あおのそと
功琉偉つばさ
あおのそと
「ここは⋯⋯ どこ?」
気がつくと、私はなんだか知らない街の交差点に居た。一面灰色の不気味な場所。多分東京か、大阪か⋯⋯ とにかく大きなビルがある都会だ。
周りにはたくさんの人。サラリーマンが多い気がするけど、なぜだか顔がよく見えない。そして私はなぜか学校の制服を着ていた。
不思議と車はなく、やけに静かだった。
カッコーカカコー、カッコーカカコー。
眼の前の歩行者用の信号が青に変わり、信号機の音がやけに大きく響き渡る。すると、後ろから一気に押された。
「ちょっと、待ってください」
そう言っても、後ろの人は何も聞こえてないのか、何も見えてないのか止まろうとしない。しかも、歩こうと思っても、足が動かない。
「なんで?」
カッコーカカコー、カッコーカカコー。
前からも、斜めからも人が押し寄せてくるのに、足音が聞こえない。人の話し声も何もかも。ただ、信号機の音が鳴り響くだけだ。
カッコーカカコー、カッコーカカコー。
ようやく、足が動き出し、前に進むことができた。でも、まるで自分の足ではないかのように、私の意志とは関係無しに真っ直ぐ進んでいく。
カッコーカカコー、カッコーカカコー。
首は自由に動かせたので、あたりを見回してみる。沢山の人がスクランブル交差点に集まっている。でも、どの人も顔に靄がかかっているようで、よく見えない。
カッコー、カカコー、カッコーカカコー、カッコー⋯⋯ パリン。
「ん?」
今、確かにパリン、という音が聞こえた。信号機の音以外に音が聞こえた。
カッコー、パリン、コー、カッ、パリン、カコー⋯⋯ パリンパリンパリンパリン⋯⋯
「もしかして上?」
音のする方、上を見てみると、灰色に染まった雲にヒビが入っていた。しかも、その先は青空でも、太陽でもなく、漆黒の世界。
「え!?」
そして、その破片がどんどん落ちてくる。
パリン、パリンパリンパリンパリン……
それでも誰も気づいていないようだ。
「空が崩れてる…… いや、待って、ヤダ!」
急に、重力が逆さまになったような気がし、体が空に吸い込まれていく。
咄嗟に、近くにいた人のバッグを掴んだが、私のことが気にならないのか、感じていないのか、微動だにしない。
私だけ何故か空に吸い込まれていく。いや、空にあいた穴に落ちてくという表現のほうがいいのか、
「ヤダ、無理、なんなの! 助けて!」
どれだけ叫んでも、誰も見てくれもしない。
「きゃぁぁぁぁ……」
力が抜けた私は空に落ちていった。
◇◆◇
「はっ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。ここは……」
あたりを見回してみると、そこはいつもの自分の部屋だった。枕元には目覚まし時計。窓からは朝日。そして雀のさえずり。
まだ心臓がバクバクしている。
「夢…… だったんだよね。はぁ⋯⋯よかった⋯⋯」
どうやらさっきのは夢だったらしい。それにしてもリアルすぎた。それに、今まであんな場所に行ったことなんてないのになんでだろう。
「待って、やばい! 遅刻する!」
おもむろに目覚まし時計を見てみると、時間は午前8時。あと30分で学校だ。
「急げ!」
ベットから飛び起き、一瞬でハンガーにかけておいた制服に着替え、髪をゴムで縛る。とりあえずいつも持っている教科書類と文房具をリュックに詰めて階段を駆け下りる。
大丈夫、学校まで自転車で飛ばせば15分。なんとかなる。
「お母さん! 遅刻しちゃう!」
そう、叫んでもお母さんは居なかった。居間に行くと、机の上に食パンと紅茶と弁当箱と一枚のメモ。
『今日から修学旅行だから頑張ってね!あと、お父さんも部活の合宿だから一人で頑張ってね! しっかり食べるんだよ 母より』
「忘れてた! 今日お母さん朝からいないじゃん」
