人口太陽の座標入力を間違えた結果、辺鄙な星に飛ばされた件について

@tsukemen99

ジョンとダイク


 西暦2143年。核融合炉が実用化されてから今日で100年目となる記念すべき日だ。

 核融合炉が実現してから人類が費やすエネルギー量は指数関数的に増大し、それは人類の活動領域を飛躍的に広めることとなった。どんな事象でも無限の電気による圧倒的なパワーで解決するようになっていったのだ。

 やがて人類はその莫大なエネルギーを発散させるため、地球のみならず宇宙へ目を向けることになった。ロケット開発やそれに伴う技術開発はどんどんと盛んになっていき、2100年頃には、核融合炉が搭載されたロケットは星々を渡るのが容易になっていた。人類は地球から抜け出すと天の川銀河に存在する様々な星へ移動していき、惑星を自分たちにとって住みやすい環境に変えていった。人類は天の川銀河の覇者として君臨したのだ。





「ワープリングをくぐるぞ」

 ダイクは宇宙艦を操縦しながら、今さっきこの艦が生み出したリングを通ろうとしていた。そのリングを通ると、今の場所から40光年先にある惑星へと移動できる。ロケットはゆっくりと動きながら、そのリングを通っていった。リングを通り終えると、目の前には目的の惑星が視界いっぱいに現れ、後ろを振り返ると、リングを通して先ほどいた場所が見えた。しかし真っ暗な宇宙空間においては、リングの内側と外側の違いは全くと言っていいほど分からず、もし目の前に惑星が現れなかったら、ちゃんと移動できているのか定かではなかっただろう。

「あれが俺達が住む惑星か」

 隣に座っているジョンは目を細めながら言った。

「なんか表面が茶色でくすんでやがる。ずいぶん殺風景だな?」

「着陸態勢に入るぞ、しっかり座ってろ」

 ダイクは操縦席のスイッチを押し、艦を着陸モードに移行させた。ロケットは徐々にスピードを上げると大気圏に突入していき、二人は座席に掴まりながら、体に受ける猛烈なGに耐えていた。大気圏を抜けると体への圧力も消え、ロケットはそのままゆっくりと地表に降り立った。ロケットが着陸する時、地面の砂埃を巻き上げ、その砂はこのロケットを覆い隠した。中にいる二人は座席から立ち上がると、宇宙服に着替え、船外に出てみた。そこには宇宙空間から見えていたのと同様に、辺り一面くすんだ茶色の景色が広がっていた。はるか地平線の方まで、岩と砂の不毛な大地がそこにはあった。

 ジョンは目を細めながら地平の彼方を眺めていた。

「しっかし見事になんもねえな...。ここは俺らが最初の入植者なんだろ、ダイク。お前、よくこんな星見つけたな?」

「まあ、だいぶ必死に探したよ」

 ダイクもそう言いながら辺り一面を眺めた。デバイスの座標から察するに、どうやら目標の場所に着陸できたようだ。ダイクは遠くの方を眺めた後、ジョンの方を向いて苦い顔をした。

「ったく、お前が迷惑起こさなきゃ惑星追い出される目には合わなかったけどな。一体どうやったら人工太陽の座標入力を間違えるんだよ?一歩間違えてたら惑星ごとそこにいる全員焼け死んでたんだぞ」

「まあそう言うなってダイク。死人が出なかっただけでもラッキーだろ?」

「おかげでこんな辺鄙なところに住まないといけなくなったけどな」

 ダイクはそう言いながら、腕についているデバイスでホログラムを映し出した。ダイクは数あるメニューの中から惑星開発プログラムを選択し、STARTを押した。STARTを押した直後に腕から機械音声が鳴りだした。

