頭に手を置いた。

「俺は戦闘用で子守などの機能は無いからはな。むしろ正直に言ってくれる方が助かる。」

 綾子は微笑んだ。ハンターキラーが初めてを見る表情だった。

 食事後、綾子にシャワーを浴びさせてからベッドに着かせる。綾子はすぐにうとうとするがぽつりと呟く。

「お母さんは男の人を部屋に呼ぶ時…私は屋上に行っている事になってるの。」

 それを遮るようにハンターキラーは明かりを消した。

「もう寝ろ。」

 真っ暗な部屋に綾子の寝息だけが響く。ハンターキラーは椅子に座ってその寝顔を眺める。

 翌日二人は歩行者天国を歩いていた。大道芸人とロボットとのパフォーマンスに人だかりが出来ている。

「すごいわ…」

「そうだな。」

 ハンターキラーの相槌に綾子は不思議そうな顔した。

「あなたなら、あれ位簡単でしょう?」

 パフォーマンスは芸人が次々に放つ球をキャッチしたロボットが高速でジャグリングをしていく。だが、その内の一個が滑って芸人の顔面を直撃する。芸人は大袈裟に倒れてからロボットに怒鳴る。ロボットの頭をかく動作に観客から笑いが起こる。

「相手の顔を砕かない程度に速く打ち込む。ロボットにはその加減が難しい。」

と、言いながらハンターキラーは芸人の方を指す。

「相棒にも信頼されているんだろう。」

「そうね、左右の腕が違うのに。」

 そのロボットは両腕とも規格外のパーツが雑に連結されていた。

「ああ、規格品でないから経験から最適なモーションを導き出すしかない。」

「え…」

「つまり…すごく練習しているということさ。」

 綾子は屈託なく笑う。だが、すぐに顔を曇らす。

「ごめんなさい。私のせいで…」

「そうだな。ここ最近選択肢を全て誤っている気がする。だか、問題はそこではないな。」

と、言いながら綾子の頭に手を置いた。

「その事に微塵も後悔していないことが問題なのかもれん。」

 それから改めて綾子の顔を見直す

「そういえばお前、歳は幾つだ。」

「九つ…ううん、昨日で十歳かしら?」

「それなら誕生日プレゼントを贈らないとな。」

 綾子は首を振る。「いいの、貰ったことないもの。」

「俺が贈るさ、何が良い?」

 呟いた綾子の肩を弾丸が掠る。ハンターキラーは崩れる少女を抱えながら迅速に壁に避難する。

 悲鳴が上がる方を見ると、流れ弾に貫かれて停止したロボットを芸人が必死に揺さぶったいた。

 ハンターキラーは綾子を横たえる。

「待っていろ。」

と、言って壁を出る。

 ベレッタを構える男が立っていた。見るからに高級そうな服を着込んでいる。

「ふふ、情報通りだな。」

 男は壊し屋の広田。シンギュラリティ…AIを危険視する思想の持主で、ロボットを破壊するのを正義と信じていた。大袈裟な身振りの上で、「光着」と、叫ぶ。金色のパワーテクターが光着される。

 パワーテクターの配色は自身で変更可能だが、数々の殺し屋を屠ってきたハンターキラーもここまで金ピカな配色を装着した壊し屋を見たことがなかった。

「タレコミ…だと?」

「貴様が小娘を隠れ蓑に逃避しようとしてるとな。」

 広田はベレッタを構える。ハンターキラーの眉間を狙い撃つ。だが、ハンターキラーは造作もなく回避して、ダッシュする。広田は構わず額に向けて射撃を続けるが、パワーテクターの性能に依存した正確なだけの射撃など問題ではなく、ハンターキラーは最低限の動作だけで回避して広田に肉薄する。広田に仕掛ける直前に急制動を掛けたのはプログラムではなく直感と呼ばれるものかもしれなかった。

 広田はパワーテクターに有料オプションとなる強化パーツを追加光着した。同業者は賞金額と割に合わないので使用しないが、元々大企業の重役の息子で、賞金を稼ぐことが目的ではない広田は札束を燃やすようなコストも気にしなかった。

