第11話「躍動する悲劇」
空に『黒い亀裂』が生じた瞬間——街全体は黒い霧に覆われ、生ける屍が大群となって街に押し寄せていた。
塀や柵、門を越えた生ける屍を倒さんと、兵士は果敢に戦いを挑み、一部は生ける屍に取り付かれ、獣が食事をするように噛み付かれていく。
襲われる人々の悲鳴が聞こえる中、ヒゥヘイムは人々に声を掛け続け、港への避難を促していた。
「皆様!!どうか落ち着いて、港への避難を……!!待機させている船に乗り込んで、近くの街へと逃げて下さい!!有事の際は、互いに避難民を受け入れる条約を結んでいる街ですので、安心して身を任せられます!!……どうか、落ち着いて行動を……」
そこまで言ったところで、何処からか女性の叫び声が聞こえ、ヒゥヘイムは辺りを見渡して声の主を捜す。
すると、ブラーヴシュヴァリエの噴水近くで女性が泣き崩れており、ヒゥヘイムは慌てて女性のもとへ駆け付ける。
「大丈夫ですか!?貴方も、早く港へ……」
女性のもとへ駆け付けたヒゥヘイムは、その場にあった光景に思わず息を呑み、立ち止まる。
泣き崩れた女性の傍には、矢で貫かれて動かなくなった生ける屍と——瞳に涙を溜めた少年を守るようにして抱きかかえ、背中から血を流して倒れているレドの姿があった。
「……っ!?レド……!?帰って来ていたのか……!?」
ヒゥヘイムはレドの顔を覗き込むようにして姿勢を屈めると、背中の傷跡から見える異変に酷く狼狽える。
「……そんな……生ける屍に、やられたのか……?」
運悪く治療薬を携帯していなかったヒゥヘイムは、一先ず近くを通りがかった兵士に声を掛け、医療施設から治療薬を持ってくるように促そうと試みる。
しかし——不意にレドの手が動いてヒゥヘイムの腕を掴み、止めさせるためにその腕を強く引っ張った。
「領主……様……。……この子を……、……まず、この親子を……避難させてやってくれ……」
瞼を薄っすらと開けて訴えるレドの姿に、ヒゥヘイムはハッとしたような顔を見せ、レドの腕から放たれた少年と泣き続ける女性の方を見やる。
2人の避難と、治療薬の確保——兵士にどちらを指示するべきか、答えは自ずとわかっているものの、俯いて迷いと葛藤するように歯を食いしばる。
少しの間、俯き続けたヒゥヘイムは——やがて、決意したように立ち上がり、顔を上げて兵士の顔を見つめると、女性と少年の方を手で指しながら指示を出した。
「……彼女等を守って、港まで連れて行って下さい。そして貴方も……無事に逃げ延びて下さいね。」
「はっ!わかりました!……しかし、領主様達は……!?」
「私は、まだ残っている人が居ないか見て回ります。その者達を置いて、私が先に逃げることなどできません。貴方は貴方自身と、彼女等を守って逃げて下さい。……レドのためにも……。」
「……わかりました。私が責任を持って、彼女達を守り抜きます!ですから、領主様も……どうかご無事で……!!」
兵士は敬礼をし、女性と少年へ近付くと、港に向けてその場を後にした。
ヒゥヘイムは3人の後ろ姿を見送ると、再び屈み込んでレドの顔を覗き込んだ。
「……ははっ、早く帰って……彼等の手伝いをしようと思ったのに……とんだヘマを、してしまったな……。……彼等は……無事なのかい……?」
苦笑いを浮かべながら、そう言って姿の見えない『彼等』——マイン達のことを心配したレドは、ヒゥヘイムの顔をじっと見つめる。
レドの目を見つめ返しながら、ヒゥヘイムは目を細めて首を横に振り、不安な気持ちを押し殺すようにして微笑みながら、安心させようと口を開く。
「私にもわからない……彼等は遺跡に向かったから……。……でも、ヴェスタの元へ寄るように伝えておいたから、今頃きっと……ヴェスタと共に居るはずだ。だから……安心していい。」
ヒゥヘイムの言葉を聞いたレドは、安堵したように笑顔を見せ、体の力を抜いて固い丸石の床に身を任せる。
「……そうか……彼等は今、遺跡に居るのか……。……良かった……彼が居るなら、確かに安心だな……。」
