わたしのナニーアンドロイド…
満月 花
第1話
うちには美しきナニーアンドロイドがいる。
世界中を忙しく飛び回る両親に代わって
娘の安全・健康・勉強・生活全般そして護衛などが
ナニーアンドロイドの役割。
とにかく面白みがない、見た目は恐ろしく美形だけど
いつも無表情ですまし顔で
両親が決めたルールを守らせる。
お勉強はしっかり
遊びは程々に
生活のリズムを崩さない
苦手克服
などなど、優秀なシッター&優秀な教師だ。
どうせならモフモフの生き物だったら可愛かったのに
遊びたい!と抵抗する娘を難なく机につかせて勉強タイム。
娘は今日の課題をしながら横目で見る。
静かに見守るその姿
きっとその瞳部分に映像装置が内蔵されて逐一両親に送信されているのだ。
なので手も抜けない。
両親になかなか会えなくても、二人が自分を想ってくれてるのは良くわかってる。
だから少しでも娘のためにと環境を整えてくれる。
このナニーアンドロイドだってネットで見て
綺麗、素敵、かっこいい、こんなのいたら良いなぁ
と呟いたらすぐに買い与えてくれたんだから。
多分びっくりする金額のはず。
娘第一の設定して、娘の暮らしを最適化するように
プログラムされている。
そう申し分ないのだ。完全無欠なアンドロイド。
娘の気持ちを予測して居心地良く整える。
しかし、甘いだけじゃなく、
こうやって勉強などしなきゃいけない事は守らせる。
わかってるけど、わかってるけど、どこか寂しくて。
勉強も終え、夕食後のいつもの時間。
ナニーアンドロイドに促されて座れば
直立したアンドロイドの瞳から映像が壁に投写される。
大好きな両親の映像
二人はこうして忙しい時間の合間に毎日娘にメッセージをくれる。
娘を思いやり、心配し、時には褒めて、愛してるといってくれる。
わがまま言っちゃダメ。
こんなにも私の事を思ってくれる二人に寂しいだなんて……。
そして行き場のない気持ちをナニーアンドロイドにぶつけてるわたし。
なんて嫌な子、ダメな私。
でもどんなにイラついて邪険に振る舞っても
大丈夫です。
問題ありません。
と返されるだけ。
今日もわがままを言ってみた。
勉強終わったら街に出たいと。
それはスケジュールにありませんと言われても
執拗に食い下がった。
ナニーアンドロイドは、最適な解を出す。
短い時間ならばただし絶対に私から離れないでください。
久しぶりにおねだりを聞いてもらって気分も上々。
スキップするように歩けば胸元に銀のホイッスルが揺れる。
どうにもならない緊急事態事態用のアイテムらしい。
一生に一度しか使えないって渡された大事もの。
遊び半分で使わない事。滅多に使ってはいけない。
って約束させれた。
でもいつもナニーアンドロイドがいるからそんな状況になった事がない。
でもお守りのようなものだからお出掛けする時は絶対に付けていく。
キラキラしてワクワクして、何か見つけるたびに
振り返ってナニーアンドロイドに伝える。
美味しいものを食べ歩いたり、
素敵な小物の店を覗いたり、
ナニーアンドロイドはずっと側で見守ってくれていた。
それはほんの一瞬の出来事だった。
何かに気を取られた私の足元が危うくもつれる。
そして身体がグラリと路面に傾いた、と同時に
無軌道に暴走する車が目に飛び込む。
声も出ない。身体が思うように反応しない。
逃げられない、避けられない。
大きな衝撃音。
でも傷付いたのは私じゃない。
傷ついたのは、壊れたのはナニーアンドロイド。
バラバラになった、彼女。
私は悲鳴のような声を上げながら散らばってボディをかき集める。
かろうじてわずかに形の残っている頭部から、歪な音声が流れる。
モンダイアリマセン、アナタガ、ブジデアルナラバ、
モンダイアリマセン
胸が切り裂かれそう。
助けて、助けて、お願い。
良い子になるから、どうか彼女を助けて
胸元のホイッスルを口に咥え鋭く音を鳴らした。
緊急事態の合図のSOSが届く。
娘の両親はそれぞれ別の地でザワリと恐怖を覚えた。
一生に一度しか使えないと愛娘に渡したアイテムからの知らせ。
娘に託したホイッスルは転移するための鍵。
身体が光る。
彼らは深呼吸をする。
愛する娘の元へ一刻も早く、手を差し伸べなければ。
……二人の身体が消えた。
娘は道路の片隅でアンドロイドの残骸と共に座り込んでいた。
すでに駆けつけていた警察が忙しげに動いてる。
娘は無傷だった。
咄嗟にナニーアンドロイドが娘を安全な位置に放り投げたらしい。
突然の両親の登場に驚いていたが、
娘の口から繰り返し出てくるのは
ナニーアンドロイドの事。
両親が直ぐに新しいナニーアンドロイドを手配するといっても。
娘は拒絶する。
彼女が良いの、彼女じゃなきゃ全体嫌、と残骸を抱きしめる。
娘は悲愴な顔で残骸に謝り続けていた。
ごめんなさい、私にせいで、私がわがままを言ったから。
もう、決してわがまま言いません、良い子でいます。
だから、彼女を生き返らせて!
このままでは娘の心が壊れてしまう……。
娘のために出来ることは一つ。
そう思い娘に約束をした。
彼女を生き返らせる約束を。
最先端の技術、最新の注意を払い作業は進む。
そっとそっと、宝物を扱うかのように部品に触れる。
残骸から彼女を再生しようと。
少女と紡いできた日々の記憶を記録を残すようにと。
少女の切なる願いを叶えるため。
***
相変わらずの日常。
側にはナニーアンドロイドが控えている。
あんなにショックだったのに、何事もなかったように
相変わらず澄ました佇まい。
今度は車に当たっても車の方が壊れるボディだから安心しろと
パパが言ったけど、それってどんな素材なの?
私の望み通り、全く前のままと変わらない見た目だが
色々と凄いアップデートしてるらしい。
まったくどれだけお金使ったの……よくわからないけど。
胸元には金のホイッスルが揺れてる。
今回のは最大級のアイテムだから、といって渡された。
一生に一度しか使えないんじゃなかったの?
次はもっと速く来れるからね!ってママに言われたけど
よっぽどの事なんかもう体験したくないんだけど!
人参を残してはいけませんよ、と声をかけられる。
ムッとして睨みつければ
これから良い子になると宣言されてましたよね?
と言われる。
……これだから完全無欠のアンドロイドは敵わない。
あの時の会話も記憶してるなんて、きっと情けなく泣いた私の映像も
記録されてるんだ。
人参を無理に頬張る。モグモグと咀嚼して息を止めて呑み込む。
ほっぺが熱を持つ。
こんな日常がすごい嬉しいなんて、なんか悔しい!
でも人参はやはり苦手だと、少し涙目になる。
それでも必死に笑顔を作り頷いて見せる。
それを見つめるナニーアンドロイドの口元が笑みを浮かべた……
ように見えた。
わたしのナニーアンドロイド… 満月 花 @aoihanastory
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