第二十二話 赤いリボン

「今日はおでかけ、なしになったの」


 赤い小さな肩掛けバッグをに掛けて、三つ編みにした黒髪に赤いリボンをつけてもらったマルゥ。彼女は消え入りそうな声でうつむきながら兄に訴えた。

 彼女は今日エミルと一緒に、近所にやってきた移動動物園に行く予定だったはずだ。昨日の夕食の時から興奮気味に話題にしていたのをクロミアも微笑ましく聞いていた。


「どうしたんだい? エミルさんの都合が悪くなったのかい?」


 なだめるようにクロミアが顔を覗き込みながら尋ねると、彼女は潤んだ目で見返してくる。


「さっき市場のお向かいの公園が、ばーんってバクハツしたんだって。だから危ないからだめって言われたの」


 その言葉を聞いて、クロミアははっとした。


「テロ……か。こんな首都近郊にまで……」


 手紙の解読に没頭していて世の中の事にもすっかりうとくなっていたクロミアだったが、時折流れてくるラジオのニュースは切れ切れに彼の耳にも届いていた。

                         

『──爆弾を使った小規模なテロ行為を繰り返すグループ「紅い月」が……』

『これまでに起きた5回の事件に対して、犯行声明を出しており……』

『被害者は合わせて死者3名、けが人18名。他に行方不明者が……』


 彼の中で「単なる音」として記憶していたニュースの切れ端が今、脳内で鮮明に意味を持ち始める。

 

「うん、残念だけど確かに人が集まるところに行くのは危ないね。また今度にしようか」


 そっと妹の頭を撫でると、彼女はぎゅっと目を閉じてうなずいた。零れかかっていた涙が落ちて、ぽつりと絨毯じゅうたんに染みを付ける。不憫ふびんに思ったクロミアの脳裏に、この屋敷に住む老婦人の顔がふと浮かんだ。


「そうだ、ヤーマドさんのところに行こうか。またあの鳥を見せてもらおう」


 それはこの屋敷の最上階に住むひとり暮らしの老婦人のことだった。鳥が大好きな彼女はベランダのある部屋に住み、白や灰色、そしてマーブルの鳩をたくさん飼っている。また、淡い紅色のくちばしをした小鳥も数羽いたはずだ。

 マルゥは以前見せてもらって以来、すっかり彼女の鳥が好きになっていた。

 案の定、マルゥのご機嫌はすっかり良くなって、目をきらきらと輝かせ大きくうなずいた。


「クッキーを持っていくわ。ヤーマドさんと鳥さんたちが喜ぶと思うから」


 その言葉にクロミアも微笑んでうなずき、戸棚の上の丸い缶から大きなクッキーを5枚取り出して皿に乗せマルゥに持たせた。

 クロミアも同行して、ヤーマド……というよりも彼女の鳥に会いに行く。妹は軽くドアを叩いて老婦人の名を呼んだ。


 すぐにパタパタと玄関へと急いで駆けてくる足音がして、迷いなく扉が開いた。声の主がマルゥだとすぐにわかったようだ。

 しかし、ドアの前に立っていたのは銀髪に灰色の瞳をした少年だった。彼女は一瞬戸惑ったが、すぐに笑顔になった。


「おや、ええとクロミアくんだったわね。それとマルゥちゃん、素敵ね。赤いリボンとバッグがお揃いなの? どこかへお出かけかしら」


 そう言って、小柄でふくよかな老婦人は口元をほころばせ、目を細めた。

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カウス・ルルプドの警告 千石綾子 @sengoku1111

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