第15話「黒い亀裂」

 エディーを捕らえた男達の後ろから、商人を名乗る細身の男が現れると、マインは声を荒らげて細身の男を問い詰める。


「あんた……さっきエディーの力を欲しがってた奴だろ。こんな所まで追ってきたのか!」


 マインからの問い掛けに、細身の男は不敵な笑みを浮かべながら口を開く。


「ええ、まぁ……貴方がたが私の提案を跳ね除けるものですから、近くに居た盗賊達に取引を持ち掛けたのですよ。何やら貴方がたが、危ない場所に入って行くのが見えましたからねぇ……好機だと思いましたよ。」


 細身の男は大袈裟に両腕を横に広げて言葉を続ける。


「ここは生ける屍の巣窟と成り果てたと聞きましたが、そんなことは大した問題では無いのです。何故なら……彼の力さえ手に入れれば、屍化のリスクなど無いに等しいのですから!屍化さえ防ぐことが出来れば……生ける屍など、ただの魔物に過ぎませんからね。いやはや……貴方がたが道中の屍共を倒してくれたお陰で、楽に事が進みそうです。」


 細身の男はそう言うと、エディーの顔へと視線を移し、舐め回すようにじっくりと見つめる。

 エディーは体を強く押さえ付けられて痛みに顔を歪めるも、激しく暴れて抵抗を続け、男達の腕を振り解こうと試みている。

 男達の1人が、エディーの体を取り押さえたまま、毛皮のコートを羽織った男性に向けて声を掛ける。


「ボス……!早くここを離れないと、コイツが……。……コイツ、見掛けに寄らず力があって、このままじゃ抜けられちまいますよ!」


 焦りを見せる男達に、ボスと呼ばれた——毛皮のコートを羽織った男性は、男達に向けて指示を出した。


「……わかっている。目的を果たした今、ここに長居するつもりは無い。さっさと引き返し、この場を離れるぞ。」


 毛皮のコートを羽織った男性から指示を受けると、男達は頷いて返事をし、エディーを取り押さえたまま強引に歩き始めた。

 連行される焦りと恐怖から、エディーは首を横に振ってマイン達の姿を捜し、思わず声を張り上げて3人の名を呼ぶ。


「マイン!!クレール!!ヴェスタさん……!!」

「待て……!!」


 クレールが咄嗟に弓を構え、男達を狙撃しようと弦を引くと、マイン達もほぼ同時に剣を抜き、男達を止めるために走り出す。

 マイン達の行動に気が付いた男性は、懐から黒い球状の物体を取り出すと、マイン達の足元に投げ落とし、球状の物体は勢いよく破裂して辺りに黒い煙を巻き散らした。


「けほっ……!これ……煙玉か……!?」


 煙によって唐突に視界を奪われたマイン達は歩みを止め、口や鼻を腕や手で塞ぎながら、吸い込んでしまった煙を吐き出そうと何度も咳き込む。

 やがて、洞窟の入り口から吹き込む風によって黒い煙が晴れていくと、既に男達の姿は無く、マイン達だけがその場に取り残されていた。

 エディーが男達に連れ去られた事実を認識したマインは、慌てた様子でヴェスタとクレールに声を掛ける。


「あいつ……エディーが連れて行かれちまった!急いで追い掛けねぇと、何処に行ったかわかんなくなっちまう!!」

「ええ……遺跡から出る前に追い付かなければ……。幸い、この遺跡は地上に戻るまで一方通行です。悠長にはしていられません、行きますよ……!」


 マイン達は武器を収め、急いでその場を後にすると、男達を追い掛けるため来た道を駆け足で戻って行く——。






 ——一方で、煙玉によってマイン達から離れる時間を稼いだ男達は、エディーを連れて地上へ戻ろうと遺跡の中を走り、亀裂の3層目へと辿り着いていた。

 エディーは上半身を縄で縛られ、男達に縄を引かれて無理矢理歩かされており、苦悶の表情を浮かべている。


(……嫌だっ、このままじゃ……マイン達と離れ離れに……)


