第17話 伴侶
「うーん、今日は見学だけか」
翌朝、イザナギの学校にやってきたシュクは、学校の案内を一通り終えて校門にむかっていた。
「イカー」
シュクの肩には、イカに変身したギンコが乗っている。
「魑魅魍魎を従えているなら、専用のクラスに編入しないといけない、か。事前に話とけよ」
朝、ギンコを連れて転入先の学校にたどり着くと、大騒ぎになってしまった。
シュクがギンコを連れていることくらい、報告しているモノだと思っていたが、何の連絡もなかったらしい。
結果として、当初予定していた普通科ではなく、特別な科に転入することになったのだ。
当然、その準備があるため、案内だけでシュクは帰ることになったのである。
「イカー」
何となく、なぜこのようなことになったのかギンコにはわかっていた。
(あの担任だな)
シュクがギンコを従えていることを、開闢学園の学園長や上層部は当然知っている。
もちろん、シュクのクラスの担任も知っているはずだが、その認識をしていないのだろう。
なぜなら、シュクは基本的にクラスにギンコを連れて行かなかったからだ。
ギンコがシュクのクラスメイトのことを好んでいなかったための措置だが、結果として、シュクのクラスの担任はギンコのことを忘れたのだ。
もし、ギンコのことを覚えていたら、シュクにあのような態度を取れないはずである。
ギンコという大妖を従えている少女が、シュクなのだ。
「まぁ、早めに帰してくれるのはありがたいな。まだ部屋も片付いていないし……ん?」
移動教室でもあったのだろうか。
正面から生徒達が歩いてくる。
多くの女子達がキャイキャイとはしゃいでおり、その中心に一人の少年がいた。
「クラウくん、昨日は大きな魑魅魍魎を退治したんでしょう? スゴイね! 人助けじゃなくてそんなこともできるなんて!」
「二組の子達でしょう? 良いなぁ、私もクラウくんに助けられたいー」
「いや、僕は何も……」
その黒い髪の少年に見覚えがあったシュクは思わず声を上げる。
「あ……」
「ん……え?」
シュクを見て、黒い髪の少年も驚いたように声を出した。
女子達に囲まれていたのは、昨日であったクラウだった。
クラウは、シュクを見て、駆け寄ってくる。
「君は、昨日の……どうしてここに?」
「え、いや……ここに通うことになっているから」
「そうなの!? うわぁ、嬉しい」
クラウは、その整った顔に心の底から嬉しそうな顔を浮かべて、シュクの手を取る。
クラウの後ろでは、その光景を見て女子達が悲鳴をあげていた。
(いや、人気あるな、コイツ)
突然、手を握られてシュクは困惑するが、それよりも気になるのは周りの反応である。
クラウは相当女子人気が高かったようで、シュクに対して驚きと警戒と嫉妬のこもった目を向けていた。
(というか、ここまで懐かれるようなことあったか?)
クラウの目が、シュクの勘違いでなければ確実に好意を持っている者の目である。
キラキラとして直視するのを躊躇うほどだ。
「改めて、僕の名前はクライ・クラウ。学年は……」
「あー、怪我とかなさそうで何より。じゃあ、私はコレで」
面倒ごとの気配しかしないクラウから距離を取るため、シュクは彼の手を払い、足早に去ろうとする。
「あ、待って」
しかし、そんなシュクをクラウは呼び止める。
「いや、本当に急いでいるので……というか、授業があるのでは」
「その、これだけは言わせて欲しくて」
クラウは、スルリとシュクの前に立つと、真剣な目でシュクを見つめる。
「言わせてほしいって……」
「結婚!」
「……は?」
クラウは、突然何かをいいだした。
何か、色々とおかしい言葉を。
(ん? いや、は?)
あまりに予想外の言葉に、シュクの動きも止まる。
そして、予想外の言葉を発したのはクラウも同じだったようだ。
口を抑え、何か考えるように目を動かしている。
だが、しばらくそうしたあと、クラウは何かを決めたように軽く息を吐く。
「あ……うん。その、ちゃんと、順番があるよね」
「え、ああ……」
あれだけ騒がしかった女子達も、今は言葉を失っていた。
それはそうだろう。
愛しのクラウは、突然見たこともない女子に結婚などと口走ったのだ。
混乱し、状況を把握しようと努めていた。
それはシュクも同じだった。
生まれてからこれまで、異性に告白されたことなどシュクにはない。
ましてや、いきなり結婚などと言われたのだ。
動こうにも、体も思考も動かない。
その間にも、クラウは軽く咳払いをして呼吸を整えていた。
「改めて……結婚を前提に、お付き合いをさせていただけないでしょうか?」
「あー……」
「必ず! 幸せにしてみせますから!」
一世一代の、告白。
それに相応しい声量と、気合のこもった声に、シュクの顔は引き攣る。
クラウの整った顔が、より一層輝いて見えた。
そんな、想像を絶する光景と状況を前にしたせいか、シュクは気が付かなかった。
少々、クラウの言葉がおかしいことに。
「なので! イカさんを、僕にください!!!」
「…………………は?」
完全に、何もかも状況が覆った。
「イカー?」
成り行きを見守っていたシュクの肩に乗っているイカも、体を傾けている。
「ああ、なんて可愛い声。そのフォルム。まさに完全なイカ。はぁ……」
イカをまじまじと見て、クラウは膝から崩れ落ちる。
「え、どういうこと?」
クラウの告白を聞いて、シュクは周囲の女子達に助けを求めるが、女子達も首を振っていた。
シュクと同様、クラウの発言がよくわからなかったのだろう。
正直、クラウ以外の全員が混乱している。
「イカさんの飼い主さん」
「は……え、私?」
クラウは、シュクのことをじっと見ている。
「はい。イカさんの飼い主さん。どうですか? 彼女と僕の結婚、認めていただけますか?」
「え、いや、結婚というか……ええぇ……」
クラウは、シュクの手を取る。
「何でも! 何でもしますから! なので、お願いです!! イカさんと結婚させてください。彼女を、僕の伴侶に!!」
「ひぃぃ?」
訳のわからない言動をされては、いかに相手が美少年であっても普通に怖い。
シュクは咄嗟にその場から逃げ出した。
「待って!イカさんの飼い主さん!!」
「ひぃ!? 追ってきたぁああ!?」
そして、逃げるシュクをクラウは追いかける。
求めていた伴侶を見つけた少年クラウと、大妖を従えた落ちこぼれの少女シュクがパートナーになるのは、これからのことである。
私たちは開闢を望む おしゃかしゃまま @osyakasyamama
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