第7話 週刊誌
まだまだ暑い9月頃の事、恐竜達もすくすくと大きくなり、高さは2mほどに達していた。そんな中、村長の元に一本の電話がかかってきた。
「私、週刊文々の多田と申します」
その内容を聞いた村長は、固定電話の受話器を置くと、すぐに震える手で慶三に電話をかけた。
「……恐竜らの事が、どっかから週刊誌にバレた!」
ワシらの恐竜たちはどうなるんやと言う、村長の強い悲しみのこもった声を聞きながら、慶三は何も話せず口を開けて立ち竦んでしまった。
「考えるさかい……待ってくれか……」
と、どうにか声を絞りだしたものの、我が子のように育て、村一帯で育んできた恐竜たちと離れなければいけないかもしれない、という事実はあまりにも辛く、座卓で頭を抱えてしまう。
するとまた固定電話機が鳴った。今は誰の話も聞きたい気分ではなかったが、また村長かも知れないと、重い腰を上げて受話器を取ると、慶三以上に焦った声が聞こえてきた。
「おとんか?!村の名前は伏せられてるけど、恐竜のことがネットニュースで、出てもうてる!写真も出てるんやけど……学が撮ったやつやった……たぶん学が週刊誌に売ったんやと思う……!ごめん!!」
電話をかけてきたのは、剛だった。
「…………なんてこと、してくれたんや……!!」
息子を責めたくはないが、口に出さないと胸が苦しくて堪らないといった感じだ。
「ほんまにごめん……学とはもう2週間前から連絡がとれへんくなってて……償っても償いきれん、おとんが大事に育てたもんやのに……」
その言葉を聞いて、慶三の怒りは、ふっと消え去った。剛も大事に育てた息子だったからだ。プロポーズをしようと思ってた相手に裏切られ、剛が今どれほど辛い気持ちなのかと、考えると少し冷静さが戻ってくる。
「だ、大丈夫や。どうにかなる。国に連れて行かれても、あいつらが幸せやないって決まったわけじゃないしな」
剛は最後まで謝罪を口にしていたが、慶三はやれる事だけはやるからと告げ、電話を切った。しかし、現実的な策は何も思いつかず、焦る心を静めるため恐竜達の宿舎に向かった。すると、村長から連絡がまわっていたのか、ほかの住人も皆、恐竜の元に集まり、恐竜を撫で寄り添って立っていた。
自分達が無力な事が、悔しく、中には涙を流す者もいた。お別れだと感じていたのだ。
そんな慶三や村の人々の悲しい気持ちが伝わったのか、恐竜達も切ないような表情を浮かべ、頭を擦り付けたり、しきりに頬を舐めたりしている。
そんな時、放牧地の高い塀の外から足音が聞こえてきた。ゆっくりドアを開け入ってきたのは、観野だった。
慶三も、他の村人も淡い期待を寄せる、この男は今回も上手くまとめてくれるんじゃないかと。
すると観野は笑顔で、慶三だけを呼んだのだ。慶三は、こんな時に二人だけで話すのかと、少し不信感を抱いたが、観野の家までついていった。
観野は、都会の人間からは古民家と呼ばれる家に住んでいる。風情があっていいそうだが、慶三からすれば、従兄弟の住んでいたボロボロの家という以外の何物でもない。
小さい時に何度も訪れたその家の玄関に入り、どうぞと言われ、何の疑いもなく襖を開けて入る。
するとそこは……広大な日本庭園だった。
「……なんやここは」
驚く慶三を前に、観野は心の底から喜んでいるような笑顔をみせた。
「すいませんね、こういう景色が好きでして。誰かに自分の趣味を見て欲しいと思ってたので、なんか嬉しいですね」
「いや……」
考える点は沢山あった。どう考えても家の外観の大きさと、部屋の中の大きさがあっていない。大きさどころか天井もなく、ただただ青空が無限に広がっていた。考えが追いつかない慶三はおろおろするばかりだ。
「時間がないので種明かしをしますね……恐竜の卵を落としたのは私です」
「なんやて?」