 ハンターキラーは増設モーターにより倍増したパンチを跳躍して飛び越す。頭頂部に踵を打ち込む。追加装甲でバズーカの直撃にも耐えられたがそこは無防備だった。

 パワーテクターが解除されて崩れる広田にハンターキラーは歩み寄る。

「何故無関係な奴を撃った。」

 呻きながら上体を起こす広田は怪訝の表情を浮かべる。

「何を言っている?」

 ハンターキラーは大道芸ロボットの方を示す。

「あんな正式登録から抹消されたガラクタがどうだと言うんだ。」

と、広田は心底不思議そうに言った。

「…」

「おい、待てよ、勿論後で賠償金はタップリと払ってやるさ。」

 広田は大企業の社長の息子だった。壊し屋をやっているのは本人としては正義感のつもりだった。

 ハンターキラーが拳を振り上げようとしたのを止めたのは、綾子の呻く声をキャッチしたからだ。

 頭を抱えて震える広田が恐る恐る頭を上げると、既にハンターキラーの姿は無かった。


 狩矢と智美が現場に駆け付けた頃には広田はいつもの調子を取り戻していた。

「随分と遅い到着だな。」

「あら、逃げられたクセに良く言うわね。」

と、智美が言い返す。

「これまで数々の凄腕の壊し屋を葬ってきたハンターキラーもこの私は仕留められなかったということさ。」

「命乞いでもしたんじゃないの。」

 智美の一言で、広田の顔色が変わる。

「まぁまぁ。」

と、現場検証をしていた荒井刑事かとりなす。壊し屋のご機嫌直しも刑事の役目だ。

「ここは壊し屋が協力してやってくれよ。」

「確かに…とにかく女の子でカムフラージュしようとしていたらしいがそれも発覚した以上逃走経路は限られるからな。」

 広田は元の高慢な表情に戻り、「狂ったロボットから街の治安の維持の為に直ぐに向かおう。」と、リーダー気取りで言った。

「何処へだ?」

 それまで無言だった狩矢が質問する。

「奴はおそらく街を離れようとするだろう。そのルートに張り込めばいい。」

と、得意気に語る。

「そうだな。その分析は多分適切だと思う。まあ、頑張ってくれ。」

と、狩矢はそう言って立ち去る。

 荒井は無論、広田も驚きの表情を浮かべているが、気にせずに歩を進める狩矢。それを追う智美。

「どうしたのよ。ハンターキラーを追っていたんでしょう。」

 狩矢は立ち止まり振り返る。

「追ってるさ。」

「だったら…」

「女の子連れだと言っていたよな。その子はどうなった?」

 智美は想定外の質問は面食らう。

「ああ〜確かハンターキラーが連れて行ったらしいけど、もう用済みな訳だし何処かに放置されてるんじゃないの。」

「どうかな。」

「幾ら殺し屋ロボットでも流石に口封じはないんじゃない。」

「逆だ。女の子は怪我をしているらしい。その手当てが終わるまては動かないだろう。」

「殺し屋ロボットがどうしてゆきずりの女の子に?」

「もっともな質問だな。」

 狩矢は廃ビルのマットの跡を思いだした。

「ただ勘さ。お前さんはあちらに参加した方が賢明だぞ。」

と、狩矢は言ってから歩み去る。

 智美は一瞬戸惑った表情になったが狩矢の後を追った。

 北石町には工場が隣接している地域がある。

「…この辺も結構廃工場が多いのね。」

