残命²

ǝı̣ɹʎʞ

残命²

 曇り空。ほんの少し、青が見える。朝、玄関を出た時は、アスファルトから雨の匂いがしていたけれど、今、出先で聴こえるのは蝉の歌声。合唱というにはあまりに耳を穿つけれど、それのおかげで、夏の渦中にいることを自覚させてくれる。

 蝉の寿命、一週間。

 人の寿命、百年。

 短き人生でやり残しを憂うか、長き人生で己を恨むか。私にはまったく分からない。ただ、自分の感性に従うのなら、私は前者を選ぶかもしれない。やり残しはあってほしくないけれど、やり残しを嘆くことのできるような、そんな生き方を、してみたい。

 私、なにをしたらいい? なにをするべき?

 ああ、そうだ、愛だ。愛せていないな。

 享受はされてきた。家族から、友人から。私、たくさんの幸せをもらっていた。ただ、私は一度も与えていない。柔らかな愛を心底から与えたいと思う人が、未だ現れない。一時は訪れる死に愛を注いだ。ただ、死は私の愛を拒んだ。私も死を拒んだ。怖かった。

 なにを、愛そうか。

 唇に指をなぞらせて、少し考えてみる。

 私に人は、愛せないかも。犬も猫も、アレルギー。植物は枯らす自信しかないし、私、なにかを愛せる……?

 窓の外を見惚みほける。夏なのに、涼しげな空。曇り空が晴れて、光芒が真昼の青天を照らす。そうだね、自然を、愛そうか。

 摩天楼に消えゆく空を、厭になるほど暑い夏を、じめったくて沈鬱な雨を、愛すよ。

 なにかを愛すために、まだまだ、生きないと。

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残命² ǝı̣ɹʎʞ @dark_blue_nurse

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