私のお母さんは小学校の先生。お父さんは中学校の先生をやっている。だからいつも朝早いんだけど⋯⋯ 修学旅行は朝早すぎるからもう終わりだ。
お父さんも中学校の部活の合宿となったら、もう家には一人だ。そう言えば昨日の夜そんな話ししてたな⋯⋯ ドラマに集中しすぎてて聞いてなかった。
とりあえず、机の上にあるぬるくなった紅茶を飲み干し、パンを咥えて家を出る。
「行ってきます!」
鍵を締めて、車庫にある自転車を取り出し、一気に漕ぎ出す。あと16分、大丈夫。間に合う。
5分くらい思いっきり、漕いで行くと下り坂がある。
「いっせーのーで!」
そして、私は減速しないで坂道へと入る。
シャー
「やっぱり気持ちいい!」
前から空気の塊がやってくる。少し暑くなってきた夏の朝に、風を切っていくのが本当に楽しい。
ペダルに足を乗せたまま、ハンドルと慣性だけでどんどん進んでいく。そして、その勢いを使って、最大のギアを一生懸命漕いでいく。
◇◆◇
「はぁ、はぁ、はぁ、ぐへっ」
「おっはよう! あっちゃん!」
なんとか学校に間に合いそうで、疲れて自転車を押していると、後ろからいきなり背中を叩かれた。振り返ってみると、髪を明るい茶色に染めた可愛い女の子。
「みっちゃん、おはよう。 今日お母さんが修学旅行でさぁ……」
みっちゃん、こと
「ねぇ、あっちゃん、そんなことより、こっち来たら玄関だけど⋯⋯ 自転車置き場はあっちでしょ」
「あっ!」
「遅刻しないでよ!」
そうだ、すっかり忘れてた! みっちゃんはバス通学なので、自転車はない。正門の前で会ったから何も気にせずに歩いていた。
「急げ、急げ⋯⋯」
キーンコーンカーンコーン
私は予鈴がなる10秒前に教室についた。
「セーフ」
「ほら、空峰。はやく席に座れ。間に合ったことにしてやるから」
「ちゃんと間に合ってますよ〜」
「じゃあ、もっと早く来い」
「すみません……」
担任の先生に怒られながら、私は席についた。
私は
でも、色々と仕方がない部分もある。今は7月になったばかりで、最近暑くなってきた。だから疲れも溜まってきて……
ほら、いつの間にか、寝そうになってる。やばい。受験生なのに……
「じゃあ、この英文を、空峰さん、読んでください」
「はい!?」
今は…… そう、英語の時間。読む場所は⋯⋯ 私が困っていると、隣のみっちゃんが教科書の場所をペンで指してくれた。本当にありがとう、みっちゃん。大好き!
「えっと…… He says⋯⋯」
と、まあ、こんな感じで唐牛で高校3年生の生活をやっています。
「はい。そこまで」
ふぅ、一件落着。隣のみっちゃんに片手で拝む。本当に神様だ。私は今窓側の一番端の席に座っていて、空と海がよく見える。右隣にはメガネを掛けたみっちゃんがいて、真剣に先生の話を聞いている。
髪を染めて、クルクルに巻いて、一見ギャルっぽいのに、勉強ができる優等生だ。おまけに優しい!
私は、なんだか起きてからも先生の話を聞く気になれなくて…… だって、英文の内容が、なんかよくわかんない小説分なのだもの。だから窓の外を眺めていた。
私達が通っているこの高校は海に面した場所にある。私が住んでいるのはその後ろ側にある山の方だ。ぼーっと、窓の外を眺めていると、空と海の青さに吸い込まれそうになる。
「ではこの英文を訳してもらいましょうかね次は…… あっ、空峰さん。今日2回目だけど、まあいいかしら。お願いします」
へ?
先生はトランプの番号で決めている。私の出席番号は20番。たぶん、先生私の番号抜き忘れたのか、はたまた故意に入れていたのか……
黒板にはこう書いてあった。
"He grabbed her hand and started running out of the blue."
彼は彼女の手を掴んで、走り始めた? なに? アウトオブザブルーって。隣のみっちゃんに助けを求めようとするが、みっちゃんもわかんないらしい。こうなったらもうどうにでもなれ!
