30話

お披露目配信が終わった。

うん、1行で終わってすまない。特に何事もなかったんだよね。立ち絵披露して、いくつかプロフィールみたいなもの公開して、ちょっと質問に答えたぐらい。散々配信に出てるんだから好きなものとか得意なものとか今更だしね。最後にこれからもよろしくお願いしますって挨拶して終わり。

リスナーさん来てくれるかなと思ってたんだけど、先日のエリア:ロストゼロの影響もあってか結構な人数が見に来てくれた。最大で同接800人弱だったかな。人数だけが全てではないけど、やっぱり見てくれてる人がいると嬉しいね。

そういえば「一番得意なゲームをプレイしてみせてほしい」とリクエストがあったので、急遽レッドウルフをプレイしたんだった。レッドウルフはナイトメアナイトと同じくプラムソフトさんの作品で、日本の戦国時代を舞台にした3Dアクションにしてパリィゲーを世に広めた神ゲーである。

で、強化ボス含むボスラッシュモードをノーダメクリアしたら「参考になるけど参考にならない定期」「CPUかなにかでいらっしゃる?」「ぶっつけ本番でこれができるクソ度胸」とか、褒めてるんだか褒めてないんだかなコメントで溢れたけど、それは違う。レッドウルフみたいな神ゲー中の神ゲーはこれぐらいやりこまないと、作ってくれたメーカーとスタッフさんに失礼というものだよ、うん。

そんな感じでお披露目は終わったのである。





その翌日の日曜の午後に、にこぷれ杯のFPS大会が始まった。

大会と言ってもライバーとファンクラブの交流がメインで、ガチガチの勝負事ではなく、みんなで楽しく撃ち合いましょう! みたいなコンセプトにしたみたいだけど…。実際始まってみるとライバーはともかくFCの熱度がやたら高かった。こういう場に出てくるぐらいだから猛者揃いでやる気に満ちてるんだろうかと思ったら、どうも割と直前ぐらいのタイミングでレオナさんが「優勝チームのファンクラブにはライバー直筆サイン色紙をプレゼントとかどうかな!」とか言い出したのが原因らしい。何やってんだあの人。

でもまぁ、こういうのってお互いに全力でプレイするからこそ楽しいっていう側面もあるしね。あまり争い事に関心を持たないにこぷれメンバーだと、皆で仲良くと言えば聞こえはいいけど、ともすれば大した盛り上がりもないダラダラした締まりの無いプレイになってしまう、という見方もできる。そうならないためのレオナさんからの一種のカンフル剤みたいなものなのかもしれない。



私は体質上、長時間FPSをプレイするのは厳しいので、にこぷれ運営チャンネルでにぎやかし役である。

配信は各ライバーのチャンネルでそれぞれの視点、運営チャンネルはマスターモードで全体を俯瞰したり、ザッピング形式で各ライバーの視点に切り替えたりできる。全体を観たい人とか、箱推しの人とかはここで見てほしいって感じかな。


「ということで始まりました、にこぷれ杯! 実況はわたくし、公式チャンネルで喋る人がいないと直前に発覚したために急遽実況を任されましたスタッフFでお送りします! 恨むぞ社長!」


何やってんだあの人。

ちなみにFさんはこの前のカラオケ大会の時に色々教えてくれたり子どもの写真を見せてくれたスタッフさんである。聞けば本人もそれなりにFPS経験者だそうで、それを見込まれて実況役にねじ込まれたらしい。


『社畜は悲しいなあ』

『社畜に神はいないッ』

『うちの推しがごめんな』


「はい、アル◯スもニッコリということで、解説にはこの方をお招きしております」


「こんにちは、緋影アイです。解説というほどのことは出来ませんが、賑やかしとして頑張ります」


「よろしくお願いします。アイさんも経験者と伺っていますが……」


「小学生の時に少しやってただけです。長いことやってないので、Fさんのほうが詳しいと思います」


「小学生の時にFPS……」


『根っからのゲーマーというか』

『小学生の時ってなにやってたっけ……』

『わいはパケモン』

『ひたすら大乱闘やってたな』

『やったやった。あとカート』


まぁ私は周りがK-POPアイドルやら任天道さんのゲームに夢中になってる傍らでプラムさんの死にゲーとかひたすらやってた変人だからな。

別にそれらが嫌いとかではないんだけどね。面白いゲームばっかり出すプラムさんが悪いね。


それはさておき、ルールをおさらいしておこう。

8チームで5戦して、順位とキル数でポイントが入り、トータルでポイントが一番高いチームが優勝になる。

ボイチャはライバー以外は禁止。メンバーは事前に各ライバーのファンクラブから希望者を募ってのの抽選となる。

経験者組はハンデありで、日頃からプラチナ帯でやりあってるガチ勢の栞川さんチームはハンドガンオンリー縛りというかなり強めのハンデ。シルバー帯の如月さんは最初に拾った武器2種のみで交換禁止、そしてお酒が入るとプラチナ帯クラスの桃崎さんは4戦目まで飲酒禁止という本人曰く拷問レベルの縛り。他はハンデなし。

