第42話 決意
なんでこんな所にあるんだ――そんな思いが、胸の奥で冷たく響く。
朽ちかけた石板、泥にまみれた表面、風に飛ばされた落ち葉がかぶさるだけの粗末な墓。ここに、リヴィアの名が刻まれているとは信じられなかった。目の前にあるのは、とても墓とは呼べない。
「……なんで、こんな場所に。こんなに雑で、粗末で」
声が震える。言葉は続かない。怒り――それ以前に、ただただ悔しかった。悔しさは怒りを通り越して乾いた虚無になる。リヴィアの笑い声が、肩を並べて戦った日々が、目の前の泥に押しつぶされているようで、胸の内が捻り潰される。
(気に留めておくべきだったんだ。死体が勝手に動くはずないんだ。あそこにリヴィアの死体が放置されるわけないんだ……)
いや、もう分かっているだろう。
こんな物を作った犯人なんか一人しかいない。
"レオン"だ。
ドリーが俺の背後に来て、そっと肩を叩いた。そして、俺の視線の先を見て、気の毒そうに言った。
「リヴィア…って、お前の仲間だったんだよな。さっきは辛そうな顔してたから言わなかったけどよ、あの人、レオン様の妹だったんだろ?」
口を動かすのも億劫だった。怒りを通り越して、全身の力が抜けていくような感覚に襲われる。
「それが……どうしたんだ?」
ドリーは俺の肩を掴み、慰めるように続けた。
「いや、レオン様がこの人を妹だって言うまで誰も気づかなかったんだよ。そもそも妹がいるとも知らなかったし。でも、安心しろよ、ネル。レオン様はあの日、自殺したリヴィアさんのことを思って泣いてたんだぜ」
「は? 自殺って……」
思わず、間抜けな声が漏れた。
「戦争にまた行かされると知った我が妹は、首を吊り自殺してしまったって、レオン様泣きながら妹が入った棺を運んできたんだぜ。あんなに強くて優しいレオン様に対して妹が自殺って、ちょっと可哀想じゃないか?」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中に血が昇るのを感じた。ドリー口から出た“自殺”という単語は、俺の中で何かを粉々に砕いた。
ドリーが石板に手を触れて、石板が軽く崩れた。
「この墓だって、レオン様が作ったわけない。きっとリヴィアさんの自殺に腹を立てた奴が、レオン様を思って勝手に作ったんだよ。別の場所に立派な物があるさ。あの人がこんな物作るはずがねぇ!これは偽物だ!」
ドリーはそう断言し、無造作に墓の真下あたりを手で掘り始めた。そして、すぐに硬い物にぶつかる。
「あっれ……酷い奴も居るもんだな……本当の墓から掘り返してここに埋めるなんて……」
ドリーが掘り起こしたそこにあったのは、紛れもなく棺だった。
「アイツは……」
俺が言いかけると、ドリーは掘る手を止め、振り返った。
「どうした、ネル? 大丈夫だ。こんなことした奴、きっとすぐ捕まる。それにしてもこんな分かりにくい場所に、泥まで塗って……本当に酷い奴だな」
ドリーの純粋な優しさが、俺の胸に突き刺さる。だが、感情はもう抑えきれなかった。拳を握りすぎ、爪が手のひらに食い込み、血が溢れていた。
俺は叫んでいた。
「“アイツ”はどこまでクソなんだ!!!」
ドリーは驚きで目を丸くした。
「どうしたんだよ! 急に喋ったと思ったら『アイツ』って誰だよ! おい、まさかレオン様のこと言ってるんじゃないよな!」
ドリーの眼光が鋭くなり、声が一段と低くなる。その声には、俺に対して抱いていたとは友情とは異なる、確固たる信念が宿っていた。
「レオンは裏切ってたんだ!! 敵国の兵士に裏切り、レオンに俺たちは殺されかけた! リヴィアだって自殺なんかじゃない……」
言葉が詰まる。激しい咳き込みが俺の口から漏れた。頭に血が昇っている。あの日の光景が、鮮明に脳裏に蘇る。リヴィアが、俺の盾となり、その命を散らした光景が。
「リヴィアは俺を庇って……」
「は? なんだよそれ。レオン様はいつだって優しい人だ。俺の命の恩人だ。裏切り? するわけないだろ! あの人はこの国を守る五強だぞ! 取り消せ!」
ドリーの激しい言葉に、俺は悟った。そうだ、レオンは爽やかな好青年を演じてるんだ。どんな証拠を出したところで、彼には通じないだろう。俺はこの二ヶ月、こんな場所で何をのんびりとしていたのだろう。ザックなんてどうでもいいじゃないか。
「そうか……いくら俺が話そうが、通じないんだな」
俺はゆっくりと歩き出す。
「おい! ネル、どこ行くんだ!」
ドリーの叫び声が、背後で響く。だが、俺は振り返らなかった。振り返れば、今ここで止まることになると知っているからだ。地面を蹴る足に力を込め、視界に広がる街をまっすぐに進む。胸の中の炎は消えない。炎は冷めてはいるが、確かに残っている。冷静さを取り戻すより先に、この怒りを形にする必要がある。
ザックを探すなんてどうでもいい。今はただこの怒りが消える前にリヴィアの敵をとる。
死体の山で目覚めたモブ兵士、死者の力を奪い最強へ スケ丸 @dai03489
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