第2話「花房家の忍び」

【前回までのあらすじ】

放課後の見回り中、桐人と山本は黒ずくめの男に遭遇。女子生徒を助けた桐人は、男の口元に牙のような歯を目撃する。吸血鬼の可能性を疑った桐人は、剣道部の練習後、さくらと共に水前寺館へ向かい、スニク様に報告することを決意した。

————————————————


剣道部の練習に参加した後。


スニク様との稽古のため、さくらと一緒に学校から水前寺館に向かっていた。



薄暮の空に、最初の星が瞬き始めている。


双子が後ろから足音を消して近づいてきているのに俺は気付いた。



「なあ、さくら。例の双子が後ろからついて来てるんだが」



「ああ、それはスニク様との謁見の許しが出たからです」


さくらが振り返らずに答えた。



「おそらく今後は水前寺館で一緒に稽古をする機会が増えるでしょう」



「一緒に稽古するのは楽しみだな」



俺は頷いた。



「二人は連携がいいし、変則的だからこの前も苦戦したし」



「結局まともに竹刀すら当たらなかったのに、苦戦ですって、小菊さん」


突然後ろから声がした。


「ほめ殺しってやつでしょうか、小梅さん」



(いつの間に真後ろに。つーか、気配を消すのうますぎだろ)



「今も気配を感じさせずすぐ後ろにいるんだから、大したもんだと思うぜ、二人とも」



「なんか、達人ムーブかまされてませんこと、小梅さん」


「ですわね」


小菊が頷いた。



「気配を感じさせないなんてすごい、って褒めてるように見せかけて、自分をあげていますわ、さくら様」



「桐人、この二人の家は大昔から大宮家に仕えてくれている花房家の者なのは知っていますね」



さくらが説明を始めた。



「それで、二人と私は幼馴染なんです」



さくらがくるりと振り返る。



「小梅、小菊、桐人は剣の技術は私と同レベルです」


「身体能力は異常に高いし、その実力は確かでしょう」



「実力は確かにございますが、変態さがひどくて、それを差し引くとプラマイゼロです」



(おい、普通にしゃべれるんかよ。つーか変態って言うな)



「ほんとですわ」


小梅が頷いた。



「いまもさりげなくさくら様の胸元をみてますから、プラマイゼロどころかマイナスでしかありませんわ、小菊さん」


「その通りですわね、小梅さん」



「まあ、二人とも、桐人は確かに見てきますが」


さくらが苦笑いした。



「私にとってはそれは他の男子も同じことです」



「それに私は桐人の視線からはいやらしさはあまり感じないんです」



(さくら、いい事言うなあ。そうなんだよ、俺が見てしまうのは呪いなんだよ)


(いやらしい気持ちはないんだ。誰か解呪してくれよ、ほんと)



小梅と小菊が、後ろから俺とさくらを挟むように並んだ。



「さくら様、考えが汚染されていますわ」


小梅が心配そうに言った。


「こんなに見てくる男子はいません。今だって、器用に三人の胸元を見ていますわ」



「小梅さん、わたしは胸元を男子によく見られますわ」


小菊が胸を張る。



「小菊さん、また私に喧嘩を売っているのかしら」


小梅の声が低くなった。



(また、漫才が始まったよ。なんで俺の呪いのせいで双子が喧嘩してんだよ)



     *  *  *



水前寺館の道場。



スニク様が現れるまで————


小梅と小菊は土下座をして、額を板の間につけた状態で待っていた。



スニク様が登場すると、額が床にめり込むのではないかという勢いで頭を下げている。



「其方らが、花房家の小梅と小菊か。顔を見せてみよ」



小梅が震え声で答えた。



「スニク様のお尊顔を、直接、拝見するなど、恐れ多き事」



「我らはこのままお話を拝聴いたします」



「そのままでは稽古もできまい。いいから顔を上げよ」


そのようにスニク様に言われても二人はなかなか顔を上げようとしない。



「なあ、二人ともさっきまでの気安い感じはどこにいったんだよ」


俺は呆れた。



「スニク様って言ったって、お稲荷さんが好きな可愛い女の子だぜ」



「ぐふっ」


スニク様の蹴りが俺の脛に決まった。



(ほんと見えねえ。痛え)