 エディーはどうにかして抵抗しようと、がむしゃらに道中の岩や遺跡の一部に足を引っ掛け、男達の歩みを妨害する。

 何度も抵抗を繰り返すエディーの行動に見兼ねて、男の1人が苛立ちを隠さない様子でエディーの胸倉を掴み、声を張り上げる。


「クソッ……!コイツ……テメェ!!大人しくしやがれってんだ!!」


 怒声を上げた男は、襟元を掴んだままエディーを壁に押し付け、首を軽く圧迫する。


「ぅ……っ」

「……おい、そんなことをしている暇は無い。わざわざ余計なことで時間を潰すな。」


 毛皮のコートを羽織った男性に咎められ、怒声を上げた男は舌打ちをしてエディーの襟元を放す。


「チッ……お前が余計なことをしなければ、俺が責められることは……。いいか?痛い目に遭いたくなきゃ、大人しくしておけ。」


 怒声を上げた男がそう言うと、男達は再びエディーの体を掴み、力づくで歩かせる。


「……しっかし、黒い亀裂を打ち破った光が、まさか人間が持つ異能だとは思わなかったぜ。てっきり……古代の遺物か何かだと思ったよな。」

「けどよ……本当に、コイツがそんな力を持ってるんだろうな?宝の正体が人間だなんて……ボスのことを疑っちゃいないが、もし嘘だったらタダじゃおかないぜ?」


 エディーが持つとされる異能に男達が疑問を呈すると、細身の男は自信満々に口を開いて言葉を紡ぐ。


「ええ、勿論です。私はこの目で、しかと見たのですから。この者から溢れ出す光が、黒い亀裂を打ち破り、あの街に救いを齎したのです。……従来、黒い亀裂に襲われた街は、捨てざるを得ないのが現状でしたが……この者の力さえあれば、その常識を覆すことが出来るのです。そのような素晴らしき力……あの街に置いておくには勿体ない。生ける屍に対抗し得る力は、世界のために使われてこそ価値があるものです。その英雄的行為に……嘘を吐く必要などありますか?……当然、対価という報酬は頂きますがね。」


 自身の胸に手を置き、空いた片手を横に広げて流暢に話す細身の男に、男達は関心して話を続ける。


「へぇ、本当にそんな力を持ってるのか、コイツ。だとしたら……金の生る木になるのは間違いなさそうだな。お前も世界のために力を奮えるんだ。悪い話じゃないと思うぜ?」


 細身の男の話に、すっかり乗る気になった男は、エディーの顔を見つめて口角を上げる。

 エディーは顔を合わせないように俯いて口を噤み、その様子を見ていた男は、改めて何かに気が付いた様子で、エディーの全身をまじまじと見つめて声を漏らした。


「ほぉ~……よく見たらコイツ、見掛けない顔をしてるな。髪色も目の色も珍しくて、服装も見た事がねぇ。もしかしたらコイツ……どっかの村の、辺境の民族だったりしてな。」

「あり得そうだなぁ~……じゃなきゃ、とっくに世の中で騒がれてるだろ。生ける屍を浄化する異能なんて……有名な国に産まれたんなら、その国のお偉いさんが抱えてるさ。」


 口角を上げていた男に返事をした小柄な男に向けて、口角を上げていた男は残念そうな口調で言葉を紡ぐ。


「唯一、男なのが気に食わねぇよなぁ。女だったら、食えそうな見た目してんのに。」

「なーに言ってんだよ。異能で売り込むんだから、容姿なんて関係ないだろ。」


 不満そうな顔で願望を漏らす男に、小柄な男は呆れたように言葉を返した。


「いいや、関係あるね。お前……女の付加価値を分かってないだろ?美人ともなりゃ、取引先なんていっぱいあるぜ。」

「そもそも……男でも顔が良くて異能持ちってだけで腹が立つぜ。いっそ……コイツを見世物みたいにして、色々な面で主力商品にしちまえば、異能以外でも儲かるんじゃないか?」