「えっと、彼は、彼女の手を掴んで、走り出しました。青の外へ?」
「空峰さん、out of the blue の意味わかりますか?」
「わかりません!」
「そう、元気に答えられても困るんだけどね…… だれか、わかる人いませんか?」
クラスはシーンとしている。よし。私以外にもわかんない人がいる。よし。
「みなさん、これは大切な表現ですから、覚えておいてくださいね。out of the
blue は、突然に、という意味です。 suddenly などと同じ意味で、正確に日本語に訳すと、青天の霹靂とも言われます。みなさん、覚えておいてください」
へ〜 青の外に出たらそれは突然なんだ〜 って、どういうこと? 青天の霹靂って、確か青が入っていたけど、偶然かな? そんな事を考えているうちに、今日はこれ以上当たらないで授業は終わった。
「終わった〜」
英語の授業は終わり、体育を楽しんで、数学と化学を必死にやって、昼休み。私はいつも通りみっちゃんと屋上でお弁当を食べていた。朝すごく早かったはずなのにお弁当の中身はいつもと同じクオリティーだった。本当に凄すぎる。
「てかさ、あのおばちゃん私を2回も当てるなんてひどくない? みっちゃんなんか最近当たってないじゃん」
すると、みっちゃんは得意げに、
「まあ、それは日頃の人徳といいますか〜」
「もう、何よ」
「でも、本気で知らなかったから私じゃなくて良かったわ」
「なに? 喧嘩売っているの?」
「ムリムリ。あっちゃんと喧嘩したら勝てないよ」
「どうせ、私は脳筋バカですよ〜だ」
そう言ったら、なんか疲れちゃって、仰向けに寝っ転がった。
「それにしても青の外ね〜」
「ね、なんで青の外で突然になんだろうね」
そう言うと、スマホ、スマホと、みっちゃんが調べだした。
「out of the blueは、もともと a bolt from the blue(青空から落ちてくる雷)という表現から来ています。 だって」
「へ〜 って、全然out of じゃないじゃん! どこに要素そんなあった?」
「言葉って不思議ね〜」
「あっ、考えるの放棄したな!」
「あっ、あとちょっとで授業始まるよ!」
「あっ! 逃げた!」
そうして私は残っていたご飯を掻き込んでみっちゃんの背中を追っかけた。
◇◆◇
「じゃあまたね!」
そうして放課後、私達はいつも通り玄関で別れた。みっちゃんはこれから塾らしい。なんでも、今日から通うのだとか。彼女は大学でデザイン系を学びたいらしく。勉強しているらしい。
みっちゃんなら勉強しなくても入れそうだけど、なんか、万全を期して入りたいって言っていた。
私もそろそろ勉強したほうがいいよな〜 でも、やりたいことが決まっていないからモチベーションもわかない。目標がないっていうのはゴールのないレースみたいで一番きつい。
いいな。みっちゃんは目標があって。
この世界で一番辛いのはゴールの見えない我慢だ。
「もう、グダグダ考えてたってしょうがない!」
有言実行。いや、不言実行。私はそういうタイプだ。心のなかになんか得体のしれない黒いものが渦巻いていたけど、とりあえず、色々な気持ちを抱えて、自転車に乗って走り出した。体を動かしていれば、ジタバタしていればいつかはどうにかなんとかなる。
中学から陸上部として過ごしてきた私の哲学だ。
哲学って言うほどのものでもないか……
まだ昼の暑さが残っている風が通り抜けていく。でも、そのうち潮の香りがしてきて、かもめが見えてくる。
ザザぁん。ザザぁん。
照りつく日差し、でも涼しげな風。そして何と言っても海風の匂い。そして心地良波の音。
私はいつも、考え事があるとここに来る。眼の前には白、くは無いけど、とりあえずきれいな砂浜、そしてどこまでもどこまでも広がっている海と青空。
「うわぁぁぁぁぁ!」
周りに誰もいないのをいいことに、自転車もリュックも置いて、靴と靴下を脱いで走り回る。
熱い砂が足の裏を刺す。ちょっと痛いけど、これがちょうどいい。
「やっぱ無理!」
ちょうどいいなんて言っていたけど、嘘だ。私はヒリヒリする足で急いで海に入る。
「冷たっ!」
ゆけば冷たく、戻れば灼熱地獄。まあ、いいじゃない。
そうして、思う存分、走り回ったあと、のどが渇いたので、自転車にまで戻り、購買で買ったペットボトルの麦茶を飲む。
「ぷはっ! はぁ、はぁ。やっぱり気持ちいい!!!!!!!」
麦茶を飲みながら、海と空の境目を見つめていると、あの言葉が降ってきた。
「out of the blueか〜 あの青の外ってどうなってるのかな……」
ゴロゴロ…… ピシャッ ザーザー
「もう、本当にout of the blue じゃなくていいのよ!」
