第三章

第17話




第17話「何か隠してるだろ」


 楽屋は、メイクの匂いとドライヤーの音でいっぱいだった。

 スタッフやメンバーがバタバタ動く中、夏希は鏡の前でじっと座っていた。

 手にはスマホ。だけど画面は消えたまま、ただ握りしめているだけだ。


「おーい、もうすぐ出番だぞ」

 声をかけると、彼女はハッとしたように顔を上げた。


「あ……うん」


 笑ってはいるけど、目元が少しだけ曇っている。

 普段なら「今日も全力で行くよ!」って言うはずなのに。


「なあ、なんかあったのか?」


「別に。気のせいだよ」


 あっさりかわされた。

 だけど、俺の中の違和感は消えない。


「夏希、昨日の夜も遅くまで起きてただろ」


「……なんで知ってんの?」


「インスタのストーリー見た。眠れなかったんじゃないのか」


 夏希は目を伏せ、小さく肩をすくめた。

 答えの代わりに、化粧ポーチを開いてリップを塗り直す。


「大丈夫だから。今は集中しなきゃ」


 そう言って立ち上がる。

 背中越しに見えるのは、強がりの影だった。


 ステージへ向かう廊下を、彼女は先に歩いていく。

 俺は一歩遅れてその背中を追いながら、心の中でつぶやいた。


 ――何か隠してるだろ。


 このままじゃ終われない。

 出番が終わったら、ちゃんと聞く。


 そう決めた瞬間、客席のざわめきと、オープニングの音楽が響き始めた。



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