「羅械コーポの恩恵を受けられたかどうかの差だな。」

「だけど…やっぱり騒動を起こして近場に潜んでいるなんて考えられな…て、ちょっと?」

 狩矢は廃工場に飛び込んで、ダンボールに寝されている少女に駆け寄る。

「まだ、息はある…」

と、狩矢は言った。

 慌ててフロアに入る智美に告げる。

「救急車を頼む。」

と、言って廃工場を出る。

 外に出た狩矢は周囲を探る。しかし何も気配はなかった。

「この辺だと救急車の到着は遅れるってさ。応急処置するから手伝って。」

と、智美が中から声を掛ける。

「分かった。」

と、答えながら狩矢が廃工場に戻る。

 その姿をハンターキラーは物陰から見ていた。そのまま綾子のいる廃工場へ一歩進めてから立ち止まる。

「最後くらいは正しい選択をしてみるか。」


 幸いな事に綾子の傷は浅く、輸血後、直ぐに意識を取り戻した。二人はこれまでのあらましを聞いた。

「そう、そんな事があったの。」

と、智美が言った。

「あの…殺し屋ロボットが…ねえ。貴方の推理した通りね。」

と、智美はしんみりした口調で言った。

「だが、それは免罪符にはならんさ。」

と、狩矢は冷徹に言い放つ。

「ちょっと、綾子ちゃんの前で言うことないでしょ。」

「ちょうど君と同じ位の歳の子が父親を亡くした…勿論危険な仕事だから他のロボットに殺されていたかもしれないがな。」

「…」

 綾子は青白い顔のまま無言だった。気まずい空気が流れるが狩矢は気にする様子もなく病室を出る。智美もそれに続く。

「ちょっと何処へ行くのよ。」

「もう、あいつが行く場所は、かつての飼い主の所しかない。」

「復讐の為?」

「口封じ目的で狙われ続けるだろうから、な。」

 狩矢はドア越しに綾子に視線を向ける。

「君はあの子の側に居てくれ。」

 いつもなら反論するが、有無を言わせない響きがあった。智美は黙って見送った。


 市内中央にあるイベントホール内、ドクターはマスコミの前に立ちご満悦の様子でインタビューを行っていた。

「結局この街はロボットを搾取して成り立っているんです。移民を排斥してロボットとの共存?全く矛盾してますな。」

 ドクターは自分でレストアしたロボットの肩に手を回す。

「私は微力ですが彼らの助けになろうと思っております。」

 マスコミからフラッシュを焚かれながら、明日のニュースで配信されることに内心ほくそ笑むドクターだが、その顔が青ざめた。

 ドクターの視線が一点を見て凍りついていることに気が付いたマスコミ連中も振り返るとハンターキラーが立っていた。

「いや、ご立派な演説だな。」

と、言いながら近づいて来る。

「おい、コイツは殺し屋の…」

 マスコミ連中は一目散に逃げ出す。残されたドクターは先程まで親しげに肩を回していたロボットに冷たく命令する。

「おい、戦え。」

「ワタシは戦闘用では…」

「ガタガタ言うな!」

 ドクターはタブレット型端末を操作すると、ロボットは頭を抱えて呻く。自我を失い、腕を振り回してハンターキラーに迫る。召使ロボットの攻撃など、歯牙にも掛けないハンターキラーはなるべく電子頭脳に負担が掛からないように加撃して倒す。

