第12話「英雄たちの帰還」

 フロワドゥヴィルの港——イヴェルポールでは、殆どの船が既に出航し、残り一隻となったところで出航を見合わせていた。


「おい!この船は出航しないのか!?このままだと……船まで生ける屍が来ちまうぞ!!」

「私はまだ死にたくないわ!!早く出航して、お願い!!」


 避難を急ぐ人々が声を張り上げる中、兵士の一人が人々を落ち着かせようと船に近付き、宥めるような口調で語り掛ける。


「どうか皆さん、落ち着いて……!船は必ず出航させます!しかし……領主様を含め、まだ生き残っている方々が街にいらっしゃいますので、今しばらくお待ちを……!出航を急ぐお気持ちは充分にわかりますが、その間……我々が責任を持って、皆様をお守り致します!」


 兵士の声を聞いた人々は狼狽えたようにお互いの顔を見合わせ、会話を重ねて酷くざわめく。


「本当なの……?領主様が避難していないだなんて……。」

「……けど、もし手遅れだったらどうするんだ?俺達……生きてるかわからない人をずっと待って、このまま襲われるのを待つしか無いのか……?」

「領主だかなんだか知らねぇが、俺は旅行でこの街に来ただけで、誰が来てないとか関係ねぇよ!!今すぐ船を出して、ここに居る奴だけでも逃がしてくれ!!」


 船上の人々が語る様々な声が飛び交う中、兵士は再び人々に声を掛けようと口を開く。

 しかし——その声は別の兵士の叫びに掻き消され、出航を待つ人々は更なる混乱に陥る羽目となった。




「生ける屍が来たぞ!!船に近付けさせるな!!」




 兵士の叫びを聞いた誰もが、街中へとその視線を向ける。

 港へ向かってくる何体もの生ける屍を目にした途端に、船上は瞬く間にパニックへと陥ってしまう。


「……い、生ける屍が来たぞ!?」

「ほら見ろ!!さっさと出航しないから、奴等に嗅ぎ付けられたんだ!!」

「もうお終いよ……港に集まられたら、もう逃げ場なんて無いわ……!!」


 狼狽し嘆きの声を上げる人々を尻目に、兵士は武器を構えて生ける屍と対峙する。

 ある者は生ける屍と睨み合い、ある者は己の剣と生ける屍が振り下ろす斧で鍔迫り合い、ある者は生ける屍を斬り捨て確実に数を減らしていく。

 港が戦場と化した中で、船の近くに居た兵士は人々を安心させようと必死に声を掛け続けていた。


「必ずお守りしますので、どうか落ち着いて……!!騒げば騒ぐほど、奴等はそれを聞きつけて来てしまいます!!皆様の安全を守るためにも、どうか……!」


 兵士が声を掛けている最中、船上に居る1人の子供が目を見張り、兵士に向かって声を張り上げた。




「おにいさん!!あぶない!!うしろに来てる!!」




 子供の声を聞いた兵士は咄嗟に後ろを振り返り、背後に迫り来る生ける屍の姿をその瞳に捉える。

 生ける屍は低い唸り声を上げて腕を振り上げており、目の前に佇む兵士に向かって襲い掛かろうとしていた。


「うわぁあああっ!?」


 兵士と生ける屍の距離からして、兵士が剣を抜いて応戦する隙は無かった。

 襲われている兵士は船の近くに居るため、傷を負い生ける屍と化した場合には、船上に居る人々の命も危ういだろう。

 そのことを咄嗟に察した人々は、船内へ逃げ込むために我先にと走り出し、周囲で戦っていた兵士は生ける屍を止めようと、襲われている兵士のもとへ向かう。

 間に合わない——その場に居た誰しもがそう思った、次の瞬間——不意にどこからか生ける屍に向けて盾が投げ付けられ、盾は生ける屍の頭に直撃して体勢を崩させると、そのまま宙へと弾き上がった。




「…………えっ?」




 襲われた兵士が目を見張り、上空に打ち上げられた盾を見つめていると……横から現れた青年が盾に向けて高く飛び上がり、盾を回収しながら空中で一回転すると、落下の勢いのまま持っていた剣を振り下ろし、生ける屍の体を一刀両断した。


