第6話「剣道部の憧れと嫉妬」
【前回までのあらすじ】御庭番の家系・花房姉妹が桐人の訓練相手に。古の予言書には「火の国より生まれ出る希望の光」の記述があり、桐人がその存在である可能性が示唆された。
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翌週、高校の教室で授業を受けながら、俺は放課後の予定を考えていた。
今日は水前寺館での稽古がないから、帰ったらゲームでもするか————
そんなことを考えていたら、授業終了のチャイムが鳴った。
俺は昼飯を買うために席を立ち、廊下に出ようとした。
扉のところで、突然声をかけられた。
「先輩、さくら先輩呼んでくれませんか?」
女子生徒だった。
先輩と言っているから一年なんだろう。髪はちょうど顎くらいまでのストレートで、赤いメッシュが入っている。顔立ちはやや勝気な雰囲気があるが、整っている。
(サイズは……ユリ以上、さくら以下だな)
俺は素早く判定を下し、教室の入り口から声をかけた。
「おーい、さくら」
さくらがこちらを見て微笑み、席を立って歩いてきた。
「先輩、さくら先輩とお話したことあるんですか?」
女子生徒の声に驚きが混じっていた。
「ああ、席が近いからな。それに、ちょっとした縁でさくらの家の水前寺館で稽古をしている」
「え! 先輩、水前寺館で稽古しているんですか?」
(なんか食いつきがいいな、この子。水前寺館ってそんなに有名なのか)
「ああ、週に何回かやってる」
その時、さくらが俺の後ろに立った。
「さくら先輩、この人が水前寺館で稽古してるって本当ですか?」
(おいおい、急に"この人"呼びかよ。ちょっと失礼な子だな)
「絢音、どうしました、突然。桐人はお爺様のお気に入りです。週に二回、水前寺館で稽古をしています」
絢音と呼ばれた一年は、ぶつぶつと小声で呟いた。
「桐人? さくら先輩がこの人のことを桐人って呼んでる……」
そう言ったかと思うと、すーっと目を細めた。瞳の奥に、明らかな敵意が宿った。
「桐人先輩、さくら先輩のお爺様のお気に入りだなんて、きっとお強いんですね。剣道部の稽古にも一度顔を出してください」
(なんか表情がコロコロ変わるな、この子。さっきまでの敵意はどこ行った?)
その表情を気に留める様子もなく、さくらは言った。
「それは良いですね。桐人、一度剣道部に顔を出してみてはどうですか?」
「まあ、考えとくよ。何も予定がない日なら行くかもな」
「桐人、今日の放課後は予定はないはずです。『機を見るに敏なるは、智将の要なり』と諸葛亮も言っていました」
「俺、三国志好きだけど、孔明がそんなこと言ってたか?」
「ふふふ、どうでしたかね」
俺とさくらがいつもの気安い会話をしていると、絢音は少し不機嫌そうに髪をいじりながらさくらを見ていた。
赤いメッシュの部分を指でくるくると巻きながら、その目は明らかに俺を値踏みしていた。
(なんか機嫌悪くなってない? つーか、さっきから視線が痛えんだけど)
「君はさくらに何か用事があったんだよな? 俺は昼飯を買いに行くから、じゃあ」
「桐人、剣道部には例の双子もいますよ」
俺が売店に向かうと、後ろからさくらがそう言ったのが聞こえた。
* * *
放課後、さくらに腕を取られそうになった。
「桐人、今日はこの後、剣道部の稽古に行くのですよね?」
俺は慌てて身を引いた。
「ああ、ちゃんと行くから。大丈夫だから」
(さくらに腕を組まれたら、いろいろと気まずいじゃねえか)
俺は大人しく男子更衣室に行って体操着に着替え、道場に向かった。
道場に入ると、いきなり前に双子が現れた。
「変態クズ男がいますよ、小菊さん」
「変態クズ男がいますね、小梅さん」
「なあ、この前は"クズ男"だったのに、今日は"変態"までついてるのはなんでなんだ?」
「今日は変態クズ男を返り討ちにしてやりましょう、小梅さん」
「ぼっこぼこにしてやりましょう、小菊さん」
「なあ、返り討ちってのは、この前俺がやられてたならわかるけど、日本語間違ってないか?」
俺の真っ当な言い分に言い返せなかったのか、双子はお互いに顔を見合わせた。
そして、俺に変顔をして去って行った。
(この双子、論理で負けると変顔で逃げるのか)
それと入れ替わるように絢音がやってきた。
「桐人先輩、花房の双子も知り合いってことは、本当に水前寺館に稽古に行っているんですね」
絢音は憎々しげな様子で俺のことを値踏みするように、頭から足まで何度か目線を往復させた。
(なんか敵意むき出しだな。何か悪いことしたっけ?)
