第3話「視線の圧と日直当番」

【前回までのあらすじ】

授業中もさくらの「質量兵器」に翻弄される桐人。万有引力の法則に例えるほどの苦悩の中、さくらは桐人の動体視力と広い視野を剣道に活かすべきだと提案。一方、ユリは相変わらず桐人をからかい続けていた。

——————————————————


今日は日直当番だ。


放課後に黒板をきれいに消し、黒板消しをクリーナーにかけておかなければいけない。



高2になっても、クラスのほとんどの女子に蛇蝎の如く嫌われている俺は------


一人で黙々とクリーナーをかけていた。



もう一人の日直?


(その女は「俺のような変態と二人きりになんて絶対なりたくない」と言って帰っていった)



次回の日直の時はあいつが一人でやってくれるんだろうな。


(まあ、慣れてるけどな)


俺は一人愚痴をこぼしていた。


     *  *  *


ガラリと扉を開ける音が後ろから聞こえた。


振り返ると、さくらが教室に入ってきた。


(え? なんで戻ってきた?)



さくらが歩くと、教室内の空気が凛としたものになる。


俺の周りを舞うチョークの粉がスローモーションで------


キラキラと太陽の光を反射しながら舞うように感じる。



すっと伸びた背筋。


隙のない足の運び。


ゆっくりと揺れる長い黒髪。



それらが相まって、時の流れが変わったかのような錯覚を見る者に強いるのかもしれない。



(それとも------)


ユリから聞いた話を思い出す。


江戸時代は藩の剣術指南役だったという旧家の歴史。


家にはでかい道場があって、ユリは何度か稽古に行ったことがあるらしい。



(さすが全国優勝者、存在感が違うな)



「桐人、一人ですか? 手伝いましょう」


そんなことを考えていると、さくらはすぐ近くまで来ていた。



「さくら......いいのか? 助かる」


「私は構いません。桐人がやりにくいなら遠慮しますが?」



「いや、大歓迎だよ」


(女子が俺に近づいてくるなんて、ユリ以外じゃ初めてだ)


     *  *  *


そう答えると、さくらは俺から黒板消しを受け取った。


後ろの黒板を消しに向かう。



黒板を消す動作のたび------


長い黒髪がふわりと揺れる。


胸元も上下動を繰り返す。



(やばい、周辺視野が勝手に......)


俺の広い周辺視野はそれを捉えてしまう。


思わず視線が釘付けになってしまいそうだ。



俺はひとまず、前の黒板に残っている黒板消しをクリーナーにかける事に集中した。


クリーナーをかけ終わりふと振り返ると------



さくらが後ろの黒板を消し終わって黒板消しを持ってくるところだった。


ただ歩いているだけなのに、揺れる。揺れる。


(さくらのサイズだと揺れが大きい)



揺れが大きいと視線を引き付ける力が増強されてしまう。


(揺れの強さによって引力が強くなる現象って何だっけ? ドップラー効果か?)


(いや、ドップラー効果は音の話だろ......俺は何を考えてんだ)



その強力な引力は、俺の強固な意志をもってしても止めることは難しい。


(そうだ、何か適当な話題を振ろう)



「ところで、修学旅行の班、もう決まった?」


黒板消しを俺に手渡したさくらは、窓際へ移動した。


窓の縁に軽く背中を預けてこちらを見る。



「ええ、ユリと一緒です」


「ほら、そちらの黒板消しもクリーナーにかけてください」



「私は見られ慣れているので気にしませんが、またユリにからかわれますよ」


「桐人は誰と一緒なのですか?」


(やはり気づかれている。なぜ直接見ていないのに気づかれるんだ??)


     *  *  *


「いや、さくらの胸を見ていた訳じゃねえよ」


俺は慌てて弁解した。



「ただ、ドップラー効果について考えていただけだ」


「ふむ、救急車のサイレンの音の高さが変わる、というあれのことですね......」


さくらが少し首を傾げる。



「そうですか。それで修学旅行は誰が一緒の班なのですか?」


(話題を変えてくれた。優しいな)



「バスケ部の山本と、ほら、いま校庭で練習しているサッカー部の中で一際元気な木下だよ」


俺は窓の外を指差した。



「なんの因果で学年で1、2のモテ男と同じかな。まあ中学からの腐れ縁って奴だな」


俺は校庭で練習をしているサッカー部を見ようと、さくらの隣に移動した。



窓から騒がしい声が聞こえてくる方に視線を向け、木下を探し始めると------


「おーい、桐人! それにさくらちゃん! 日直か?」



木下が目ざとく窓際にいる俺たちに気づいた。


「終わったら桐人ちょっと混ざれよ!」



走りながら大声で呼びかけてくる。


(器用な奴だな)