ふと、レドの背中を見れば、背中の肌が傷口を中心にして徐々に血の気の無い色味へと変色し始めており、ヒゥヘイムは慌てた様子で声を紡ぎ出す。
「レド……!!屍化の進行が……!!……待っていてくれ、すぐに治療薬を……!!」
そう言って立ち上がろうとしたヒゥヘイムを、レドは声を張り上げて制止する。
「俺のことよりも……っ、残っている街の人達の、避難を優先するんだ……!!治療薬を取りに行っている間に……どれだけの人を助けられるかっ……。」
レドから掛けられたその言葉に、ヒゥヘイムは迷いと戸惑いの表情を見せて、ひたすらに首を横に振って立ち尽くした。
「そんな……それでは、レドが……!!」
「……っ!!この街の領主ともあろうお方が……!たった一人の友人を助けるためだけに、街の人たち全員を危険に晒してどうする……!?……早く……、……早く、行け……!!逃げるんだ、ヒュム……!!」
今までに見せたことの無い、悲壮とも取れる剣幕で叫ぶレドの姿に圧倒され、ヒゥヘイムはしばらく呆然としてその瞳を見つめる。
領主としての責任感と、倒れる友を見捨てる選択肢の狭間に置かれ、胸が締め付けられるような感覚に思わず拳を強く握り締めた。
「……っ……!君だって……大切なこの街の住民じゃないか……っ。……私は……っ、私は……友一人すら……守れないのか……。」
変異していく友人と、生ける屍の猛攻に倒れた兵士や住民を想いながら、込み上げる悔しさと悲しさに目頭が熱くなっていき、声が震えてか細くなる。
気が付けば、先程まで晴れていた空は分厚い雲に覆われ、ぽつぽつと冷たい雨が降り注ぎ、髪や頬に雫が伝った。
顎から滴った一滴が、雨なのか涙なのか——ヒゥヘイムは、今一度レドの顔をよく見つめると、重い口を開いて言葉を紡いだ。
「…………わかったよ、レド…………。…………私は…………街の人々を…………」
声を震わせ、頬に雫が伝いながらも、ヒゥヘイムは1つ1つの言葉を噛み締めるように、そして絞り出すようにしてレドに伝える。
そんなヒゥヘイムの様子を見たレドは、ふと表情を和らげて、悲しくも優しい微笑みを浮かべた。
その直後——レドの表情は一変し、目を見開きながら声を漏らすと、ヒゥヘイムに向けて思い切り叫んだ。
「後ろだ!!ヒュム!!」
「っ!?」
レドの叫びに驚いたヒゥヘイムは気配に気が付き、すぐさま後ろを振り返ると——そこには、ヒゥヘイムより一回り体格の大きい生ける屍が立っており、腕を振り上げて低い唸り声を上げていた。
「ヒュム……!!」
レドがヒゥヘイムの名を叫び終わったのとほぼ同時に、生ける屍の腕は振り下ろされ、鮮血が宙を飛び散った——。
——降りしきる雨の中、虚空を見つめるように空を見上げているエディーの傍らで、エディーと黒い亀裂を交互に見つめるヴェスタは、厳しい顔を浮かべていた。
(このままでは、街が……街が滅びてしまう……。……しかし、彼を置いて行けば、何が起こるか……。)
瞳に雨をぶつけられても、頑なに動かず膝を付いて座り続けるエディーの姿を見て、ヴェスタは歯がゆい気持ちを募らせる。
(お守りしなければ……あの街を……。街へと向かった、「彼等」の事を……。……「昔」の「俺」が守り抜いたものを……守りたかったものを、守るために……。)
ヴェスタはゆっくりと瞼を閉じ、己の内に宿る想いへ耳を傾ける。
込み上げてくる使命感と焦燥感……行かねばならないという強い意志が、一歩を踏み出せと強く背中を押してくる。
(……行かなければ……。フロワドゥヴィルは、ロキ様とクロト様に託された、民の希望……。俺が守りに行かなくて、どうする……。)
決意を固めたかのように、閉じていた瞼を開けたヴェスタは、一度姿勢を低くして屈み込み、エディーを立ち上がらせようとその体を支える。
「……いいですか?貴方は……俺の家に避難していて下さい。生ける屍が何処から現れるかわかりませんので……くれぐれも、俺が……俺と貴方のお仲間が無事に戻ってくるまで、家からは一歩も出ないように。万が一に備え、隠れてお過ごしを……」