「桐人のように気安いのも考え物じゃが、其方らのようなのも困る」


スニク様がため息をついた。



「そうじゃな、それでは、まずは桐人と、小梅、小菊の二人で立ち合ってみよ」



「それを妾はここで見せてもらうぞ」



「は、スニク様がこの失礼な男に仕置きせよ、とおっしゃるのならば」


小梅がようやく顔を上げた。



「我らはそれに従うのみです」



「そうじゃ、それでよい」


スニク様が満足そうに頷いた。



「小梅、小菊、ちーっと桐人に痛い目をみせてやってくれ」



「桐人、二人は大宮家に古くより忍びとして仕える花房家の者じゃ」


「普通の剣士とは違うゆえ戦いにくかろう」



ようやく二人は立ち上がり、俺に対峙した。



「さくら様のみならず、スニク様にまでその態度」


小菊が怒りを込めて言った。



「スニク様のお許しもいただいたので、少しばかり痛い目をみていただきますわ」



「剣道部での動きが俺の本気と思っているのなら」


俺は竹刀を構えた。



「痛い目を見るのは二人だと思うぜ」


「まあ、女子を殴る趣味はないからなるべく寸止めしてやるよ」



「それは我らとて同じ事ですわ」


小梅が目を細めて俺を見た。



冗談めいた表情が消え、真剣な目になる。


「忍びとしての戦い方、今まで見せておりませぬ」



二人の雰囲気がすーっと変わった。


空気が張り詰める。



剣道部の時とは違い、竹刀ではなく、短い木刀を使って、連携して襲い掛かってきた。



(なんだこの動きは。剣道とは全然違う。まるで暗殺術だ)



一人が正面から、もう一人が死角から。


絶妙なタイミングで攻撃が重なる。



「なぜ、こんな変態クズ男に一太刀すら浴びせられないのかしら、小梅さん」


「くっ、いっその事、ひと思いに殺せですわ」



「それはくノ一じゃなくて、姫騎士のセリフでしょ」



俺は軽く受け流した。



「まあ、今までの稽古で二人の動きは少し見てたからね。それに常人の死角の部分も俺は異常に視野が広いから」



(あと、この身体能力なら余裕だな。少々動き出しが遅れてもスピードでゴリ押しができる)



「小梅、小菊、二人ともよい動きであった」



スニク様が手を叩いた。



「桐人は少し特別なのじゃ。秀豊とほぼ互角」


「まあ引き出しの多さでまだ秀豊が勝ってはおるがの」



「大宮のご老人と互角とは……」


双子が驚いた顔をした。



「おいおい、二人とも本人を前にご老人はやめてくれよ」



爺さんがお茶と山盛りのお稲荷さんをもってきた。


相変わらずのタイミングの良さだ。



いつものように、素早くスニク様は食べ始めている。



「申し訳ございません、お館様」



「何もそうかしこまるな。"さくらのおじいちゃん"くらいに呼んでくれればよい」



「『さくらのおじいちゃん』だって。気持ち悪い爺だな」


俺は笑った。



「老人なのは事実なんだからいいじゃねえか」



「っとあぶない。扇子を投げるなよ」



「坊主、お前はもう少し拙やスニク様に敬意を持て」



「秀豊、まあよい。これが桐人のよいところかもしれぬ」



小梅と小菊があっけにとられたようにしていた。



さくらが二人にもお茶とお稲荷さんを勧めた。



「二人とも、桐人の気安さに驚きましたか」



「いえ、桐人先輩がスニク様の胸元も見ているのに驚いてますわ」



小菊が呆れたように言った。



「ねえ小梅さん」


「はい、器用に四人の胸元を見ていて気持ち悪いですわね、小菊さん」



「桐人、其方はほんとにおなごの乳房が好きじゃの」



「自分の意思とは裏腹に視線がそちらに向いてしまうんだよ」


俺は弁明した。



(スニク様は見た目は美少女だけど、中身は何百年も生きてる神様?いや神獣だぞ)


(それでも見てしまうこの呪いヤバすぎだろ)