「……あ、貴方は……!」


 救われた兵士の声を聞いている暇も無く、青年は他の個体と戦うために踵を返すと、生ける屍が振り上げた腕を盾で弾き返しながら、隙を突いて敵の胸に剣を突き刺し、そのまま斬り捨てる。

 注意が逸れていると踏んだ別の個体が、背後から青年に襲い掛かるも、青年は背後に迫る生ける屍の姿を尻目で確認し、回るように体を捻って横に逸れ、攻撃を避けるのと同時に剣を振って生ける屍の体に滑らせる。

 次々に相対する生ける屍達を斬り捨てていき、そうして最後の一体を倒し終えた青年は剣を鞘にしまい、盾を背中に担ぎ直すと、兵士達に体を向け冷静な口調で声を掛けた。


「……大丈夫でしたか?今の襲撃で、怪我をした人などは?」


 窮地に駆け付け、人々や兵士を救ったのは——赤い髪の青年『ヴェスタ』だった。

 ヴェスタの活躍に、兵士達はしばらく呆然としていたものの、やがてハッとしたような表情を浮かべ、慌ててヴェスタに礼を伝えた。


「あ……ありがとうございました!……見たところ、全員無事のようです!一時はどうなることかと思いましたが……貴方が来てくれたお陰で、助かりました。」


 ホッと胸を撫で下ろす兵士に向けて、ヴェスタは真剣な眼差しで注意を促した。


「……ひとまず、今は切り抜けましたが……どうか最後まで、気は抜かないでおいて下さい。街にはまだ生ける屍が蔓延っていますので、いつまた襲撃してくるかもわかりません。警戒は怠らないに越したことはないでしょう。」


 ヴェスタから掛けられた言葉に、安堵の表情を浮かべていた兵士は険しい顔付きへと変わり、気を引き締めるようにはっきりとした口調で言葉を返した。


「はっ!申し訳ありません。つい肩の力を抜いてしまいました。いつ襲撃が来ても皆様を守りできるよう、気を引き締めて警戒を続けます。」

「ええ、そうして下さい。……ところで、船はなぜ出航しないのですか?……それから、この近くを『紫髪の青年』が通りませんでしたか?墓地の方から、港へ入っていったはずなのですが……。」


 ヴェスタからの問いに、兵士は頭に手を置きながら悩むような仕草をした後、首を左右に振りながら質問に答える。


「……船が出航しないのは、街の中にまだ生き残っている人々がいらっしゃるからです。それと……『紫髪の青年』ですが、残念ながら見掛けていませんね……。そのような珍しい髪色であるならば、印象に残ってすぐにでもわかりそうなものですが……。」


 兵士から返ってきた答えに、ヴェスタは考え込むように顎に手を当て、ぶつぶつと独り言を呟く。


「そうですか……まだ、生き残っている人々が……。しかし、必ず港は通るはずなのにも関わらず、見掛けていないとなると……彼は一体どこへ……。」


 墓地からの道筋を脳内で描き、思考を巡らせていたヴェスタだったが、直後に聞こえた兵士の言葉に気掛かりを覚え、思慮を止めて兵士の話に耳を傾ける。


「……しかし、見慣れない服を着た『銀髪の青年』と『黒髪の女性』が、街の中へ入って行くのは見えました。どうやら……領主様と狩人のレドさんが、ブラーヴシュヴァリエで倒れている話をお聞きになったことで、街の中へと入ってしまったようなのですが……実は、船を出航させられない要因となっているのも、ブラーヴシュヴァリエに残されている領主様達を救出できていないからなのです。今の襲撃で、足止めを喰らってしまいましたが……我々も、これから治療薬を持って救出しに行こうとしていたところです。」


 兵士の話を聞いていたヴェスタは驚いた表情を浮かべると、街中へと視線を移し、ブラーヴシュヴァリエの方向を見つめる。


(なんて無茶を……!急いで行かなければ、彼らの命が……)