ヴェスタがそこまで言ったところで、不意にエディーの口が僅かに動き出し、小さく言葉を口にする。
「……行か……なきゃ……」
先程まで全く沈黙していたエディーが言葉を発したことで、ヴェスタは驚いたように目を見開き、エディーの顔を無意識に見つめる。
エディーはヴェスタの腕から抜けて自力で立ち上がると、後ろを振り返り黒い亀裂を見上げる。
その瞳には、いつの間にか——昨夜と同じ青い光が宿っており、誰に向けるわけでもなく、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出す。
「……愛しき星を……愛せし命を……、……守らなければ、救わなければ……。」
エディーはそう呟きながら、街へ向かうために少しずつ一歩を踏み出して歩いていく。
ヴェスタは歩き出したエディーの肩を慌てて掴むと、エディーの体を自分と向き合うようにして強く引き寄せ、説得のために強めの口調で声を掛けた。
「待って下さい……!!見たところ、武器も携帯していないようですし……何より、今の貴方は正常な判断が出来るとは思えません。その様な状態で、今の街へ向かうなど……無謀というものです!!貴方のお仲間は、俺が連れ戻して来ますから……貴方は大人しく、俺の家で待機を……」
エディーは説得に応じる様子も無く、ただ無表情に固められた顔で、必死に言葉を紡ぐヴェスタの顔をじっと見つめ続ける。
未だに青い光を宿したまま、虚ろになった目に垣間見える深淵——もしくは、夜空を映したかのような瞳に長く見つめられて、ヴェスタは思わず息を呑み、言葉を詰まらせた。
次の瞬間——エディーの口から放たれた言葉に、ヴェスタは動揺を隠せず目を見張った。
「……ロキとクロトに……、……終わらぬ苦しみを与えてしまったのは……、俺……なんだ……」
「……!?」
エディーの口から発せられた2つの名は、ヴェスタにとって掛け替えのないものであり、忘れることのできない名前であった。
「……貴方……、何故……その名を知っているんですか……?」
ヴェスタは動揺の色を隠せず、信じられないといった様子でエディーの顔を見つめる。
しかし、エディーの瞳に宿っていた青い光はいつの間にか消え失せており、エディーはヴェスタから目を離すと、再び街の方へと視線を向ける。
上空に浮かぶ黒い亀裂を眺めている内に、エディーは次第に顔を強張らせて、何か恐ろしいものでも見たのかというような表情を浮かべた後、焦った様子で声を張り上げた。
「……マイン……クレール……!……行かなきゃ……行かないと……!!」
エディーはその場から走り出し、マインとクレールを追い掛けるようにして街へと向かう。
あまりに突然の出来事に呆然としていたヴェスタは、駆け出すエディーを止めることが出来ず、エディーが街へ赴く行動を許してしまう。
「待って下さい、貴方まで……!!……っ!!」
ヴェスタは険しい表情を浮かべ、急ぎ自身の家へと戻ると、剣と盾を携えて家を飛び出し、エディーの後を追い掛ける。
(失ってはならない、絶対に……。お2人との約束を果たす為にも……、お2人から託されたものを守るためにも、絶対に……。)
冷たい雨粒が体に打ち付けようと、真っ直ぐに前を見据えて、ひたすらに走り続けていく。
一歩を踏み出す度、跳ね上がる水しぶきを物ともせず……徐々に視界の中で近付いてきた街から、助けを求める声を耳にしながら——ヴェスタは、小さく備え付けられた墓地の門を潜り抜け、悲鳴響き渡る街の中へと足を踏み入れた——。
——いち早く街へと辿り着いていたマインとクレールは、街の中へと入るや否や、現実とは思えない光景を目の当たりにする。
所々には、助からなかった人々の遺体が転がっており、港には怪我をして治療薬を求める人の姿や、逃げ延びるため早く船へと乗り込もうとする人々でごった返していた。
兵士達は港へ生ける屍を近付けまいと必死に抵抗を続けており、中には変容した同朋を致し方なく斬り捨てる兵士の姿もあった。
マインとクレールは一度港で立ち止まると、目にした惨状に思わず口を開く。