他のメンバーも大会が決まってから練習を重ねてたみたいだけど、さてさて、どうなるかな。





1戦目が始まった。

初動はバラけた……あ、いや、桃崎さんが被せに行ったな。相手はレオナさんだ。


「おっと、桃崎選手が早くもやる気ですね」


「以前見た素面の彼女の腕前は割とアレでしたけど、どう成長しましたかね……えーと、これは」


「殴ってますね……」


『ま、まぁ戦術としては有りだから』

『キャラコンさえ出来れば普通に戦術になりえるからね』

『でも実際は?』

『桃崎「貴様に拳を教えた身! この桃崎らむに一日の長があるわ!」』

「やっぱりネタじゃねえか!』

『ちなみにそんな事実はない』


いや、なんでだよ。たしかに武器が揃ってない状態なら殴りも選択肢には入るけども。漁る素振りも見せずにまっすぐに殴りに行ったから、あれは完全に狙ってるな。

てかレオナさんも漁り止めて普通に殴り返したな。


『レオナ「殴ったね! オヤジにもぶたれたことないのに!』」

『どこの天パだ』

『キャラコンもクソもないな、マジで真正面から殴り合ってるだけだぞw』

『チムメンも棒立ちで応援してんの草』


うん……なんだこれ。ていうか強引に優勝商品とかねじ込んだのに自らネタに走るんですかアナタ。やっぱりただの思いつきなんじゃなかろうか。


『桃崎「次の一撃が我ら最後の別れとなろう!」』

『レオナ「おれにはあなたが最大の強敵だった!」』

『これお互いにボイチャ通じてないんだよな?』

『そのはず』

『なんで息ぴったりなんだよw』


「あ」

「あ」

『あ』

『あ』

『あ』


互いに2発づついれてあと1発でノックダウンの最後の攻撃。まったく同じタイミングで繰り出された攻撃は互いに命中し、両者ノックダウンとなった。


うん……どうしてこうなった。




さて、のっけからジェスター二人が場をあっためたところで、試合は続く。

うん、やっぱり栞川さんが上手いな。重いハンデをものともせずに、猟犬部隊みたいな動きで忍び寄り、裏取りや漁夫の利、的確な集中砲火でダウンを奪っていく。如月さんやスナイプが得意な紫上さんも頑張っていたけど、初戦は栞川さんの圧勝だった。


2戦目、さすがに放置しておくとマズいと思われたのか、全員のターゲットが栞川さんに向いた。漁夫ろうとしても戦闘を中断して栞川さんに攻撃が向くし、ハンドガンの射程を考慮して距離を取られるようになった。これにはさすがの栞川さんも大苦戦し、倒されたところでそのまま乱戦にもつれ込み、ここは実力通りに如月さんが勝利。


3戦目、今度はのっけから乱戦。全員手の内がほぼ判明してるので、ランク差がそれほど影響しなくなってきてる。こうなってくると、純粋に経験値の低い珈原さんとか花村さんとかはキツいね。

意外に、と言ったら失礼だけど、お姉が奮闘してる。合間合間にたくさん練習してたもんね、その成果が出てる。最後に如月さんとの撃ち合いを制してお姉が勝利。


4戦目

《あたいの時間だァ!》

飲酒解禁された桃崎さんが大暴れ。そのまま勝利をもぎ取る……とはいかず、相変わらずの乱戦ぶり。おかしい、皆で仲良く撃ち合いましょうの精神はどこへいった。

紫上さんは得意のスナイプで奮闘してたけど、一芸特化は対策されると弱く、早々に栞川さんに裏取りされてノックダウン。花村さんのラッキーグレネードも対策はいくらでもあるし、レオナさんもゲームセンスだけではちょっと厳しくなってきてる。いつの間にかガチ対戦になってないか、これ。

勝利自体は桃崎さんがもぎ取ったけど、お姉と如月さんがキルポイントをかなり稼いでるのでポイント的にはあんまり差がなくなってきた。




「さて、次で泣いても笑っても最後のラウンドです。ここまでの感想はいかがですか、アイさん」


「うーん、思ったよりガチの殴り合いになってますね。もっとエンジョイ寄りの大会だと思ってたんですが」


「一部の負けず嫌い組に触発されたカタチでしょうか……あ、始まりましたね」


「お姉ー、みんなー、がんばれー」


最後のラウンドがスタートした。さて、どうなる……うん?