 『銀髪の青年』と『黒髪の女性』——『マイン』と『クレール』が街の中へ向かったのだと確信したヴェスタは、急いで駆け出し木製の階段に足を掛ける。


「ちょっと、ヴェスタさん……!?」


 港を後にしようと駆け出したヴェスタに、兵士は慌てて声を掛け、制止しようと試みる。

 ヴェスタは階段の途中で振り返ると、険しい顔付きで兵士に向けて言葉を返した。


「俺が……街中に入った彼らを連れ戻して来ます。先程……貴方に問うた『紫髪の青年』も、恐らく……彼らのもとへ向かった可能性が高いでしょう。そして何より……彼らは武器を携帯していませんので、このままでは彼らの命に危険が及びます。もし貴方達が、ブラーヴシュヴァリエに残るヒゥヘイム達を救出するために人員を割くのであれば……俺が先に行って、なんとか持ち堪えておきますので、その間に港に集う人々の安全を確保しつつ、判断を……」


 ヴェスタが兵士に指示を出し、再びブラーヴシュヴァリエに向かおうとした、次の瞬間——淀んでいた空気を循環させるかのような強い風が吹き荒れ、髪や頬を撫でて体を通り抜けるように過ぎ去っていく。

 あまりに突然の出来事に、思わず瞼を閉じて顔を背けるも、風が止んだと感じて空を見上げれば——天に輝く星々のような、美しい光が一線となって天高くへと登り、そのまま黒い亀裂に直撃すると、雨に打ち付けられた水溜りのように光の波紋を広げ、同じ色の粒子が黒い霧に混じって周囲を漂い始めた。


「な、なんだ……!?あの光は……!?」

「信じられない……どうなっているの!?今度は何……!?」


 光を目撃した誰もが驚きの声を上げ、すっかり釘付けになっている中——ヴェスタはただ一人、光が立ち昇る方角を見つめて口を開く。


「……間違いない、あの方角は……街の中心地——ブラーヴシュヴァリエ……。」


 ヴェスタは光の出所を突き止めると、再び階段を上って港を後にし、真っ直ぐに前を見据えてブラーヴシュヴァリエへと向かう。


(……頼みますよ、どうか……生きていて下さい。)


 ブラーヴシュヴァリエに集う者達の無事を祈りながら、ヴェスタはひたすらに道なりを進み、走り続けていった——。






 ヒゥヘイムとレドを守るため、2人の武器を手に生ける屍に立ち向かっていたマインとクレールは、薙ぎ払われ地に伏していたところ、エディーの体から溢れ出す光に思わず目を見張っていた。


「……エ、ディー……?その力は……光は一体、何なんだ……?」


 ブラーヴシュヴァリエの噴水近く——ヒゥヘイムとレドの近くで座り込むエディーの体からは、眩しいほどに輝く星のような光が溢れ出しており、光は周囲を風のように吹き荒れながら天高くへと登ると、黒い亀裂を包み込むようにして光の波紋を広げている。

 エディーはマイン達に体こそ向けているものの、祈るようにして胸の前で両手を合わせ、固く目を閉じたまま動かず、2人に声を掛けることも無い。

 そんなエディーの様子をじっと見つめ続けながら、何が起こっているのかわからないといった様子で、2人は伏していた体をゆっくりと起こして呆然と立ち尽くしていた。


「……まるで、星のような光だな……。あの光が、エディーさんの中にある『魔力』というものなのか……?」


 クレールが疑問を口にしていると、マインはエディーの方へ視線を向けたまま、呟くようにエディーに問い掛ける。


「なぁ、エディー……お前が隠してたものって、もしかして……」


 エディーが抱えていた『秘密』について、マインが何かを悟ったかのように途中まで言葉を紡ぐと、クレールは背後から迫る気配にいち早く気が付き、慌ててマインに声を張り上げる。


「……っ!!マインさん!!後ろだ!!」

「っ!?」


 エディーに気を取られていたマインは、クレールの声にハッとしたような表情を浮かべると、すぐに後ろを振り返り大柄な生ける屍と対面する。


「やべっ……!!」


 背後を取っていた大柄な生ける屍は、既に腕を振り上げており、すぐにでも避けなければ直撃は免れないだろう。

 そう感じたマイン達は慌てて距離を取ろうと、地面を蹴る足に力を入れ、生ける屍の攻撃を避けようと試みた。

 次の瞬間——2人は、先程とは比べ物にならないほど身軽な様子で生ける屍の攻撃を避け、生ける屍が何度も振るう腕を横へ下へとかわし、隙を見て後方へ大きく飛び退くことで充分な距離を取ることに成功する。


