第14話「名も無き遺跡に咲く花」
医療施設を後にしたマイン達は、フロワドゥヴィルの北西へと向かい、砦に築かれた門の前へと歩みを進めていた。
鉄と木で造られた重厚な扉は、先刻の黒い亀裂による襲撃によって傷が付き、所々の木材がめくれ、獣の爪で裂かれたような傷跡が残っている。
扉の前で待機している兵士の前まで歩み寄ると、ヴェスタは近付きながら会釈をして声を掛ける。
「門を開けてくれますか?彼らと共に、行きたいところがあるんです。」
ヴェスタから掛けられた言葉に、兵士は首を傾げて口を開く。
「それは構いませんが……なにゆえ、この門をお通りに……?貴方もご存知かと思いますが、この先は封鎖された地下遺跡への入り口です。先程……生ける屍の群れに襲われたばかりの街を離れて、遺跡に何か御用ですか?」
疑問を浮かべる兵士の顔を見つめ、ヴェスタは丁寧に事情を説明する。
「生ける屍の群れに襲われたからこそ、行かなければなりません。狩人であるレドが……屍化の重症患者として、今も治療中の身です。彼の命を救うには、重症者用の治療薬を作るしか方法がありませんので、その材料を採りに……地下遺跡へと向かうんです。」
ヴェスタから事情を聞いた兵士は、慌てた様子で扉に手を掛け、謝罪の言葉を述べる。
「そういうことでしたか!申し訳ありません!お引き止めしてしまい……。」
兵士が力強く扉を押すと、扉は音を立てて外側へと開き、兵士はマイン達に扉を潜るように促す。
「……さぁ、どうぞお通り下さい。先程の影響で生ける屍が周辺をうろついているかもしれませんし、地下遺跡の内部にも奴等は蔓延っているでしょう。充分にお気を付けて、どうか無事に戻って来て下さい。」
「……ありがとうございます。最善を尽くしますので、俺達のことは気にせず、街を守ることに専念して下さい。街のことを……どうか頼みますよ。」
街の安全を託された兵士は「任せてくれ」と言わんばかりに胸を張り、続いてマイン達に声を掛けた。
「皆様も……生ける屍が蔓延る地下遺跡へ向かうのですから、目的だけに専念し、冷静な判断をお願いします。一瞬の判断を見誤ったばかりに、命を落とす危険が高い場所ですから……。皆様の無事を、心より願っております。」
忠告と祈りを込めた言葉を掛ける兵士に、マインとクレールは頷いて返事をする。
「忠告ありがとうな。俺達も……戦い慣れてるわけじゃねぇから、ヴェスタさんの話をよく聞いて、慌てずに行動することにするぜ。」
「急いては事を仕損じると言いますし、レドさんを助けるために向かった私達が、無事に戻らなければ意味がありません。あまり時間はありませんが、気持ちが前屈みにならぬよう注意して行動します。」
2人が言葉を紡ぎ終わると、ヴェスタは扉を潜って振り返り、マイン達に向けて口を開く。
「……それでは、行きますよ。あまり俺から離れないようにして下さい。ここから先は、危険と隣り合わせですから……俺が先頭に立って、貴方達を案内します。」
「おう!いよいよか……絶対に、材料を持ち帰ってみせるからな……。」
ヴェスタの後に続いてマイン達が扉を抜けると、背後から門が閉まる音が聞こえ、マイン達は街の外側へと踏み出した。
門を潜り抜けた先に広がる、石がせり出した丘と森の間に位置する川の傍へと歩き出し、草の生い茂る地面や砂利を踏みしめて目的地を探す。
整備されていない小道を少し進んでいくと、森に沿うようにして広がる巨大な地割れが姿を現し、地割れは石がせり出した丘と森を引き裂くようにして境目に位置している。
「……ここが、地下遺跡への入り口です。ここから、下に降りて行きますよ。」
ヴェスタが地割れのすぐ傍まで寄り、マイン達に声を掛けると、3人は息を呑んで地割れの下を覗き込む。
