第十八話 噂の二人

「ぶへっくしょんっ!!」


 大きな音が執務室に響く。


「……何度も申し上げておりますが、くしゃみをする時は口をおおって下さい」

おおう前に出ちまうんだからしょうがねえだろうが」


 不満げに机に片肘をつき、差し出されたハンカチで顔を拭ったのは、長く艶やかな黒髪の男だ。執務室という場に似合わず、金の細やかな装飾の付いた銀色の重鎧の上に黒のローブをまとっている。

 

「では、矢を射られた時は矢が刺さってから剣でぐのですか?」


 涼し気な顔でかごを差し出して、使い終えたハンカチを受け取るのは、癖のある燃えるような赤毛をした男だ。地味な茶系のパンツとベストという服装で穏やかな笑みを浮かべている。


「あー、うるせー! 矢なんか痛くも痒くもねぇぞ」


 黒髪の男の巨体がのけ反ると、執務室の椅子が悲鳴をあげる。

 その机の上には箔押しされた上質の紙。赤毛の長身の男は、もう一枚ハンカチを取り出し、紙に飛び散った飛沫を拭き取った。


「で、どうなさいますか? ラガマイア王国からの招待状をこの様に無下むげにされるということは、ユリアナ国王在位15周年の祝賀会には行かれないということで宜しいので?」


 黒髪の男がその紙を引ったくり、睨みつけるようにその文面に目を通す。


「うぅーっ。めんどくせーけど、行かねぇ訳にもいかねぇだろうが! これも外交ってヤツなんだろ?!」

「流石は陛下。隣国との友好な関係はこの西域八ヶ国の平和の為には欠かせないですからね」


 赤毛の男がうやうやしく黒髪の男の手から招待状を受取り、丹念に皺を伸ばす。


「祝賀会ってこたぁ、旨いもんもたくさん出るだろうしな。出なきゃ勿体ねえ」

「その前に、またテーブルマナーのおさらいをしておいてくださいよ」

「あー、やっぱりめんどくせー!!」

 

 手足をばたつかせて面倒くさがる三十代の黒髪の男を生温かい目で見つめる四十代の赤毛の男は、名をエルファンス・ルーン。陛下と呼ばれた黒髪の男はオクトゥビア・ヴィリアインと言った。

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