第9話「平安の英雄と悲しき少女」
【前回までのあらすじ】
血脈の継承者の恐ろしい代償を知った桐人とさくら。吸血鬼を倒すほど自身も吸血鬼に近づくという残酷な宿命に、さくらは涙を流した。スニク様は美しい少女の姿に変身し、桐人の実力を確かめると告げる。圧倒的な殺気を放つスニク様との手合わせが始まろうとしていた。
————————————————
道場に移動し、俺はスニク様と竹刀を持って対峙した。
「さて、桐人、其方がどれほどの腕か、見せてもらおう」
スニク様が竹刀を片手で軽く構えた。もう片方の手には扇子を持ったままだ。
「まだ目覚めたばかりで本来の強さの三割ほどの力しかないが、十分じゃろう」
「なあ、爺さん、ちなみに爺さんと比べてどうなんだ?」
「拙など比べることもおこがましいわ」
爺さんが頭を下げた。
スニク様がすっと中段に構えただけなのに———
初めて爺さんと手合わせした時より威圧感がすごい。まったく隙を見つけることができず、俺は動けずにいた。
(これが三割の力って嘘だろ……)
「どうした、遠慮は無用ぞ」
俺は意を決して、連続で打ち込んだ。
しかし俺の竹刀は空を切るばかりだ。
周辺視野で足の動きを確認しても、どのように動いているのかわからなかった。
(見えない。完全に見えない)
「ほれ、本気を出さんか」
スニク様はあくびをしながら、片手で俺の攻撃を軽くいなしている。
(めっちゃ本気なんだよ、これでも)
こうなったら仕方ない。
最後の手段の三段突きを出した。
「ふむ、なかなか良い突きじゃな」
スニク様は褒めながら、一突き目にカウンターで小手を合わされて、俺は竹刀を落としてしまった。
「うぐっ」
手がしびれて感覚がない。
(次元が違いすぎる)
* * *
畳の部分にスニク様が座り、俺とさくらは板の間に座った。
爺さんは母屋にお茶を取りに行った。
「桐人、其方なかなかやるの」
スニク様が頷いた。
「秀豊とほぼ互角か、いや、秀豊の方がまだ少し上かの」
爺さんは、お茶と山のように盛られたいなり寿司を持って戻ってきた。
スニク様の前に置く。
スニク様は素早く両手にいなり寿司を持った。
あどけない表情で食べ始める。
(あれ? なんか可愛い)
「スニク様はテンなんだよな」
俺は首をかしげた。
「お稲荷さんが好物ってキツネじゃねえか」
言い終わるやいなや———
スニク様の身体がぶれたと思ったら、俺は蹴りをくらっていた。
「いてっ!」
「妾をキツネなぞと一緒にするでない」
スニク様が怒った顔で立っている。
「狐七化け、狸八化け、貂九化けと言われておるのを知らぬのか? キツネなぞとはレベルが違うのじゃ」
「確かにその変身には驚いたぜ」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
そう言いながら両手でいなり寿司を頬張る姿は、威厳を感じるどころか、どこか可愛らしい。
(なんだこのギャップは)
「少し身体を動かして気も紛れたであろう」
スニク様がお稲荷さんを飲み込んだ。
「先ほどの話の続きをしてやろう。ほれ、其方らも食べながらで良いぞ」
そう言って、お稲荷さんの乗った皿を前に出された。
俺は一つ頬張った。甘辛い味が口に広がる。
「さて、先ほどはどこまで話したかのう?」
「えっと」
俺は整理するように言った。
「人間に害をなす吸血鬼が血染めの爪牙で、人間の味方の吸血鬼が白夜の一族だろ」
「それで血染めの爪牙と闘うのが緋滅組」
「あとは、人間の中に吸血鬼を倒すほど強くなる者がまれに現れて、血脈の継承者っていう」
「大宮家は代々、血脈の継承者を生み出していて、俺もどういう訳か血脈の継承者ってことかな」
さくらと爺さんが頷いて、スニク様の方を見た。
「ふむ。では続きを話すぞ」
スニク様の表情が急に真剣になった。
「血脈の継承者は、強大な力を手に入れる代わりに、常に己の心の闇と戦い続けねばならなかった」
「人間としての心を失わずに、いかに緋の一族と戦うか……」
「それは、彼らにとって永遠の課題であった」
「つまり其方らの今後の課題でもあるわけじゃな」
* * *
スニク様の瞳が遠くを見つめている。
まるで悠久の時を超えて、過去の記憶を辿るように。
「過去には、多くの血脈の継承者が、その運命に翻弄され、悲劇的な最期を遂げてきた」
「悲劇的な最期というと?」
さくらは、お稲荷さんを食べる箸を止めて尋ねた。
スニク様の表情がさらに暗くなった。
道場の空気が、急に重くなったような気がした。
「かつて、まだ京が都と呼ばれておった昔」
スニク様の声が、どこか震えているように聞こえた。
「英雄と呼ばれた血脈の継承者がおった」
「彼は、多くの人々を血染めの爪牙から救い、その名は都中に轟いておった」
「しかし———」
スニク様が一呼吸置いた。
「彼は、力を求めすぎたあまり、自らも吸血鬼へと堕ちてしまった」