覗き込んだ地割れの先には——石材で造られた広大な遺跡群が広がっており、家々と思しき建造物は崖に沿って建てられ、何かを支えていたと思われる柱がいくつも顔を覗かせている。
どこか繁栄した文明の威厳を感じさせる遺跡群は、地の底まで続いているかのように広大であり、エディーは何かに引き摺り込まれるかのような錯覚を覚えてその場に座り込む。
「おい、エディー!大丈夫か!?」
座り込んでしまったエディーの顔を覗き込み、マインが慌てて口を開くと、エディーはマインの顔を見つめ返して苦笑いを浮かべる。
「……うん、ごめん……急に眩暈がして、つい……。」
エディーがそう言って目元を押さえると、クレールも身を屈めて口を開く。
「エディーさん、大丈夫か?もし厳しいようなら、先に街に帰って休んでもらっても構わないのだが……」
「さっきのこともあるしな。お前……昨日から、何かに取り憑かれたみたいな言動をすることがあるだろ?こういう場所って、そういうのが起きやすいんじゃねぇのか?もしそうなった時に、お前も辛くなるだろうし、気にせず街に戻ってても良いんだぜ?」
心配して声を掛ける2人に、エディーは気丈に振る舞い明るい口調で言葉を返す。
「ううん、大丈夫。心配してくれてありがとう、2人とも。俺は大丈夫だから……下に降りて、薬の材料を探そう。」
エディーは2人に笑顔を向けて立ち上がり、マインとクレールも後に続いて立ち上がる。
3人のやり取りを黙って見つめていたヴェスタは、3人に歩み寄って声を掛ける。
「……もし、何か不調があればすぐに言って下さい。危険地帯へ踏み込むのに、不調をきたしていては危険ですし、引き返すことも大事なことですから……。」
ヴェスタがエディーの体調を気に掛けて釘を刺すと、エディーは不意を突かれたかのように一瞬だけ目を丸くして困った表情を浮かべる。
「うん……もし苦しくなったら、その時は遠慮せずに言うよ。変に我慢をして、皆に迷惑を掛けたくないし……。」
「それなら良いんです。……それでは、階段を降りて地下遺跡へと入りますよ。俺が先に降りて、出入り口の安全を確認しますから、俺が降りた後に付いてきて下さい。」
ヴェスタが先行して階段を降りようとした、その時——マインが慌てた様子でヴェスタの背中に声を掛ける。
「あっ!待ってくれ!ヴェスタさん!」
マインに呼び止められたことに驚き、ヴェスタは思わず目を丸くして立ち止まると、後ろを振り返ってマイン達の顔を見つめる。
「なぁ、俺達……まだ、ヴェスタさんにちゃんと自己紹介してねぇよな?こんな時だからこそ……お互いにちゃんと名前を伝えて、いざという時には連携を取れるようにしておこうぜ?相手を呼びたい時に、名前で呼ばないのは不便だろ?」
マインからの提案に、クレールとエディーは顔を見合わせて首を縦に振る。
「ええ、私も……ヴェスタさんに、きちんと自己紹介をしなければと思っていました。その機会を……今、頂いても宜しいでしょうか?」
「そうだね……俺達の名前を、ちゃんと自分の口で伝えないと……。昨夜、ヴェスタさんも……俺達と行動を共にする機会があるような気がするって言ってたし、それが今なんじゃないかなって思うから……きちんと自己紹介をさせて欲しいな……。」
3人からの眼差しに、ヴェスタは一瞬悩む素振りを見せるも、すぐに頷いて返事をする。
「……わかりました。確かに俺も……貴方達の名前をしっかりとは聞いていませんし、貴方達を髪色で呼ぶのは失礼というものですね。では……貴方達の名前を伺っても?」
ヴェスタから了承を得たマイン達は、口元に笑みを浮かべて自己紹介を始める。
「おう、俺は山天マインだ!遅くなっちまったが、これからもよろしくな。」