「ぅわっ!?ととっ……。な、なんだ、今の!?体が……さっきより軽く感じる……?」


 思ってもみなかった身軽さに、マインは驚いて自身の体を隅から隅まで観察する。

 クレールも両手の感触を確かめようと何度も弓を握り直し、首を傾げて言葉を口にする。


「一体、何が起きている……?これは、エディーさんの力なのか……?私達が突然、ここまで動けるようになるとはな……。」

「それに……なんだ?この込み上げてくる気持ちは……。体の内側から、どうしようもなく溢れてきやがる……。」

「……ああ、どうやら……私もマインさんと同じ現象に陥っているらしい。明らかに自分のものとは違う、『誰か』の想いを感じている……。似ているようで似ていない、『誰か』の想いが……。」


 マインとクレールは体勢を立て直し、再び襲い来る大柄な生ける屍の攻撃を真っ直ぐに見据えると、飛び引いてそれをかわし、エディーの傍で着地する。

 着地の際に、ふと目線を下に落とすと——自分達とエディーの体が、細い糸のような線で繋がれているように視え、線は一瞬だけ光り輝いたかと思うと、すぐに姿を消して視えなくなってしまった。

 糸のような線が光り輝いたと認識した瞬間——2人の視界は突然フラッシュバックしたかのように真っ白となり、マインの視界には『短い銀髪の青年』の後ろ姿が、クレールの視界には『長い黒髪の女性』の後ろ姿が、それぞれの白い世界に一瞬だけ映り込み、最後にはエディーによく似た『紫髪の青年』が、倒れるように蹲って一粒の涙を流す光景が映る。

 あまりに突然の出来事に、その意味を考える暇も無く、2人は線のあった場所を見続け、マインは虚空に向けて小さく言葉を紡いだ。


「今の、は……?銀髪の誰かと……エディー?それに、今一瞬だけ見えた光の線……あれはまるで、俺達とエディーが……『何か』で繋がっているかのような……。」


 真相を確かめるように、エディーの顔へと視線を移したマインだったが、エディーの姿を見ている内に、体の内側から使命感にも似た熱き想いを感じ取り、自分以外の『誰か』と混ざり合っていくような不思議な感覚を覚える。

 抱いた気持ちが偽りか真か、『誰か』のものであって『自分』のものではないのか——それを確かめるべく、胸に手を当てて瞼を閉じると、心臓の鼓動を聞くように耳を澄ませた。

 やがて——マインは決意したかのように瞼を開けて険しい顔付きへと変わると、クレールに向き直り声を掛けた。


「……なぁ、クレール……何だか俺達にも、出来ることがあるような気がしねぇか?」


 マインから投げ掛けられた言葉に、クレールは口元に笑みを浮かべて、迷うことなく答える。


「奇遇だな。私も今……丁度そう思っていたところだ。なぜ……そう思うのかはわからないが……私達にしかできないことが、すぐそこにあるような気がしてな。今から……それを確かめようとしていたところだ。」

