第13話「交錯する善意と悪意」

 ——先程までの悲劇が嘘であったかのように、青く澄み渡る空の下で、フロワドゥヴィルの住民達は遺体の埋葬と荒れた街の掃除に追われていた。

 出航を見送っていた船から人々が降り、先に避難した人々へ現状を伝えに一部の兵士が船に乗り込む中、街のあちこちで人々のすすり泣く声が聞こえてくる。

 大切な人を失い崩れ落ちる者、愛した街の惨状に項垂れ呆然とする者、それでもなんとか立ち上がり動こうとする者……。

 街の住民は協力して墓地へと遺体を運び出し、惨劇によって怪我をした人々は医療施設へと案内されていく。

 医療施設の職員が忙しなく往来している中で、ヴェスタを除いたマイン達3人は廊下に置かれた長椅子に座り、施設の扉の1つを静かに見つめていた。


「ヒゥヘイムさん達……大丈夫だと良いんだけどな……。」


 マイン達が見つめる部屋に運び込まれたヒゥヘイムとレドの身を案じ、マインは眉を下げて口を開く。


「ああ……レドさんから貰った治療薬を飲ませはしたが……レドさんは特に、症状が酷かったからな……。」

「屍化の進行がかなり進んでたもんな……。あの治療薬で治るのを祈るしかねぇよ……。」

「あの治療薬が、どこまで効果を発揮するのか……俺達には知識が無いもんね……。……もし、初期症状にしか効果が無いのなら、レドさんは……」


 マインとクレールの会話に、エディーも混ざろうと口を開くが、言葉の途中で声を呑み込み、申し訳なさそうな口調で言葉を紡ぐ。


「……ごめん。俺……今、2人の気持ちを無碍にするようなことを……」


 気まずそうに俯いたエディーの顔を見つめ、マインは宥めるように落ち着いた口調で話を続ける。


「気にすんなよ。治療薬の効果を知らねぇのは確かだし、不安から色々と考えちまうのは仕方ねぇ。今は2人の無事を祈って……じっと待っていようぜ。」

「そうだな……あれこれ考えるのは、2人の状態を確認してからだ……。それまで何を考えても、悪い方向にしか向かないな。」

「うん……2人が無事に完治することを祈るよ……。」


 エディーは祈るようにして胸元に手を置き、マインとクレールは扉を見つめて静かに待ち続ける。

 そんな3人の元へ、フードを被った細身の男が乾いた足音を響かせながら近付き、口元に笑みを浮かべてマイン達に声を掛ける。


「やぁやぁ。君達は……最後まで街に残っていた人達ではないかね?」


 唐突に声を掛けられたことに驚き、マイン達は目を丸くして細身の男の顔を見つめる。


「えっと……あんたは……?」

「名乗るほどの者ではありません。偶然この街を訪れた、しがない行商人ですよ。いやぁ~……生ける屍の群れから、この街を守り抜くとは……いやはや、素晴らしいご活躍ですねぇ。」


 しがない行商人と自称する男の発言に、クレールは訝しげな表情を浮かべて首を傾げる。


「あなたは……船で避難しようとしていた方の1人なのですか?ご無事で何よりですが……わざわざそれを、私達に言いに……?」

「ええ。貴方がたは、この街を救った英雄ではありませんか。命を救われた者として、感謝を述べるのは当然のこと。是非……直接お礼を言いたく話し掛けた次第でして……」


 両手を擦り合わせながら礼を伝える細身の男に、マインは困惑した様子で言葉を返す。


「あ、ああ……どうも……。けど……俺達は別に英雄になりたいとかそういうんじゃなくて、ただ……世話になった人と街を守りたかっただけだから、そんな大層なもんじゃねぇよ。」