さっきまで気持ちよく走っていたのに、やってきた雷雲にやりきれない気持ちをぶつけながら呟いた。どうやら後ろの方から雲が来ていたらしい。本当に、青天の霹靂だ。
「もう、最悪!」
私は急いでリュックの上の方にジャージを詰めて、教科書とかが濡れないように守って、自転車を漕ぎ出した。流石に教科書がびしょ濡れで先生に怒られるのだけは避けたい。
急いで屋根があるところを探したら、バス停があった。あそこは1時間に一本しか走らないバス停だ。
屋根の下に入って、タオルを取り出す。もう、びしょびしょだ。制服のワイシャツ中にシャツを着ていたから、周りから見られても大丈夫な格好なことに、安心する。
いつもは着ていないけど、急いで出てくるときにパジャマしか脱がないできたからこうなった。塞翁が馬っていうのかな? 間違っていたら嫌だから口には出さない。
「雨、止むかな」
とりあえず、用事はないのでバス停のベンチに座ってまっすぐ外を眺めてみた。たまに車が通る以外なにもない。
ザーザー ザザぁん、ザザぁん
雨の音と、波の音が混ざって、一つの音楽になっている。それと一緒になんだかわからない気持ちが押し寄せてくる。
「青の外か…… どんな感じなんだろうな」
意味のわからないことを呟くと、
「みてみたい?」
どこからか、そんな声が聞こえた、気がした。
◇◆◇
「雨……」
目を開けると、雨はやんでいた。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「よし、帰りましょうか。でも、あの声は何だったんだろう」
なんか、どっかで聞いたことのあるような声だったけど…… と思ったが、わからなくなってしまった。
そして少し伸びをして、ベンチから立ち上がって、前に一歩踏み出すと、なんだか重力が消えたような気がした。
いや、重力は消えるはずがないもの。私、これでも理系だからね。物理もしっかりやってますよ。でも、重力が消えたって感じることは、私に働いている垂直抗力が消えたってことだから……
うん、地面がないこと以外に説明がつかないね。
そういえば、また音が聞こえないことに今気づいた。昨日見たあの夢と同じ。音が少ない変な世界。
恐る恐る下を見てみると、漆黒の奈落? が見えていた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
私は重力に逆らえず、そのまま落ちていった。
◇◆◇
「ここは……」
目を覚ますと、一面青の世界にいた。どこが上で下で、右で左かわかんない場所。いや、右左はわかるよ。
すると、眼の前に光の塊があった。いや、居た。
「あかねちゃんだね」
「うわっ! 光が喋った!」
確かに、眼の前にいる光が声を発した。しかもその声はあの時「みてみたい?」と聞いてきた声だ。
「あなたは?」
「ぼくはひかり」
そのまんまの答えが帰ってきた。そりゃそうですよね。光でしか無いもの。ひらがな口調だったけど、光であってるよね? でも、なんで私は光って認識しているのかな? 実体がないはずなのに。よくわかんないや。考えるのはやめよう。
「ここは?」
「ここはね、あおのなかだよ」
でしょうね。一面青だもの。
「あなたが私をここにつれてきたの?」
なんか、質問ばっかりだ。なぜなぜ坊やみたい。
「うん、きみがあおのそとをみたいっていっていたから」
いや、そういう意味じゃなかったんだけどね。
「でも、いま、あおのそとがこわれてきていて、ちょっとたすけてほしいんだ」
なんか、面倒そうな事に巻き込まれそうだけど、いっか。もとはといえば私の願いらしいし。
「わかった。いいよ。どうすればいいの?」
「あのね、あおのそとにでて、あおをつくってきてほしいの」
「青を作る?」
全く持って意味不明だ。
「そう。あおのそとのせかいがね、いまくすんできていて、こわれちゃってるの。このままだと、あおがないとあかもきいろもなくなっちゃう。いろがないせかいになっちゃうの」
「じゃあ私は何をすればいいの?」
「がんばってね」
ひかりは、私の質問に答えないまま、私のことをトンと、押した。
「え?」
お約束通り、後ろはなにもない。私はそのまま後ろにポッカリと空いた奈落に落ちていった。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
と言いつつも、下に何があるのかもわからない。絶対こんな高さから落ちたら死んじゃうよ⋯⋯ お母さん、ごめんなさい⋯⋯
半ば、いろいろなことを諦めていたが、全然地面は見えてこない。
「う〜ん、今どういう状況なのかな⋯⋯」
そう言いかけた途端、だっぱん!!!