『惑星の位置情報を取得中...、取得できました。惑星開発プログラムをスタートします。あなた方にとって素晴らしい惑星になることを祈っています』

 機械音声が喋り終わると、ホログラムは自動的に閉じた。その瞬間、目の前のロケットが大きな音を立てて変形していき、我々のしばらくの居住地となる小さな家に変形した。それと同時に、さっきまで何もなかったはるか上空の宇宙空間に、全長1000kmもの巨大艦がワープにより突如として現れた。その巨大艦は地上からはかすんで見え、その姿はまるでこの星を征服しに来たかのようだった。やがてそこから幾万ものロボットが地上に降りてきて、この惑星のあちこちに散らばった。上空はロボットの大群が飛んでいて、幾ばくかのロボットが自分たちの前方に降り立ち、自分達のメインの居住地となる建物を建設していった。そのロボットは巨大艦からの絶え間ない列を作り、蟻が群れで規律を持って行動するように滞りなく行われた。二人は先ほど変形した小さな家に移動すると、窓から建物が建設されていく様子を眺めた。

「おい、やっぱりわくわくするな。建物が建設されていく様子ってのはよ」

 ジョンは貧乏ゆすりをし、目を輝かせながらその光景を眺めた。家の中は小さいと言いながらも必要最低限の物はそろっていて、短期間暮らすには十分だった。

 ダイクは建設されている建物を見て訝しく思った。

「なんか建物が地面からずいぶん高くないか?洋上に建設するわけでもないだろうに。これ、お前がデザインしたんだろ?」

「高い方が気分いいだろ?」

「まあ、そうかもしれねえけどよ」

 ダイクはそう言い椅子の背もたれを少し倒すと、そこにもたれかかった。腕のデバイスでホログラムを映しながら、この惑星の詳細な設定を決めていた。

「おい、まだ指なんかで操作してんのかよ。そりゃ大分アナログだぜ。俺みたいに脳波で操作すれば腕なんて使わなくていいのによ」

「俺は古い人間なんだよ」

『惑星開発プロジェクトのご利用ありがとうございます。この先も大気変換プロジェクト、水プロジェクト、動物・植物繁殖プロジェクトが待機しています。何か育ててほしい動物や植物などはございますでしょうか?』

「特にない、おまかせで」

『承知しました。プロジェクトの全体のスケジュールとしては、建物や農場の建設に一週間、惑星の大気変換は3か月ほどの予定です。それ以降は我々が適当な場所に川や海を作り、植物を植えさせていただきます。大気変換が終わり、気温や気圧変化が落ち着くまでは建物はドームに覆わせて頂きますが、よろしいでしょうか?』

「あぁ、構わない」

「おい、海いいなあ!俺たちの目の前に海作ろうぜ。一面水平線の」

「だそうだ。海を追加してやってくれ」

『承知しました。また今回のプログラムにより、あなた方が我々に収めて頂く資源の量は合計で約246兆tとなります。もちろん資源回収は我々が行うのでご安心ください。他にご質問がなければここにサインと指紋認証をお願いします』

 ダイクはそう言われ、ホログラムに指でサインし、その後指紋をスキャンした。

『ありがとうございます。何か注文やトラブルがあればいつでもご連絡ください。今後とも我らブレイムグループを、どうぞよろしくお願いします』

 機械音声が一通り喋り終わると、ホログラムは閉じた。ダイクは席を立つと、台所にあるコーヒーメーカーのスイッチを入れ、次の瞬間、熱々のコーヒーが出てきた。

「大気の変換を待つなんてめんどくせえ。遺伝子組み換え手術で、この地で今すぐにでも呼吸できるように体を改造してもらおうぜ」

 ダイクはジョンの提案を聞いて鼻で笑った。

「俺はごめんだぜ。手術した後のやつを見たことあるか?俺が見たのじゃ、環境に適応するために肺が極端に大きくなったせいで胸郭が異常にふくらんで、常に全力で胸張りながら歩かなきゃいけなくなってた」

