第4話「明かされる秘密」

【前回のあらすじ】

さくらの追及を受け、観念した桐人は水前寺館へ。爺さんなら何か知っているかもしれないという期待を胸に、二人は道場へと向かった。

————————————————


水前寺館の道場で、俺は爺さんと向き合っていた。



「爺さん、今日は聞きたい事が山のようにある。じっくり話を聞かせてもらうからな」



「ああ、そのつもりで呼んだんじゃ」



爺さんは竹刀を構えた。


「じゃが、さくらが着替えるまでの間、時間が勿体ない。稽古をするぞ」



(なんでいきなりこの人外爺と稽古せにゃならんのだ)



しかし、竹刀を交えた瞬間、バスケで感じていた違和感が確信に変わる。



前回はぼこぼこにされたのに、今回は————


(え? 俺、爺さんと互角にやり合ってる?)



既に五分以上、俺は爺さんの攻撃を捌き、反撃を繰り出していた。


竹刀を振るたびに、体の奥底から湧き上がる力を感じる。


それは以前の俺には確実になかった感覚だった。



「爺さん、数日会わない間に急に老けたか? それとも手を抜いてるのか?」



「違うわい」


爺さんは竹刀を下ろした。



「よし、ちょうどさくらも来たし、ちょっと休憩じゃ」



     *  *  *



俺と爺さんは座り込み、さくらが持ってきてくれた麦茶で喉を潤した。


冷たい麦茶が火照った体に染み渡る。



「さくら、今の坊主、どう見た?」



「前回とは別人のようです」



さくらの瞳が俺を見据える。


「桐人、実は前回手を抜いていたのですか?」



「そんな訳ねえよ。手を抜いてなんであんな風にぼこぼこにされなきゃならんのだ」



「まあ、そうでしょうね」


さくらはそう言いながらも、納得いかない様子で首を傾げた。



「しかし、私が着替えている間ずっと稽古をしていたのでしょう? 五分以上稽古していたはずなのに、あなたの息が全く乱れていないのはどういう訳ですか?」



(確かに、普通なら息が上がってるはずなのに)



「実は修学旅行から帰ってから疲れにくくなったんだよな。東京の水が俺に合ったとか?」



俺は適当にごまかした。



ふと爺さんを見ると、目を閉じて深く思索に沈んでいる様子だった。



眉間の皺が普段よりも深く刻まれている。



「爺さん、どうした? 若さがまぶしいか?」



「まさか坊主が……」


そう呟いて、また目を閉じた。



「爺さん、どうしたんだよ」



爺さんは目を開くと、


「さくら、道場の入口に鍵をかけてきなさい」



さくらを制して、俺が立ち上がった。


重い木の扉に鍵をかけ、爺さんたちの元に戻る。



「これから話す事、他言は無用ぞ」



俺とさくらが頷いたが、爺さんはまだ話をするのを躊躇しているような空気を漂わせていた。



「爺さん、すでに九条さんから吸血鬼の事は聞いてるんだ。何を躊躇してる?」



「そうじゃな。少々慎重になりすぎたわい」



     *  *  *



「人間に害をなす吸血鬼を"血染めの爪牙"って言って、人間との共存を目指しているのが"白夜の一族"なんだろ?」



「その通りじゃ」



「そして、俺は六本木で吸血鬼に襲われた」


俺は続ける。



「でも、あんな吸血鬼がごろごろいて、世の中に吸血鬼の存在が広まってないって不思議だよな」



「坊主の疑問は最もじゃ。実際、この熊本にも血染めの爪牙の一派は時々出現しておるぞ」



さくらは軽く息を飲んだ。


「そうでしたか……」



「なあ、爺さん。今回、六本木では俺がたまたまうまく退治できたけど、熊本に出現した時はどうなってるんだよ?」



「坊主の心配ももっともじゃな。じゃが、心配無用じゃ」


爺さんが不敵な笑みを浮かべた。



(ああ、そういう事か)



「爺さんの人外の強さなら、吸血鬼を倒せるだろうな」



「坊主、察しがいいのう」



爺さんは俺たちを見回した。



「さくら、いい機会じゃ。我が大宮家の真の役割を伝えよう」



さくらが背筋を伸ばした。



「剣術指南役とは表向きの役柄。この九州地区に出現した血染めの爪牙を退治する————

それが真の大宮家の役割なのじゃ」



さくらは大きく目を見開いた。



「お爺様、そのようにいきなり言われても、にわかには信じがたいです」



「さくら、この水前寺館に稽古に来ておる者達は、単に剣道を習うために代々来ておると思うのか?」



爺さんの声が重くなる。


「江戸時代までならまだしも、現代でもじゃぞ」



「お爺様、ということは……」


さくらの声が震えた。



「代々、この水前寺館にて剣の修行をしている者達、例えば花房家などもですか?」



「その通りじゃ。あの者どもは、代々、血染めの爪牙達に対抗する組織、緋滅組の一員なのじゃ」



「ひめつ組?」


俺が聞き返す。



「古の頃は吸血鬼の事を緋(あけ)の一族と呼んだのじゃ」


爺さんが説明する。



「その緋の一族を滅する組と書いて、緋滅組じゃ」



「なるほどな。爺さん、という事はこの水前寺館というのもあくまで表向きの名前という事だな」



「その通り」


爺さんの表情が引き締まった。



「ここ水前寺館は緋滅組一番隊詰所。そしてわしが一番隊隊長、大宮秀豊(しゅうほう)という事じゃ」



(爺さんが隊長か……納得だな)



「お爺様」



さくらの雰囲気が変わった。


戸惑いから、覚悟を決めたような表情へ。



「大宮家の真の役割は、吸血鬼の中でも人間にとって害をなす者共、すなわち、血染めの爪牙を退治するということなんですね」



「さくら、その通りじゃ。付け加えれば、一番隊隊長を代々担っておる」



さくらは何かを覚悟したかのように、口をぎゅっと閉じた。



「なあ爺さん、一番隊があるって事は二番隊とかもあるって事かよ」



「ああ、もちろんじゃ」



「ちなみに東京は何番隊なんだよ。文句言ってやる」



俺は思い出す。


「俺はあやうく血を吸われるところだったぞ」



「東京は五番隊じゃな。東京は今ちょっとごたごたしておってのう」


爺さんが申し訳なさそうに言う。


「すまんかったな、坊主」



     *  *  *



「話が長ごうなった。少し喉を潤そう」



爺さんが母屋からお茶を持ってきて、お茶を飲み始めると————



ドンドンドン!


道場の門を叩く音が聞こえた。



(誰だ? この重要な話の最中に)



爺さんとさくらも顔を見合わせる。



緋滅組の話を聞いたばかりの俺たちには、その訪問者が味方なのか敵なのか、判断がつかなかった。


【次回予告】

重要な話の最中に現れた訪問者は、御庭番の家系・花房家の双子だった。毒舌ながらも確かな実力を持つ小梅と小菊との稽古で、桐人の成長がさらに明確になる。そして深夜、大宮家の蔵で秀豊が手にする古の予言書。五つの災厄と火の国より生まれる希望の光——その予言が示すものとは。


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