第1章「視線を制御する方法」
「視線を制御する方法」
【前回までのあらすじ】
球磨瑠璃光院(くまるりこういん)で謎の光に胸を貫かれた桐人(きりひと)。それ以来、女性の胸に視線が引き寄せられる「呪い」に苦しむようになった。ユリにも症状を見破られ、「エッチ」「最低」と罵られる。この呪いが自分の人生をどう変えてしまうのか、まだ知る由もなかった。
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中学に入学して一ヶ月が経った頃。
俺は恥をしのんで、小学校時代の担任だった杉っちょに相談した。
杉っちょは20代後半の体育会系の男教師だ。
いつも青のジャージを着ているくせに、なぜか体育の授業の時は別のジャージに着替えるという変わった人だった。
「なんだ、桐人はおっぱい星人になったのか!」
杉っちょが大声で笑った。
(声でかいって! 廊下に聞こえるだろうが!)
「まあ思春期の男子なんて、だいたいお前と似たようなもんだ」
「杉っちょ、おっぱい星人っておっぱいが好きな奴のことだよな?」
俺は真剣に聞いた。
「俺は別におっぱいが好きとかじゃねえんだ。見たくて見てるわけじゃない」
「でも、桐人は知らず知らずのうちにおっぱいを見てしまうんだろ?」
「そうなんだよ。勝手に視線が吸い寄せられるんだ」
(これ、絶対普通じゃねえよな……)
「そうだなあ、桐人」
杉っちょが急に真面目な顔になった。
「最初は好きって意識はしていないけど、いつの間にか視線が追ってしまう」
「それって恋の始まりの定番じゃないか」
何がおかしいのか、杉っちょは笑いながら俺の肩を何度も叩いた。
「いや、違うだろ。俺のは異常だって」
「心配症だなあ、桐人は」
杉っちょが呆れたように言う。
「そんな風に自分だけは特別って思ってしまうのも思春期の特徴だ」
そして声を潜めて————
「ここだけの話だぞ。何を隠そう先生もおっぱい星人なんだ!」
(は?)
豪快に笑い飛ばす杉っちょの脳天気さは、ある意味救いでもあった。
でも何の解決にもならなかった。知りたくもない杉っちょの秘密を知っただけに終わった。
* * *
クラスで孤立していた俺は、休み時間は図書室にいることが多かった。
小学校からずっと、友達なんていなかった俺の唯一の居場所。
(そうだ、この呪いを解くヒントになるような本はないか?)
図書室であらゆる本を片っ端から調べ始めた。
「本が好きなのね」
図書室のお姉さんが微笑んだ。
「えっ、あ、はい」
(やばい、また視線が……)
そんな時も俺の目は勝手にお姉さんの胸に向かってしまう。
経験から、0.5秒以上見ると相手に気づかれると学んでいた。
慌てて視線を本に戻す。
でも遅い。
お姉さんの表情が一瞬曇った。
(くそっ、また嫌われた)
やはり、思春期の男子の普通を通り越している。
これは間違いなく呪いだ。
あらゆる呪いの解呪について調べた。
神社の御祓い、お寺の護摩焚き、民間伝承の呪い返し————
でも、有力な手がかりはほとんど見当たらなかった。
(まあ、あの面も結局ただの土産物だったしな)
* * *
手がかりがなく途方に暮れていたある日。
ふと気晴らしに手に取った本に、スパイ養成学校の訓練の話が載っていた。
その中に、潜入先で情報を素早く持ち出すための能力————
"カメラアイ"を身につけるというくだりがあった。
(これだ!)
カメラアイとは、一度見たものをまるでカメラで撮影したように記憶にとどめることができる能力。
優れた者は一度見た映像を写真のように脳内へ焼き付けるという。
俺はこれこそ"呪いを最小限に制御する方法"だと確信した。
即座に自分なりの訓練を始めた。
人生がかかった俺は必死だった。
中学1年の春から夏にかけて————
祖父母の家で一人夕食を取った後、毎晩訓練を続けた。
外を歩く時も、教室でも、電車の中でも————
対象を0.1秒だけ見てはすぐ視線を外す。
頭の中でそれを再生する練習を繰り返した。
最初は全然うまくいかなかった。
ぼんやりとしたシルエットしか思い出せない。
でも、諦めなかった。
1日100回、200回と練習を重ねる。
(見える、見えるぞ!)