 小柄な男と口角を上げていた男の会話に割り込み、別の男が邪な企みを口にする。

 邪な企みを持った男が提案すると、口角を上げていた男は納得できない様子で腕を組み、思考を巡らせる。

 やがて、口角を上げていた男は何かを閃いたかのように指を鳴らし、興奮した様子で笑みを浮かべながら話を続けた。


「……そうか!コイツが異能やら珍しい民族やらで希少価値があるのなら、男でも見世物としてある程度の需要があるよな?そういった層を狙って、商売するってわけだな。」

「勿論、コイツを売り払うわけにはいかない。貸し出しや見世物の代金として、その利用料を頂こうぜ。異能と合わせて値段を吊り上げりゃ……相当儲かること間違いなしだ。」

「おっしゃ!そうと決まれば……早速コイツの商品としてのプランを考えようぜ!今から大金を目にするのが楽しみだ……!」


 楽しげに笑いながら会話を続ける2人に対し、小柄な男は再び呆れたように溜め息を吐いて話を止めようと口を開く。

 しかし、小柄な男が声を発するより早く、先頭に立っていた毛皮のコートを羽織った男性が、後ろを振り返って男達に近付き、声を掛ける。


「……お喋りが過ぎるぞ。口を動かしている暇があるなら、さっさと地上へ戻るために足を動かせ。追手が来ていないからといって、油断するな。」


 毛皮のコートを羽織った男性に咎められると、男達は自身の歩みが遅くなっていることに気が付き、気の抜けた返事をする。


「へーい……わかりましたよ、ボス。折角手に入れた宝を手放したんじゃ、元も子もないっすからね。」


 2層目へ続く洞窟の中を進みながら、男達は夢を膨らませた会話をし、声を上げて笑う。

 男達が歩みを進めている中で、エディーは次第に洞窟の中に広がっていく悍ましい気配を感じ取り、思わず身を縮こませる。




(……なんだろう、この感じ……。今までに感じたことの無い……恨むような、妬むような複雑な想いが、遺跡全体に広がって……妙に息苦しい……。)




 男達に強引に連行され、足がもつれそうになるも、エディーは周囲を見渡して原因を探る。




(……違う、この人達じゃない……。なら……この想いは一体何処から……?)