「桐人、来ましたね。あなたには防具は必要ありませんよね。皆に稽古をつけてあげてください」
さくらの声が道場に響いた。
「さくら先輩! 早速わたしが桐人先輩に稽古をつけてもらってもいいですか?」
絢音は、さっき俺に話しかけてきた時よりもずいぶんと高いトーンでさくらにアピールした。
「桐人が来たのも、今日の昼に絢音が声をかけたのが一因です。遠慮なく稽古をつけてもらうといいでしょう」
「じゃあ、桐人先輩、よろしくお願いしまーす」
さくらがその場を去ると、絢音は小声で呟いた。
「先輩が、水前寺館で稽古するにふさわしいか、見せていただきます。私は一度も呼ばれたことないのに……」
そう言って、すっと間合いを取った。
竹刀を構える姿勢は、明らかに本気だった。
(ああ、そういうことか。さくらに憧れてるのに、俺が特別扱いされてるのが気に食わないのね)
* * *
稽古が始まった。
絢音の剣道の腕前は、さくらや双子には大きく劣っていた。
俺の身体に竹刀を触れさせることはもちろんできなかった。
(修学旅行前なら、もう少し苦戦したかもしれないけどな)
俺は軽々と絢音の打ち込みをかわし、時折反撃を加える。
ただ、周りの他の部員と比べると動きは良く、さくらと双子が頭抜けているということがわかった。
「はあ、はあ……」
絢音は肩で息をしながら、悔しそうに俺を見上げた。
「もう一本、お願いします!」
(負けず嫌いなところは悪くないけどな)
稽古後、掃除を手伝っていると、スーッと絢音が近寄ってきた。
小声で言った。
「桐人先輩が水前寺館に呼ばれる腕だというのは、悔しいけど認めます」
一呼吸おいて、続けた。
「でも噂通り、胸元にすごい視線を感じるし、もし、さくら先輩目当てで通ってるなら許しません」
そう言い残して、絢音は離れていった。
(噂って何の噂だよ。そして最後の警告はなんなんだ、この子は)
俺は内心でため息をつきながら、道場の掃除を続けた。
どうやら剣道部にも、面倒な人間関係があるらしい。
帰り支度をしていると、さくらが近づいてきた。
「桐人、絢音はどうでしたか?」
「ああ、なかなか筋は良いと思うぜ。ただ……」
「ただ?」
「なんか俺のこと敵視してるみたいだけど、何か心当たりある?」
さくらは少し困ったような表情を浮かべた。
「絢音は……私に憧れてくれているようなのです。それで、桐人が特別扱いされているのが気に入らないのでしょう」
(やっぱりか)
「まあ、そのうち慣れるだろ」
俺がそう言って道場を出ようとすると、窓の外に一瞬、赤いメッシュが見えた気がした。
振り返っても誰もいない。
(まさか、絢音がまだ……?)
嫌な予感を抱きながら、俺は道場を後にした。
剣道部には、思った以上に複雑な感情が渦巻いているようだった。
【次回予告】
水前寺館での稽古で、桐人は一番隊副隊長・杵島と手合わせをする。そして爺さんに連れられ、母屋の奥にある蔵へと足を踏み入れた二人。薄暗い蔵の中で待っていたのは————
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