第5話

「着いた……!」

 ようやく村に着き、日暮れ前の自然豊かな景色を眺めながらエメルは背伸びをした。壊斗はというと、多少の休憩を入れていたが、ほとんど疲れを感じていない自分の体に驚いていた。これも能力のおかげなのか? と心の中で呟く。

「暗くなってきてるな……今日はもう家(うち)に泊まんな。女房と二人で暮らしてるんだ」

 男は家まで案内してくれた。ダークブラウンを基調とした木製の一軒家だった。


「改めて、自己紹介をするよ。俺はガーヴァン。こっちのべっぴんさんは、女房のサーシャだ」

 そう言うと、二人で肩を組んで親指を立てる。おしどり夫婦感満載だ。


「よろしくお願いします。俺は壊斗で……」

 そう言いかけた所で、エメルに目配せを送る。

「わ、私は……エメルって……言います」

 エメルは緊張した様子でそう答える。

「エメルってのは分かるけど、カイトって名前は珍しいな。兄ちゃん、出身はどこだ?」

 何気ない問い。それのどこかが引っ掛かったのか、エメルは途端に震え出し、何かに酷く脅えているように見えた。

「ど、どうした嬢ちゃん!?」

「ご、ごめんなさい! 主人が無神経な事を……!」

 サーシャさんはすぐエメルの元へ駆け寄り、背中を摩った。

 数分後、落ち着きを取り戻したエメルを見た三人は、ホッと一息着いた。

「お風呂を用意したから、エメルちゃん。先入っちゃって。心も体もあったまるよ。着替えは、昔に娘が着ていたものを貸すわ」

 優しく声を掛け、サーシャさんはエメルを連れて一緒に部屋を後にした。

 急にどうしたんだろ……と心配そうに見つめる壊斗に、男が話し掛ける。

「悪かった、いきなり出身の事とか、ちょっと無神経だったな」

「いえ、全然……ガーヴァンさんは全く悪くないですよ」

「そうか? だと良いんだが……」

 ガーヴァンさんの落ち込んだ様子に、良い人なんだな。と壊斗は考えた。


 …


「お風呂、気持ちよかった……」

 風呂上がりのエメルが、キャミソール姿で部屋に現れた。

「良かった。もうすぐ夕飯の用意が出来るから、待っててね」

 サーシャさんは料理をしながらそう声を掛けた。

「すみません。こんな良くして頂いて」

 壊斗は頭を軽く下げてお礼を言った。

「良いのよ。この村には滅多に来ないお客さんなんだから、このくらいのおもてなしはさせて頂戴。それより、お風呂が空いたから、カイトくんもどうぞ。お風呂から上がる頃には、丁度夕食が出来ているはずだわ」

「ありがとうございます。頂いてきます」

「あ、ごめんなさい。私ちょっと手が離せないから、お父さん、案内お願いしてもいい?」

「おう、任せろ!」


 …


「ここが風呂場だ。嫌かもしれないが、着替えは俺のを使ってくれ」

「いえいえ、そんな事無いですよ!」

「ははっ。そうか?」

 ガーヴァンさんに風呂まで案内され、脱衣場に立つ。ただ、ここで一つ問題が発生した。

 そうだ。俺、一人じゃ服脱げないんだ。

 壊斗は能力のコントロールが出来ないことを思い出した。


 数分掛けて試行錯誤を重ね、服が少し破けただけに抑え、無事衣服を全て脱ぐことに成功した。そのまま風呂に向かうその途中──

「鏡はあるのか、この世界……って、流石に舐めすぎか」

 そう言って一人笑いながら鏡を覗き込む。すると、そこには"自分に限りなく似た別人"が映り込んでいた。

「え……誰これ……」

 顔は自分のもので間違いなかったが、髪や体つきはまるで別人だった。肋が浮き出るほど痩せては無いし、髪も赤黒く染めた覚えはなく、セットした覚えもない。よく見ると瞳の色も違う。

 瞳は髪色と同じで赤黒く、小豆に似た色で、髪型はかきあげヘアー。俗に言う"ガイルヘア"のようで、右目に少し髪が掛かる位の長さだった。この世界に来るまでのものとは似ても似つかない見た目に恐怖すら覚える。それに、よく自分の体を観察してみると、男の勲章は以前より一回り小さくなっており、ホクロの位置も違ったり、小学生の時以来残り続けている足の甲の傷も綺麗さっぱり消えていた。