 エディーは体の内に溜まっていく、憎しみに似た感情に胸を圧迫され、息苦しそうに顔をしかめて額に冷や汗を掻く。

 周囲を見渡し続けるエディーの行動に不信感を抱き、男の内の1人が訝しんだ表情を見せてエディーに声を掛ける。


「……おい、やけに静かになったと思ったら……どうした?もしかして……また何か考えてるんじゃないだろうな?逃げ出そうったって、そうはいかないぜ?」


 訝しむ男から唐突に声を掛けられたことに驚き、エディーは一瞬体を跳ねさせた後、目を丸くして訝しむ男を見つめる。


「えっ……?……いや、今のはそういうわけじゃ……」

「……なんだ、何か気になることでもあるのか?もし……逃げ出そうっていう考えで無いのなら、俺が直々に話を聞いてやっても良いぜ?」


 訝しむ男がそういって口角を上げると、エディーは視線を泳がせて迷う素振りを見せ、男の顔を見て口を開く。


「なら、聞いてくれるか……?今……この遺跡の中に悍ましい気配が広がっていて、かなり危険な状態だと思うんだ。だから……」


 意を決して、エディーが訝しむ男に事情を説明しようと試みると、先程と同じ怒声を上げた男が横から割り込み声を張り上げる。


「はぁ?何言ってんだ?テメェ。……さては、デタラメなことを言って逃げ出そうって魂胆だろ!?いい加減、学びやがれってんだ!!」


 怒声を上げた男は、エディーを強く突き飛ばして床に倒すと、横たわったエディーの背中を勢いよく蹴り上げる。


「ぁっ!!」

「……おい。貴様こそ、いい加減にしろ。そのようなことに、時間を割いている暇は……、……っ!!」


 毛皮のコートを羽織った男性は、怒声を上げた男の行動を再び咎めるも、何者かの気配を感じて湾曲した剣を手に取り、洞窟の先へと視線を送る。

 男性が視線を向けた先には——複数の生ける屍が低い唸り声を上げて佇んでおり、2層目へと上がる道を阻むようにして男達を見つめていた。

 生ける屍の姿を見た男達は、狼狽えたように後退りをして情けない声を漏らし、細身の男は鼻を鳴らして、生ける屍達を見下すように眺める。


「ひぃ!生ける屍だ……!」

「ふんっ、こちらには……生ける屍に対抗し得る力があるのです。もはや生ける屍など、ただの魔物に過ぎませんよ。」

「だが、本人に逃げる意思がある以上、縄を解くわけにはいかない。生ける屍には、俺達で対処する。……おい、武器を手に取り、生ける屍と戦うぞ。奴等に対抗し得る力があるとはいえ、念のために治療薬は携帯してきている。臆することなく、奴等を殲滅しろ。」


 毛皮のコートを羽織った男性が、そう言って湾曲した剣を生ける屍に向けると、男達も武器を手に取り、生ける屍と対峙する。


「お、おう……!生ける屍共をぶっ倒すぞ……!」


 毛皮のコートを羽織った男性は、横目で男達が武器を構えたことを確認すると、先陣を切って生ける屍と相対する。


「……そこを退いて貰おうか。」


 鋭い眼光で生ける屍を睨み付け、毛皮のコートを羽織った男性が走り出した姿を認識すると、生ける屍達はおどろおどろしい叫びを上げて男達に襲い掛かる。

 男性は湾曲した剣を、生ける屍の振り上げた剣と交えて弾き返すと、体を回して遠心力を付け、勢いよく剣を横に振るって生ける屍の体を斬り付ける。

 直後に、背後から隙を突いて襲い来る屍の気配を察知した男性は、すかさず飛び上がって生ける屍の背後に回り、背中から一突きして生ける屍の体を貫くと、そのまま捨てるように剣を横に振って生ける屍を壁に叩き付ける。

 他の男達も、生ける屍との間合いを計りながら、生ける屍の攻撃をなんとか退け、次々に屍達を斬り捨てていく。

 男達が生ける屍との戦いを繰り返す中、エディーは床に倒されたまま身動ぎをして男達の背中を見上げる。


(逃げるなら今、だけど……この気配は……この想いは何なんだろう……。この遺跡の、地下深くから漂っているような……?)