俺は軽く手を振り返しておいた。


「あの茶髪ロン毛の騒がしいいけ好かないイケメンが木下だ」



「木下なら知っていますよ、同じクラスですから」


さくらが微笑む。



「木下が『桐人のドリブルは神』って言ってました」


「俺は、目だけはめっちゃ鍛えたからな」


「それに見たままに身体も動かせるんだよな」



「ただ、小5の時から目のトレーニングに全振りしてたから、身体は虚弱だ」


俺が自嘲気味に少し笑うと------



「身体は今から鍛えればまだまだ体力も筋力もつくと思いますが」


さくらが真剣な表情で言った。


「私は桐人には見どころがあると思っています」


     *  *  *


「社交辞令でも嬉しいよ」


(でも気になることがある)



「ところで、俺はユリ以外の女子とほとんど話したことないから、聞いてみていいか?」


「なんですか? 話してみてください」



「ああ、ずっと疑問だったんだけど」


俺は意を決して聞いた。



「俺は胸に視線を向けていないはずなんだけど、どうして見てるって女子に思われてるんだ?」


「さくらは、その......そういう視線に敏感だろ?」


「ああ、そうですね」



さくらが少し考えるような仕草をした。



「どういえば伝わるでしょうか」


「桐人も視線を感じて振り返ったりとか、そういう経験ならありますよね」



「ああ、あるな」


「そういう時は視線というより、なんとなく圧みたいなものを感じていませんか?」


「ああ、そうかも」


(圧)



「女子は、胸とか、短いスカートを穿いている時に太ももとかに------」


「なんとなく視線の圧を感じるものなのです」



「桐人の場合は、確かに顔を見れば視線は別な方を向いているのですが」


「その圧が異常に強いのです」



(もしかして、それも呪いなのか?)


「私は、このサイズですから、散々視線を送られています」



「慣れている私からしても、桐人からの圧は別格で強いのです」


「俺は直接視線を送らないようにすげえ気をつけているんだけど、無駄だったって事かよ」



(くそ、呪いめ......)


     *  *  *


「いえ、圧を感じて実際にそこに視線を送られていたら、もっと嫌な気分になりますから」


さくらが優しく言った。


「視線は向けない方がよいでしょうね」



「しかし、普通は視線を感じた方を向くと、その圧が弱まります」


「ですが、桐人の場合、その圧が変わらないのに視線は向いていないから------」


「じっと横目で見られているような気分になるのでしょうね」



(横目でじっと見てたら変態じゃねえか)


(でも直接向けるよりは、ましって事でいいんだよな)



「何を考えていますか」


さくらが少し首を傾げた。



「ちなみに顔自体は山本や木下よりも、桐人の方がイケメンだと私は思いますよ」



「は? それこそ社交辞令だろ」


俺は苦笑した。



「俺みたいな視線の変態がイケメンなわけねえよ」


そう言いながら、窓の外を見る。



黒髪ロングの先端が窓枠にさらさらと触れ、黒髪がキラキラと太陽の光を反射した。


(剣道やってる人って、髪も綺麗に手入れしてるんだな)




「ちなみに、今は圧が弱まりました」


「え? マジで?」



(髪を見てたからか?)



なんとなく恥ずかしく思い------


俺はグランドからの砂埃を払い、咳払いをした。



すると、窓のすぐ下から------


「おーい、桐人! 日直もう終わったのか? ちょっと混ざれよ!」



声の主は木下。


どうやら練習がひと段落したらしい。



一緒に大声を上げているのは一年生達だ。


さくらがちらりと俺の方を見る。



「桐人は呼ばれているようですね」


「私も少し見学していきましょうか、神のドリブルを」


「からかうなよ。まあちょっとだけだぞ」



(なんで今日に限って、こんな展開になるんだ)



「それに、俺は体力ないから5分で死ぬぞ」


「では、5分間の神技を拝見させていただきます」


さくらが楽しそうに言った。



(この人、意外とノリがいいな)



【次回予告】

サッカー部の練習に参加した桐人は、呪いで身につけた動体視力と身体能力で「神技」を披露する。それを見たさくらは、ますます桐人を道場へ誘うが......。果たして桐人の選択は?次回「神技と誘惑」

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