「私は、クレールと申します。昨夜から何度も助けて頂いているというのに、紹介が遅れてしまい申し訳ありません。今後とも是非、よろしくお願いします。」
「俺はエディー……エディー・イーグルトンと言います。迷惑を掛けっぱなしで申し訳ないけど……これからも、よろしくな……?」
マイン達の自己紹介が終わると、ヴェスタも続けざまに言葉を紡ぎ出す。
「……ご存知の通り、俺はヴェスタと申します。普段は墓守の仕事をしていますが……フロワドゥヴィルの近くにある、遺跡の管理も行っています。貴方達とのご縁は、何か意味があるのではと感じていますよ。こちらこそ……今後とも、よろしくお願いします。」
互いに自己紹介を終えると、マインは張り切った様子で声を上げる。
「おしっ!これで自己紹介も終えたし、もっと心強くなった気がするぜ!」
「ええ……しかし、時間があまり無いと言うのに、お時間を取らせてしまい申し訳ありません。私達の我儘に、付き合って頂いて……」
「いえ……もともと、次の機会に名前を伺いたいと言ったのは俺です。連携を取りやすくするため、互いの名を伝えておくのは大事なことですよ。むしろ、彼……マインが言い出してくれて助かったくらいです。これで俺も……貴方達の名を呼ぶことが出来ます。」
ヴェスタはそう言うと、崖に沿うようにして造られた石材の階段に足を掛け、マイン達に視線を送る。
「……それでは、遺跡の中へ行きますよ。先程も言いましたが、俺が先に降りて出入口の安全を確保しますので、貴方達はその後に降りてきて下さい。」
「おう。ここはお言葉に甘えて、そうさせて貰うとするぜ。俺達が先行したって、良いことないだろうしな。」
マインの返答を聞くと、ヴェスタは頷いて相槌を打ち、周囲を警戒しながら地割れの中へと入って行く。
いよいよ地下遺跡へと踏み込む——そう実感したマイン達は心を落ち着かせようと深呼吸をし、ヴェスタの後に続いて階段を降り始める。
フロワドゥヴィルの住民が利用していた時のものか、木材で舗装された階段を石の壁や木の柵を支えにして慎重に降りていき、先に降りていたヴェスタの近くへと赴く。
マイン達が階段を降り切ったことを確認すると、ヴェスタは階段を降りてすぐ右手に見える洞窟を指しながら、3人に警戒を促す。
「……今のところ、生ける屍の姿はありません。横にある道から、いくつもの空洞を通って下を目指します。いつでも武器を構えられるように、警戒しながら進んで下さい。」
「横にある空洞から……?崖に沿って階段を降りて行くわけじゃねぇんだな。」
「ええ……この遺跡は、空洞を利用して道が作られています。ただ単に崖を沿っただけでは、下層へは辿り着けないんです。」
「へぇー……そうなのか。見た目より、ずっと複雑な構造をしてるんだな。」
ヴェスタの話を聞いたマイン達は、顔を覗かせて空洞の中の様子を伺う。
どういう訳なのか、フロワドゥヴィルの住民が訪れなくなったにも関わらず、洞窟の中は壁に掛けられた松明で明るく照らされており、視界に関してのみ言えば、人が進むに支障はきたさないだろうと理解できる。
また、遺跡には元々人が住んでいたのであろうか、空洞の中も比較的広々としており、何人かの人が同時にすれ違っても問題無さそうな広さである。
洞窟の様子を伺っていたマインは、ふと疑問を浮かべて視線を戻し、ヴェスタに向けて問い掛ける。
「ここって……人が住んでいた場所なのか?それとも……人が住むのとは別の用途で造られた場所なのか?街の人が訪れなくなったにしては、妙に明るいような気が……」
マインからの問いに、ヴェスタは一度遺跡群に目を向けると、先陣を切って空洞に足を踏み入れながら話を続ける。