「……なら、やってみようぜ。俺達の……いや、俺達以外の『誰か』の力も借りて、この状況を何とかしてみせるんだ……!!」


 マインとクレールは互いに頷き合うと、同時にエディーへと向き直り、手を差し伸べながら真剣な表情で言葉を紡いだ。


「エディー!!お前が何を隠してんのか、それはまだわかんねぇけどよ……。でも、何を隠してたって……俺達はずっと『親友』だぜ!だから……力を貸してくれ、エディー!」

「共に戦おう。何を抱えていようと、私達は決して『独り』では無い。3人の力を合わせれば、何事も越えていけるはずだ。私達を……信じてくれないか?」


 2人から掛けられた言葉に、エディーは反応を示して一瞬だけ身を震わせると、今まで全く動かさなかった体を動かし、俯きながら合わせていた両手をゆっくりと解いていく。

 両手を解き終えて少しの間を置いた後——エディーは顔を上げながら両手を前に出し、瞼を開けて2人の顔をじっと見つめながら、どこか悲しげな声で2人に問い掛ける。




「……俺と……。……『俺達』と一緒に、『ウタ』ってくれないか……?」




 エディーの問いを耳にした瞬間、マインとクレールの周囲は白い光に包まれ、まるで夢の中であるかのような錯覚を覚える。

 「この手を取らなければ、大切なものを失うかもしれない」——以前、遺跡で目が覚める前に味わった、身に覚えのある強烈な不安に襲われ、マインとクレールの時は一瞬だけ止まったように感じられた。

 しかし——2人は今更迷うことなく、すぐにエディーの手をそれぞれ握り締めると、笑顔で口を開いていた。




「おう!もちろんだぜ!」

「ああ。もちろんだ。」




 エディーの瞳を真っ直ぐに見つめ、2人がハッキリとした声で返事をすると、エディーは驚いたかのように目を見開いて2人の瞳を見つめ返す。

 それとほぼ同時に、エディーの体から溢れ出す光がより一層輝きを増したかと思うと、振り払うように真白い世界が晴れていき、視界が先程の光景へと戻ってくる。

 白い世界が晴れたと実感したのも束の間、エディーの足元から星のように輝く幾何学的な模様の魔法陣が展開され、回転しながら拡張していくと、ある一定の大きさで拡張が止まり、外側の円が緩やかに回転を続け始める。


「……!これは……」


 魔法陣の出現に驚くマイン達だったが、不思議と己がすべき行動に検討が付き、2人で頷き合ってエディーの傍を離れると、それぞれの位置へ移動し立ち止まる。

 マインは太陽を示す円に、クレールは月を示す円に、エディーは星を示す円の中心に収まる形となり、マインとクレールは言葉を紡ぎながら、エディーに向けて片手をかざした。




「——全てを照らし、全てを『終わらせる』猛き『炎』よ。——悲劇を『閉ざし』、世界を守る『力』を、ここに示せ!」




「——全てを見通し、現在(いま)を『紡ぐ』清き『光』よ。——ここに、憎しみと闇を祓う『心』があらんことを。」




「——廻れ、星々よ。——我が呼び声に応え、『力』と『心』をここに示し、『夢見る星』と共に『ウタえ』。——『希望』を、『繋ぐ』ために……!」




 マインとクレールの言葉に続き、エディーが最後の言葉を繋げると、3人の間に光の線が繋がれ、魔法陣と重なるようにして三角形が描かれていく。

 三角形が形作られ、3人の足元にある紋様がより強く輝き始めると、エディーは力を解放するように両腕を勢いよく左右に広げる。

 エディーが両腕を広げると、エディーの体は地面から少し浮き上がり、エディーを中心とした天球儀であるかのように光の輪がいくつも形成される。

 マインとクレールの体からも、赤や青の光が一瞬だけ強く溢れ出し、エディーの発した光と混ざり合って天高くへと登っていく。

 黒い亀裂に直撃していた光の柱を中心として、マイン達の足元にあるものと同じ紋様の魔法陣が、黒い亀裂を覆うようにして上空に大きく展開されると、街を覆っていた黒い霧は浄化されるかの如く祓われていき、街の周囲は魔法陣と同じ光で包み込まれ、沢山の光の粒子が辺りを飛び交っていた。




 その頃——マイン達を連れ戻すために、港からブラーヴシュヴァリエに辿り着いていたヴェスタは、間近でその光景を目の当たりにし、目を見張って思わず声を漏らした。


「……これは……」


 魔法陣の中に立つ3人を見つめ、じっとその場に佇んでいると……不意にマインとクレールの姿が、『短い銀髪の青年』と『長い黒髪の女性』の姿と重なり合うように見え、ヴェスタは二重に驚くこととなる。