「こんな事の為にレストアされるとは…な。」

「き、貴様、どういうつもりだ。」

 ドクターは腰砕けになり逃げる事も出来ない。

「あの壊し屋に情報を流したのはあんただろう。」

「裏切ったのはお前だろ!」

 ドクターは腰を引きながら後ずさる。

「別に俺の始末だけなら構わない。だが、あの壊し屋があの娘を巻き沿いにして、口封じになる事も計算の上で…それが気に食わない。」

「いい加減にしろ!あの餓鬼がどうだと言うんだ。」

 ドクターはヤケ気味に絶叫する。

「…」

 ハンターキラーは歩みを止める。

「そりゃ口封じをしなきゃいかんだろうよ。何が悪い。」

「…そうだな。俺自身も良く分からんのにあんたには分かる訳もない。」

 ハンターキラーはゆっくりと近付く。その間に狩矢が立ちはだかる。

「どいてくれないか、直ぐに済む。」

「こちらの用件が済んでからな。」

 ハンターキラーの電子頭脳にある直感が眼の前の男がこれまでの壊し屋とは異なる事を告げていた。

「…賞金だけが目的でもなさそうだ。」

「お前さんの完璧な仕事ぶりは様々な因縁を生む。俺はその中の一つにすぎん。」

「…そうか。」

と、ハンターキラーは諦めたように言った。

 二人は間合いを保ちつつ横に移動していく。

「…あの子は無事だ。」

 狩矢の呟きにハンターキラーが頷く。同時に狩矢は光着する。互いに跳躍して空中で無数の打撃が交差してから互いの立っていた場所に着地する。狩矢は振り向き様にデザートイーグルを撃つ。弾丸を当てるにはこのタイミングしかない、と判断しての抜き撃ちだった。だが、ハンターキラーは至近距離でありながら首を僅かに傾ける動作で回避して拳銃を叩き落として、前蹴りを打ち込む。直撃を受けた狩矢は吹き飛びながらもナイフを投擲した。蹴りを打った直後かつ、ナイフは強化セラミック製であり金属センサーに反応しない。その誤差が勝敗を決した。

 自ら後方へ跳んで衝撃を緩和した狩矢はなんとか着地するが、パワーテクターの胸部は破損しており光着が解除される。ハンターキラーの額にはナイフが深々と刺さっていたが不思議な充足感があった。強敵と戦って果てるならば満足だった。

(後は…)

ハンターキラーは狩矢に何かを告げた。

「分かった。」

 狩矢は答えを聞いたハンターキラーは崩れ落ちる。狩矢はその様を静かに見守る。そこにドクターが騒がしく近付いてきた。

「いや…あの殺人ロボットを…」

と、へつらいながら握手を求める。

 だが、狩矢は見向きもせずスマートウォッチから手続きを行なう。

「認識番号CRDC224…」

 そのまま立ち去る狩矢に気分を害したドクターは顔を歪ませる。

「ふん、これだから壊し屋風情は…」

と、吐き捨てるが、狩矢と入れ代わりに入ってきた警官たちに両脇を掴まれる。

「何をする?」

「署でね、事情をお聞きしますね。」

と、後ろから来た荒井刑事が言った。

「ば、馬鹿な私は被害者だぞ…」

 ドクターはじたばたするがそのまま連行されていく。


 病室では綾子がベッドに座り窓に視線を向けている。智美が話し掛けているが無関心だった。

「綾子ちゃんはホームに入る事になったの。」

と、智美は気にせずに続ける。

「色々な家庭の事情の子供達がそこで生活しているの…」

 ノックの音に振り向くと、狩矢が入って来た。

 狩矢は口を開き掛ける智美を手で制する。

「ここに来る資格が無いのは分かってる。代理で来ただけざ。」

 狩矢は綾子の手元に包みを置いた。

「彼からだ。」

 それまで無表情だった綾子がハッとなり包みを開ける。あの時、ハンターキラーに願ったペンダントが入っていた。

「あのロボットを倒した事に言い訳をするつもりはない。だが、もしこの場に来たのが彼であってもその贈り物を渡して立ち去っていたと思う。」

 それまで何があっても涙一つ見せなかった綾子が泣きだした。智美はそっと抱きかかえた。狩矢の目配せに頷く。

「やっぱりここに来てたか。」

 病院の玄関前に荒井が待っていた。

「あの男は?」

「どうも反ロボット兼移民推進派の企業がスポンサーだったらしい。」

「ロボットで儲けるヤツがいれば損をするヤツもいるか…」

「まぁ…何処まで上の連中を引っ張れるかは分からんがな…それよりも広田がご立腹だぜ、嵌められたと。」

「あのドクターという男も広田も利口だよ。だから単純な計算出来ない馬鹿の考えが分からんのさ。」

「お前さんもな…今度の賞金を西田の子供の学費の足りない分に使ったらしいな。」

 狩矢は黙ったまま煙草に火を付けて去っていく。


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壊し屋稼業 @sawaki_toshiya

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