 どこからか強い負の想いを感じ取り、エディーは胸の内を圧迫されるかのような感覚に襲われながらも、何とか体を起こして逃げるための体勢を整える。

 だが、逃走を計るため、足に力を入れて立ち上がろうとした瞬間——細身の男が、エディーの後ろ首を掴んで自身に引き寄せ、エディーの逃走を阻止する。


「うわっ……!?」

「逃がすものか!ようやく……生ける屍に対抗する力を手に入れたのだ。そう簡単に……逃げられると思うな。」


 細身の男は、言葉の端に執着心を滲ませながらそう言うと、持っていた鞄から別の縄を取り出し、エディーの足を縛ろうと試みる。

 縄を取り出した男の行動に気が付き、エディーは顔に焦りの表情を浮かべて目を見開くと、足を動かして縛られまいと必死に抵抗をする。


「やめてくれ……!!」

「くっ……!抵抗をするな!大人しくしておけ!!」


 エディーに何度か蹴り飛ばされ、細身の男がエディーの足を縛ることに苦戦していると、何処からか男の叫び声が聞こえ、2人は思わず声のした方を見やる。

 すると、そこには——生ける屍に腕を爪で斬り付けられ、血を流して尻餅をつく、怒声を上げた男の姿があった。

 腕は既に屍化の進行が始まっており、生ける屍から遠ざかって自らの腕を見つめると、男は恐怖に満ちた顔で悲鳴を上げる。


「うぁああああっ!?嫌だ……!屍になんてなりたくねぇ!」


 怒声を上げた男は慌てた様子で踵を返し、エディーの元へと走り寄る。


「おい、お前……!生ける屍を浄化できんなら、屍化も治せるんだろ!?早く……急いで俺を治療しやがれ!!」


 エディーの襟元を掴みながら、震えた声で懇願する男に向けて、エディーは小さな声で呟くように言葉を返す。


「ぇ……でも……これを解いてくれないと、力が使えな……」

「念のために治療薬を携帯して来ていると言っただろう。その男に逃げる意思がある以上、縄を解いて自由にするわけにはいかない。俺のところに来て、治療薬を受け取れ。」


 毛皮のコートを羽織った男性が、襲い来る生ける屍をいなしながら声を掛けるも、怒声を上げた男はパニックに陥り、毛皮のコートを羽織った男性の声を完全に無視する。


「チッ、声が届いていないようだな……。俺が行くまで、少し待っていろ。…………っ!」


 男性は怒声を上げた男の救援に向かうため、エディー達の元へ近付こうと走り出すも、背後から生ける屍の強襲を受けて互いの剣を交わせる。

 生ける屍は、洞窟の前後から次々に姿を現しており、男達は次第に追い詰められて腰が引け、不安に苛まれた表情を浮かべて情けない声を上げる。


「ボス……!コイツら、いくらでも湧いて出てきて……!俺達……このままじゃ死んじまいますよ!!」


 男達は生ける屍を退けることに手一杯のようで、怪我をした男の救援に回る余裕は無いと思われた。

 エディーは襟を掴まれながらも、視線を動かして周囲を見渡し、男達の現状を確認すると、眉を下げて思考を巡らせる。


(どうしよう、このままじゃ……この人は生ける屍に……。)


 エディーが怒声を上げた男の顔を見つめていると、男は次第に力無くエディーの襟を放して床に伏し、屍化による痛みに苦しげな声を漏らす。


(ここで俺が助けなかったら、この人を見殺しにしたことに……。でも……この人を助けたら、俺は逃げる隙を失うことに……。……いや、逃げるために……目の前の人を見殺しにするなんて、俺にはできないよ……。)


 屍化の進行が進む男の姿を見続け、エディーは意を決したように真剣な表情を浮かべると、怒声を上げた男に声を掛ける。




「……わかったよ。何とか治療してみるから……そこで、じっとしててくれるか……?」




 エディーは不自由な体を捩らせて男の傷口へと近付き、指先に意識を向ける。


(っ……縛られてて、全然動かない……けど……、光を集めて、指先に集中させれば……)


 腕を動かそうとすることで、体に縄が食い込む痛みに、エディーは顔をしかめるも……辛うじて動く指先に、流し込むように力を集中させ、男の傷に光を放つ。

 エディーが集中力を高めるために瞼を閉じると、男の傷に放つ光が徐々に輝きを増していき、男の傷は止血され、ゆっくりと塞がっていく。

 しかし——男の傷口は完全に塞がったものの、屍化の進行は止まらず、怒声を上げた男は苦しげな声を漏らし続けた。

 男の声色が変わらないことに、エディーは一度瞼を開けて男の様子を確認すると、屍化の進行が止まっていないことに動揺し、放っていた光を止める。




「……そんな……なんで、屍化が治らないんだ……?」




 エディーは今一度、男に向けて光を放つも——結果は変わらず、屍化の進行を止めることは叶わなかった。

 目の前で起こった現実に、エディーはふとマインとクレールの顔を思い浮かべ、脳裏に過ぎった可能性に思わず目を見張る。




(……違う……!生ける屍を浄化できるのは……俺じゃない……!!)




 唐突に突き付けられた事実に、エディーが呆然と成す術も無く男の姿を見つめていると、生ける屍の勢いが落ちた隙を見計らって、背後から毛皮のコートを羽織った男性が姿を現し、身を屈めて怒声を上げた男に治療薬を手渡す。


「これを飲め。そうすれば屍化は治る。しかし……一体これはどういうことだ?この男には、生ける屍を浄化する力があるのではなかったのか?」


 毛皮のコートを羽織った男性は、怒声を上げた男が治療薬を飲む姿を確認した後、エディーの顔を少し見つめ、細身の男へ視線を移して不信感を募らせる。

 細身の男は慌てて両手を胸の前に出し、目を丸くして首と共に両手を左右に振りながら、毛皮のコートを羽織った男性に弁明をする。


「し……しかし……!この者が黒い亀裂を打ち破ったことは事実なのです!恐らくこれは、何かの間違いかと……」

「……確かに、この男から溢れ出す光が、黒い亀裂を打ち破ったことは間違いない。あの力を行使するために、何か条件が要るということなのか……?それに……まさか『治癒魔法』を扱えるとはな……想定外だ。」


