第18話




第18話「袖の向こうで待ってて」


 照明が落ちると同時に、会場は拍手と歓声に包まれた。

 夏希がセンターで深く一礼する。その背中は、いつもより少しだけ小さく見えた。


 ――今日の彼女、なんか変だ。


 リハーサルからずっと、笑顔の奥に影がある。カメラが回っていない瞬間、ぼんやりと袖のほうを見つめる時間が多かった。


 ステージが暗転し、次の出番までの短いインターバル。

 俺はスタッフの制止をすり抜け、舞台袖へと足を運んだ。


「お疲れ」


「……あ、来たんだ」

 夏希はヘアメイクを直す手を止め、わずかに笑う。けど、いつもの調子じゃない。


「顔色、悪いぞ」


「そう? ライトのせいじゃない?」


「嘘つけ。さっきから元気ないの、俺は気づいてる」


 彼女の視線が揺れた。

 しばらく沈黙が続き、ステージの向こうから歓声が漏れ聞こえる。


「……大和ってさ、変わんないよね」


「は?」


「デビュー前も今も、私が困ってるとすぐ駆けつけてくる。そういうとこ……助かるけど、ズルい」


「ズルいってなんだよ」


「……ごめん、今はまだ言えない。だから――袖の向こうで待ってて」


 夏希はそう言って、再び舞台へ向かった。

 背筋はまっすぐ。でも、その歩幅はどこかためらいがちだった。


 俺は立ち尽くしながら、胸の奥がざわつくのを感じた。

 あいつ、何を抱えてるんだ。


 曲が終われば、このステージも今日で一区切り。

 その瞬間、俺は絶対に聞き出す――そう決めた。


 ライトの下、最後まで歌いきる夏希の姿を、俺はまばたきもせず見守った。



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「売れるなバカ、俺の初キス返せ。」 ブロッコリー @suzuki5527

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