「どうするよ?俺が化け物に変身してお前の事を食いだそうとしたら?」

「そしたら今度こそお前を宇宙空間に放り投げてやるよ」

 居住地の外では大量のロボットがせっせと建物を建築していった。





 ダイクはテラスに立ちながら外を眺めていた。建物はドームに覆われていると言っていたが、ドームが透明なせいで、実際に目視でその姿を確認することはできなかった。どこからが内側で、どこからが外側なのか全くと言っていいほど分からず、「実はもう既に大気循環は終わっていて、ドームは取り払われているんですよ」と言われたとしても、「あぁそうですか」としか思わないだろう。

 ここに住んでからおよそ二か月が経過し、ここでの生活もすっかり慣れてきた。惑星開発の方もどうやら順調に進んでいるようで、時折遠くの方でロボットらしきものが動いているのが見えた。一度ドームの外に出て、探査用の車でジョンとかなり遠い所まで行ってみたが、永遠に茶色の不毛な大地が広がっているだけで、何の成果も得られなかった。二人はがっかりしながら建物に戻り、何か発見があればロボットから連絡を入れるよう伝えたが、今の所は何の連絡もない。そして今後も連絡が来ることはないだろうとダイクは思っていた。

 後ろを振り返りだだっ広いリビングに戻ると、ジョンが5m四方の地場マットの上で、VRゴーグルをつけながらトライアスロンに挑戦していた。

「ちくしょう!早え!」

 ジョンはそう言いながら必死にクロールで泳いでいた。地場マットにより、およそ1mほど地面から浮いていて、空中にいながらもその動作は本当に水の中で泳いでいるかのようだった。やがてジョンは陸に上がったのか、水面から浮上する動作を見せると、今度は自転車にまたがり、ペダルを必死に漕いでいた。プレイヤーが少しでも中心からずれると、プレイヤーに分からないように磁場が勝手に人間を元の位置に戻してくれるため、落下の心配もない。今では見慣れた光景だが、最初見たときはこいつは一体何をやっているんだと、奇妙な生き物でも見るかのように眺めていた。ジョンに一度やってみないかと誘われたが流石に恥ずかしさが勝り、ダイクはその誘いを断った。

 ダイクはそんなジョンを素通りすると冷蔵庫の方に移動し、中からよく冷えたマンゴージュースを手に取って、ソファーに座りながらそれを飲んだ。ストローをすすると、マンゴーの果肉も同時に感じ取ることができ、この不毛な地で育ったものなのか疑わしいほど甘くておいしかった。手を眼前に軽くかざすとホログラムが現れ、ソファーの背もたれにもたれかかりながら、だらだらとニュース記事を眺めた。

「だあ!くそ」

 ジョンは声と息を荒げながらVRゴーグルを勢いよく取り、こちらに向かってきた。

「あともうちょっとで一位に躍り出たのに!」

 彼は肩で息をしながらそう言うと、トイレへと向かっていった。洗面所からタオルを持って帰ってくると、彼も冷蔵庫からマンゴージュースを手に取って、ソファーに勢いよく座った。彼はマンゴージュースを豪快に飲み、3分の2ほど飲み終えた所で一息ついた。

「ふー。どうだい、この不毛なる惑星の開発は順調か?」

 ジョンはそう言うと、タオルで汗を拭きながら横の方に手をかざし、ホログラムテレビを点けた。

「あぁ、順調だよ。計画は一寸の狂いもなく進んでいるらしい」

 ダイクがそう言うと、ジョンはソファーに深く座り、頭の後ろで手を組んだ。

「あーあ、このままだと暇で死んじまいそうだ。誰かピチピチの美女でも移住してきたりしねえもんかな」

「一人来たじゃねえか、移住希望者が」

「あのアルコール依存症のやつか?ありゃダメだ。あんなやつ移住させちまったら、水がすべてアルコール飲料に変わっちまうだろうよ」

「どっちにしろ俺ら二人しかいねえ惑星にまともな奴なんて来ねえよ」

『それでは次のニュースです。30時間前、惑星間でトラブルが発生。とある惑星が巨大な人工衛星を作った所、その人工衛星の引力による影響で、他の惑星の公転軌道にずれが生じました。ずれが生じた惑星では寒暖差が激しくなり、そこに住んでいる住民達はそれに対し猛抗議をしています。住民達は人工衛星の即時撤去と賠償金の請求を求め、近々裁判を起こす予定のようです』