「ここは元々……人が住むために造られたと言われています。しかし……造られた年代に関して不確かな部分も多く、いつ使われていたのかなどはわかっていません。世界に生ける屍が蔓延る前に造られたとする説もあれば、生ける屍が蔓延った後だとする説もあります。いくつかある仮説の中には……街の中央広場にあるブラーヴシュヴァリエとの関係を示唆する声や、古の昔に滅びた『平和で幸せな理想の国』——その王国の遺跡ではないかとする説もあります。……要は、何もわかっていないということですね。」
ヴェスタの解説に、マインは関心したように声を漏らした。
「そうなのか……そんな遺跡にある材料だなんて、なんか不思議な感じするな……。」
「ええ……洞窟の中を照らす松明に関しても、通常の松明とは異なる材料で作られています。火が点いているので、近付いて見るのは危険ですが……ここにある松明はみな、魔法的処置を施された特殊な鉱石を先端に取り付けていて、意図的でなければ消えることの無い松明として機能を果たしているようです。」
「消えることの無い松明……?それがあれば……無駄に資源を使わずに、ずっと暗がりを照らし続けてくれる照明として普及しそうだね。」
壁に掛けられた松明を見つめ、興味津々な様子で目を輝かせるエディーに、ヴェスタは冷静な口調で淡々と言葉を続ける。
「……残念ながら、魔法的処置という部分で、術式と思われる技術は失われていますので、今に作ることは難しいと思いますが……もし術式を解明できれば、街と街を繋ぐ道を、生ける屍が寄り付かない安全な道として作ることも可能かもしれませんね。」
「魔法的処置……術式の解明、かぁ……。俺達にそういう知識は無いから、術の解明に協力するのは難しそうだね……。」
エディーは少し残念そうな顔をするも、ヴェスタが話す丁寧な解説に、マイン達は関心したように周囲を見渡しながら目的の材料を求めて探し歩く。
「ところで、ヴェスタさん……重症者用の治療薬になる材料は、どのような見た目をしているのですか?」
クレールが疑問を口にすると、ヴェスタは歩みを止めずに横目でクレールの方を見ながら口を開く。
「……まず、前提の話をしておきます。通常の治療薬と重症者用の治療薬の製造方法は、実のところ殆ど同じです。重症者用には……今から取りに行く材料が必要不可欠であり、通常の治療薬と異なっている点はその部分だけです。そして、その材料というのは……『黄金色の花』を咲かせる野草の見た目をしています。」
「『黄金色の花』を咲かせる野草……?それが、重症者用の治療薬になるのですか……?」
治療薬に使う材料が黄金色であると聞いたクレールは、あまり想像がつかないといった様子で首を傾げる。
「ええ……その花を採集し、磨り潰して通常の治療薬に混ぜることで、重症者用の治療薬となります。『黄金色の花』は……通常の治療薬では治せない患者を治してしまうほど、治療薬の効果を高める作用を持っているんです。どのような理屈でそうなるのかはわかりませんが……生ける屍が現れ始めたと言われる古の昔に、偉大な錬金術師が『黄金色の花』の効能を発見して、重症者用の治療薬を作り出したのが始まりとされています。それからというもの……重症者用の治療薬は、ごく一般的で重宝される薬として、今ではどの街にも備蓄されているんです。」
「そうなのですね……その花が、重症者用の治療薬を作るのに一番の要であると……。……その花は、地上では採れないのですか?」
クレールからの問い掛けに、ヴェスタは分かれ道の先の様子を伺いながら質問に答える。
「いえ……地上でも採れますよ。ただ……『黄金色の花』の群生地はあまり見つかっていませんし、あったとしても数が少ない、とても希少なものです。長い間……人々は『黄金色の花』に世話になってきましたが、どこに咲くのかさえ、明確な場所はわかっていません。なので……この場所が使えなくなったからと言って、そう易々と採集場所を変えるわけにもいきませんし、今回は他の場所を探している余裕もありませんでした。重症者用の治療薬は……今では一般的に扱われていると言っても、大量には増産できないんです。」
