明日は晴れるかな

藤宮神楽

第1話

市内にあるこじんまりした寺の中にこれほどの数の人がいるのを見たのは初めてだ。そして、ここが葬式場として使用されることを知ったのも初めてだ。敷地の奥には味のある木造建築があり、手前の広場は門から本堂までの石畳以外には砂利が敷きつめられ、左の壁沿いには少し苔むした墓石が何個か並んでいる。石畳を避けるようにして無数のパイプ椅子が砂利の上に不安定に置かれ、それらを覆うように置かれている体育祭でよく見かける白いテントに雨粒がぶつかって物悲しい音をテント内に反響させている。棺や遺影額は本堂の中に置かれ、参列者だけがこの悲しい反響音を聞いている。大抵の人は居心地悪そうにパイプ椅子に腰をかけ、この場に一切関係ない事を考えている気がした。もちろん、うつむいている人もいればハンカチで目頭を押さえている人もいる。でも、僕にとってそこはどこか自分事ではない場所だった。そして、母にとっても。


僕の目線の先にある遺影額の中で笑う男性は見たことも、会ったこともない男性。この男性の従弟であるのが僕の義理の父親である大輔さんだ。大輔さんは母の再婚相手で、僕は母の連れ子。二人が出会った経緯は何も知らないし、僕からした大輔さんは実の父が病でこの世を去ってから現れた母を愛していると主張するおじさん。その程度の感覚だった。

正直なところ自分も母もこの場に来る必要性は一切ないが、大輔さんがどうしても来させようとするので仕方なく来た。大輔さんが僕と母を連れてこさせようとする理由が分からなかった。僕から見れば大輔さんが恥をかくだけであるような気がしていた。大輔さんは六十代のおじさんで、母は高校生の息子を抱えた三十代。親戚一同が集まる場所で三十代の再婚相手を連れた六十代のおじさんは、愛に年齢は関係ないと言ったとしても『厳しい』気がした。最も親戚にどう見られるかを気にしないといけないのは大輔さんだ。


テントに落ちる雨粒の音が心地よくなってきて眠気に襲われ始めた頃、周りの人が椅子から立ち上がった事で式が終わった事を知る。案外素早く終わったなと思いながら、帰るためにテント内で寺の小さな入り口から出る順番を待ち、前後に親戚がた並んでいる気まずい空間をあくびをしながらひたすらに待つ。テントから出る人が傘を差すために少し立ち止まるちょっとした時間が蓄積して列が完全に止まっている。ただでさえ気まずいのに、雨のせいで吸い込む空気はムッと重い。

こういうムッとした気まずい雰囲気を打ち壊せるのはいつもなら煙たがられる一度話し始めたら止まらない親戚のおばさんだったりする。

「あら、大輔。今あんた何してんの?最近結婚したんだってね」おばさんの無理やり話題を引き出した口調はあまり関心が無い事を聞いている事が大輔さん以外にはよく伝わっていた。

「よく知ってるね。仕事は変わらず現場監督だよ」大輔さんは話しかけられたことが嬉しそうだった。まるで、付き合った事を言いふらしたい高校男児のようなガキっぽさを感じた。

「お連れの方は?」おばさんは大輔さんの言葉を耳に入れたような入れてないような感じで大輔さんの影に隠れる母と僕の方を見て言った。

大輔さんは少し横に避けると、母の方を指しながら長女の真由美です。そして、僕の方を指しながら長男の一輝です。と紹介した。その瞬間、大輔さんを除いた全員が困惑した。おばさんも先日結婚した六十の大輔さんに高校生の息子がいるという事がどういうことかぐらいは分かるはずだが、大輔さんが母を姉だと紹介したことにはどうしてよいのか分からなくなっていた。おばさんからすればツッコむべきか絶妙なラインだった。確かに母は若々しい方ではあるが僕の姉にしては『厳しい』ものがあった。雨音だけが聞こえる沈黙の間に僕の脳内が整った。大輔さんは母を自慢したかったんだ。自分に比べてはるかに若くてきれいな母を。そのために今日は呼ばれたんだと気が付いた。

おばさんは軽く会釈をして去っていった。親戚のおしゃべりおばさんを黙らせるというのは大したものだ。正直なところ、おばさんがどのように返答しようとも、愛想笑いで地獄の雰囲気になるのは目に見えていたので、傘を差して去り行くおばさんの背中にグッと親指を立てた。


帰りの車の中、後部座席からバックミラ―越しに見える運転をする母の顔はとても複雑だった。あの時の母は何を思ったのだろう。

父が母を姉と紹介した時、あの場にいなかったのは誰だろう。

そもそも存在しない姉か?

嫁ではなく姉と紹介された母か?

すべての発言が虚偽だった大輔さんか?

母が居なければ存在が無い僕か?


どうであれ。大輔さんが。高速でワイパーを動かさないと前が見えないほど雨が打ち付ける車の中に酒臭いいびきを轟かせるおじさんが嫌いだ。

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明日は晴れるかな 藤宮神楽 @LostDinosaur

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