「何を仰いますか。そのお陰で、私達は生き延びることが出来たのです。……ところで、貴方がたが街を救った際に放たれた光なのですが……」


 細身の男はそう言うと、エディーの顔を見つめ、怪しげな笑みを浮かべる。




「星のように美しい光……あれは、貴方の体から溢れていたのでしょう?上空に大きく展開された魔法陣を、船の上から見ておりました。」


「……!!」




 空を仰ぐように天井を見つめて両腕を広げる細身の男に、エディーは表情を強張らせて少し身を引く。

 男は身を乗り出してエディーの顔へ視線を戻すと、楽しげに笑いながら言葉を続ける。


「あの力は、まるで生ける屍を浄化しているようにも見えました。もし、貴方の力が……生ける屍に対して効力を発揮するのなら……その力は、この世界の誰しもが欲しがる素晴らしき力です。どうです?各国が貴方の力を欲しがる前に、私と共に商売として成り立たせるというのは……」


 擦り寄るようにエディーの手を握ろうとした男に、マインは険しい顔付きで2人の間に咄嗟に入り込む。


「……あんた、いきなりなんなんだ。エディーにもし、そんな力があったとして……その力を利用して儲けようってのか。」

「聞き捨てならない台詞だな。エディーさんを売り物にしようなどと……そんなこと、私達が許さないぞ。」


 静かな口調で怒りを込め、詰め寄るように一歩前へと乗り出すマインとクレールの剣幕に、細身の男は大袈裟な仕草で2人を宥めようと試みる。


「いやはや、そうお気を悪くしないで頂きたい。私はただ、そのような異能を持つ彼のことを、真剣に考えてのことなのですよ?このままではいずれ、各国に彼のことが伝わり、彼の身柄を欲しがる者も出てくるでしょう。そうなる前に、1つの商売として成り立たせることで、彼の身が悪戯に追われる事態を防ごうというのです。どうでしょう?我ながら、良い提案かと……。」

「ふざけんな!エディーを商品になんて、絶対にさせねぇぞ!」

「ああ……私達は、エディーさんを売り物にしようなどと考えていない。そのような邪な企みを持っているのであれば、我々に近付かないでもらおうか。」


 細身の男が曝け出した思惑に、マインとクレールは声を荒らげて男に対し抗議をする。

 男は笑みを浮かべていた表情から一変、呆れたように溜め息を漏らすと、苛立ちを隠さぬ口調で言葉を返す。


「……はぁ。これだから、凡人の仲間意識というやつは……。今の時代において、生ける屍に対抗し得る力があるとすれば、富を伴う商売として成り立たせずして何になる?……まさか、生ける屍に苦しむ人々を救うために無償で引き受けるなどと、甘いことを抜かすのではないだろうな?誰しもが求める力を益とせずに、一体何の得があるのやら……」