「なるほど……そう簡単に見つかるものでもなく、しかし採らないわけにはいかない、難しいところなのですね……。」
「ええ……どの街も、『黄金色の花』の群生地を常に探し求めていますが、正直なところ……自分達の国や街の分を確保するので精一杯といったところですね。」
ヴェスタの説明を聞いたクレールは納得したように頷き、顎に手を当てて思考を巡らせていると、マインが遺跡の中を見渡して口を開く。
「だったら尚更……この遺跡が生ける屍から解放されて、また材料を取りに来れるようになると良いんだけどな。」
「そうですね……ただ、生ける屍が活発化し、数が増えた理由もわかっていません。今はあまり深く考えずに、材料を持ち帰ることだけに専念しますよ。」
「おう……わかってるぜ。深入りして、帰りが遅くなったら元も子もないもんな。」
4人が会話を重ねながら歩みを進めていると、やがて道の先に光が差し込み、空洞を抜けて地割れの2層目へ辿り着く。
ヴェスタは空を見上げて、自分達が降りてきた階段の方を指し示すと、マイン達に顔を向けて言葉を紡ぐ。
「……わかりますか?あそこが……俺達が降りてきた階段付近です。このまま徐々に亀裂の中を降りて、4層目まで行きますよ。」
「おう。早いとこ降りて、さっさと帰ろうぜ。」
「ああ……レドさんの容体がいつ悪化するかもわからない。早く帰るに越したことは……」
マインが勇ましく返事をし、クレールが途中まで言葉を紡いだ瞬間——不意にヴェスタの顔に険しい表情が浮かび、片腕を広げてマイン達を制止する。
「待って下さい。この気配は……すぐに武器を構えて下さい。奴等が……きます。」
そう言ってヴェスタが武器を構えた、次の瞬間——下層から2体の生ける屍が飛び上がって姿を現し、崖や遺跡の柱に手を掛けて登り切ると、勢いよく走り出してマイン達に襲い掛かる。
「うわぁああっ!?」
「っ……!?」
突然のことにエディーは思わず声を上げ、咄嗟に弓を構えたクレールが飛び上がってきた生ける屍の1体を射貫き落とし、残った1体をヴェスタが剣で斬り捨てる。
その光景を見たマインは慌てて剣を鞘から抜き、しっかりと握り締めて乱れた心を落ち着かせようと深呼吸をする。
「いきなりかよ……!?突然過ぎて、流石にびっくりしたぜ……。」
動揺した様子のマインとエディーとは打って変わり、冷静に敵の動きを見ていたヴェスタは3人に向けて声を掛ける。
「どうやら……俺達が遺跡の中へ入ったことを、生ける屍に嗅ぎ付けられたようですね。ここから先は、戦い続きになるでしょう。怖気づいて引き返すのなら、今の内ですが……」
厳しくも気遣いを感じさせる言葉を掛けるヴェスタの顔を見つめ、マイン達は首を横に振り決意の言葉を述べる。
「いいや……ここに足を踏み入れた時から、覚悟は決まってるんだ。今更、帰るなんて言わねぇぜ。」
「私も……レドさんを救うという目的を果たすために、ここまで来たのです。このまま……下へ降りて行きます。」
「俺も……今のところ、体には異常が出ていないから……みんなと一緒に下まで降りるよ。」
3人の言葉を聞くと、ヴェスタは改めて体の正面を洞窟へと向け、マイン達を横目に真剣な表情で言葉を紡ぐ。
「わかりました。では……4階層目まで降りて行きます。今まで以上に警戒し、周囲に気を配って下さい。」
「おうよ。次は奇襲を受けないように、気を引き締めていくぜ。」
マインの返答を聞き、ヴェスタはこくりと頷くと、再び歩みを進めて次の洞窟に足を踏み入れる。