「きゃぁ! しょっぱい⋯⋯ ここは⋯⋯ 海?」
あたりを見回してみると、一面灰色の世界が広がっていた。青が一切ない世界。空虚な世界。
「もう、せっかく制服乾いてたのに⋯⋯ とりあえず陸に上がるか」
幸いなことに、近くに砂浜が見えていたのでそこまで泳いでいくことにした。
「寒い⋯⋯ 色がないってこんなに寒いんだ」
色がないからかどうかはわからないが、本当に寒かった。やっとのことで海岸にたどり着いたが、そこには何もなかった。
「音がない⋯⋯」
そう、波の音も、風の音も、何もなかった。
「ここが青の外? 本当に、あの夢の世界みたい。もしかして正夢だったのかな?」
口に出してみると、一層現実味がまして、怖くなった。灰色の海、灰色の雲、灰色の砂。現実の外って全部灰色なのかな。
『あおをつくってきて』あの言葉がまだ頭の中でこだましている。
「とりあえずどこかにいかなきゃ」
私は濡れた服を絞って、グチョグチョの靴下を脱いで、スカートを歩きやすいように織って、走り出した。今の私には走ることしかできない。
「なら、どこまでも走ろう」
といったけれど、走ったら疲れるからすぐに速度を緩めて歩いた。部活を引退してからあまり走っていないから、体力も落ちている。
砂浜から出て、真っすぐ進んでいくと、眼の前にきれいに整えられた道があった。街頭もきれいに並んでいる。でも、全部白黒テレビのように色がない。いや、黒と白っていう色はあるのだけれども、それ以外になにもない。
まるで、私を導いているかのような気がした。
「行ってみるか」
後ろに束ねている髪を縛り直し、深呼吸をする。
「さあ行こう」
誰かがいるわけでもないけれど、何も音がしない世界なので、独り言でも喋らないといけないような静けさだった。
真っ直ぐただ進んでいくと、次第に周りの景色が変わり始めた。海辺の田舎のような雰囲気から徐々に都市に近づいていく感じ。なんか胸騒ぎがした。でも、動いている足はもう止められない。
あお。それって一体何なのだろうか。そんなことを考えながら進んでいくと、思った通り、あの夢の場所に来た。すごく大きなスクランブル交差点。
でも、人はいない。
カッコーカカコー、カッコーカカコー。
またあの音だ。
カッコーカカコー、カッコーカカコー。
何も考えずに、ただ何かに導かれるままに真っ直ぐ交差点を進んでいくと、そのど真ん中に女の子が居た。
私よりも全然背丈が小さい女の子。
「ぐすっ、ぐすっ」
どうやら泣いているようだ。
「どうしたの?」
女の子のもとへ駆け寄って声をかけてみる。大丈夫、あの夢とは違う。ちゃんと体が動く。
「うん⋯⋯ ぐすっ、ぐすっ」
泣いて、こちらを向いてくれない。肩に触れてみようとしたが、何故かさわれなかった。よく見てみると、その子も全身灰色。私はどうやら部外者らしい。
「お母さん、お母さん」
そうやって泣く子に、私は何もしてやれない。ここはどういう空間なのだろうか。無力、無駄、無能、そういう無という言葉とともに、いろいろな疑問が頭の中に流れ込んできた。
「なにこれ」
どんどん、あたりから明暗も消えてくる。どんどん、一つになっていく。でも、色ではない。言葉にできない何かが私を襲ってきた。私はその場に座り込んでしまった。
◇◆◇
「ねぇ、私、大人になったらお母さんみたいな先生になりたい!」
あれ? これはいつだろう。
「そうねぇ、結構大変だわよ。あなたみたいな子がたくさんいるのだから」
「でも、お母さん楽しそうだよ」
「そうねぇ、確かに楽しいかもしれないわねぇ。昔からやりたかった仕事だから。でも、私は茜と一緒にいるときが一番幸せよ」
「お母さん大好き!」
そうだ、これは幼稚園? 小学校くらいの記憶だ。
「あっちゃんって、将来の夢決まっているの?」
「小学校の先生になりたいかなぁ。お母さんみたいな」
「そうなんだ! いいね。私はデザイナーになりたいなぁ」
これはみっちゃんと、小学校高学年くらいのときの記憶。
「私、将来ね⋯⋯」
「大きくなったらね⋯⋯」
「大人になったらね⋯⋯」
そんな、言葉が、幼い私の言葉がどんどん響いてくる。いろいろな夢や希望といった表面だけの薄い言葉がシャボン玉のように浮かんできては消えていく。
あれ?