「……なんで、こんな……。こんなことって、あるのかよ……!」
「先程まで、平和そのものだったと言うのに……なんて酷い仕打ちだ、現実とは思いたくもない……。」
あまりの出来事に打ちひしがれる2人だったが、唐突に何処からか声を掛けられ、周りを見渡して声の主を捜す。
「貴方達……!!良かった……無事だったのね!!」
マイン達へと近付いてくる女性の姿を見掛けると、見覚えのある顔に2人は驚いてその顔をじっと見つめる。
「あっ、あんたは……!」
2人へ声を掛けてきた女性は、マイン達が初めてフロワドゥヴィルへ足を踏み入れた際に、経過観察のため世話になった医療施設でハーブティーを淹れてくれた女性職員だった。
女性職員は一度笑顔を見せて喜びを表すも、エディーの姿が見えないことに気が付き、すぐに心配そうな顔付きで2人に問い掛けた。
「もう一人の方は……?あの、紫髪の……。……もしかして、生ける屍に……?」
眉を下げて悲しげな表情を浮かべる女性職員に、マインは首を横に振って安心させようと口元に笑みを浮かべる。
「大丈夫だぜ。エディーは今、ここには居ねぇんだ。墓地の近くに住んでるヴェスタさんの所に居る。」
「良かった……そうなのね。彼は腕が立つと聞くわ、一緒に居るのなら安心ね。」
マインと女性職員が会話を重ねる中、クレールは再び周囲を軽く見渡して女性職員に声を掛ける。
「私達がお世話になった、もう一人の方は無事なのでしょうか……?経過観察記録を付けて頂いていた、男性職員の方の姿が見えないようですが……。」
クレールから投げ掛けられた問いに、女性職員は俯いて視線を落とすと、首を横に振りながら小さな声で呟いた。
「彼は…………亡くなったわ。生ける屍に襲われて、治療薬を欲してる人達を助けるために、街中を奔走して配って回っていたの。その途中で……生ける屍に襲われた人を庇って……」
「……そんな……」
言葉の途中から、涙を流して声を震わせる女性職員の姿に、マインとクレールはいたたまれない気持ちになり、顔に悔しさを滲ませる。
「……なんで、優しい人が死ななきゃならねぇんだ……!おかしいだろ、こんなの……!!」
医療施設を出る際に笑顔で見送ってくれた男性職員の顔を思い浮かべ、マインは歯を食いしばって拳に力を入れると、怒りにも似た感情を込めて声を荒らげる。
「ああ……到底許されるものではないな……。……知らなかったとはいえ、辛い気持ちを思い出させてしまい、申し訳ありませんでした……。彼は……最期まで人のために尽くしたのですね……。そのお陰で、救われた命も確かにあったでしょう。救われた人は皆……感謝していると思います……。」
女性職員は目元に溜まった涙を指先で拭うと、意を決する様にクレールの顔を見つめて口を開いた。
「……ええ、そうね……。そう言ってくれると、きっと彼も浮かばれるわ。……本当は、生きていて欲しかったけど……。今はとにかく、最期まで奔走した彼のためにも、私が港に集った人達の手当てをしないと。……折角、彼が繋いでくれた命があるんですもの。今度は私がその意志を継いで、街の人達を守らなきゃね……。」
女性職員は深呼吸をして、なんとか心を落ち着かせると、思い出したかのような顔で2人に向けて問い掛けた。
「そういえば、貴方達……領主様を見掛けていないかしら?先程から、船の周囲を見てはいるけど、領主様の姿が見当たらないのよ……!」
「ヒゥヘイムさんが居ないだって……!?」
マインとクレールは慌てて周囲を見渡し、ヒゥヘイムの姿が見えないか確認する。
女性職員の言う通り、港にヒゥヘイムらしき人物の姿は無く、一部の船は領主が居ないことに戸惑い、出航を迷っているようにも思えた。
「……クソっ!!ヒゥヘイムさん……一体どこに……」
マインが堪らずヒゥヘイムの名を口にした瞬間——何処からか兵士の叫び声が聞こえ、マインとクレールは釣られて声のした方向を見やる。
そこには、息を切らして他の兵士に懇願する、怪我をした大柄な兵士の姿があった。
