7-2 結衣
◇
一定の人員。一定の湿度。一定の速さで流れるベルト。
感情を殺し、心を無にし、ただ作業を繰り返すだけの毎日。
あまりにも無機質な世界で、私の肉体は、唯一、色を持つ存在になった。
右から来る容器に、決められたグラム数のポテトサラダを、決められた座標へ落とす。
班長の作業靴が、床のラインテープに沿って見えた。
私は振り返らない。ベルトは止まらないから。
代わりに、計量スプーンの柄でコンベアのエッジを軽く二度叩いた。
“対価を示せ”。
班長は慌てて、ポケットから青いマグネットを取り出した。
残業割当表のキーになる色。明日からは私が順番表を握る。——そういう意味。
それが私のポケットに落とされる。
私は、髪を覆う白帽のつばに指をかけ、衛生区域で許されるぎりぎりの所作で、顎ひもをゆっくり緩めた。
薄いマスクの端に指腹を沿わせ、縁を少しだけ下げて、ペットボトルの水をひと口。
彼の前に向き直った。唇から露をこぼす。班長のマスク越しに、彼の吐息を封殺する。
渇いた犬に水を与える。温くなった水で喜ぶんだから滑稽だ。
それだけで、班長は、目のあたりを真っ赤にして、へなへなとしゃがんだ。
私のレーンは、空の容器が走り続けている。
それに構わず、班長のそばで、耳打ちした。
「ワ・タ・シ・ノ・ド・レ・イ・カ」
何度も、何度も、うなずいた。
◇
夜勤の休憩時間。
休憩室に集まる面々は、私の指し示すものを見る。
生殺与奪は、手元にあるボードと、マグネットの色で決まる。
青は“リピーター”——夜の儀式への参加を許した者。
白は“観客”——遠巻きに眺めることだけを許した者。
黄色は“門番”——儀式の間、出入口に立ち、邪魔を排する役。
色のない者たちは、最下層。参加などさせない。彼らだけで“欠員分の工程”を回す。
誰が水を取りに行くか。
誰が穴を埋めるか。
誰の前を誰が横切っていいか。
ここは私の世界。
学生時代、手にすることができたはずの青春を、取り返してる。
彼らは、私を女王として扱う。工場は、私の王国になった。
そして今日も、
◇
新しい期間工が入ったのは、雨の日だった。
入構教育で髪を結び直す横顔。
私はそれを廊下から、ガラス越しに見た。見覚えがあった。喉の奥で、古い錆の味がした。
美奈。
高校の、あの廊下。
笑い声。
動画のミサンガ。
私は、自分の中の何かが微かに笑ったのを感じた。
“歓迎”は女王の務めだ。
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