「……!ロキ様……クロト様……?」




 ヴェスタが驚きながら、2人の様子を眺めていると——マインの持つ剣には炎が、クレールの持つ弓には光が、それぞれ仄かに灯り始める。

 ふと目線を落とし、それらを確認したマイン達も驚いたように目を丸くするが、武器を持ち直して体の向きを変えると、生ける屍達と対峙し口を開いた。


「この力は……。……この力があれば、ヒゥヘイムさん達を守れるかもしれねぇ。」

「……ああ。必ず……守り切れるはずだ。」


 マインとクレールは魔法陣から抜け出し、生ける屍に近付いて武器をしっかりと握り締めると、生ける屍を真っ直ぐに見据えて身構える。

 そこへ——ヴェスタが後方から歩いて2人に近寄ると、2人より一歩前へと踏み出し、マイン達を横目で見ながら静かな口調で声を掛けた。


「……俺が、貴方達をお守りしますよ。連れ戻すために、ここまで来ましたが……どうやら、俺の気が変わったようです。貴方達の行く末を……見てみたくなりました。」


 ヴェスタから掛けられた言葉に、マイン達は再び驚いたように目を見開いた後、笑顔を見せてヴェスタに礼を伝える。


「……ありがとうな、ヴェスタさん!……おしっ!絶対に、俺達で守ろうぜ!ヒゥヘイムさんを……レドさんを……この街を……!!」

「ああ……!言われずとも、そのつもりだ!」


 マイン達は声高に叫び、武器を構えて走り出すと、ヴェスタを先頭に置き、生ける屍の群れに再び立ち向かっていった。

 生ける屍は低い唸り声を上げて、立ち向かうマイン達とぶつかり合うように走り出すと、腕を勢いよく振り上げて先頭のヴェスタを薙ぎ払おうとする。

 その腕を見ていたヴェスタは攻撃をしっかりと盾で受け止め、そのまま押し出して生ける屍の腕を強く弾き返す。

 隙を突いたマインが生ける屍の懐に入り込み、炎を纏った剣で体を斬り付けると、生ける屍は炎に呑まれて崩れるように消えていく。

 周囲を取り囲むようにして、襲い掛かろうとした別の個体の気配を察知し、マインは踵を返して攻撃を受け流すと、仕返しとばかりに生ける屍を縦に斬り上げる。

 マインと背中合わせになる位置取りで、ヴェスタは盾で攻撃を防ぎながら生ける屍の体を剣で貫き、次々と切り伏せてマインの背中を守り続ける。

 それでも死角を突くため、生ける屍の一部は2人の視界から外れて奇襲を仕掛けようと試みるも、光を纏ったいくつもの矢がその頭を貫き、生ける屍の目論見は崩れることとなる。

 クレールが光纏う弓を引き絞ると、クレールの瞳に生ける屍達の行動が先読みして視え、放った瞬間に分散する矢を一発も外すことなく、生ける屍の頭を的確に貫いていく。


(……『視える』……相手が動こうとしている、その方向が……取ろうとしている行動そのものが……。)


 マイン達が奮戦していると、何処からともなく多くの人の声が聞こえ、マインは思わず後ろを振り返る。

 振り返った先の視界には、ヒゥヘイム達を救出するべく、港から駆け付ける兵士達の姿があった。


「お前達は予定通り、領主様とレドさんを救出し、避難させるのだ!」

「俺達は、共に戦うぞ!彼らに続け!俺達は……この街を守るために兵士になったのだ!この街の兵でも無い彼らが戦っているというのに、ここで戦わずして何になる!」

「行け!取り戻せ!俺達の街を!俺達の……故郷を!!」


 兵士達は士気を上げて声高に叫ぶと、一部をヒゥヘイムら救出のために残して武器を取り、マイン達と共に戦うべく加勢しにやってくる。

 その様子を見ていたマインは呆然とするも、口元に笑みを浮かべて頷き、兵士達に聞こえるよう声を張り上げた。


「一緒に戦おうぜ!!この街を……守るんだ!!」

「おーーーーーー!!」


 兵士達はマインの声に応えると、武器を構えて突撃し、生ける屍と相対する。

 突撃する兵士達と並び、マインも再び走り出して武器を振るうと、次々に生ける屍の体を斬り捨てていく。

 そんな戦場の真っ只中で、エディーはゆっくりと両手を前に出し、その手を見つめると——心の中で言葉を紡いだ。


(みんなの祈りが……願いが、体の中に溶け込んでくる……。この街を救いたい、誰かを守りたいという願いが……この場所に溢れ返ってる……。)


