第十九話 誰が血縁者か

「私に……血縁者が?」


 クロミアは、わずかに声が震えるのを感じていた。母を亡くして、血縁者はあのヴァンスという奇妙な男だけだと思っていたからだ。


「うん。飽くまで推測だけどね。ヴァンスという男は君の実の父親ではないはずなんだ」


 推測、ということだが、ガウスの言葉にクロミアは安堵していた。自分はあの男に少しも似ていない。はずだ。そう少年は思った。いや、昔から長い間そう思っていた。


「ということは、どちらかが私の……?」


 父親なのか。という言葉が出てこないくらいに少年の喉は乾ききっていた。


「うん。オクトゥビア陛下で間違いないだろうね。だけどお母さんは王妃にはなれなかった」


 衝撃に鳥肌が立つ。同時に母のあの泣き笑いの顔が、彼の脳裏に浮かんできた。

 きっと母は隣国の国王の慰みものにされ、いざ子供が出来ると捨てられたのであろうと安易に想像がついた。


「──よくある話ですね」


 クロミアは吐き捨てるように言って机に向き直った。ガウスは何も言わなかった。

 代わりにいくつかの手紙を取り出し、机の上に置いた。


「そろそろ別のものも解読してみないか? 君ならできるはずだ」


 それは几帳面に書かれた手紙だった。しかしそれは数か国の言語と古代の言語、更には数字まで混じっていて、普通に読んだだけではまるで意味をなさない。


「これは……?」


 思わず尋ねたが、ガウスは晴れやかに笑う。


「ちょっとしたお遊びだよ。気分転換に丁度いいだろう?」


 こんなもの、とクロミアははじめ苦々しくその手紙を突き返そうとしたが、好奇心がそれを押し留めた。

 

──解読してみたい。


 子供がパズルを与えられたように、好奇心が全ての感情を上回ったのだ。ガウスのいう通り今のこの最悪な気分を変えるためにも、何か没頭できるものが必要だと思った。


「じゃあ、頼んだよ。僕もやってみるから競争だ。できたら声をかけてくれよ」


 いつもの柔和な笑みをたたえて、ガウスはクロミアを残して部屋を後にした。

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