「ふーん、まあ近くに惑星がねえ俺達には関係ねえこった。まあ、どうせくだらない規制が増えたりするんだろうが。ったくだだっ広い宇宙でどうしてこんなことばっかしてんだろうな」

 ジョンはしかめっ面でそう語った。それについてはダイクもジョンに同意していた。自由のフロンティアを求めて宇宙へ飛び立った人類だったが、結局は地球にいた頃と似たような事を繰り返していた。地面に縛られていた者達が空へ羽ばたけるように進化したが、結局人間というものはどこまでいっても人間でしかなかった。

 テレンテ~ン♪テレンテ~ン♪

 テレビから軽快な音が鳴りだし、黒のスーツ姿で、髪をオールバックにした40代ぐらいのハリのある男性が現れた。

『遠くにいる人と今すぐ会いたくはないか?文字通り本人が目の前に現れるんだ、そう!そんなあなたの夢を叶えるのがこのワープドア!今まで宇宙空間でしか行えなかったものがもっと気軽にあなたのもとへ!何と座標を設定するだけで、好きな時に相手のワープドアに移動することが出来る優れものさ!大事な人ともっと気軽に自由に会いたくはありませんか?絶賛予約受付中!』

 軽快な音楽と共にそのコマーシャルは終わった。

「どうだ、この惑星にも一台。俺には会いに行く家族や友人なんかいねえが」

 ジョンはそう言いながら、残りのマンゴージュースをすべて飲み干した。

「俺にもいねえよ」

 ダイクもそう言いながら、うつろな目でホログラムの記事を眺めていた。





 この惑星の夜は昼間とは打って変わって、大地が黒一色に染まっていた。下に広がっている黒い大地は、生き物全てを呑み込んでしまいそうな不吉な何かをはらんでいた。しかし対照的に、空には満天の星空が広がっていて、その星空はこの惑星にあるもの全てを優しく包み込んでいた。ダイクはそんな満天の星空の下で、ビーチチェアに横になりながらそれらを思う存分に眺めていた。星々は強く輝くものもあれば、今にも消えてしまいそうな儚いものもあり、それは生命の営みに近いものを感じた。この夜空いっぱいにそれぞれの星が、自分はここにいるぞと鳴いているようだった。それは今の自分達に近いものを感じた。

 ダイクが満天の星空を満喫していると、ジョンがビール瓶を持ちながらやってきて、ほらよ、と言い一つをダイクに渡した。ダイクもあぁ、と言い受け取るとジョンは

「満天の星空に乾杯」

と言って、瓶を近づけた。ダイクもそれに合わせるように瓶を近づけ、チリンという瓶の心地いい音が鳴った。

「ふぅ、この星空の下で飲むビールはたまんねえなぁ」

 ジョンは口元を拭き、うなるようにそう言った。

「以前いた所じゃ、街が明るくて星があんまり見えなかったからな。その点この惑星は最高だぜ」

 ジョンとダイクはビールを片手に、お互い夜空を見上げていた。やがてジョンが

「なあ、お前星座って分かるか」

と聞いてきた。

「いや、分からねえな」

 ダイクがそう言うと、ジョンは夜空に指を差した。

「いいか?向こうに強く輝いている星が集まっているだろ?あれがマッスル座だ。なかなかの逆三角形だな。その隣に見えるのがプレーン座、しなびてんのがよく分かる。多分放置しすぎたんだろう。そしてその上は唐辛子座だ」