 エディーは前に出した両手を動かして胸の前で向かい合わせると、周囲から光を集めて両手の間に集積し、光で『何か』を形成し始める。

 徐々にエディーの集積している光が大きくなっていく一方で、ブラーヴシュヴァリエに残っていた兵士達は、ヒゥヘイムとレドを連れ避難しようと試みていた。


「領主様……!!我々が必ず、安全な場所までお運びしますので、今しばらく、どうか……耐え抜いて下され……!!」


 出血していた腕を清潔な布で応急処置し、ヒゥヘイムの体を支えながら、兵士は粘り強くヒゥヘイムに向けて声を掛け続ける。

 すぐ後ろに付いている兵士も、レドを背負い歩き始めているが、レドの容体を心配し、慌てた様子で口を開く。


「おい!早く行かないと……レドさんが危ないぞ!屍化の進行が進んでいて、いつ生ける屍になってもおかしくはない!」

「あ、ああ……そうだな……!出来る限り急いで、2人を安全な場所まで運ばなければ……!」


 兵士達がお互いに頷き合い、再び歩き始めようとした、その時——横から、唸り声を上げた生ける屍が兵士達に近付き、勢いよく兵士達に飛び掛かった。


「うわぁあああっ!?」

「くそっ!こんな時にっ……!!」

「っ!?あぶねぇ!!」


 兵士達の声を耳にしたマインが、いち早く踵を返して腕を横に振るうと、炎が薄い膜となって兵士達を守り、生ける屍の攻撃は阻まれる。




「……!?」




 突如現れた障壁に驚き、兵士達が周囲を見渡していると、光の矢がいくつも飛び交って生ける屍の頭を射貫き、殲滅する光景を目の当たりにする。

 マインとクレールに守られたことに気が付いた兵士達は、一度振り返ってマイン達の方を見やると、口を開いて礼を伝える。


「……あ、ありがとう……!」

「すまない……助かった!!」

「おう!間に合って良かったぜ!ヒゥヘイムさんとレドさんを……2人を頼んだからな!」


 礼を伝える兵士にマインが言葉を掛けると、兵士達は頷いてその場を後にし、ヒゥヘイム達を港まで運んでいく。

 2人は港へ向かった兵士達を見届けた後、ふとエディーの方へと視線を移し、エディーが光を集積させて『何か』を形成しようとしていることに気が付くと、真剣な表情でその様子を見つめる。

 その直後——背後から軽い地鳴りと共に低い唸り声が聞こえ、マインとクレールが後ろを振り返ると、そこには大柄な生ける屍が、棍棒を手に持ち2人のことをじっと見下ろしていた。

