約束よ。そばにいる。

Latt

約束よ。そばにいる。

「約束する。君のそばにいるって。」



あの悲しさを覚えたあの夜から数年。あれから私の家の周りだけ風が吹き抜けるようになった。夏は気の遠くなるほど暑くて冬は凍えるほど寒い、そんな必死な生活から抜け出すことができたのだ。風通しが良くなり心安らかに眠れるようになった。しかしどこかぽっかり穴が空いているような気がする。

どうして悲しいと思ったのか。

どうしてこの風が吹いているのか。

どうして私を守るように渦巻くのか。

頭の片隅にも残っていないのだ。

積み重なった記憶の層が掘り起こせないのだ。

心安らかなはずであるのに、そんな曖昧な思い出せない悲しみを心に抱え、私は今日も眠るのである。



今日の夢も思い出せない。

ただ私の顔を覗き込むひとつの顔があったことしか思い出せない。

あれは一体誰だったの?

やはり思い出せない。

頭の隅に残っても記憶の層に埋まってもいないのだからまた悲しい。

あの夢は欠片だったのかもしれない。

それを思い出せない自分が苦しい。

私の顔を覗き込み私の傍へ身を近づける。

身を寄せあって暖をとり貴方へと語りかける。

「 。」

あの時何を告げたの?

どうしても思い出せない。

そうして思考を再び手放して、私は今日も眠るのである。



心安らかに目覚めた今日。

心にぽっかりと穴が空いている気がするのもいつものことだ。

じぶんが孤独であるような気がするのもいつものことだ。

ただ懐かしさを憶えるものがいつも脳裏をよぎるのである。

あれは一体誰だったの?

いつも思い出せない。

わたしの後ろを追いかけて

あなたの後ろを追いかけて

ぐるぐるぐると回り出す。

急に向こうへ駆け出して

「 。」

と私にいう。

わたしはあなたへついて行く。

あなたの背中を追いかける。

濡れた塀

路地の暗がり

街の隅

急にあなたは振り返り、わたしに

「 。」

と告げてゆく。

ああなんて悲しいの。

ああどうして悲しいの。



あなたはわたしに言いました。

「やくそくする」と言いました。

あなたはなぜだか頷いて、

わたしの目をみて言いました。

わたしは怒って泣きました。

あなたは目をみて言いました。

なにかを告げてゆきました。



あなたは目をみていいました。

「そばにいる」といいました。

わたしの目をみていいました。

「やくそくする」といいました。

目をつむってふりかえり

わたしのまえでゆきました。

あなたのそばでなきました。

かぜが吹きぬけなみださえ

かわいてどこかへ消えました。

気がとおく凍えるときのことでした。



「やくそくする」といいました。

「そばにいる」といいました。

ぽっかりあながあきました。

あなたのことはわからない。



「やくそくする」

「そばにいる」

「ゆかないで」

「やくそくよ」



きみにつげてゆきました。

ぜったいきみをまもります。

「ゆかないで」といいました。

「やくそくよ」といいました。



優しく安らぐときのことでした。

きみを守ると消えました。

春風がふきかぐわしく

きみのそばでゆきました。

わたしは笑顔でさようなら。

目をつむってふりかえる。

「やくそくよ」といいました。

わたしの目をみていいました。

「ゆかないで」といいました。

きみは目をみていいました。



わたしは告げてゆきました。

わたしは目を見て言いました。

きみは怒って泣きました。

きみの目を見て言いました。

あなたはなぜだか首を振り

「やくそくよ」と言いました。

あなたはわたしに言いました。


ああなんて嬉しいの。

ああどうして優しいの。

突如わたしは足を止め、あなたに

「 。」

と振り返る。

花の園

街の明るさ

雲の上

わたしの背中を追いかける。

きみはわたしについて来る。

わたしは向こうをじっと見て

「 。」

と駆け出した。

ぐるぐるぐると回り出す。

きみの後ろを追いかけて

わたしの後ろを追いかけて

いつでもきみのそばにいる。

きみはわたしの宝物。

今懐かしさを憶えるものがきみの脳裏をよぎるのである。

もうじぶんのことがわからないのもいつものことだ。

心がきみを求める気がするのもいつものことだ。

不安を抱えて眠った今日。



こうして思考を手放して、私は今日も目覚めるのだ。

どうしても思い出せない。

あの時何を告げたの?

「 。」

身を寄せあって暖をとりそばの君へと語りかける。

君の顔を覗き込み君の傍へ身を近づける。

意味を思い出せない自分がいやだ。

あの確信は幻なのかもしれない。

頭の隅に残ってて記憶の層に埋まってるのだからまた悔しい。

やはり思い出せない。

きみは一体誰だったの?

ただ君の顔が歪んでて悲しそうだったことだけが思い出される。

今日の暮らしも憂鬱だ。


不安でいっぱいのはずであるのに、こんな曖昧な思い出せない幸せを心に抱え、私は今日も目覚めるのである。

積み重なった記憶の層が掘り起こすのだ。

頭の片隅にしか残っていないのだ。

どうにかして君を守らなければ。

どうにかしてこの風を吹き込まなければ。

どうにかして幸せと思わせなければ。

私の心が訴えるのは君の存在。

だがその意味は私の中を風のように通りすぎる。

春は心地よい春風が吹き秋はかぐわしい香りが立ちこめる、そんな楽しい生活の中、意味は消えていったのだ。

ただ風を吹かせねばとあのころからずっと思い続けていた

あの優しさを感じたあの夜から数年。



「約束よ。貴方はそばにいるって。」

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