第6話 神様

 学校が始まった途端に、春明は死んだ。

 

 登校中に目の前で中学生が運転する自転車と曲がり角でぶつかり、その拍子で頭部を電柱にぶつけて頭部を損傷し、六時間後に出血性ショックで死亡した。

 その角を避けて遠回りしたら、横断報道を渡っていた途中に、居眠り運転のトラックに轢かれて死亡。犯人は轢いたことにも気づかずに何メートルも春明を引きずって走り去っていた。

 その横断歩道を渡る前に数秒待つと、信号無視のトラックが走り去っていた。それを見送り学校に着いた。僕と春明は別のクラスなのだが、休み時間に移動教室へ向かっている途中に春明が階段を下りていると、階段でふざけていた一年と強くぶつかり春明と一年生が転倒。階段の三階と二階の間の上段から落ちた春明と一年生のうち、春明だけが死亡した。

 その階段を避けて別の人通りの少ない階段で移動教室へ向かった。次は柔道の練習中に春明が意識不明になって搬送される。原因は春明の友人が締め技の練習中に力加減を間違えたことだった。だが、春明の意識はそのまま帰って来ることなく死亡した。

 それを体調不良だと言い訳して避けたら、別の人が意識不明になって搬送されることになったが、春明は無事だった。なんとか階段の死亡フラグに気をつけながら過ごし、やっとの思いで下校時間を迎えた。だが、ここからだった。

 下校中に、ビルの二階から窓ガラスが春明の脳天に振って来た。春明は窓ガラスが全身に刺さり出血性ショックで死亡。原因は二階の塾で取っ組み合いの喧嘩をしていた高校生が原因だった。

 そのビルを避けて帰っていると、家の近くであの通り魔に出くわし春明は死亡。そして僕も重症を負った。

 着実に前に進んでいるようで、一日進む度に別の死が春明を襲ってくる。でも、春明にはそれが分からない。説明しても、日が経つに連れてその危機感は薄れていく。当然だ。春明自身の身には何も起きていないんだから。

 そんなある日、春明が「こんな生活いつまで続ける気だよ!」と怒って家を出て行ってしまった。だがその日以来、春明は家に帰らなかった。いや、帰って来られなかった。一か月後に僕とよく似たそれがスーツケースに詰められて発見された。

 僕は犯人なんてどうでもよかった。そんなものを探している暇があるなら、僕はあの神社に春明を迎えにいかければならない。

 こうして僕は何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返した。

 もう数なんて覚えていない。ただ、喧嘩をした日から僕は一日も前に進めていない。初めからこれは春明の我慢が終われるまでしか、続かなかったのだ。それでも僕は繰り返す。それ以外、春明に会う手段がないのだから。

 でも変わったことが一つある。最近、春明が繰り返す度にあの化け物をはっきり見るようになってきたのだ。そして、徐々に繰り返す時間を覚えていられるようになってきた。そう、覚えていられるようになったのだ。例え、僕の繰り返しの全てを知らなくてもこれで前に進めるんじゃないかと、僕は僅かな光が見えたような気がしていた。


―◆―◆―◆―


 歪んだ賽銭箱にゆっくりとお賽銭を入れる。するとチャリンという音が返って来た。僕が地面に転がった土と葉っぱのついた紐をゆっくりと揺らすと、錆びついた鐘から掠れた音が鳴る。二拝、二拍手、合唱して祈る。


―春明を返してください


 もう願いはそれだけだった。それ以外を願ったところで、あの歪な神様を叶えてはくれないのだから、それで十分だった。

 蝉が悲鳴のように鳴き喚き、もう手遅れだというのに狛犬の上で蛙が「帰れ」と鳴き続けている。

 うっそうと茂った雑草が風に揺れ、伸びきった木々が、日を遮って僕らを太陽から覆い隠していた。


「もういいよ」


 振り返ると、春明が困ったように笑っていた。

 それは僕のこれまでを否定し、打ち砕くような言葉だった。


「なんでだよ!もうちょっとかもしれないだろうっ!!」

「春信は十分やったよ。そうだろう?」

「なんだよそれ!」


 僕が春明の胸倉を掴もうとすると、春明はそれを避けることなく受け入れる。


「もういいんだよ。」


 諦めきれない僕に、春明は全てを分かったような顔をするんだ。何も分かっていない癖に。でもそんな顔を見ていたら、これ以上もう何も言えなくて、僕はその手を放し、力なく項垂れた。