『しかし、にこぷれも変わったよな』

『前はこんなにガチガチの対戦しなかったもんな。マルカとスマファイもゲラゲラ笑いながらやってる感じで』

『そうか?』

『まぁ、言われてみれば』

『ゲーム自体あんまやらないライバーもいたし』

『3期生は元々ゲーム多めでやる方針だったらしいが』

『明確に変わったのはやっぱり、ね』


およ、あんまりよくない流れか、これ。


「うーん、たしかにちょっと前とは雰囲気変わってるかもね」


「社長!?」


「レオナさん?」


「がおがおー社長だよー」


「試合中じゃないんですかアナタ」


「いや、早々に負けちゃったし」


え、あ、ほんとだ。いつの間にかレオナさん、花村さんが敗退してた。


「で、続きだけど。雰囲気を変えてるのは事実だよ。優勝商品ねじ込んだのも、いつも通りだと馴れ合いになりそうだったのを避けるためだし」


「その場の思いつきじゃなかったんですね」


「君は自社の社長をなんだと思ってるのかな!?」


『まぁ、レオナだし』

『せやな』

『社長の扱いよw』

『てことは社の方針ってことか』


「そうだねー。コメントで言ってた人もいたけど、元々3期生は雑談とか企画メインだったにこぷれもゲームに力入れようってコンセプトだったし」


そうなのか。お姉は昔から私に付き合ってゲームしてたし、紫上さんも落ち物に一家言あるっていうぐらいだから元々ゲーム好きなんだろうな、とは思ってたけど。


「前の雰囲気が好きだったっていう人がいるのもわかるし、実際ライバー同士でも意見割れたんだよね。開催に時間がかかったのはその調整が長引いたってのもあるよ。だよね、Fくん」


「ですね。議事録のファイル数凄いことになってます。まとめるの大変でしたとも」


「そこはゴメン! で、反対だった子は、やっぱり前の雰囲気が好きだった人が離れていってしまうのが怖い、昔から応援してくれる人を大事にしたいっていう意見が多かったんだけど。わたしとしてはね、それ以上に停滞することが怖かったんだ」


『停滞?』

『数字を増やしたいってことか』

『実際数字は大事ではある』

『わいらも裏で数字でムシキングやっとるしな』

『ギクッ』

『ソンナコトシテナイヨ』


「数字が全てじゃないなんて綺麗には言えないけどね、なるべく応援してくれる子一人々々と向き合いたいとは思ってるよ。ただ、全く状況が変わらないのってモチベーションに凄い悪影響するんだよね。実際わたしも苦労したからさ」


『レオナも初期は全然伸びてなかったらしいな』

『ワイ初期からの古参、レオナはワイらが育てた』

『レオナもバズがきっかけで伸びたんだっけか』


「うん、初期から応援してくれてる人にはほんと感謝してるよ。頑張って活動してても数字が伸びないって、やっぱり不安になるからさ。だから多少リスクを負ってでも、新しいことにチャレンジしていくべきだって方針で納得してもらったんだよ」


『そういうふうに考えるきっかけになったのはやっぱ妹ちゃん?』


「たしかにきっかけの一つではあるけど、方針自体は前から決めてたことだよ。アイちゃんにはバズをもらったけど、それがなくても遅かれ早かれこういう路線に舵を切ってたかな。だからアイちゃんを責めるのはやめてあげてね」


むむ、なんか気を使わせてしまったようだ。まだ前のこと気にしてくれてるのかな。


「だからわたしとしては、古参の子も新しく知ってくれた人も、どっちかじゃなくてどっちも大事にするから、皆で楽しい時間を共有してくために、新しいチャレンジも見守ってくれると嬉しいかなって感じかな」


『そういうことなら、まぁ』

『説明感謝』

『我らはついていくのみよ』

『別に今の雰囲気が嫌ってわけではないからな』

『変わらないものはないからね』


「もちろん、無理はしなくてもいいからね。見たいものだけ見てくれるだけでも全然ありがたいから。無理せず長く応援してくれるのが一番だからね」


ぱちぱちぱち、と私とFさんの拍手がなる。コメントも拍手のアイコンが並んだ。やっぱりレオナさんは凄い人なんだな。

と、拍手の音が増えた。あれ?


「あ、あれ? 皆?」


「いい話だったわ、うん。あたしの勝利なんて霞むぐらいにね」


「いやーレオナに全部もってかれるとはなあ。このらむの目を持ってしても読めなんだ」


あ、いつの間にか試合終わってるじゃん。優勝は、え、お姉!?


「お姉すごいすごい! 優勝じゃん!」


「あー、うん、ありがと。せっかく優勝したのにレオナに注目もってかれた、なんて思ってないからね、うん」


「ご、ごめんて。なんでもするから許して」


『ん? 今』

『なんでもするって』

『ゆったよね?』


「じゃあ、レオナにごはんでも奢ってもらいましょうか」


「はいはい、焼肉!」


「せっかくだから高級フレンチ!」


「居酒屋で朝まで飲もーぜ!」


「事務所でピザパとかいかがです?」


「待って待って、全員分!?」


「当然」「もちろん」「むしろ義務」「同意」「賛成」「異議なし」「右に同じ」


「か、勘弁してぇ……」


『やっぱこれよな』

『こういうのもっとちょうだい』

『実家のような安心感』

『レオ虐は愉悦』


あはははは。うん、やっぱりこういうあったかい雰囲気、好きだな。

こんな感じで、8月のにこぷれ杯は幕を閉じた。

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