マインとクレールは武器を手にしたままヴェスタの後に続き、エディーは最後尾からマイン達の後を追い掛ける。
3層目に降りるであろう、洞窟の先へと歩みを進めていると——前方から生ける屍の群れが体を揺らしながらマイン達の前に立ちはだかり、再び4人に襲い掛かる。
「早速、お出ましのようです。この先へ行くには、奴等を倒す他ありません。……行きますよ!」
盾を構えて突撃するヴェスタの声に合わせて、マインも剣を構えながら前方へと走り出し、クレールは弓を引き絞って生ける屍と相対する。
エディーは両手を合わせるように胸の前で魔力を球状に集積させると、腕を横に広げた勢いで集めた魔力を周囲に拡散させ、波状の光を周囲の岩肌に沿うように走らせる。
その光を浴びたマインとクレールの武器に、再び炎と光が仄かに灯り始め、マインは炎宿す剣を生ける屍に向けて勢いよく振り下ろした。
「ここで足止めを喰らってる場合じゃねぇんだ……さっさと道を開けてもらうぜ!!」
屍が燃え尽きる音と共に、後方からクレールが放つ光の矢が縦横無尽に飛び交い、生ける屍の頭を貫いていく。
マインの背後を取るため、生ける屍が回り込んで腕を振り上げるも、ヴェスタが間に入り込んで盾を構え、生ける屍の体を弾き飛ばして壁に叩き付ける。
壁に叩きつけられた生ける屍の体に、ヴェスタはすかさず詰め寄って剣を突き刺すと、迫り来る他の個体に投げ飛ばして共倒れにさせる。
ドミノ倒しになった生ける屍達を、マインが剣を横に振るうことで纏めて薙ぎ払い、生ける屍達を燃やし尽くした。
マイン達が前方の敵を相手にしていると、不意に後方からも生ける屍の唸り声が聞こえ、エディーは咄嗟に後ろを振り返る。
恐らく先程と同じように登ってきたのであろう、生ける屍が遠くから近付いてきており、エディーは両手を前に出して武器を創ろうと試みる。
(さっきと同じ容量ですれば、きっと俺にも武器が……)
エディーは今一度、黒い亀裂を打ち破った時と同じ方法で両手に光を集積させていく。
しかし——エディーが両手に集積していた光は、途中で弾けて周囲に拡散されてしまい、光の中から武器が生み出されることはなかった。
「…………えっ?」
エディーが驚きのあまり目を丸くして自身の両手を見つめていると、いつの間にか生ける屍は手の届く範囲まで迫ってきており、エディーはハッとした表情を浮かべて生ける屍を見やる。
「っ……!!」
「エディーさん!!」
慌てて後方へ下がろうとし、足がもつれて尻餅をついたエディーに向けて、両腕を前に出して掴み掛かろうとした生ける屍を、クレールが咄嗟に矢で射貫く。
動きが鈍った生ける屍を、横からヴェスタが盾を構えて突進し、生ける屍を吹き飛ばして壁に強く打ち付けると、屍はぴくりとも動かなくなった。
マインがすぐさまエディーに駆け寄り、尻餅をついたまま唖然とするエディーの顔を見つめて声を張り上げる。
「大丈夫か!?エディー!!どっか怪我してねぇか!?」
心配そうに顔を覗き込むマインの顔を見つめ返し、緊張が解れたエディーは肩の力を抜いて申し訳なさそうに俯く。
「ごめん、大丈夫……みんなのお陰で、怪我はしていないよ。でも……俺、武器を創りだすことができなくて……みんなに迷惑を掛けちゃったな……。」
「んなの、気にすんなよ。お前が無事なら、それでいいって。けど……なんで武器を創れなかったんだろうな?黒い亀裂の時は、何かしら創ってたってのに……。」
「もしかすると、黒い亀裂を打ち破った時のような力を行使するには、何か条件があるのかもしれませんね。それが何かは、わかりませんが……そうでなければ、エディーが武器を創り出せなかった説明が付きません。一体、どのような条件が必要なんでしょうか……。」
