7-2 結衣


 一定の人員。一定の湿度。一定の速さで流れるベルト。

 感情を殺し、心を無にし、ただ作業を繰り返すだけの毎日。

 あまりにも無機質な世界で、私の肉体は、唯一、色を持つ存在になった。


 右から来る容器に、決められたグラム数のポテトサラダを、決められた座標へ落とす。

 班長の作業靴が、床のラインテープに沿って見えた。

 私は振り返らない。ベルトは止まらないから。

 代わりに、計量スプーンの柄でコンベアのエッジを軽く二度叩いた。

 “対価を示せ”。

 班長は慌てて、ポケットから青いマグネットを取り出した。

 残業割当表のキーになる色。明日からは私が順番表を握る。——そういう意味。


 それが私のポケットに落とされる。

 私は、髪を覆う白帽のつばに指をかけ、衛生区域で許されるぎりぎりの所作で、顎ひもをゆっくり緩めた。

 薄いマスクの端に指腹を沿わせ、縁を少しだけ下げて、ペットボトルの水をひと口。

 彼の前に向き直った。唇から露をこぼす。班長のマスク越しに、彼の吐息を封殺する。

 渇いた犬に水を与える。温くなった水で喜ぶんだから滑稽だ。

 それだけで、班長は、目のあたりを真っ赤にして、へなへなとしゃがんだ。


 私のレーンは、空の容器が走り続けている。

 それに構わず、班長のそばで、耳打ちした。


「ワ・タ・シ・ノ・ド・レ・イ・カ」


 何度も、何度も、うなずいた。





 夜勤の休憩時間。

 休憩室に集まる面々は、私の指し示すものを見る。


 生殺与奪は、手元にあるボードと、マグネットの色で決まる。

 青は“リピーター”——夜の儀式への参加を許した者。

 白は“観客”——遠巻きに眺めることだけを許した者。

 黄色は“門番”——儀式の間、出入口に立ち、邪魔を排する役。

 色のない者たちは、最下層。参加などさせない。彼らだけで“欠員分の工程”を回す。


 誰が水を取りに行くか。

 誰が穴を埋めるか。

 誰の前を誰が横切っていいか。

 ここは私の世界。

 学生時代、手にすることができたはずの青春を、取り返してる。

 彼らは、私を女王として扱う。工場は、私の王国になった。


 そして今日も、女王は、玉座の敷物であるコンクリートの上に、新たな供物奴隷を並べさせる。





 新しい期間工が入ったのは、雨の日だった。

 入構教育で髪を結び直す横顔。

 私はそれを廊下から、ガラス越しに見た。見覚えがあった。喉の奥で、古い錆の味がした。


 美奈。


 高校の、あの廊下。

 笑い声。

 動画のミサンガ。

 私は、自分の中の何かが微かに笑ったのを感じた。

 “歓迎”は女王の務めだ。

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