第17話 モンタニア老婦人のコレクション・顛末

 老婦人の旦那さんは、宝石の恋文に気付いていた。


「というよりも、旦那が先に気付いたのさ。私はただの贈り物だと思ってたが、贋作じゃないかって旦那が言い出して、それで分かったんだ」

「公爵家の出自なら、宝石を目にする機会も多いでしょうし、輝き方や色合いなんかから違和感を抱いたんでしょうね」

「平民相手の商売だし、大粒の宝石なんてそうそう都合できなかったんだろうね……挙げ句、贋作作りなんて汚名まで被って……」


 想い合う二人の仲を引き裂いた、と知った旦那さんは大きく取り乱したらしい。


「別れても良い、その男を家に住ませても良いなんて抜かすから、ひっぱたいてやったよ。私の旦那はアンタだろ、ってね」

「おばあ様……」


 結局、旦那さんは老婦人の誕生日に宝石が贈られることを承知したらしい。

 だが、そこで問題が一つ。


「万が一、息子さんに恋文を見られたら説明できないことですよね」

「ああ。母親が浮気をしてるなんて誤解されたら息子を傷つけちまう。それで、このジュエリーボックスを作ることにしたのさ」


 老婦人は懐かしむようにジュエリーボックスを撫でた。


「確かに宝石職人を愛していた……だが、私が結婚したのは旦那だ。百回やり直しても、百回そうする」

「母さん……」

「何しんみりした顔してるんだい。何があっても大丈夫なようにみっちり仕込んだつもりだったけど、足りなかったかねぇ」


 からからと老婦人が笑ったところで、部屋の扉がノックされた。

 入ってきたのはルーチェと、ハンチングを被った痩せぎすの老人だった。


 ラピスがここに来る前に、くだんの宝石職人を連れてくるように頼んでおいたのだ。


 宝石職人はよたよたとした足取りで、しかし真っ直ぐに老婦人へと歩み寄った。


「なんでアンタが……!」

「呼ばれた」


 老人を支えるように手を引いたルーチェが、ラピスに視線を送りながら微笑んだ。


「……ずいぶん久しぶりだね」

「ああ……」

「ずいぶん年を取ったね」

「お互いに、な……」

「何泣いてるんだい」

「……君こそ」


 それきり黙り込んだ二人を前に、子爵が動いた。


「シゼリア。それからラピス殿と言ったか。済まないが母と、その……彼を二人きりにしてやりたい」


 複雑そうな表情ではあったが、退室を促す子爵の言葉にラピスもシゼリアも頷いた。


 部屋から出る直前、ラピスが俺を持ち上げ、こっそりとお願いを囁いた。


「良いのか? 魔力、かなり使うぞ」

「うん。大丈夫」


 ラピスが覚悟しているようなので、【欺】を発動した。

 今回見せるのは、俺やラピスの中にあるイメージではない。


 老婦人と宝石職人の中にあるイメージを取り出し、本人たちに見せるのだ。


 魔力を馬鹿食いするが、ラピスがそうしたいと言うならば否はなかった。


 扉が閉まる直前。

 部屋の中で、朴訥ぼくとつな青年と三つ編みの少女が、涙を流しながらも笑顔で見つめ合っていた。


***


 老婦人はその晩、眠るように息を引き取ったという。


「母さんには、嫌われてると思ってたんだ」


 翌日になってラピスに礼を言いに来た子爵は、ぽつりとそんなことを呟いた。


「小さい頃から、いつも怒られてばかりだったからね」


 だから、宝石の話を聞いたときに変な風に繋がってしまったのだと言う。


「母さんが浮気をしてたから……望まれなかった子供だったからかと、そう思ってしまった」

「そんなことあり得ませんよ」

「ああ……冷静に考えれば分かるよ。浮気するくらいならさっさと離縁するだろうし」


 きっと老婦人は期待すればするほどキツくなるタイプだ。

 何しろ、自分の死に際に泣きそうな孫を、叱咤してまで学校に送り出すような婆さんだからな。


 もともとの性格はもちろん、本人の歩んできた人生を考えてもそうなるのは何となく納得だった。


「喧嘩したままにならず、誤解したままにもならず、きちんとお別れできた……君のお陰だ」


 ――がいるから、私は安心して逝ける。後は頼んだ。


 最期にそう言って笑っていたとのことだった。

 何とも女傑らしい言葉に、思わず俺もラピスも苦笑した。


 




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