7-3 結衣
◇
終業前、彼女を休憩室に呼んだ。
窓のない部屋。私は立つ。相手は跪く。
理由は簡単だ。糸屑の処理。
細切れの糸を、透明袋から掌に受け、ふわりと美奈の白帽の上に落とす。
軽い繊維は、祝福みたいに舞い、頭と肩を覆った。
「カ・エ・ス」
美奈は俯いたまま、唇だけがわずかに動く。——聞こえない。私に音は必要ない。
それ以上、彼女は何もしない。身じろぎすらしない。正しい態度だ。
出入口の前には、“兵士”が立つ。
非常ベルの下にも一人。ゴムの床に、長靴の影を固定させた。
私は、自分の手首を見せた。
何もない手首。無残な切創が浮かぶのみ。
かつて、彼女が私に結んだミサンガ。“友達の証”だと笑って。動画が燃え上がった、あの日より前の話。
今度は私が結び直す番だ。
美奈の白帽に積もった糸屑から長めの繊維を選り、指先でねじり合わせる。彼女の手首を取る。冷たい。糸を押しつけ——するりとほどけ、床に落ちて、ただのゴミになった。
「ア・ヤ・マ・レ」
口の動きが作る文字を、彼女に読ませる。
美奈の喉が上下した。顔は上げない。
反省の色、なし。
私は視線で兵士に合図する。
入口の前の二人が半歩前に出る。一人が腕を組み、もう一人は拳で掌を叩いた。王国の空気が固くなる。
その時——美奈が胸ポケットから茶封筒を出した。
薄いセロテープで閉じた、小さな封筒。
彼女はそれを両手で持ち、私に差し出す。
……顎で合図し、兵士たちを退かせた。
中身を改める。封筒から現れたのは、折り畳まれた宅急便の伝票の控えと、黒ペン。
美奈は私の許しを待つように視線を下げ、黒ペンを掴んだ。手放してやると、伝票に大きく、ゆっくり字を書く。彼女は紙をこちらへ向けた。
《伝言があります》
美奈はもう一度、黒ペンを走らせる。
線は、乱れてない。手も震えてない。
《あなたが幸せになりそうになったら、叩きのめします》
宅急便の伝票の、送付先は。
《白鐘総合法律事務所 弁護士 月乃まひる》
次の瞬間、工場から、けたたましい警報の振動と、赤いランプの点滅が、壁を伝わって、私の肌を刺した。
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