第8話 ドラッグクイーンは導く

 その日の21時頃。慶三と村人は集会所に集まり、パソコンの画面に釘付けになっている。


全員身体は汚れ、ペンキや木くずまみれで疲労困憊だ。しかし新たな挑戦をした後で、村人全員がキラキラとした目をしていた。


「編集と確認が終わったので、配信ボタン押します!」


その声がかかると、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。


 動画が再生され、映りだされたのは、この集会所の前に立ち、マイクを持ったド派手なメイクと衣装のドラッグクイーンだった。


「はあぁーい皆さん!ババロア・アナンダです!今日はぁなぁーんとビッグニュースがありますの!!」


ババロア・アナンダは笑顔を絶やさず、高いピンヒールで歩きながら、恐竜達の元へ向かう。


「剛くん、綺麗やねぇ」


慶三の隣にいた、幼馴染のフミ子がこそっと耳打ちした。


動画の中ではババロア・アナンダが恐竜を指差しており、恐竜には、村人の孫や、別のドラッグクイーンが騎乗していた。


「見て下さい!!恐竜です!ひゃだぁ!!……可愛い!!ちょっと撫でて見ますね、あぁ!ひんやりしております。あら、そっちではイクヨハナコさんが餌やり体験をしてますね。ちょっと?ハナコさん?係りの人をナンパなさらないで??」


ババロア・アナンダの軽快な話に、動画を見ていた村人からも笑いが漏れる。

ババロア・アナンダ自身も恐竜の騎乗に挑戦したり、村人にインタビューしたりといった内容が続けて流れる中、慶三は、ちらっと観野を見た。


彼は目を3倍ほどの大きさにし、紫色の柔らかい光線のような物を画面に送っていたのだ。慶三の視線に気づいたのか、観野は視線を少しだけよこし、ニヤッと笑った。


「ふん、怖いカンノンサマだわ」


慶三は微かな笑顔で返すと、また息子が活躍する動画を静かに鑑賞した。

 

 動画が終わり、皆がワイワイと慰労会を行う中、観野が話しかけてきた。


「お疲れ様でした!看板や新しい柵も料金所も、すごく良いものが出来ましたね。動画も素晴らしかった」


「……お前さんもようやった。遠くまでペンキ買いに走って運んで、木も一番ぎょうさん切ってたやろ?……あとは動画に暗示?かける仕事もな」


観野は素直に照れた顔をして、親指で眼鏡をあげた。


「これでも村で一番若いですからね。動画は、見た人が暗示にかかり、さらにその人から感染する仕掛けをしました」


「そうか……ご苦労さんやったな、ほら飲め」


観野は勧められたまま、小さなグラスに注がれたビールを一気に飲み干す。


「あー!生き返るなぁ!ほんまやで!」


そんな事を言う勧野を見て、変な宇宙人だなと思い、慶三は一人で笑った。

お辞儀の仕方も、眼鏡の上げ方もいつか指摘してやろうかなとも考えて。


 慶三は慰労会の途中で一度家に帰った。

居間では、動画に出ていたドラッグクイーン達がメイクを落としている所だった。労いと感謝の言葉を告げ洗面所に行くと、剛が顔を洗っている所に遭遇した。


「おつかれさん」


「おお、お疲れーおとんどうしたん?」


「いや、家の焼酎も持っていこう思て……あれや、剛。動画良かったわ、喋りうまいやないか」


「…………ああ」


「これからもきばってけよ」


そう言うと、慶三はさっさと行ってしまう。


 剛は父の背中を送ったあと、一人、白い洗面台にポタポタと涙を零した。


「ぅ……ぅゔ……」 


その涙は熱くなった心から溢れでたものだ。


自分が誇りに思って20年続けている、ドラッグクイーンという仕事で、父親に認められたことが嬉しくて堪らなかった。


フェスタオルで口を塞ぎ泣き続ける。居間には急遽駆けつけ、動画に出てくれた仲間達がいる。だから彼らに聞こえないほど、静かに啜り泣いたのだ。


 動画の反響は凄まじく、アダチ村の村長に繋がる電話回線には、全世界からとんでもない数の問い合わせの電話がかかってた。ササナカ県の方にも問い合わせがいくようで、勝手な事をしては困る、電話やメールの対応に追われ、仕事にならないとお叱りをうけた。