 あからさまに不快感を示す男の態度に、マインは身を乗り出して声を張り上げる。


「てめぇ……!好き勝手に言ってんじゃねぇぞ!」


 マインがあわや男に掴みかかろうとした、その時——唐突に横から別の人物の声が聞こえ、マイン達は先程まで見ていた扉の方へ視線を向ける。




「ええ……彼の力に、生ける屍を浄化する作用があるか否かは、不確かなものです。憶測で彼の力を断定して、皆様を困らせるのは止めて頂けますか?」




 マイン達を庇うかのように、はっきりとした口調で声を掛けてきた人物は、部屋の中で治療を受けているはずのヒゥヘイムだった。

 ヒゥヘイムは怪我をした腕に包帯を巻き付けたまま、しっかりとした足取りでマイン達へと近付くと、3人の顔を順繰りに見つめ、優しい笑みを浮かべて頭を下げる。


「……お待たせしました。ずっと……待っていて下さったのですね。この街を……私のことを救って頂き、本当にありがとうございます……。」


 ヒゥヘイムの笑顔を見た3人は、ほっと胸を撫で下ろし、嬉しそうに笑みを零した。


「ヒゥヘイムさん……!良かった、目が覚めたんだな……!」

「ええ、本当に……皆様のお陰です。なんとお礼を申し上げればよいか……」

「いえ……私達も、レドさんに命を救われ、ヒゥヘイムさんや街の方々には大変お世話になりました。残念ながら……救えなかった命もありますが……」


 気を落としたように目線を下げるクレールに向けて、ヒゥヘイムは首を左右に振りながら優しい声で話を続ける。


「皆様はこの街のために、命を賭して戦った……私達はそれだけで、充分に救われています。皆様が責任を感じる必要はありませんよ。」

「そうか……少しでも、恩を返せたのなら嬉しいぜ……。」

「命を救われる以上の恩がありますか?少しどころか……いえ、むしろ私の方が、皆様に恩義を感じています。本当に……この街を失わなくて良かった……。」


 心の底から安堵したように声を漏らすヒゥヘイムに、エディーも同調の意を示す。


「……俺達も、この街が生ける屍の闊歩する廃墟にならなくて良かったよ。救えなかった命もあるけど……また、あの賑やかで温かい雰囲気が戻ってくると良いな……。」

「ええ、私も……すぐにとはいきませんが、この街が以前のように活気溢れる街に戻れるよう、精進します。こんな時だからこそ……私が街の皆様をお守りし、導いていかなければ……。……私が躊躇したばかりに、街の住民にも、皆様にもご迷惑をお掛けしたことですしね……この街の領主として、しっかりと責務を果たさなければなりません。」


 決意を固めるかのように、胸に手を当て瞼を閉じるヒゥヘイムに向けて、細身の男はわざとらしく声量を上げて声を掛ける。


「……そうですか。まさか……この街を救った英雄様がたは、領主様お抱えの者達だったとは。……領主様、悪い事は言いません。そこの紫髪の青年が持つ異能を……各国に共有するべきです。生ける屍に対抗し得る力を独り占めしていたとあっては、各国からどんな扱いを受けるか……領主ともあろうお方なら、わかりますでしょう?」

「……あんた、まだそんなことを言って……」


 男の態度を見て再び身を乗り出そうとしたマインを制止し、ヒゥヘイムは真っ直ぐに男を見据えて静かな口調で言葉を返す。


「お言葉ですが……もし仮に、生ける屍に対抗し得る力を彼が持っていたとして……それを、各国に共有するつもりはございません。彼らの自由を奪うことにも成り兼ねませんし、何より彼らは……私達の命の恩人です。そんな彼らを売るような真似は絶対に出来ませんし、先程も申し上げた通り……彼の持つ力が、生ける屍に対抗し得る力かどうかは定かではありません。憶測で彼の力を断定して、自由を縛るのは如何なものかと……。」

「ふん……まさか、領主ともあろうお方が、私情を出して物事を決めるとは……全く、関心しませんね。憶測とは言いますが……そこに居る紫髪の青年から溢れた光が、黒い亀裂を打ち破った状況を見る限り、能力の効果については間違いないでしょうに……。領主様は、商売時をわかっていませんね。」


 細身の男はそう吐き捨てると、踵を返して背を向け、最後にぼそりと小さく呟く。


「……チッ、金の成る木を見つけたと思ったのだがな……。ここはひとつ……別の方法を取るべきか……。」


 男はぶつぶつと独り言を呟きながらゆっくりと歩き出し、医療施設を後にする。

 その後ろ姿を見送った後、エディーはマイン達の顔を見つめてお礼の言葉を述べる。


「……マイン、クレール、ヒゥヘイムさん……俺のことを庇ってくれて、ありがとう……。」

「そら、あんなこと言われたら誰だって怒るだろ。お前……危うく金儲けの道具にされかけたんだぞ?今ので諦めてくれたのが幸いなくらいだぜ。」

「あのまま潔く諦めてくれるのなら良いが……しばらくは、警戒しておくに越したことはないだろう。」

「ええ……憶測で断定するなとは言いましたが、もし仮にエディーさんの持つ力が、本当に生ける屍に対抗し得る力なのであれば……その力を欲しがり、接触を試みる者も少なくないでしょう。この世界に生きる殆どの人々が、生ける屍が起こす悲劇に苦しんでいるわけですから……生ける屍を浄化できるとあれば、手荒な真似で身柄を追う者も出てくるかもしれませんね……。どうにかして、皆様をお守りする方法を探さなくては……。」