「私は、パラルール星からきました、ランプ:カンノウンと申します」
そういうと、観野は片手を上げてパチンと指を鳴らした。するとどうだろう、観野の姿はみるみるうちに変わっていき、あっと言う間に異星人の姿になった。
髪や肌は緑がかり、目は細く、鼻は両生類のようにべったりと低くなった。タコのようなぬるりとした太い触手が二本の足を囲むように数本生えている。
慶三は声を失った。こんな事が現実にあるのかと、目を見開き元観野であった男を見ていた。
「驚かせてしまいましたね、まぁそりゃそうでしょうけど。僕は、クラウドファンディングで募ったお金でアダチ村にきました。オロテンタ……こちらで言う恐竜を、環境の良い地球で育ててもらうと、どうなるかの実験……ですね」
「実験……」
「はい、実験は面白い結果になりました。地球であなた達に愛情深く育てられたオロテンタは、とても穏やかで人懐っこい性格に育ったのです。僕はパラルール星では結構人気な動画配信者なのですが『地球人とオロテンタ育ててみた』という僕のチャンネルの視聴数はうなぎ登りでかなり注目されているんですよ!」
慶三はさっぱり分からないといった顔をしていたが、なんとなく小馬鹿にされているような気がして腹が立ってきた。その鋭い目線を察したのか、観野は両手を挙げると、空をみて謝罪した。
「嫌な気分になったのなら謝ります。育ててもらうと言いましたが、無理にしたのではありません。僕が暗示の類をつかったのは、町田さんと組んで村の人達に恐竜が必要だと思い込ませた時だけです。町田さんや、村の人達が恐竜達を愛する気持ちを操ったことは、誓ってありません」
「……それでも、胸くそ悪いがな」
慶三は、枯山水の中にある松の木の下にどかっと腰を落として、不貞腐れた態度をとると、変わらず観野を睨みつけた。観野は両手を下ろすと、観野の凄みを少し切ないような表情で見た。
「恐竜達への愛は、この話を聞いた今も変わらないでしょう?週刊誌の方に好き勝手されたら困るのでは?」
「…………」
「それは僕も同じです……まだここで行く末を見ないといけないですから」
「…………何かするんか?」
慶三の言葉を聞いた観野は、口を耳まで引き上げながら笑うと、慶三のそばまでぬるぬるとやってきてこう言った。
「先手必勝です!!」
慶三は、思わずぷっと吹き出してしまう。
「お前さんには、その策しかないんか!」
「あはは!」
観野は大きく笑い、くるっと舞うように回り人間の姿に戻ると、慶三に告げる。
「村の人全員で協力して、観光用の恐竜の牧場を作って下さい。看板や餌やり体験の場所とかですね。その後拡散用の動画を作ってもらいます、その動画に僕がちょっとだけ仕掛けをして配信します」
「全部観野くんが、魔法みたいなんでパッパッとしたらいいんちゃうんか?」
観野は悲しそうな目をして首を横に振る。
「AIが作った映像に、どこか違和感があるように、違う星から来た僕が、小手先で作る物には違和感があるんです……だから本物感をきちんとだすならちゃんと作った方がいい。そして、動画は早く拡散されるために、インフルエンサーに頼まないといけません」
慶三は自分のすぐ上の松の木を見上げると、枝が松らしくない曲がり方をしているのを見つけた。観野はこの景観を自分の趣味と言ったが、もしかすると自分で考えて作ったのかもしれないと頭の片隅で思う。
「違和感な……分かった、やる。せやけどインフルエンサー?有名人の知り合いはすぐ見つかるか分からん」
「いるじゃないですか、すぐ近くに。最近テレビやラジオで出てる方が!」
慶三は数秒考え、あっと声に出し、すぐに電話をかけた。
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