「誰か……!!誰か救援を……!!領主様が……。……領主様が、ブラーヴシュヴァリエで怪我をして倒れておられる!!」
「……っ!?なんだって……!?」
兵士の叫びを聞いた2人は思わず目を見張り、マインは驚きの声を上げる。
「……わかった、ブラーヴシュヴァリエだな!?今すぐに兵を集め、領主様を救出しに行くぞ!!」
「ああ、だが……もう一人居る!!狩人のレドさんだ!!彼は傷を負ってから時間が経っているようで、屍化の進行が進んでしまっている!!治療薬も持っていかぬば、手遅れに……!!」
「レドさんも……レドさんも居るのか!!ヒゥヘイムさんのもとに!!」
マインとクレールは居ても立っても居られず、会話を重ねる兵士2人のもとへ近付くと、クレールは珍しく口調を荒らげて兵士に向けて問い掛けた。
「あ、ああ……!ブラーヴシュヴァリエで、2人とも倒れておられる!!」
クレールの剣幕に圧倒された大柄な兵士は、こくりと頷きながらクレールの質問に答えてみせる。
兵士の言葉を聞いた直後——マインとクレールは踵を返して走り出し、港を出て街の中心地へと向かった。
「貴方達……!!ダメよ!!行っちゃダメ……!!」
女性職員の必死な制止も空しく、2人はブラーヴシュヴァリエを目指して街中へと入っていった。
徐々に勢いを増す雨の中に晒された遺体達を横目に、マイン達は立ち止まることなく道を疾走していくと、やがてブラーヴシュヴァリエに辿り着き、2人は噴水の近くへと視線を送る。
その視線の先には、矢で貫かれたり、何かで首を刎ねられて動かなくなった生ける屍達と——血を流しながら、向き合うようにして倒れているヒゥヘイムとレドの姿があった。
「レドさん!!ヒゥヘイムさん!!」
ヒゥヘイムとレドの姿を確認したマイン達は、2人の名を叫びながら近付き、その顔を覗き込む。
2人は気を失っているようで、いくら声を掛けても返事は無く、レドに至っては顔色が芳しくない状態にまで到達しており、あまり猶予が無いことが見て取れる。
ヒゥヘイムの屍化は、まだ進行が始まったばかりだったが、傷付けられた腕の出血量は多く、流れ出した血が雨と混ざり合って遠くまで広がっていた。
「マインさん……!!私達が持っている、あれを……!!」
「……!そうか、治療薬だ!!確か、ここに……!!」
2人はレドから受け取っていた治療薬を懐から取り出し、それぞれの口に当てがってしっかりと飲ませる。
「頼む2人とも……!!生きてくれ……!!」
命を繋ぎ止める願いを込めながら、2人がヒゥヘイム達に治療薬を飲ませ終えたのとほぼ同時に、後ろからマイン達の名を呼ぶ声が聞こえ、マインとクレールは来た道を振り返る。
振り返った先に居たのは——息を切らしながら、苦しげに肩で呼吸を繰り返すエディーの姿だった。
「はぁ……はぁ……、……マ、イン……クレール……。……良か、った……無事で……。」
「エディー!?お前……ヴェスタさんの所に居たはずじゃ……!?」
ふらふらとした足取りでマイン達に近付くエディーの顔を見つめながら、マインは戸惑った様子でエディーに向けて問い掛ける。
「……はぁ、はぁ……あの、黒い亀裂を見た後に……っ、2人のところに行かなきゃって、思って……急いで、追い掛けて来たんだ……。」
エディーはマインとクレールの近くまで寄り、胸に手を当てて呼吸を整えると、ふと目線を下に落としてヒゥヘイムとレドの姿を確認する。
「……!!そんな……。ヒゥヘイムさん、レドさん……。」
驚愕した様子で声を震わせるエディーの肩に手を置き、マインはヒゥヘイム達を見つめながら、意を決したように低い声で言葉を紡ぎ出す。
「俺達で……2人を港まで連れて行くぞ。助けるんだ……俺達が、2人に助けてもらったように……。絶対に……2人は死なせねぇ……!!」
マイン達がいざ、ヒゥヘイムとレドを連れて港へ戻ろうとした、その時——周囲から低い唸り声が聞こえ、辺りに生ける屍がうろつき始める。
どうやら、マイン達の存在に気付き、近寄ってきたらしく、生ける屍達は今にも襲い掛かろうという姿勢でマイン達をじっと見据えている。
