~生物部と迷い猫~
生物部の扉を開けると、まず目に飛び込んできたのは鮮やかに光る熱帯魚の水槽だった。
ネオンテトラやエンゼルフィッシュが、夕方の光を受けてゆらゆらと泳いでいる。
大きなケースではハムスターがカタカタと車輪を回し、
奥の鳥かごではセキセイインコが羽をふるわせる。
水槽の反射光が部室全体に揺らぎをつくり、どこか温かい空気を感じさせた。
「部長! こちらがこの前話したユウキと、その……」
陽太が姿勢よく紹介しようとしたそのとき――
「ユウキです。よろしくお願いします」
「綾瀬沙羅です! ユウキくんは私がいないと生きていけないらしいので、ついてきました!」
満面の笑みで、いきなり爆弾発言が投下される。
部室の空気が一瞬で固まった。
「ちょ、ちょっと!? 何言ってるのさ!!」
ユウキは慌てて声を上げるが、
「え~? だって、前に公園で“ここで終わってもいい”って……」
「わーー!! 違う違う!! みなさん、沙羅ちゃんは夢でも見てたんです!!」
「失礼ね! 夢見がちなのはユウキくんのほうでしょ!」
はっきりと言い返す沙羅に、ユウキはただ茫然と立ち尽くすしかなかった。
(沙羅ちゃん……こんなにおしゃべりな子だったなんて。まったく油断も隙もない……気をつけないと)
騒がしい自己紹介をよそに、
部屋の奥でプリントを束ねていた黒縁メガネのショートカットの女の子がこちらを見てため息まじりに言った。
「……なんだか、個性的な2人組ね。大丈夫なの?」
ひそっと囁くような声だったが、陽太はびくっと背筋を伸ばし、無理に胸を張る。
「……だ、大丈夫です。たぶん」
まったく自信がない声だった。
そのとき、沙羅の足元に小さな猫がとことこ歩いてきた。
「わ〜、かわいい!」
沙羅がすぐにしゃがみ込む。
「でも、少し歩き方がおかしいね」
ユウキが首をかしげると、部長が答えた。
「そうなの。こないだ学校に迷い込んできて、一時的に保護したんだけど……身体が弱っていてね」
「一時的って……引き取り手を探してるんですか?」
少し険しい表情で、部長は小さくうなずく。
「うん。でもなかなか見つからなくて。なんとかしてあげたいんだけど」
「身体が悪い猫は……どこも引き取りたがらないんだよ」
沙羅が静かに言った。
さっきまでの明るさが嘘みたいに消え、その横顔にユウキは言葉を飲む。
水槽のエアレーションだけが、かすかに部室に響いていた。
「僕がなんとかします!飼い主が見つかれば……きっとなんとかなりますよね?」
ユウキが強く言うと、
「それはそうだけど、時間も限られてるし……」
部長は眉を寄せ、困ったように答える。
「大丈夫ですよ!陽太は行動力あるし、沙羅ちゃんも……こんな感じだけど賢いから。三人で力を合わせればきっと!」
「おー!そうだな!」
陽太が元気よく応じた。
「こんな感じってどういう意味〜? 詳しく聞かせて!!」
「そ、そのギャップだよ! 可愛さとの!」
焦りながら弁解するユウキに、沙羅はじっと疑いの目を向け続ける。
さっきの発言へのささやかな仕返しのつもりだったのに、逆に追い詰められていた。
(沙羅ちゃんには、なかなか敵わないな……)
そんな三人を見て、部長はふっと笑みをこぼした。
「……じゃあ、頑張ってやってみて。まかせたよ」
こうして、ユウキたちは光星学園生物部としての初仕事に挑むことになるのだった。
星と夢とお嬢様に恋した僕 タケシ @hoshitoyume
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