 ジョンは真面目な顔で、次々とその「星座」とやらに向かって指を差していった。

「ナイスバディ座はどこにあるんだよ」

「ナイスバディ座はあの左の方だな。ほらあの辺。見てみろよ、あのくびれはすげえぜ」

 ダイクは、ジョンがにやつきを抑えられなくなってるのが分かった。ダイクもにやつきながらジョンの方を向き、目が合うと二人はクックックと小気味よく笑った。

「ったく、本当に馬鹿なことしか思いつかねえな」

「なんだよ、ちょっとはそれっぽく見えただろ」

「どうだかな」

 二人は笑いながらビールをちびちびと飲んだ。

「そういや、この前タイムワープ技術が一歩前進したとかの記事を読んだな」

 ダイクが唐突にそう言うと、ジョンは眉をひそめた。

「タイムワープ?」

「そう。その技術が可能になればパラレルワールドの世界にいけるかもしれないってさ」

「パラレルワールドねぇ...、一体どんな世界が広がっているのやら」

「そこでも俺達人類がどんどんと惑星を開拓していくのかもな」

 ダイクは半ば失望まじりにそう言った。

「もしかしたら向こうの人類と戦う事になるかもしれねえぜ、ダイク。さながら宇宙戦争のように」

「向こうからしてみたら、そりゃびっくりだな」

「いや、意外と奮闘するかもしれないぜ?何てったって向こうも同じ人類だからな。そしてこっちの軍が不利な時に現れるのが我らジョン艦隊さ。ひそかに力をため込んでいたジョン艦隊は敵の軍をバッタバッタと打ち破り、ジョン提督はこの宇宙のヒーローになる。ジョン提督にはその功績から数多くの惑星が与えられ、そこではジョン提督の思うがままに過ごすことができるのさ」

「そしてジョン提督は満天の星空の下、今日みたいにビールを飲んで過ごしましたとさ。めでたしめでたし」

「おい、そこはワインにしろよ」

「あぁ、そうかい」

 ダイクはまどろんだ頭でこの宇宙のことを考えていた。一体人類はどこまで行くのだろうか。すでにこの天の川銀河は人類のものとなった。ワープ技術が発達していけば、それ以外の銀河にも進出することになるだろう。そうなったら人口はどんどんと増え、勢力も爆発的に拡大していく。ひょっとしたら遠い未来、さっきジョンが言っていたような戦争が、銀河間でも起こるのかもしれない。お互いの主張と主張がぶつかりあい、やがては引き返せない所までいき、爆発する。いや、それとも人類以外に高度な知的生命体がいて、案外そいつらに滅ぼされることになるのかもしれねえ。どちらにしろ人類が闘争以外で滅びることはないだろうとダイクは思った。そういった意味では人類が存在し続ける限り、争いというのは避けては通れない道なのかもしれない。

 ダイクはそう考えながら、それらの争いについて辟易していた。

 別にいいじゃねえか、わざわざ争いなんてしなくたってよ。今日の俺らみてえに星空の下で馬鹿なこと話しながら、横になってるだけで十分だぜ。

 そんな事をしばらく考えていると、いつのまにか夜も更けていて、周囲の気温も下がっていた。二人は体が冷えたのを感じ、風邪をひく前に中に戻ることにした。





 ダイクは宇宙空間から茶色の惑星を眺めていた。あともう少しすれば、この星も緑と青の星になる。そうなる前にこの星の元の姿を拝んでおきたかった。ジョンにも来るか問いかけたが、俺にはそんなセンチメンタルな心は持ち合わせていないんでね、と言われ断られた。ロケットは宇宙空間を漂い、ロケットの外側は絶対的な静寂に包まれていた。そこはすべての生命を拒絶し、ロケットと宇宙服が無ければ人間は完全に無力だった。