中には、通常の人間より一回りも大きい体躯を誇る生ける屍が佇んでおり、まるで群れを率いる長のようにも思えた。
「こんな時に……っ。……?これは……」
マインがふと、ヒゥヘイムの近くへ視線を移すと——そこには、一振りの剣が地に捨て置かれており、雨に打ち付けられながらも刃に光を宿していた。
その動向を見ていたクレールは、何かに気付いたかのようにレドの方を見やり、同じように捨て置かれている弓と矢筒を見つけ出す。
2人は険しい顔付きでそれらを拾い上げると、マインは雨を掃うように剣を勢いよく振り、クレールは矢筒から矢を抜き取りながら弓を強く握り締めた。
武器を手に入れた2人は、ヒゥヘイムとレド……そして、エディーを守るように前へ一歩を踏み出すと、生ける屍に向けて身構えた。
「……2人とも……?……一体、何を……」
唐突に嫌な予感に苛まれたエディーは、声を震わせながら戸惑った様子で2人の背中に声を掛ける。
そんなエディーを尻目に、マインは覚悟を決めるように深く呼吸をすると、真っ直ぐに前を見据えて口を開いた。
「救援が来るまで……ここは、俺達が持ち堪えてみせる!!絶対に……ヒゥヘイムさん達の命を、ここで終わらせたりはさせねぇ!!」
「ああ……!私達はまだ……2人に恩を返せていないのだからな……!!何としてでも紡ぐぞ……レドさん達の命を!!」
マインとクレールはそう声高に叫ぶと、奇声を発して動き出した生ける屍達に立ち向かっていく。
「無茶だ……!!ダメだ、2人とも……!!行ったら……ダメだ!!」
エディーは懇願するように必死で叫ぶも、マインとクレールは果敢に挑み、生ける屍と相対する。
マインは生ける屍が振り上げた腕を上手くかわし、生ける屍の懐に入り込むと、慣れない手つきで剣を突き刺し、生ける屍を斬り捨てる。
その隙を突いた他の個体がマインに噛み付こうと襲い掛かるも、クレールの撃った矢が頭に突き刺さり、生ける屍はその場で倒れ込む。
しかし——戦いなど素人であるマイン達はすぐに追い詰められ、動きが鈍ったところを体躯の大きい個体が腕で薙ぎ払い、2人は地面を転がって倒れ伏してしまう。
「ぅがっ……!!」
「……くっ……!!……流石に、戦うなどしたことが無いからな……っ。思うようには、動けないかっ……。」
倒れ伏したマインとクレールのもとに、体躯の大きい生ける屍が徐々に近付いていく。
その様子を見ていたエディーは表情を強張らせ、込み上げる恐怖と不安に目を見開いて首を横に振ると、呟くようにして小さく言葉を紡ぎ出す。
「……ダメだ、2人とも……。……死んだら……ダメだ……このままじゃ……」
エディーは、自身に抱いた感情が強くなる度に、体の内側から奇妙な感覚がすることを覚えていた。
自身と世界が結びついていくかのような、奇妙な感覚……。
体の中に、「祈り」や「願い」が蓄えられていくような、不思議な感覚……。
ふと、エディーの耳に気高き男性と凛々しい女性の声が響いた。
その直後に——「己自身」の声と共に、どこからか囁かれた……エディーにとって掛け替えのない存在である、優しい兄の声……。
——「『夢見る星』とウタおう(ウタいましょう)、『未来』に『希望』が残る(届く)と信じて、この道を選んだのだから(選びましたから)。」——
——「……いつまでも、ウタい続けよう。『未来』へ『希望』を遺そうとした、その証として……。」——
——「……『星』とウタえ、エディー……『未来』に、『希望』を繋ぐために……。『繋がり』を、手繰り寄せるのだ……。」——
「……!!ダメだ!!2人とも……!!……死んだら、ダメだぁああああああああ!!」
エディーが願いを言葉に乗せて、強く叫んだ瞬間——エディーの体から、天に輝く星々のような美しい光が溢れ返り、風のように周囲を吹き荒れながら天高くへと登って行った——。
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