第7話「蔵に眠る秘密」

【前回まで】剣道部を訪れた桐人は、さくらに憧れる一年生・絢音から敵視される。彼女の嫉妬心と、剣道部内の複雑な人間関係が明らかになった。

————————————————


俺は何度目かの水前寺館での稽古に来ていた。


今日は、例の双子と他にも一番隊の隊員たちが一緒だった。



「桐人君は強いねえ、自分は結構自信があったんだけど」



声をかけてきたのは、一番隊副隊長の杵島(きじま)さんだ。三十歳くらいの男性で、人当たりの良い笑顔が印象的な人物だった。



「杵島さんこそ、フェイントとかの細かい技術がすごいです」



「そのフェイントも一度見たら対応してしまう桐人君にそうやって言われても、褒められてる気がしないよ」



杵島さんは苦笑しながら、竹刀を片付けていた。



「本気で尊敬してますよ」



俺は一人っ子だったし、従兄弟にも年上がいなかった。よき兄貴ができたようで嬉しく思っていた。



「じゃあ、その尊敬に応えられるように努力するよ。隊長の許可が出たら桐人君と一緒に吸血鬼退治に行くのが楽しみだよ」



「杵島、坊主は確かに強いがまだ高校生なんじゃ。前線に出すのはもう少しだけ待ってやろうではないか」



爺さんが口を挟んだ。



「あと、誰の目や耳があるやもしれん、吸血鬼と口に出してはならん。それと、わしのことは館長と呼ぶように」



「失礼しました、館長。桐人君と稽古をしていると、彼が高校生ということを忘れてしまいます」



「そうじゃろうな。搦め手はまだまだじゃが、真正面から闘えばわしとも勝ち負けになるレベルに達しておる」



(え、マジで? 爺さんとそこまでいけるようになってたのか)



「さて、坊主とさくらは残りなさい。他の者は解散じゃ」



『はっ』



隊員たちが一斉に返事をして、道場から出て行った。



   *  *  *



「なんだよ、爺さん」



俺は首を振った。



「さくらはここに住んでるからまだしも、俺にも残れって? さらに特訓か?」



爺さんはいつになく厳しい表情で立ち上がった。



「坊主とさくらよ、今から母屋の裏の蔵に来なさい」



そう言って歩き出してしまった。


さくらが爺さんについて歩き出したので、俺も慌てて後を追った。



廊下を何回も曲がって進む。


母屋の外に出て、渡り廊下でつながっている蔵の前に爺さんとさくらはいた。



爺さんは大きな南京錠の鍵を開けた。


蔵の重そうな観音開きの扉を音もなく開き、中に入っていく。


俺とさくらも後に続いた。



   *  *  *



蔵の中は薄暗い。


一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。



少しかび臭いが、どこか厳かな空気を感じた。古い木材の匂いと、時の重みを感じさせる独特の雰囲気が漂っている。


何十年、いや何百年もの時を経た空間特有の、静謐な重みがあった。



爺さんが壁にあるスイッチを押した。


天井から吊るされている裸電球に明かりがついた。その温かな光で部屋全体を見渡すことができた。



部屋にはたくさんの刀や槍や鎧が並んでいる。



古い巻物や、朽ちかけた木の箱も所狭しと置かれていた。


壁には古い掛け軸や、何かの家系図らしきものも掛けられている。


どれもが歴史の重みを感じさせる品々だった。



正面には畳が二畳分敷いてある。


一段高くなっていて、まるで神聖な祭壇のようだった。



そこには————


あれはなんだろう?


大きな白いイタチの剥製が鎮座していた。



(なんでイタチなんだろう。虎とか熊ならわかるけど)



その剥製は、ただの剥製とは思えないほど生き生きとした表情をしていた。


まるで今にも動き出しそうな、不思議な存在感を放っている。



爺さんは戦国時代に戦場で武将が座っていた胡床を出した。


その剥製の前に座る。



俺とさくらに前に同じ胡床を置いて、三人が向かい合うように座るよう促した。



「さくらもこの蔵に入るのは初めてじゃったな」



「はい、お爺様」



爺さんは相変わらず厳しい表情をしていた。



「坊主、杵島はどうじゃ?」



「ああ、杵島さんは、すごくよくしてくれてるよ。ちょっと歳の離れた兄貴ができたみたいだ」



「あやつは剣の腕もじゃが、人望が厚い。それで副隊長に任じておる」



俺は爺さんが、本当にしたい話は杵島さんの話じゃないと感じた。


話のとっかかりとして、杵島さんの話をしたんだろう。



「どうした、爺さん。話しにくいことか?」



「ああ……」


爺さんが重い口を開いた。



「この前、有耶無耶になっていた、坊主が強くなった件についてなんじゃが」



「お爺様、その件なら、私も気になっておりました」



「ああ、そうじゃろうな」


爺さんが頷く。



「その件については詳しい話はわしの師匠から説明してもらおうと思っておる」



「お爺様の師匠とは?」


さくらは驚いた表情で尋ねた。



その質問に爺さんは答えなかった。



(さくらも知らない爺の師匠って誰だ??)



爺さんは胡床をたたみ、俺の横に正座する。



   *  *  *



その時だった。



イタチの剥製の瞳が、突然蒼く輝いた。


生命を宿したかのような光が、薄暗い蔵の中に広がる。



剥製が突然動きはじめる。


白い毛並みが波打ち、四肢が優雅に伸びをした。まるで長い眠りから覚めたかのように。



「では、妾から説明しよう」


男性とも女性とも言えぬ不思議な声で話し始めた。



「え、イタチが喋った」



俺がそう言ったら————


どこから取り出したのか扇子で叩かれた。


ぺしっ。



「こんな美しい白い毛並みのイタチがおるか、馬鹿者! 妾はテンじゃ」



(イタチもテンも似たようなもんじゃねえか……)


「坊主、それ以上口に出したら、もっと強く叩くぞ」



テンと名乗った存在は、俺の心を読んだかのように警告した。



「はい、すみません」


俺は素直に謝った。



さくらは目を丸くして、剥製だったはずの白いテンを見つめていた。



「お爺様、これは……」



「このお方が、わしの師匠じゃ。スニク様とおっしゃる」


爺さんが恭しく頭を下げた。



(スニク様……様付けって神様かよ)



【次回予告】

テンの神様・スニク様から語られる衝撃の真実。血脈の継承者が背負う恐ろしき代償——吸血鬼を倒すたびに、自らも吸血鬼へと近づいていく運命。さくらは桐人を巻き込んだ罪悪感に涙する。そしてスニク様は美しい少女の姿へと変身し、桐人の実力を試すことに。千年を生きる存在が見抜く、桐人の煩悩の正体とは。


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