「そんな事よりもスニク様は目覚めて間もない的な事言ってたけど冬眠でもしてたのか?」



「まあ、そんなところじゃ」


スニク様がお稲荷さんを頬張りながら答えた。



「この前に起きておったのは、そうじゃな秀豊が其方くらいの年じゃったから」


「ちょうど五十年くらい前になるの」



「すげえな、なんか色々超越した存在なんだな」



「ようやく気づいたか」



双子とさくら、爺さんも頷いている。


俺は少し旗色の悪さを感じて話題を変えた。



「そうだ、最近高校の近くで変質者騒ぎがあって」


「男子生徒有志で見回りをしていたんだ」



「其方は、マイペースでそういう事はあまりしなさそうじゃが」


スニク様が首をかしげた。



「まあよい、それでどうした」



「昨日、女子生徒の悲鳴が聞こえて」



俺は説明を始めた。


皆の表情が真剣になる。



「一緒に見回りしてたバスケ部の山本と声がする方に行ったんだよ」



「そうしたら黒ずくめの男が女子生徒の腕を掴んでいるのが見えて」



「俺たちが大声で制止したんだ」



「黒ずくめの男はすぐに逃げていったんだけど」


俺は一呼吸置いた。



「その時にニヤッと笑った口元に牙が見えた気がするんだ」



「なんじゃと?」


スニク様はお稲荷さんを置いて真剣な表情になった。



食事を中断するなんて珍しい。


皆真剣な顔でスニク様を見守っている。


道場の空気が一変した。



「それは誠か? 確かに牙が見えたと」



「ああ、スニク様なら何か知ってるんじゃないかと思ってな」



「いま、吸血鬼の気配を探ってみたのじゃが」


スニク様の表情が険しくなった。



「妾はまだ本調子には程遠いゆえ、うまく探れぬわ」



「スニク様、俺らはどうすればいい?」



「桐人が倒した吸血鬼ほどの者になると一筋縄ではいかぬが」


スニク様が説明を始めた。



「おそらくそこまで強い吸血鬼ではあるまい」



「さくらが木刀でこの部分を突いても心臓を潰せるじゃろうて」


そう言って、スニク様はさくらの胸の真ん中あたりに拳を当てた。



(ぽよん、いやぽよよんってしましたぜ、いま。)



「痛っ」


スニク様に頭を扇子で叩かれた。



「其方はほんとにおなごの乳が好きじゃな」



「スニク様、俺は見てないですよ。痛ぇ」



「妾をごまかせると思うとは片腹痛いわ」



「とにかく」


スニク様が真面目な顔に戻った。



「この街に吸血鬼が現れたとなれば、油断はできぬ」



「皆、警戒を怠るでないぞ」



「さくら、桐人、明日からも見回りを続けよ」



「小梅と小菊も協力せよ。忍びの技が役立つやもしれぬ」



「「承知いたしました」」


双子が同時に答えた。



「桐人、其方は特に気をつけよ」


スニク様の目が鋭くなった。



「吸血鬼の狙いが何なのか、まだ分からぬ」



「もし其方らを狙っているとすれば————」


スニク様は言葉を切った。



その瞳に、一瞬だけ遠い過去の記憶が浮かんだような気がした。



まるで、かつて同じような状況で、大切な者を失った経験があるかのような————


「いや、今は考えすぎかもしれぬ」



スニク様は首を振った。



「しかし、牙を見たというのが事実なら、すでに獲物を定めている可能性もある」



「妾も久しぶりに、夜の見回りに参加してもよいかもしれぬな」



その言葉に、爺さんが驚いた表情を見せた。


「スニク様が自ら動かれるとは……それほどの事態と」



「まあ、まだそこまでではないかもしれぬがの」


スニク様は再びお稲荷さんを手に取った。



しかし、その表情には警戒の色が残っていた。


俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。



黒ずくめの男の不気味な笑顔が脳裏に浮かぶ。


あれは本当に、ただの変質者だったのか?



それとも————


(明日の見回りで、答えが出るかもしれねえな)



【次回予告】

スニク様への報告を終えた翌日、剣道部に異変が起きる。絢音が黒ずくめの男に襲われているところを桐人が発見する。助け出された絢音だったが、その様子は明らかにおかしく————。

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