「誰なんだ、俺は……」

 考えても考えても埒が明かない為、風呂に入り頭を覚ます事にした。


 壊さないよう慎重に引き戸を開けた。するとそこには桶と丸太風呂だけで、周りが木の柵で囲まれた露天風呂のようだった。

「シャワーは……ないか」

 桶を使ってお湯を浴び、汚れを落としていざ丸太風呂に浸かると。

「ふぅ……気持ちいい」

 外はすっかり夜になっており、星が綺麗だった。夜風が心地良い。


 数十分は浸かっていただろうか。風呂から上がり、脱衣所で体を拭き、また慎重に衣服を着る。

「サーシャさん、お風呂ありがとうございました」

 タオルを首にかけながらまた皆の所へ戻った。

「おぉ、凄い豪勢……」

「カイトくんも来たことだし、食べましょうか」

 壊斗は席に着くとそっと手を合わせた。

「どうかしたか? カイト。いきなり手なんか合わせて」

 壊斗はガーヴァンさんにそう突っ込まれた。

 そうか。ここは異世界だから、いただきます。とか無いよな。と納得した。

「……何でもないです。あまりに美味しそうだっから、つい……」

「遠慮せずに、たんとお食べ!」


 …


 楽しい夕食を終え、暫く談笑していると、あっという間に時間は過ぎ。

「そろそろ寝ましょうか。ただ、お客さん用の寝室は一つしかなくて、相部屋なんだけど……大丈夫かしら?」

「うん……私は、カイトと一緒で、良いよ」

「俺も別に……」

「分かったわ。こんなこともあろうかと、昨日部屋を掃除しておいて良かった。じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ、二人とも」

「よ〜く寝ろよ!」

「おやすみなさい」

「おやすみ……」


 …


 寝室に入ると、ベッドが隣り合わせで置かれていた。

 壊斗は内心、近いな……と思いつつ、まぁいいか。と受け入れた。

「じゃあそろそろ寝よっか」

「うん!」

 こうしてサシで話をすると、よく分かる。ガーヴァンさんやサーシャさんと、壊斗とで、エメルの態度がまるで違う。子供って会ってすぐこんなに懐くもんか? と壊斗は考えながら布団に横になると、一気に体が楽になった。

「ねぇ……カイト」

 仰向けで寝ていた壊斗が、横を向くと、エメルはこちらを見つめていた。

「何?」

「見てて」

 エメルは前腕辺りをはむっと咥え、ピッと歯で肉を噛み切った。

「……ッ!」

 エメルは声にならない声を漏らす。

「何してんだよッ!」

「……見て……て」

 少しずつ血が滴り落ちていた傷が、瞬く間に治っていった。最後には残された血だけが二の腕に伝う。

 壊斗は咄嗟に枕元にあるティッシュでエメルの血を拭う。

「……あまり人に話しちゃいけないことだけど、壊斗には話しておきたいなって思って」

「実は私、能力者……なんだ」

「───え?」

唐突にそんな事を告られ、思わず聞き返してしまった。

「何で、俺に……」

「カイトなら、信じられるって、思ったから……私の能力は回復。自分に出来た傷は少し経てば自然に治る。あんまり深い傷だと治るのが遅いんだけどね」

 エメルはえへへと照れ笑いをする。

「……床、汚しちゃったから拭かないと」

 エメルはそう言うと、木の床に付着した血を拭き取った。

「……私の力さ、人の傷も治せるの。だから、怪我した時は言ってね? 私が治すから」

 壊斗は、異世界らしい力を目の当たりにし、思わず口を抑えた。

「壊斗の服、破けちゃったところも、明日治してあげるね」

「え……物でも大丈夫なの……?」

「うん! ……じゃあ、寝よっか。おやすみ、カイト」

「お……おやすみ」

 壊斗は嬉しさと驚きが入り交じった複雑の感情のまま、眠りに着いた。

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成り行きで異世界転生〜チート能力、期限付き〜 乙坂創一 @otosaka_souichi

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