「彼は、かつて守ろうとした人々を襲い、恐怖と絶望を振りまく存在と成り果ててしまったんじゃ」
俺とさくらは息を呑んだ。
「そんな彼を止めたのは、突如現れた少女であった」
スニク様の声が小さくなった。その瞳に、深い悲しみが宿っているのが見えた。
「その少女は、まだ幼いながらも、類まれな才能と強い意志を持っておった」
「彼女は、かつての英雄であった吸血鬼と対峙し、激しい戦いの末に———」
スニク様の言葉が途切れた。
「彼を討ち果たしたのじゃ」
(なんか、スニク様の表情が……まるで自分のことを話しているような)
「英雄を討ち果たした少女の姿は、人々の心に深く刻まれた」
「かつての英雄が、緋の一族と化したことで、人々は血脈の継承者の宿命の残酷さを改めて思い知ったのじゃ」
スニク様が遠い目をしている。
その瞳には、言葉にできない深い悲しみが満ちていた。
* * *
「このような和歌が残されておる」
少し間を置いて、スニク様が詠んだ。
「英雄を 討ちし少女の 瞳には 悲しみの影 宿りて静か」
道場に静寂が流れた。
夕日が差し込み、スニク様の白い髪を黄金色に染めている。
「スニク様、まるで見てきたように話をするよな」
俺がその沈黙を破った。
「妾は、平安時代よりも前から生きておるからの」
スニク様がさらりと答えた。
「え、もしかしてその少女って……」
俺の言葉が途切れた。
スニク様はどこか寂しそうな笑顔を浮かべて、お稲荷さんを頬張っていた。
その表情には、長い年月を生きてきた者だけが持つ、深い悲しみが宿っているように見えた。
この瞬間、俺は理解した。
血脈の継承者として生きるということが、どれほど重い宿命なのかを。
そして、目の前にいるこの不思議な存在が、どれほど長い時を、どれほどの悲しみを背負って生きてきたのかを。
おそらく、その少女は———
* * *
「桐人、其方はまだ若い」
スニク様が静かに言った。
「じゃが、これから先、多くの選択を迫られることになるじゃろう」
「力を求めるか、人としての心を守るか」
「其方がどちらを選ぶにせよ、妾は見守っておるぞ」
その言葉には、かつて同じ選択を迫られた者への、深い理解と慈愛が込められていた。
俺は頷いた。
まだ、この宿命の重さを完全に理解できてはいない。
でも、一つだけ確かなことがある。
俺は、俺のままでいたい。
たとえどんな力を手に入れたとしても、俺は俺として、大切な人たちを守りたい。
(スニク様のように、悲しみを背負うことになったとしても)
「さて、暗い話はここまでじゃ」
スニク様が立ち上がった。
「秀豊、明日から妾が力を取り戻す稽古を桐人にも手伝わせよ。準備をしておけ」
「はっ」
爺さんが深く頭を下げた。
「それと桐人」
スニク様が俺を見た。
「其方については、まだ確かめたいことがある」
「明日以降の稽古で、改めて見せてもらうぞ」
その瞳には、何か特別な期待が込められているように見えた。
俺は頷いた。
こうして、俺の血脈の継承者としての本格的な修行が始まることになった。
まだ知らない多くの真実と、これから訪れる試練。
でも今は、目の前のことに集中しよう。
「じゃあ、俺は帰るよ」
「桐人、明日もよろしくお願いします」
さくらが丁寧に頭を下げた。
その表情には、新たな決意が宿っていた。
「おう、また明日な」
夕暮れの中、俺は水前寺館を後にした。
背後から、スニク様の視線を感じる。
千年の時を生きる者が、俺に何を期待しているのか。
それはまだ分からない。
でも、俺は前に進むしかない。
血脈の継承者として、そして一人の人間として。
夕闇の中を歩きながら、俺は明日から始まる新たな戦いを予感していた。
黒い影が、この街に忍び寄っているという不安と共に。
【次回予告】
放課後の見回り中、桐人と山本は黒ずくめの男に遭遇する。女子生徒を襲う怪しい男の口元に、桐人は一瞬牙のような歯を目撃する。翌日、水前寺館でその報告を聞いたスニク様の表情が曇る。街に吸血鬼が現れたのか。
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ここまでお読みいただいた方々に引き続き最大限の感謝を
本命のスニク様登場。毒舌双子はやはり好き。
今後、血脈の継承者の代償に桐人やさくらがどのように向き合っていくのか、お楽しみに。
感想、星、お待ちしています。
https://kakuyomu.jp/works/16818792437807521095
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これは今一と思ったら星1でも、酷評でもコメントいただけたら、今後の糧にします。
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