第4話「神技と誘惑」

【前回までのあらすじ】

視線の圧について教えてもらった桐人は、木下に誘われてサッカーの練習に参加することに。さくらも見学についてきた。果たして桐人の隠れた能力が明らかになる。。

————————————————————


俺とさくらが連れ立って校庭に降りていくと—————


木下が一度練習を止めて、こちらに小走りで近づいてきた。



「あの子めっちゃ可愛いな」


「しかも胸がすげえ」


後ろに控えるサッカー部員たちからざわめきと不躾な言葉が聞こえる。



しかしさくらは慣れているのか、どこ吹く風で穏やかに微笑んでいる。


(さすがだな、動じない)



木下が俺の隣に立ち、俺の肩に手を置いた。


「みんな、知っている奴もいると思うけど」



木下が大きな声で言った。


「こいつは俺のクラスメイトの桐人」


「カメラアイと、それを自分の身体で再現できる運動神経を持っているという化け物だ」


(おい、大げさすぎるだろ)



「ただし、根性と体力と筋力はない」


「恵まれた才能を燻らせている残念な奴だ」


(褒めてたと思ったら思いっきりディスってるじゃねえか)



「木下先輩、なんすかそれ」


1年の誰かが茶々を入れた。



「聞いただけじゃわからんか。まあ練習を一緒にやってみればわかる」



1年の集団から前髪がアシンメトリーな長さの奴が一歩前に出た。


「そんな奴が練習混ざってなんか役に立つんすか?」



(おい君、自分で前髪切ったのか? 前髪が斜め45度に傾いてるぞ)


しかも前髪の隙間からでも、チラチラとさくらの胸と顔を見ているのがわかる。


(痛い奴だな。そんな風に見てたら、側から見れば胸を見てること丸わかりだぞ)


(俺みたいに周辺視野で捉えないと)


     *  *  *


「まあ一度一緒にプレイしてみろ」


木下がニヤリと笑った。


「そいつがどんな化け物なのか分かるはずだぜ」



木下は俺にボールを蹴ってよこした。


俺はそのボールをトラップして、リフティングを開始した。


右足、左足、太もも、頭————


ボールが身体の一部のように自在に動く。



「ちょうどいい、お前、桐人のドリブルを止めてみろ」


先ほどの前髪斜め君に木下が言った。



「先輩、リフティングは確かに上手いけど」


前髪斜め君が鼻で笑う。


「その程度はここにいるみんなできるぜ」


と言い終わるのを待たず、ショルダーチャージを仕掛けてきた。



(甘いな、動きが見え見えだ)


俺はそれをひょいと躱す。


彼の重心が右に傾いた瞬間を見逃さず、左へスルー。


その後もドリブルで何回も抜いてやった。



最後に—————


俺は前髪斜め君の前でボールを止めた。


軽く右足のアウトサイドでボールを右に押し出す。



彼が釣られて右に体重を移した瞬間————


今度は右足のインサイドで左に大きくボールを振る。


完全に逆を突かれた彼は、派手に転倒してしまった。



「うおおおお! エラシコだ!」


木下の興奮した声が響く。



「どうだ。すげーだろ」


木下が師匠面をして後ろで解説している。


(まあ確かに動画見せてもらったけどな)



3分ほど動いたところで、息が上がった。


「はあ、はあ......もう無理」



俺はその場にへたり込む。


(やっぱ体力ねえな、俺)


     *  *  *


俺はグランドの脇で見ていたさくらの所に戻ろうと探すと————


校庭の大きな欅の樹の下に移動して、俺たちを見ていた。



その瞳は真剣そのもの。


まるで道場で相手を見定める時のような鋭さを帯びている。



俺と目が合うと————


風になびいた黒髪を手でかきあげ、きゅっと口角を上げて微笑んだ。



(なんか、すげえ観察されてた気がする)


(猛禽類に狙われた小鳥のような気分だ)



「桐人、やはり私が見込んだ通りです」


さくらが近づいてきた。



「あの動体視力と身体能力......素晴らしい」


「しかし、わずか数分でそんなに息が上がってはせっかくの才能が台無しです」



「さっき、木下が言ってたみたいに、俺はしんどいのは苦手なんだよ」


俺は苦笑いを浮かべた。



「小学校の時のマラソン大会もさぼって、担任の杉っちょにめっちゃ怒られたからな」



「しかし、それほどの運動神経、もったいない」


さくらの目が光る。



「今度うちの道場に来ませんか」


「剣道五段の祖父に稽古つけてもらったら、すぐに有段者になれそうです」



「俺、痛いのも苦手なんだよなあ」


「防具つけてても竹刀が当たったら痛いだろ」


「痛くないと言ったら嘘になりますね」



少し沈黙が流れた。



さくらは俺のすぐ横に近づいて来て小声で————


「練習中は面をつけるから視線は外からはばれませんよ」



そう言って、さくらはいたずらっぽく笑った。


(笑っただけで揺れる、だと)



面をつけていれば、この揺れをじっと見ていても————


圧で察知できるさくら本人はともかく、周りからはばれない。



俺の心の中の天秤が道場に行ってみる方に大きく傾いた。


(というか巨大な質量に引き寄せられた)



(いや、待てよ)


防具をつけたら胴もつけるから胸は見れないじゃねえか。



(危ない、危ない、謀られそうになったわ)



「どうしました、桐人」


さくらが首を傾げた。


「私は初心者の桐人相手なら防具はつけませんよ」



ぎょっとして、さくらの顔を見ると————


「図星でしたか」


大笑いしていた。



「桐人は本当にわかりやすいですね」


「ユリから聞いていた通りです」



(ユリの奴、余計なこと吹き込んでやがるな)



「まあ、冗談はさておき」


さくらが真面目な表情に戻る。



「本当に一度来てみませんか?」


「桐人の能力でしたら、きっと剣道でも活かせるはずです」



(うーん、どうしたもんか)



そんな俺の葛藤を他所に————


「桐人ー! もう一本行くぞー!」


木下が呼んでいる。



「はいはい、わかったよ」


俺は重い腰を上げた。


(でも、道場か......ちょっと興味は......ないな)



【次回予告】

さくらの道場への誘いを断り切れなかった桐人。しかし、さくらは桐人の弱点を知り尽くしており、ある「卑怯な」勝負を仕掛けてくる。果たして桐人は誘惑に勝てるのか?次回「揺れる勝負」

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