 細身の男の弁明に、毛皮のコートを羽織った男性は顎に手を当てて思考を巡らせると、屈めていた身に力を入れて立ち上がり、男達に向けて指示を出す。


「生ける屍の勢いが収まらん。作戦を変更し、前方から来る生ける屍を殲滅して強行突破するぞ。俺が先陣を切る、付いてこい。」


 武器を手にしたまま、先頭に立って歩き始めた毛皮のコートを羽織った男性に、男達は戸惑った様子で声を掛ける。


「あの~……ボス?コイツはどうするんですか?生ける屍を浄化できないんじゃ、宝でも無いし、お荷物になるだけじゃ……」


 男達の指摘に、毛皮のコートを羽織った男性は横目で男達を見ながら口を開く。


「その男は、黒い亀裂を打ち破る力を持っている。それが何故、生ける屍を浄化することが叶わなかったのかは不明だが……生ける屍を呼ぶ、黒い亀裂に抗う力なのは間違いない。おまけに……扱える者は極少数と言われる、治癒魔法をも扱えるようだ。そのままアジトへ連れて行くぞ。」


 毛皮のコートを羽織った男性はそう言うと、急ぎ足でその場から離れ、前方から再び現れる生ける屍を一刀両断し、2層目へ上がる洞窟の中を進んでいく。

 男達は武器を収めてエディー達の元へ近付くと、1人は怒声を上げた男に肩を貸し、他の男がエディーの体を掴み無理矢理立ち上がらせる。

 エディーを立ち上がらせた後、口角を上げていた男はエディーの顔を覗き込み、興奮した様子で言葉を漏らした。


「……ってことは、コイツの価値が上がったってことか!?黒い亀裂を打ち破れる上に、治癒魔法まで扱えるなんて……まさにコイツ自身が、力の宝庫だな!」


 口角を上げていた男が楽しげに笑みを浮かべていると、小柄な男が口角を上げていた男を叱咤する。


「んなこと言ってる場合か!!さっさとボスを追い掛けて、ここから離れるぞ!!」


 口角を上げていた男は、小柄な男に叱咤されて口を噤むと、他の男達も口を開くこと無く、毛皮のコートを羽織った男性を追い掛けて2層目へと上がっていく——。






 ——エディーを連れ去った男達を追い掛け、亀裂の3層目へと辿り着いたマイン達は、2層目へ続く洞窟に足を踏み入れようとしていた。

 しかし、洞窟に足を踏み入れる直前で、何処からか人の声が聞こえたため、マイン達は立ち止まって周囲を見渡した後、ふと目線を上げて亀裂の2層目を見やる。

 視線を向けた亀裂の2層目には——エディーを連れて次の洞窟へと向かう男達の姿があり、男達の姿を見たマインは咄嗟に声を張り上げてエディーの名を呼ぶ。


「エディー!!お前ら……待ちやがれ!!」


 マインの声を聞いたエディーはハッとした表情を浮かべ、足に力を入れて踏ん張り、男達の歩みを制止すると、身を乗り出すように崖を覗き込んでマイン達の姿を捜す。

 目線を泳がせてマイン達の姿を視界に捉えたエディーは、目を見開いて息を呑み、声を張り上げて3人の名を呼び返した。


「マイン!クレール!ヴェスタさん……!」

「……チッ、もう少し引き離すつもりだったのだがな……生ける屍の妨害が、思ったより響いているらしい。追い付かれる前に、急いで地上まで登り切るぞ。」


 毛皮のコートを羽織った男性が眉間に皺を寄せて言葉を紡ぐと、男達は「へい!」と返事を伝え、崖側に身を乗り出したエディーの縄を引いて体を引き戻す。


「うわっ!?」


 エディーは体を後方に強く引かれたことで声を漏らし、バランスを崩して倒れるまではいかなかったものの、男達に取り押さえられ、苦悶の表情を浮かべる。

 自由の利かないエディーの状態を確認したマインは、エディーに聞こえるよう声量を上げて言葉を紡ぐ。


「エディー!今すぐ追い付いてやっから、少し待ってろ!」


 マインはそう言って走り出し、クレールとヴェスタも後に続いて走り出そうとするも、2層目へ続く洞窟の先から生ける屍が姿を現し、マイン達の行く手を阻む。