「俺一個解決策を持ってるんだ。これを終わらせる方法」

「俺に「この願いをやめろ」って言うのか?もう春明に会えないなんて、そんなの・・・・・・」

「無理だろう。俺が知らないだけで、信はもっと繰り返して来たんだろう。そんな奴に「やめろ」なんて言ったところで聞かないに決まっている」

「当たり前だ」

「だから、俺ができる最終手段」


 僕は春明を見つめる。

 春明はその視線を僕から本殿の中にいる化け物へと移し、スマートフォンのライトでそれを照らした。


「神様は何か欲しいものがあるんじゃないか?……信、これは俺の考察だ。あの化け物の姿は全部、アレに捧げられた供物なんじゃないのか。これまで直視しなかったから分からなかったが、アレをよく見ればその一部は人や牛、馬、鶏、稲や野菜のようにも見える。あれに捧げられたものは一緒になるんだよ」

「おい、それってどういうことだよ」

「俺は神様と一緒になって、神様に願いを叶えてもらう」

「何を言ってんだよ!そんなの!」

「まぁ待て。この神様は、人の願いを叶えた結果こんな姿になったんじゃないのか。それで、神様が願いを叶えたことで、この村は過疎化が進むまであり続けたんじゃないのか。この神様に直接を届けたら叶えてくれるんじゃないのか」

「そんなの推測だろう!そんなことに賭けるべきじゃない」

「でも、これ以外ないんだよ。それにな、こうしないと終わらないかもしれないんだよ。最初の願いの対価に、この神様は人を殺して回っているのかもしれない。だから、俺が直接そんなことはしなくていいんだって伝えられたさ。全部解決するだろう」

「自己犠牲が過ぎるだろう!それじゃあ、俺はどうなる?」

「俺は死なないよ」


 そういうと春明は止める暇もなく、本殿を開けると化け物の中へ飛び込んだ。

 春明はまるで黒い化け物に解けていくように、瞬く間に消えてなくなった。

 最後には僕だけが残された。

 それがどれだけ絶望的なことか、分かるだろうか。これは死ではない別の何か。もう、繰り返せないことは本能で分かった。

 僕はゆっくりと本殿に入り、黒いそれを正面から見た。確かに春明の言う通りだった。

 人の顔、いや、顔の下半分が無数に浮かび上がっている。その中に、春明を見つけてしまう。

 結局、死なないだけでこれが最良の結果だというなら、そんなのは終わっている。

 体には牛や馬、鶏の要素がまだらに見えるが、それが体と言って良いのか、顔と言って良いのかすら分からない。腐った稲のようなものが黒いソレから滲み出ている。この化け物は生き物の形を真似ようとして失敗した、腐肉の粘土細工のようだった。

 辺りを見渡してみれば、巫女が持っていたらしい錆びついた御神刀を見つける。

 僕はそれを持ち出し、家に帰った。


 







 あれから、春明は行方不明になり、僕が女子から異様に話しかけられることはなくなった。

あの日から僕の後ろにはいつもあの化け物がいる。

 顎をカチカチと鳴らしながら、僕の後をついてくる。この化け物は僕以外には見えない。気味が悪く、悍ましい化け物だが、その中には春明が生きている。死んでいないなら生きている。当然の話だ。

 だがら僕は、春明とずっと一緒だ。

 誰もが春明をいないと言っても、僕の後ろには春明が顎をカチカチと鳴らす音が聞こえる。

 いつだって、どこだって、春明が生きていると証明してくれるこの音が僕には心地よかった。


 ほら、今も聞こえるだろう。

カチカチという春明の音が――。



 End

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骨噛み @yusa-rabbit

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