エディーの不調の原因を探るため、マインとヴェスタが頭や顎に手を置きながら思考を巡らせていると、エディーは落ち込んだ様子で声を漏らす。
「俺……1人で地上まで戻るよ。戦えると思って付いて来てたけど……戦えないんじゃ、足手まといになるし……」
そう言って立ち上がろうとしたエディーの腕を掴み、マインは首を横に振って反対の意を示す。
「ばっかお前……1人で地上に戻るなんて、危な過ぎるだろ!俺達はもう、生ける屍に嗅ぎ付けられてるんだ。1人で帰ろうものなら、襲われて終わりだぜ?」
「俺も同意見ですね。ここまで来てしまった以上、1人で街に返すのも危険です。戦えないとはいえ、共に下まで降りますよ。」
引き止めようとするマインとヴェスタの言葉に、エディーは眉を下げて震えた声で話す。
「いいの……?俺、戦えないのに……みんなの傍に居たら、きっと迷惑に……」
「んなもん、気にすんなっての。お前を1人にするより、一緒に居た方が安全だろうしな。……俺達も、お前が近くに居た方が安心するし、何より……地上にはお前の力を欲しがってる、胡散臭い商売人も居たことだしな……。エディーを1人にするのは、何かと危ないような気がするぜ。」
「ああ。エディーさんが持つ力を、邪な考えを持って動く者達に渡してはならないような気がする。……ともあれ、私達と共に行動して貰うぞ?エディーさん。」
説得を続ける3人の顔を見つめ、エディーは目を丸くして呆然とするも、眉を下げたまま小さく首を縦に振る。
「……うん、わかったよ。みんなと離れないように、気を付けて行動する。色々と心配してくれて、ありがとう……。」
礼を伝えて立ち上がるエディーの姿を見て、マインも釣られて立ち上がり、両の手を打ち付けて気合を入れ直す。
「……おしっ。エディーも付いてくることになったし、改めて『黄金色の花』の探索を始めようぜ。」
マインの言葉に3人が頷いて相槌を打つと、再び歩き出して4層目へと向かう。
下層へ降りて行く度に、壁に掛けられた松明の数が徐々に減っていき、次第に暗がりが目立つようになっていく。
道端には拳より大きいサイズの石が多く見られるようになり、2層目の洞窟と比べても足場が悪くなっていると感じる。
度々襲い来る生ける屍との交戦を繰り返し、転ばぬようにと慎重に足を動かして歩みを進めていると——やがて、4層目に当たる洞窟の前まで辿り着き、ヴェスタはマイン達に振り返って洞窟の中を指し示す。
「この先に……『黄金色の花』の群生地があります。採集して上に戻りましょう。」
ヴェスタが引き続き先頭に立って洞窟に足を踏み入れると、そこには今までとは比べ物にならないほどの広い空間が広がっており、天井に穴が空いているのか、陽の光が差し込み、ある一点を明るく照らし続けている。
ヴェスタが顎を上げて、光が差し込む方向へ視線を移すと——岩肌に囲まれた空洞に、僅かながら彩りを齎す野芝の中で、黄金色の花弁を付けた野草が1本、煌びやかに花を咲かせていた。
探し求める材料の実物を目にしたことで、マイン達は思わず声を漏らし、ヴェスタはどこか安堵した様子で口を開く。
「……ありましたね。どうやら……最後の一本だったようです。あれが……重症者用の治療薬となる、『黄金色の花』です。」
事実、金色の花弁を咲かせる野草に思わず見とれてしまうものの、マイン達は嬉しそうな顔で『黄金色の花』に向かって走り寄る。
「……これが、『黄金色の花』なんだな……。……これで、レドさんの命を救うことができる……。」
マイン達が感動した様子で『黄金色の花』を見つめていると、歩いて近付いてきたヴェスタが『黄金色の花』を採集する。
「……これで、『黄金色の花』は手に入れましたね。調合には、少し時間が掛かります。あらかじめ、花をすり潰して治療薬に混ぜておきましょう。そうすることで、帰る頃には調合が終わっているはずですから、レドにすぐ処方できるはずです。」