 取材したいという依頼も、観光したいという声も多く、村人は対応に追われる毎日だったが、可愛い恐竜達とかかわる仕事だったため、楽しんでやっていた。


おのずと古民家で民宿を開きだす者や、アダチ村を気に入り移住してくる者も増え、村は一層盛り上がり、力仕事は若者にバトンタッチされた。


 恐竜達は変わらず、穏やかで人懐っこく、村人達を愛していた。慶三も飼育員としてずっと恐竜達に愛を注いでいた。


 そして、しばらくすると、地球のいたる所に恐竜の卵が隕石として落下しはじめるようになった。

今回、勧野が地球人に暗示をかけて地盤ができたことで、パラルール星の人々の間で、新たなビジネスとして発展しはじめていたのだ。


これからは他のビジネスの参入も、地球への観光も盛んになるだろう……。


 恐竜のブームが少し落ち着いたある日。

あの動画を配信して以来、ずっとテレビやイベントに出ずっぱりで忙しくしていた剛は、やっと帰省し一息ついていた。


 恐竜用の宿舎の柵に座り、懐かしい風景と恐竜達を眺めていると、気づいた慶三が長靴姿で近づいてくる。


「おお帰ったか、晩ごはんは明石さんとこの寿司を頼んどるさかいな」

「豪華やな、嬉しいわ」


そんな会話をしていると、料金所の中で、笑顔でチケットを売る観野が、剛の目に入った。


「あの動画とか考えてくれた人さ、なんか柔らかい雰囲気でええよな」


慶三はそれを聞き、剛のほうをちらとだけ見ると、明らかに嫌そうな顔をした。


「あいつはやめとけ、儂らとは違う」

「余所者やからか?……ほんでやめとけって、そんなつもりやないし!」


機嫌を損ねた剛は、柵から降りると、家に荷物を置きに行ってしまった。


一人になった慶三は、笑いながらまた観野を見て呟いく。


「余所者……じゃあないよなアイツは……」

 

 そんな呟きを知ってか知らずか、慶三を目がけて観野がやってきた。


「お疲れ様です。だいぶ客足が減ってきましたね」


「おう、おつかれさん」


そんな汗をかく観野の顔を見て、慶三は考える。

なぜ観野は、こんな面倒くさいチケット販売の仕事を引き受けているのか。


なぜ車で長時間かけてホームセンターに行ったり、移動販売車でサンドイッチを買うような不自由な生活をするのか。


なぜ、心から楽しそうな顔で、アダチ村の山々を見つめ、スケッチをする筆を走らせるのかと。


本当は星に帰って、たまに恐竜の様子を見にくればいいはずだからだ。


しかし、その答えは、なぜこんな不便な田舎に住んでいるのか、と慶三が聞かれた時と同じ答えなのかも知れない。そう思うと少し笑みが零れる。

 

 観野は、山々に囲まれるなかで、恐竜がのびのびと過ごす様を眺め見てから、目を閉じて大きく深呼吸をした。


そして、慶三を見て笑うとこう言った。


「《自然》って最高ですね!」


慶三は、一瞬呆れてポカンとしたが、すぐにあはは!と特大の笑い声をあげた。


「言っとけ!」


観野の肩をパンッ!と叩く。観野も楽しげに笑った。


 美しい山々と、ごおごおと流れる川の音。近くの民家では、恐竜達のごはんとして沢山の赤飯が炊飯器で炊かれ、いい匂いが立ち込めている。


恐竜たちも、その匂いをかぎ、にっこりと笑っているかのように目を細めている。その風景が皆の幸せになっていた。

 

〈完〉

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アダチ村の恐竜は赤飯を食べる 赤虎 @akatora_ou

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