エピローグ:二つの世界の食卓

 あれから、数年の月日が流れた。

 星詠商会は、異世界と現代をつなぐ最大の貿易企業として、その地位を不動のものにしていた。異世界は、俺がもたらした技術と文化によって緩やかに、しかし確実に豊かになり、現代日本もまた、異世界からもたらされる新たな資源やエネルギーによって、新たな発展の時代を迎えようとしていた。


 俺は今、現代日本の実家のキッチンで、フライパンに卵を割り落としている。ジュウ、という心地よい音と共に、目玉焼きの香ばしい匂いが立ち上る。

 トースターからは、こんがりと焼けたパンがポップアップする。ごく普通の、日本の朝の光景だ。

「悠斗、まだー?」

 リビングから、少しだけ大人びたエレナの声がする。彼女は今、日本の大学と共同で「魔術と科学の融合」に関する研究を進めるため、長期滞在している。すっかり、俺の母親とも打ち解けていた。

「はいはい、今行くよ」

 俺は皿に目玉焼きとトーストを乗せ、リビングのテーブルへと運んだ。テーブルの上には、エレナが既に用意してくれたサラダと、グラスに注がれた深紅の液体が置かれている。

 それは、異世界のワイナリーで、日本の醸造技術を応用して作られた、最高級の『エルフベリーワイン』だ。フルーティーな香りが、部屋にふわりと漂う。

 俺は席に着くと、ワイングラスを手に取り、エレナのグラスと軽く合わせた。

 カチン、と澄んだ音が響く。

「じゃ、いただきますか」

「はい。いただきます」

 俺は異世界のワインを一口含み、そして現代日本のトーストをかじる。二つの世界の味が、口の中でごく自然に混ざり合う。

「もう異世界も、俺の第二の地元って感じだな」

 俺がぽつりと呟くと、エレナはにっこりと微笑んだ。

「私にとっても、この世界は第二の故郷ですよ、ユウト」

 その笑顔は、初めて会った頃の彼女からは想像もできないほど、柔らかく、温かい。


 異世界転移から始まった、俺の波乱万丈なセカンドライフ。

 それはいつしか、二つの世界を繋ぎ、多くの人々の日常を豊かにする、かけがえのない仕事になっていた。

 チートスキルを手に入れた俺の人生は、確かに無双だったかもしれない。

 だが、本当の宝物は、スキルそのものではなく、その力で繋がった人々との絆や、こうして誰かと囲む温かい食卓にあるのだろう。

 窓から差し込む朝日を浴びながら、俺は思う。

 俺の商売は、まだまだ始まったばかりだ。

 門の向こうにも、そしてこちらの世界にも、俺を待っている人たちがいるのだから。

 二つの日常が交差するこの場所が、今の俺の、最高の拠点だった。

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元商社マンの俺、異世界と日本を行き来できるチートをゲットしたので、のんびり貿易商でも始めます~現代の便利グッズは異世界では最強でした~ 藤宮かすみ @hujimiya_kasumi

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