 顎に手を当てて思考を巡らせるヒゥヘイムに、エディーは首を横に振って疑問を口にする。


「色々と心配して考えてくれて、本当に嬉しいんだけど……今は、俺のことは大丈夫だから……ヒゥヘイムさんと一緒に運ばれた、レドさんの容体を知りたいな……。マイン達が2人に治療薬を飲ませて、屍化の進行を止めたって聞いたけど……レドさんはまだ、目を覚まさないのかな……?」


 エディーの口から出た言葉に、マインとクレールもハッとしたような表情を浮かべ、ヒゥヘイムの顔を改めて見つめ直す。


「そうだ……レドさんの容体は?俺達……2人が目を覚まさないのが心配で、ずっと待ってたんだ。レドさんは……レドさんは大丈夫なのか……?」


 心配そうな声で問い掛けるマインの声を聞き、ヒゥヘイムは眉を下げて俯くと、か細い声で質問に答える。




「……レドは……まだ目を覚ましません。目を覚ますどころか……屍化も完治していないのです。このままではいずれ……屍化の進行が再開し、レドの命は……失われてしまいます……。」




 ヒゥヘイムから告げられた事実に、マイン達は驚いた顔を見せ、信じられないといった様子で慌てて言葉を口にする。


「そんな……レドさんだって、治療薬を飲んだはずだろ……?なんでレドさんだけ、治療薬が効かないんだ……?」

「もしかして……治療薬を上手く飲ませられなかったのでしょうか?だとすれば……レドさんに治療薬を飲ませた、私の不手際のせいで……レドさんの命が……」


 己を責める発言をするクレールに、ヒゥヘイムは首を左右に振ってクレールの言葉を否定する。


「クレールさんの責任ではありません。むしろ……クレールさんの処置が適切だったお陰で、レドは今でも生ける屍とならずに済んでいるのです。というのも……レドが皆様にお渡ししていた治療薬は、初期症状であるなら問題なく完治できる代物ですが、屍化の進行が進んだ重症者には、完治できるほどの効力を発揮できません……。それでも、屍化の進行を一時的に防ぎ、遅らせることはできます。その間に、重症者でも完治できる薬を用意できれば良いのですが……」


 ヒゥヘイムはそこで言葉を区切ると、再び視線を落として口を噤む。

 マインは首を傾げて不安げな表情を浮かべると、今一度ヒゥヘイムに向けて質問を投げ掛ける。


「用意できればって……もしかして、用意できないのか……?」


 マインからの問い掛けに、ヒゥヘイムは心苦しそうに目を細めると、俯いたまま絞り出すようにして言葉を紡ぎ出す。




「残念ながら……今この街には、重症者に処方する薬が1つも無いのです……。以前は、いくつかの備蓄が常にある状態だったのですが……重症者用の治療薬となる原料の1つを採取していた場所が、生ける屍の活発化と大量発生が原因で危険地帯となり、採取することが叶わなくなってしまったのです。それからは……この街で重症者用の治療薬を作ることはできず、別の街から治療薬を譲って頂けないか話を進めていたところでした。……その矢先に、このような事態となってしまい……正直なところ、今から別の街へ治療薬を手配していては間に合わないのです……。今すぐにでも、重症者用の治療薬を用意しなければ、レドの命はありません……。」