「クソッ……!今はお前らの相手をしてる場合じゃねぇってのに……!」


 生ける屍は唸り声を上げ、3人は収めていた武器を手に取って戦闘体勢を整える。

 その様子を見ていた毛皮のコートを羽織った男性が、今の内に距離を稼ごうと駆け出したものの、上層から生ける屍が目の前に降り立って男達の行く手を遮り、毛皮のコートを羽織った男性はすぐに足を止めざるを得なくなってしまう。

 生ける屍の姿を見た男性は、鬱陶しそうな表情を浮かべて屍達を睨み付け、苛立ちを滲ませた声で口を開く。




「コイツ等は……一体何処から湧いて来ている……?遺跡へ足を踏み入れた時とは、比べ物にならない数を……、……っ!?」




 毛皮のコートを羽織った男性が、途中まで言葉を紡いだ瞬間——大きく地面が揺れ動き、マイン達はおろか男達も体勢を崩してその場に座り込む。


「うわぁあっ!?」

「な、なんだ……!?地震か……!?」


 その場に居た誰もが狼狽え、大きく揺れ動く地面に手を付きながら身を支えていると、亀裂の下層部——崖側にふと目線を送っていたクレールが、驚いた表情を浮かべて声を張り上げる。




「何かが来るぞ……!!遺跡に……空間に割れ目のようなものができている……!!」




 クレールの叫びに釣られて、マインとヴェスタがクレールの視線の先へと顔を向けると、亀裂の中心点に入ったヒビ割れのようなものを確認する。

 遺跡は地割れの崖に沿って造られているため、割れたガラスのようにヒビの入った個所は、まさしく何もない空中そのものに存在し、本来そこには何も無いはずの『それ』は、ガラスを砕くかのような鋭く乾いた音を立てて徐々に広がりを見せていった。

 やがて——ある程度ヒビ割れが拡大したところで、空間がガラスの破片のように飛び散りながら引き裂かれ、『黒い亀裂』がその場に姿を現した。


「なに……!?馬鹿な……黒い亀裂だと……!?」

「何故、このようなことが……。この短時間の間に、似たような場所で、2度も黒い亀裂が開くなど聞いたことがありません。一体これは……何が起きているんですか……?」


 毛皮のコートを羽織った男性とヴェスタが驚きのあまり言葉を口にしていると、男の内の1人が戸惑った様子でエディーに声を掛ける。




「……お、おい?どうした……?そんな苦しそうな顔をして……何かあったのか……?」




 毛皮のコートを羽織った男性は、男の声を聞いて黒い亀裂から目を離すと、エディーの方を見やり、その様子を呆然と見つめる。

 エディーは男達に囲まれたまま、呻き声を上げて激しく身動ぎをしており、額に冷や汗を掻きながら耐え忍ぶように固く瞼を閉じる。




「……くる、し……っ、……憎い、ニクイ……ッ!……ぁ、あぁああああ!!」




 エディーは耐えきれずに悲痛な叫びを上げ、目を大きく見開いて空を仰ぐ。

 顔を上げたエディーの瞳に、一瞬だけ赤黒い光が宿ったかと思うと——黒い亀裂から、腕を伸ばして空を掴もうとするが如く、巨大な4本指の黒い手が現れ、マイン達は呆気に取られて出現した腕を見つめる。




「……なん……だよ、これ……」




 黒い亀裂から伸びた手には、獣のような鋭い爪が備わっており、所々が怪しく光る棘の付いた紫の鱗で覆われ、掌には1つの大きな琥珀色の瞳が埋め込まれていた。

 瞳は不気味な音を立ててマイン達に視線を向けると、呆然と立ち尽くす人間達を嘲笑うかのように見下ろし続けた——。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢見る星のウタ TriLustre @Tereshianofact

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画