 そんな大柄な生ける屍を見上げて、睨むようにその瞳を見つめ返すと、2人は武器を構えて一つの言葉を紡ぎ出した。


「あとは……」

「お前だけだ……!!」


 マインが剣を握り締めて走り出し、大柄な生ける屍に立ち向かっていくと、屍は棍棒を振り回してマインを薙ぎ払おうとする。

 そこへ横からヴェスタが入り込み、棍棒を盾でしっかりと受け止めると、マインは屍の足を斬り付けて体勢を崩させる。

 背後に回ったクレールが、頭や背中に目掛けて矢を放ち、確実に攻撃を加えていくと、大柄な生ける屍は狂ったように暴れ、棍棒を乱雑に振り回し始める。

 ヴェスタは一度、後ろに飛び退くようにして棍棒を避けると、回転する力を付けながら盾を投げ付け、大柄な生ける屍の頭に直撃させて後ろへと大きく仰け反らせた。


「増援が来る様子は無い!!行け!!そいつで最後だ!!」


 1人の兵士の掛け声と共に、周りに居た兵士達が一斉に声を張り上げ、大柄な生ける屍の腕や足を何度も斬り付けていく。

 兵士達が斬り付ける度に、大柄な生ける屍は必死に暴れて腕を振るうも、兵士達は盾で防ぎながら隙を作り、クレールが光の矢で一閃を放って屍の体勢を大きく崩させた。




「今だ!マインさん!」




 クレールが声を上げて視線を上に向ければ、マインはいつの間にか宙高く飛び上がっており、ヴェスタの残していた盾を踏み台にして更に上へと飛び上がる。




「止めだ!!ここで……終わらせてやる!!」




 マインが剣に炎を纏わせながら、空中で1回転し、落下する勢いのまま剣を振り下ろすと、大柄な生ける屍は真っ二つに切り裂かれ、炎によって跡形もなく消え去っていった。




「エディー!!今だ!!」




 着地したマインはすぐさま振り返り、エディーに声を掛ける。

 その瞬間——エディーの手に集積していた光が一気に弾け、中から光で造られた武器が姿を現した。

 杖のようで槍でもない、剣のようで弓でもない、一見するとまともな武器とは思えない『それ』を、エディーは手に取って強く握り締め、横へ回転し遠心力を付けた。




「うぉおおあああああ!!」




 エディーが叫びながら、持っていた武器を勢いよく空へと投げ飛ばすと、武器は光の柱と一体化して天高くへと登り、黒い亀裂に直撃して鍔迫り合いのように衝突を繰り返す。

 衝突が繰り返される度、結節点から引き起こされる衝撃波が何度も地上に襲い掛かるも、衝突地点から黒い亀裂にヒビが入り始め、ヒビは徐々に横へ横へと広がっていく。




「行けぇえええぇえええええぇ!!!!!」




 エディーがもう一度叫びながら、手に一瞬だけ白き杖のような武器を握り締めると、杖を振るって力を解放し、光は勢いを強めて黒い亀裂の内側へとめり込む。

 次の瞬間——光の柱が黒い亀裂を貫き、亀裂は割れたガラスのように粉々に砕けて周囲に飛び散ると、その衝撃で分厚く覆っていた雲は払い除けられ、暗かった街に光が差し込んだ。




「……や、やった……やったぞ……!俺達、この街を守れたんだな……。」




 マインはそう言って肩の力を抜くと、急に伸し掛かった疲労感に思わず目線を下に落とし、深い溜め息を漏らした。

 クレールはマインのもとへ駆け寄ると、マインの肩に手を置いて労いの言葉を口にする。


「……やったな。私達は……なんとかやりきったぞ。」

「おう。皆で力を合わせたお陰だな。」


 マインは顔を上げてクレールやヴェスタ、兵士達の顔を見つめた後、ブラーヴシュヴァリエの近くに居るエディーに声を掛けようと後ろを振り返る。

 エディーはふらつきながら胸元を片手で抑えると、膝から崩れ落ちるように力無く地面に座り込んだ。


「エディー!」

「エディーさん!」


 マインとクレールは慌ててエディーに近付くと、エディーの体を支えて顔を覗き込む。


「……マイン、クレール……。みんな、無事で良かった……。」


 顔を覗き込んだ2人の顔を見つめて、エディーは安心させようと口元に笑みを浮かべる。

 そんなエディーの様子に、マインは笑顔を返すも、困った様子で口を開いた。


「……ったく、確かに俺達も無茶したけどよ……お前だって、無理し過ぎだぜ。その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。」

「でも……皆で街を守れたことには変わりないんだ。……だから、お相子ってことで……。」

「そうだな……私達も無茶をしたし、エディーさんも無茶をした。だが……そのお陰で守れたものも確かにある。私達の選択は……間違ってはいなかったさ。」


 マイン達は顔を上げて、街の空を見上げる。

 徐々に消滅していく黒い亀裂の破片と共に、粒子となった光が無数に地上へと降り注ぎ、空は清々しいほどに青く澄み渡っている。

 この街を巡る、ひと騒動が落ち着いた——マイン達はそう確信し、街の上に広がる青い空を見続けたが——その同じ空を、人知れず眺めている者達も居た。




「……来たようだね。目覚めてから待ち続けた、『来たるべき待ち人』が——。」




 その内の1人である、黒い髪に灰色の羽織を纏った男性は、その琥珀色の瞳に、砕け散る黒い亀裂の破片を捉えていた——。


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