 ダイクは茶色の惑星を眺めながら、昔どこかで読んだSF小説を思い出していた。宇宙服を着て未知の惑星に降り立ち、見たこともない植物や、見たこともない生き物、はるか昔に建てられた建造物、そして少しの油断が命取りになるハラハラするようなストーリ―のことを。ダイクは幾度も惑星移動を経験してきたが、そんなものには未だお目にかかったことがなかった。あるのは快適な住居と見慣れた植物、見慣れた動物、どの惑星に行っても似たような景色が広がっていた。もちろん惑星のありのままの姿を残して生活するやつもいる。未知の生物を模したロボットを置き、鉱物も着色して、いかにもな惑星を作り上げるやつもいる。そういえばあのアトラクションプラネットは今どうなっているんだろう?惑星全体が未知の生物を模したロボットで満ち溢れ、植物だって珍奇なものが生えそろっていた。俺が子供の頃はそれは大盛況で、半年待ちだって普通にあり得た。ただ結局のところ惑星は、人類にとって住みやすいものに変わるか、商業的に利用されるかのどちらかだった。ダイクは今、その一つになろうとしている茶色の惑星に問いかけたくなった。

 なあ、お前さんはどう思うよ?他の惑星がこんな目に遭ってて。いずれあんたも他の惑星同様、今の姿からかけ離れた姿になっちまうんだぜ?それともなんだ、表面が変わるだけで大した変化はないって?よしてくれよ。人間も外見が変わっちまえば印象ってのは180度変わっちまうんだ。惑星だって同じだろう?なあ、何か答えてくれよ。

 当然惑星は何も返事をすることはなく、ただ悠然とそこに浮いていた。ダイクは茶色の惑星を眺めながら、とある事実に気付くことになった。それは、この目の前の巨大な物体は何十億年も、喋ることも何かを表現することもなく、このだだっ広い宇宙でポツンと存在し続けているということに。

 そうかい、それに比べたら俺らが数年、数十年、いや数百年ここに住もうが大したことねえってわけか。多分あんたは俺ら人類が滅んだ後も、こうして宇宙の中にただ存在し続けるんだろうな。でもあんたはそれで満足なのか?なあ?

 しかし惑星は何も答えなかった。

 ダイクは惑星をしばらく眺めながら、頭の後ろで手を組んで物思いにふけった。やがて何を馬鹿なことをしてるんだろうという考えが頭をよぎり、ダイクはため息をついた。諦めるように腕を伸ばすと、操縦艦の操作パネルをいじり、帰還スイッチを押して茶色の惑星へと戻っていった。





 建物の上からは一面海に囲まれた景色を眺めることができた。波が建物の柱にあたり、海の表面は眩しく光り輝いていた。気持ちのいい潮風が吹き、それはダイクの髪と服を揺らした。あらゆる雑念が潮風とともに洗い流されていった。もうあの茶色の景色はなく、この惑星は青い惑星として完全に生まれ変わっていた。

 ジョンはこの前、海に波が無いのはつまらないと言い惑星の近くに人工衛星を作り、その衛星はこの昼間の空に、まるでそこに忘れ去られたかのようにポツンと浮かんでいた。沖では大きな船の近くでジョンと二人の若い女性が楽しそうに泳いでいた。そう、この前二人の移住者がこの惑星にやってきたのだ。どちらもジョンやダイクと年が近かった。二人は親に家を追い出され、住むところを探しにここにやってきたそうだ。自分達もそんな彼女らを歓迎した。遠くの方ではそんな二人が住んでいる建物が見え、週末ではどちらかの建物でパーティをすることになっていた。ちなみにどちらの建物にもワープドアが設置され、自由に行き来できるようになっている。

 ダイクは水平線を眺めながら、この素晴らしい時間が永遠に続けばいいのにと思った。誰も邪魔の入らないこの場所で、自分達のやりたいことをやり、過ごしたいように過ごしていたかった。

 ジョンが船の上に移動するのが見え、ジョンはそこから海に豪快にダイブした。水しぶきが高く上がり、女性達は高い悲鳴をあげながら、そこから距離を取っていた。そして三人とも大きな声を出して笑った。やがておーい、という声が聞こえ、ダイクも参加するようにと全員が手を振った。ダイクもそれに応えるように手を振ると、振り返り奥にあるエレベーターに乗って三人の元へと向かって行った。

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