 徐々に声色が弱々しくなっていくヒゥヘイムの言葉を聞き、マイン達は目を見開き呆然と立ち尽くす。


「……そんな……だったら……!俺がレドさんの治療をするよ……!俺の力に、屍化を浄化できる力があるのなら……今すぐにでも、レドさんに対して処置を……!」


 興奮した様子で声を上げるエディーだったが、唐突に横から別の声が聞こえ、エディーの言動を制止する。




「その行動は……あまり関心できませんね。貴方にその様な力があったとしても、安易に行使するのはお勧めしません。いずれ……己の身を滅ぼすことになりますよ。」




 言動を咎められたエディーが驚いて医療施設の出入口へと視線を向けると、そこには武器を携えたままのヴェスタがおり、ゆっくりと歩いてマイン達に近付いて来ていた。


「ヴェスタさん……!」

「ヴェスタ……貴方も、この街を救うために尽力したそうですね。本当に……ありがとうございます……。」

「いえ……元々、この街を守るのが俺の使命ですから……。……それより、彼の容体は芳しくないんですね。」


 ヒゥヘイムの後方にある扉を見つめ、ヴェスタはレドの容体を予測して口を開く。

 ヴェスタの動きに釣られ、ヒゥヘイムも後ろを振り返り扉を見つめると、顎に手を当てて思考を巡らせる。


「ええ……重症者用の治療薬が無ければ、レドを救うことはできません。しかし……現状、治療薬を入手する手段が無いため、手詰まりといった状況なのです。別の街から取り寄せるには、時間が足りませんし……材料を入手していた場所も、今では生ける屍の巣窟です。一体、どうすれば……」


 思考を巡らせているヒゥヘイムを見つめ、ヴェスタは1つの案を提示する。


「……方法が無いわけではありません。俺達で……その材料を取りに行くんです。この街で重症者用の治療薬を調合することができれば……彼を救うことも、不可能ではないかと。」


 ヴェスタからの提案に、ヒゥヘイムは慌ててヴェスタに向き直ると、驚きを隠せないといった様子で目を見開く。


「ま……まさか、生ける屍の巣窟へ足を踏み入れるつもりですか……?いくらヴェスタでも、それは無茶というものです!1人であの場所に向かうなど……到底、許可できません。」


 慌てた様子のヒゥヘイムに、ヴェスタは冷静にヒゥヘイムを宥めると、落ち着いた口調で言葉を続ける。


「落ち着いて下さい。俺は、『俺達』と言ったんです。俺だけではなく……彼らの力も借りることができれば、治療薬の材料を……持ち帰ることができるかもしれません。」

「えっ……『俺達』というのは……?」


 ヴェスタはヒゥヘイムから視線を逸らし、マイン達に体を向けると、腕を上げて3人のことを指し示す。


「彼らのことです。……正直、この街の兵士達と比べても、彼らの戦闘経験はほぼゼロに等しく、危険かと思いますが……先の戦いのこともあります。生ける屍に対しては……今居る他の誰よりも、彼らの力が効力を発揮できるかもしれません。そして何より……間近で見ていた俺の感想としては、異能の発現は紫髪の彼だけではないように思えます。他の2人にも、何らかの能力が目覚めている可能性を考えて、それを確かめておきたいんです。……勿論、材料を入手することが最優先ですし、俺が同行して、責任を持って彼らをお守りします。それで如何でしょうか?」


 マイン達とヒゥヘイムの顔を順繰りに見つめ、説明を終えたヴェスタの言葉に、マイン達は目を見張ってお互いの顔を見つめ合う。


「……俺達が、レドさんを助けるために、生ける屍の巣窟に……?……しかも、俺だけじゃなく……マインとクレールにも異能が目覚めてるかもって……。」

「……確かに、戦いの最中……私は、生ける屍の行動が先読みして視えた……。あれは、エディーさんの力を借りたものだと思っていたのだが、違うのか……?」

「俺も……確かに体が軽かったり、剣に炎が纏ったり……バリアみたいなのが張れたりしたけど……もし、異能が目覚めてるとして、今はそんなことよりも……レドさんを救う方が最優先だろ?時間はあまり無いんだ……だったら行こうぜ、俺達で……治療薬の材料を取りに……!」