私⋯⋯
私って誰だ?
私って何になりたかったんだっけ?
私ってどうして生きているんだろう?
◇◆◇
「ここは⋯⋯」
目を覚ますと、そこはさっきと変わらない場所だった。眼の前にいる女の子も変わらず泣いている。
カッコーカカコー、カッコーカカコー。
無機質な電子音だけが相変わらず鳴り響いている。
カッコーカカコー、カッコーカカコー⋯⋯ パリン。
「え?」
カッコー パリン、 コー、カッコーカカ パリンコー。
パリン。
恐る恐る顔を上げてみると、あの夢と同じ、灰色の空にヒビが入っていた。
「なに、嘘でしょ?」
おもむろに頬をつねる。
「痛い⋯⋯」
体中を触ってみる。うん、しっかりと実体がある。これは夢じゃない。
「いや、」
体がふわっと、浮き上がってきた。空には漆黒の奈落。そしてあの重力が差川間になる感覚。
「きゃぁぁぁ!」
地面だった場所が空になり、空だった場所が不確かな地面になる。
そして私は空に落ちていった。
◇◆◇
「ねぇ、あおのそとはどうだった?」
「えっ?」
気がつくと、あのひかりが目の前に居た。でも、ここはさっきと違う。灰色の世界。
「あおのそとがなにかわかった?」
いや、何もわからない。ただ、心のなかに、なにか得体の知らない物があるだけだ。
「わからない」
「そうか。じゃあ、しかたがないね。ばいばい」
すると、私を一面灰色の世界おいて、ひかりは消えていった。
「えっ? なに? 待って、私を帰して。家に、帰らないと」
「なに、むだじゃない? いえにかえったって、みらいはなにもないよ。くらいよ。こわいよ。なにもないよ」
「それでも、帰らなきゃいけないの」
「かえってなにするの? だれもいないんじゃないの?」
何を言うんだろう。この子は。いや、子供かどうかもわかんない。人間かどうかもわからない。
「今は居ないかもしれないけど、ちゃんとお母さんもお父さんも帰ってくるもん」
「かえってきたからってなんなの? なにがあるの?」
「それは⋯⋯ 二人に会えるでしょ」
「あってなにになるの? だって、しんだらみんなおなじだよ。ねぇ、あかねちゃん、このせかいってなんなんだろうね」
何を言い出すんだろう。
「だって、このせかいって、ほんとうにあるのかな? きせきってほんとうにあるのかな? こころって、みらいって、じかんって、なんなのかな。いきているいみってなんなのかな」
「それは⋯⋯」
私はどうしてかすぐに答えが出てこなかった。だって、いままでそんなこと考えてきたことなんてなかったから。
「だって、いつかはみんなしぬんだよ。じゃあ、わざわざ、なやまなくたってよくない? いま、あかねちゃんのこころはみえないだろうけどぼろぼろだよ。べつに、きえてなくなったっていいじゃん」
すると、私の体がどんどん透けてきた。手の先から順にどんどん。
「えっ、やだよ。なんで? 私、まだ死にたくないよ」
「しぬって、なんなんだろうね。いきるって、なんなんだろうね。ねぇ、おしえてよ。きみたちにんげんは、なんでいきているの? あんなに、ちきゅうをぼろぼろにして、けんかして、ぼろぼろになって、それでもやめないで」
「それは⋯⋯ みんな、生きたいから、幸せになりたいから⋯⋯」
「だから、きいているじゃん、いきるってなに? しあわせってなに?」
「えっ⋯⋯」
「じゃあ、ばいばい。あかねちゃん、このせかいはもうこわれちゃうよ。あおがないから。あかもないから、きいろもないから。みんなきえてなくなっちゃうんだ」
すると、ひかりが消えて、何もなくなった。真っ暗になったわけでもない。真っ白になったわけでもない。目が見えなくなったようだ。いや、世界が消えたみたいな。そんな感じになった。
手の感覚はどんどんなくなっていく。体がなくなっていって、意識だけが空をそんでいるみたいだった。どんどん、自分という実体が消えていく感じがする。
「ああ、もう、終わりなんだ」
でも、不思議と怖くはなかった。悲しくもなかった。なぜって? 全部がもとに戻るような気がしたから。みんなができる前。宇宙が、世界ができるずっと、ずっと前に。
どれだけ時間が経っただろうか。いや、時間なんて存在しないのかもしれない。空間も何も。でも、私は確かにここに居た。