1ヶ月後————
俺は看板の文字を一瞬見ただけで、全て暗唱できるようになっていた。
その過程で、俺は副産物的に人並外れた動体視力も身につけることになった。
飛んでくるボールの縫い目まで見える。
走る車のナンバーも一瞬で記憶できる。
厳しい訓練の結果————
俺は一瞬でもチラ見すれば、目を閉じても完璧に思い出すことができるようになった。
(これで通報されることはない。チラ見した後でじっくり思い出せばいいんだから)
* * *
ところが、人生はそんなに甘くない。
この呪いは、そんなことで祓えるような生易しいものではなかった。
確かに俺は一瞬でも見れば頭の中に映像を焼き付けることができる。
しかし————
胸は"揺れる"。
歩くたびに、走るたびに、笑うたびに。
その揺れが俺の視線を再び引き付けるのだ。
(くそっ、動くものに反応してしまう!)
まるで猫が動くものを追うように、俺の視線は揺れを追ってしまう。
揺れるほどの胸の持ち主は、より視線に敏感なのだろうか。
つい視線が追ってしまうと、まるで毛虫でも見るような目で俺のことを見てくる。
「うわ、また見てる」
「キモい」
「最低」
小声でささやかれる言葉が、針のように俺の心を刺す。
このままではせっかく身につけたカメラアイも宝の持ち腐れだ。
またしても俺は必死に調べた。
医学書で視覚について調べると————
人間の視覚には中心視野と周辺視野というものがあることが分かった。
細かいものは中心視野で見て、周辺視野は大まかなものを見ているらしい。
(周辺視野なら視線が向いていないところも見える!)
しかし、周辺視野は解像度が低い。
ぼんやりとしか見えないのだ。
(だが人間、鍛えれば何とかなるはずだろ)
俺は周辺視野を鍛える訓練を始めた。
中学1年の秋から冬にかけて————
視線を正面に向けながら、横のものを認識する。
最初は色がわかる程度。
次第に形が見えるようになる。
得た情報を脳内で高解像度化する訓練も並行して行った。
3ヶ月の地獄のような訓練の末————
俺は視線を向けずとも、揺れを捉えることができるようになった。
(やった! これで完璧だ!)
* * *
こうして"正面を見ていながら横で揺れるものを捉える"という————
一般人からすれば意味不明な特殊能力を身に着けた。
中学2年に進級する頃には、かなり制御できるようになっていた。
でも、周囲からキモがられるのは変わらなかった。
(なんでだよ……)
大抵の男子は思春期になり女子に興味を持ち始めた。
俺は小学校時代のトラウマから、逆に女子に興味を持つことはなかった。
それなのに、俺は呪いで見てしまう。
一度ついた悪評はなかなか払拭できなかった。
「なんか見られてる気がする」
「あいつ、こっち見てない?」
「うわ、鳥肌立った」
クラスの女子からは相変わらず敬遠されていた。
(理不尽すぎるだろ……)
できる限り直接視線を送らないように注意する日々。
休み時間は図書室。
昼食は屋上の隅。
放課後はすぐに帰宅。
今思えば、この頃の俺は必死すぎた。
本当に大切なものを見失っていたのかもしれない。
呪いと戦うことに夢中になって————
普通の友情や青春を犠牲にしていた。
でも、その時の俺にとっては、これが精一杯の生き方だったのだ。
そして、この特殊な能力が————
後に俺の運命を大きく変えることになるなんて、まだ知る由もなかった。
中学時代は結局、孤独なまま過ぎ去った。
高校に進学しても、状況は変わらないだろうと諦めていた。
だが、高校2年の春————
一人の少女との出会いが、すべてを変えることになる。
【次回予告】
視線の呪いを制御する術を身につけた桐人。しかし高校2年への進級は、彼の運命を大きく変える出会いをもたらす。剣道全国優勝の美少女・大宮さくらの登場により、桐人の日常は予想もしない方向へと動き始める――。第二章「高校2年進級 ボーイミーツガール?」
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
思春期の集団心理って怖いですね。次話では桐人が高校2年になりヒロインに出会います。
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https://kakuyomu.jp/works/16818792437807521095
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