「ああ……レドさんを救うため、私達が力になれるのなら……喜んで同行しよう。」

「俺も……レドさんには命を救われた上に、この街で色々と良くしてくれた恩があるんだ。今度は俺達が……レドさんを助けないと……。」


 決意溢れるマインの言葉を聞き、クレールとエディーも迷うことなく頷くと、その様子を見ていたヴェスタが口を開く。


「決まったようですね。では……貴方達を、目的の場所まで案内します。くれぐれも……油断しないように。」

「おう……!やると決めたからには、きっちりやってやるさ!」


 マインからの応答にヴェスタは頷いて相槌を打つと、先導するように踵を返し、医療施設の出入り口へと向かう。

 その後ろ姿を見たマイン達は一度、ヒゥヘイムへ向き直ると、出立の前にと声を掛ける。


「……それじゃ、ヒゥヘイムさん……俺達、行ってくるからな。」

「ええ……くれぐれも、お気を付けて……。怪我をした私では、また足手まといになりますから……どうか、レドの命を……救ってあげて下さい……。」

「もちろんです。治療薬の材料は、私達が必ず持ち帰ります。ですから、ヒゥヘイムさんも……ご自身のことを労わり、この街で待っていて下さい。」

「俺達なら大丈夫。必ず……材料を手に、生きて戻ってくるから……俺達のこと、信じてくれると嬉しいな。」

「皆様のこと……信じていますよ。どうか必ず……生きて帰って来て下さいね……。」


 ヒゥヘイムとの会話を重ね、いざ出立しようとしたマインだったが、ふと思い出したように自身の腰に手を当てると、ヒゥヘイムが使っていたであろう剣を持ち、目の前に差し出す。


「……そ、そういや!この剣、借りてたんだった……!つい、意気込んじまったけどよ……流石に、この剣は返さないと……だよな?」


 マインが慌てた様子でヒゥヘイムに問い掛けると、ヒゥヘイムは一瞬だけきょとんとした顔を見せ、優しく微笑み首を左右に振る。


「いえ……それはまだ、マインさんが持っていて下さい。クレールさんの持つ、レドの弓も……引き続き、皆様のお役に立てるのなら、その方が宜しいかと思いますので……。」

「……そうか?なら……わりぃけど、まだ借りとくな。今度こそ……レドさんを救うために、生ける屍の巣窟とやらに行ってくるぜ……!」

「ええ、是非そうして下さい。改めて……くれぐれも、気を付けて行ってきて下さいね。」


 ヒゥヘイムが頷いて返事をすると、マイン達は今一度お互いの顔を見合わせて頷き、それが合図であるかのように医療施設の出入り口に待機しているヴェスタのもとへ歩いていく。

 そんなマイン達の背中を見つめ、そのまま見送った後——ヒゥヘイムは後ろを振り返り、自身も潜った扉の方へ視線を戻すと、小さな声で友人の名前を呼ぶ。




「……レド……」




 ヒゥヘイムは先程までマイン達が腰掛けていた長椅子へと座り、固く閉じられたままの扉をじっと見つめた後、前屈みに項垂れ、友人達の無事を祈った——。






 ——マイン達が医療施設を後にし、ヴェスタの案内のもと、生ける屍の巣窟を目指して歩き始めた頃……フロワドゥヴィルの外れにある、石がせり出した丘の上で、盗賊と思しき複数の男が木陰に隠れながらフロワドゥヴィルの港を見下ろしていた。