そして、私の心も消えそうになった、そんなとき、『あお』が見えたような気がした。
「out of the blue⋯⋯」
そう、それはまさに突然だった。私の心の中から『あお』が出てきたんだ。
「そっか⋯⋯ そういうことか⋯⋯」
私はなぜだか、合点が行った。これは、本当に突拍子もないことだけど、絶対に光っていう証拠も、なにもないのに、でも正しいのだという自身を持っていた。
「ねぇ、ひかり。そこにいるんでしょ」
「なに?」
私は声かどうかもわからないものを言った。だって、ここはまともな世界じゃないから。
「あの女の子は私でしょ。そして、あの灰色の世界も」
「そうだよ。あれはぜんぶ、あかねちゃん、きみだよ。でもね、それだけじゃふせいかいなんだ。あおをつくることはできないよ」
「そう、わかってる。全部わかったよ。ひかり。君も私だね」
「正解! 」
すると、あたりが一気に色を取り戻した。
◇◆◇
「えっ?」
私はどうやら空から落ちているらしい。風を感じる。それと同時に、どんどん、自分が形成されてく。世界も色を取り戻していく。夕焼けのような真っ赤な赤、黄色、そこからどんどん他にも色が加わっていく。もちろん青も。
世界は単色でできているわけじゃない。この世に存在している数え切れないくらいたくさんの色が集まって、一つの色となっている。
「よく気づいたね」
落ちていく最中、ひかりが目の前に現れた。
「だよね。あれもこれも、全部私。全部私の心の中だったんだ」
そう、私は忘れていたんだ。この世界がなんなのかって、目標がないとか、そんな小さなことに固執していた。
「私はこのひっろい世界で本当に小さくて、無力で、何もできなくて、それに将来も、何もわからない。でもね、私は知っているの。私は生きていって。それでも生きているんだって」
「そうだね。僕は君の中のあお。この世界の全ては何事もあおから。突拍子もない事から始まっているんだ」
「ねぇ、こんな私だけど、これからもついてきてくれる?」
「もちろん。あおは、ずっと、君の中にいるよ⋯⋯」
そうして、下の方に私達が住んでいる街が見えてきた。
「あれ? これって、どうなるの? 私、空飛べないよ?」
どっぽん!
気がつくと、私はとっびっきりの青の中。空と海の間に居た。
「もう! またびしょ濡れ!」
私はすぐに陸に上がって、青の先を見た。どこまでもどこまでも、終わりがないかのように青は続いていた。
◇◆◇
なんとかして、自転車を見つけて、家に帰り、夜になった。自転車は何故か道路にぽつんと置いてあった。スマホやら何やらと一緒に。お風呂から出て、おもむろに、天気予報を調べてみたが、今日は雨は全く降っていなかったらしい。日付も変わっていない。まるであの時間がなかったようだ。まあいっか。
翌日、私はいつも通り学校に行った。
「みっちゃん、おはよう!」
「あっちゃんおっはよう! 今日元気だね!」
「うん、なんかやる気満タン!」
「いいじゃん! 今日も一日頑張ろう!」
みっちゃんの澄んだ声が青空に広がった。
◇◆◇
あおのそと。
この世界は不確かな、すべて予想のできない突然の出来事から成り立っている。どんなこともあおのそとからやってくる。
私達は生きている意味も、未来も、何もわからない。どうして存在しているのかも。
でも、この不確かなものばっかりでできているこの世界で、それでも、前を向いて、ジタバタしないといけないんだ。だって、あおは私達の中にいるから。
そう、私達は生きている。それだけでいいんだ。
「やっぱり、学校の先生になりたいかな⋯⋯」
「なに? あっちゃんの夢? いいんじゃない? 応援するよ!」
でも、どれだけ、世界が突然のことでできていようとも、その本の一部でも、あおのなかから、自分で掴み取れる何かがあったらいいのかもしれない。
自分が進む道は自分で決めるのだから。心の中の『あお』と一緒に。
あおのそと fin.
あおのそと 功琉偉つばさ @Wing961
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