そう言って持参してきたすり鉢を取り出し、ヴェスタは慣れた手付きで花を磨り潰す。
その様子を見ていたエディーは、懐から治療薬を取り出し、ヴェスタの前に差し出して声を掛ける。
「なら……この治療薬を使ってくれるか?マインとクレールの分は、黒い亀裂の時に使って無くなってしまっているし……俺も、2人に助けられた恩を返したい。だから……」
懇願するように語り掛けるエディーの顔を見つめ、ヴェスタは迷わず治療薬を受け取り言葉を返す。
「……わかりました。そこまで言うのなら……貴方の厚意を無駄にするわけにはいきませんね。ありがたく、使わせてもらいますよ。」
エディーの治療薬を使い、花を混ぜて調合を始めるヴェスタの姿を見て、エディーは嬉しそうな笑みを浮かべる。
マインとクレールも釣られて笑みを浮かべていると、治療薬に花を混ぜ終えたヴェスタが腰を上げてマイン達に声を掛ける。
「……これで、薬の調合は完了です。後は急いで、街へ戻りますよ。」
「おう!治療薬を早く、レドさんに届けないとな!」
懐に薬をしまい込み、ヴェスタが3人に声を掛けた、次の瞬間——周囲の岩陰から、身を隠していた怪しげな男達が姿を現し、男達はナイフや斧などの武器を構えてマイン達に襲い掛かる。
「なっ!?なんだよ、お前ら!?」
マイン達は慌てて武器を取り出し、ヴェスタとマインは武器を交えて男達の攻撃を受け止める。
クレールは男達に接近されると、後方に退いて男達の攻撃を避け、男達の武器に目掛けて弓を引き絞る。
しかし、流石のクレールも突然の襲撃に動揺してしまい、狙いが定まらず矢を外してしまう。
防戦一方となったマインとクレールを守るため、ヴェスタが駆け付けて男達の攻撃を弾き返していると、不意にエディーの驚愕した声が聞こえ、マイン達は慌てて声のした方を見やる。
「うわぁ……っ!?」
「っ!?エディー!?」
3人がエディーへ視線を移すと——そこには、盗賊風の装いに身を包んだ複数の男がおり、男達はエディーを取り押さえて洞窟の入り口へと連れ去ろうとしていた。
エディーは男達の腕から抜け出そうと必死にもがき続けて声を漏らし、ヴェスタはその様子を見て思わず顔をしかめる。
「はなっ……!放してくれ……!」
「しまった……狙いは、エディーの力ですか……!」
「お前ら!エディーを放せ!」
マインは走り出して男達に刃を向けるも、マインに目掛けてナイフが投擲され、ヴェスタが咄嗟にマインの服を引いてナイフを避けさせる。
態勢を崩したマインが尻餅を付き、ナイフが地面に刺さったことを確認すると、マイン達は洞窟の入り口へと視線を向けて驚いた顔を見せる。
洞窟の入り口には、毛皮のコートを羽織った男性が佇んでおり、エディーを捕らえた男達が傍まで引き返してくると、コートを羽織った男性は男達に向けて指示を出した。
「……捕らえたか。すぐに地上に戻り、この場を離れるぞ。」
毛皮のコートを羽織った男性が撤退を促すと、マインはすかさず立ち上がって声を荒らげる。
「お前ら!待ちやがれ!エディーは連れて行かせねぇぞ!」
そう言ってマインが武器を構えると、毛皮のコートを羽織った男性の背後から聞き覚えのある声が響く。
「貴方がたが悪いのですよ?私からの提案を、跳ね除けてしまいましたからねぇ。少々……手荒な真似をさせて頂きました。」
「……!あんたは……!」
聞き覚えのある声を聞いたマイン達が険しい表情を浮かべていると、毛皮のコートを羽織った男性の後ろから商人を名乗る細身の男が姿を現し、口元に不敵な笑みを浮かべた——。
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