 何本もの木々に囲まれ、同じ色の木材で築かれた隠れ家に、盗賊の男達は物見やぐらを建てて街の様子を伺っている。

 その内の1人が望遠鏡を覗き込み、ブラーヴシュヴァリエの周囲を一通り見渡した後、黒い亀裂が街を襲った当時を思い出して口を開く。


「……しかし、いつ襲うか機会を伺っていたところに、あんなことが起きちまうなんてな……。黒い亀裂が出る前に、街に居なくて良かったぜ。」


 男が望遠鏡を手にしたまま安堵したように声を漏らすと、傍に居た別の男が口を開く。


「けどよ、お陰で面白いもんが見れたぜ。黒い亀裂を吹き飛ばした、あの強い光……ありゃ一体何なんだ?あんなことができるなら……今頃、世の中は大騒ぎだろ。」


 傍に居た男の言葉に、望遠鏡を手にしていた男は、街から目を離して男の顔を見つめる。


「だよなぁ……ただでさえ、生ける屍に襲われるのは、腕の良い傭兵なんかでも怖がるもんだ。怪我を負っちまったら、自分が生ける屍になっちまうんだからな。」

「治療薬があるとはいえ、空に黒い亀裂が出現した場所は、瞬く間に生ける屍の巣になっちまう。全滅とはいかなくても、襲われた場所は捨てざるを得ないのが現状だ。」

「あの光は、それを覆すもんなんだろ?だとしたら……相当ヤバイもんを抱えてたってことになるぜ?この街は……。」

「ひょっとして……あの光の正体を暴いて、それを奪っちまえば……俺達は、すげぇ宝を手に入れたってことにならねぇか?」


 邪な企みを思い付いた男達は、口元に笑みを浮かべ、興奮した様子で声を上げる。


「だとしたら、俺達……すげぇ金持ちになるのも夢じゃねぇな!生ける屍を退ける宝なんて……手に入れたら、歴史に名を残せるぜ。」

「そうと決まれば、黒い亀裂で消耗しきってる今の内に、街に忍び込んで宝を手に入れなきゃな。宝の大体の在り処を探っておきたいところだが……」


 そう言って街へと視線を戻そうとした男達は、背後から別の男に声を掛けられる。




「宝の在り処でしたら……心当たりがありますよ。」




 男達にとって聞き慣れない声に、男達は一瞬体を跳ねさせ、驚いて後ろを振り返る。


「だ……誰だ!?」


 男は腰に掛けていた剣を手に取り、声を掛けてきた男に向けて身構える。

 男達に声を掛けてきた人物は、行商人のように大きな荷物を背負い、フードを被った細身の男だった。

 細身の男の背後から、毛皮のコートを羽織った男性が姿を現し、武器を構える男達を制止する。


「……武器をしまえ。どうやら……黒い亀裂を打ち破った光について、この商人が情報を持っているらしい。」


 毛皮のコートを羽織った男性に警戒を解くよう促され、男達は武器を収めると、疑いの目を細身の男に向ける。


「本当なんですか?ボス……俺達が言うことじゃないですけど、どうにも胡散臭いような……。」

「黙れ。俺としても……この商人が持つ情報とやらを疑いはしたが、俺が見た情報をもとに繋ぎ合わせたところ、この商人の話は嘘ではないとわかった。……よって、情報を提供した見返りに、俺達と取引することとなった。」

「取引……ですか?」


 頭に疑問を浮かべる男達に、細身の男は不敵な笑みを浮かべる。


「ええ……貴方がたが無事、宝を手に入れた暁には……一部の利益を私に頂けないかと……。……もちろん、宝の所有権は貴方がたにお譲りします。宝の情報を提供した見返りとして、その一部を頂けるのなら……私は、それで構いませんので……どうでしょう?悪い取引ではないかと……」


 両手を擦り合わせながら、媚びへつらうようにして話をする細身の男の後に、毛皮のコートを羽織った男性は言葉を繋げて部下の男達を名指しする。


「俺は……この取引に乗ることにした。これから……この商人の情報を頼りに、宝の在り処を探す。お前達も……その仕事を手伝え。」


 ボスに指を差された男達は、姿勢を正して元気良く返事をする。


「はい!ボス!必ず、宝の在り処を見つけ出してみせます!」

「ところで、ボス……その宝ってのは、どんな形をしてるんですか?未知の鉱石とか、古の昔に造られた力を宿す遺物とか……?」


 浮足立つ男の質問に、ボスの代わりに細身の男が目を細めて口を開く。




「知りたいですか?なら……お教えしましょう。黒い亀裂を打ち破った、宝の正体はですね……」




 悲劇が去った後の澄み渡る青空に、不穏な空気が漂う中、細身の男は盗賊たちに『宝』と呼ぶものの正体を告げた——。


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