春待つ、変人たち

あまりもの

⚘˖*

「変人だよね」

「男のくせに、肩まで髪あるし」

「なんか女っぽいし、マジで気持ち悪いんだけど」


――いつも通りの声。慣れているはずなのに、今日は少しだけ、しんどかった。

光希みつきは誰にも気づかれないように、学校の校門のそばにある花壇の前にしゃがみこみ、膝を抱えた。


小さいころから、かわいいものが好きだった。

リボン、人形、キラキラしたラメ。

名前だって、ちょっと女の子みたいな「光希」が気に入っていた。

髪をコテで巻いたり、アレンジしたりするのも、メイクに興味を持つのも、全部――“本当の自分”だった。


でも、高校生になったら、それは「異質」になった。

「変わってる」って言われて、笑われて、距離を置かれた。


「わかってる……どうせ僕は変人だよ……」

やけになって、花壇の小さな花をぷちりともぎ取ると、そのまま口に入れた。


苦くて、青臭くて、おいしくない。

でも、変人の自分には似合ってる気がした。

涙がにじみながら、それでも光希はゆっくり咀嚼する。


「……それ、おいしいの?」


突然、声がした。

見上げると、同じ学年章のついた制服を着た男子生徒が立っていた。別のクラスなのか見覚えは、ない。

だけど、胸についたネームバッジに、「山本」とだけ書かれていた。


光希は無視した。

けど、彼は軽く肩をすくめて、


「無視かよ。教えてくれてもいいじゃん」


と、まるで本気で知りたかったみたいな顔で言った。


そして、彼_山本も同じように花をぷちりともぎ取り、そのまま口に入れる。

もぐもぐ、と咀嚼したあと、喉を動かして、飲み込んだ。


次の瞬間、舌を出して顔をしかめる。

「……うえー、おいしくな」


「なにしてんだよ……変人のすることだよ、こんなの」

光希がぽつりと言うと、

「うん、変人どうし。おんなじだね」

そう言って、山本はほんの少し、口元をゆるめた。


そして「じゃあね」と手を軽く振りながら、光希に背を向けて歩いていった。


夕焼けの中、その背中がやけにあったかくて――

光希は、食べかけの花をそっと吐き出して、泣くのをやめた。


あの日から、罪悪感なのか、愛着なのか、よくわからない感情を胸に、光希は放課後の花壇に立つようになった。

水道から引いたホースで、毎日、花に水をやる。小さなつぼみがすこしずつ膨らんでいくのが、なんだか自分を慰めてくれているような気がした。


「お世話なんかしてぇ〜。育てて、また食べるの?」


声をかけてきたのは、山本だった。

光希は答えない。ただ水をやり続ける。

山本はそれを気にする風もなく、花壇のそばにしゃがんで、カサカサと動くカナヘビを夢中で見つめていた。

そんな調子で、ほとんど会話もない日々が続いた。


ある日、光希はいつものように花壇の前でホースを握りながら、ふと口を開いた。


「……花になりたかった」


ぽつり、誰に聞かせるでもない独り言。

でも隣には、いつも通り山本がいた。


「かわいいし、きれいだし。庭園で飾られれば、みんな写真とか撮って、“きれい”って言ってくれてさ。

その“きれいさ”には性別なんて関係ないし……

みんなが飽きる前に散ったり、枯れたりできる」


言葉が止まらなかった。


「それに……セックスなんてしなくても子孫を残せるし…、

人間みたいに、愛に執着したり、依存したりしなくていい…」


どこか遠くを見ながら、光希は吐き出すように続けた。

どうせ、聞いてないだろうと思っていた。別のクラスの奴だし、どうせ通りすがりだ。けれど――


「でも、鳥に食べられたりするじゃん?」


山本が静かに口を開いた。

光希は目を見開いて、驚いたがそんな様子も気にせず、山本はさらに続ける。


「花だからって、みんなが“きれい”って思うわけじゃないし。

庭園に咲ければいいけど、道端だったら踏まれる。犬にションベンかけられるかも」


「うっさいなあ……」と光希は小さくつぶやいたが、心の奥で(ああ、これ、まさに僕のことじゃん)と思った。

自分の「好き」は異質だと踏みにじられ、誰にも見つけてもらえない。踏まれて、汚されて、でも声も上げられない。


もうとっくに、自分は踏みにじられた花だったのかもしれない――

そんなことを思って、光希は小さくため息をついた。


すると、山本はぼそっと言った。


「ミツキ?」


名前を呼ばれて、光希はびくりと肩を揺らす。


「……なんで……僕の名前、知って……」


山本は首をかしげて、あっけらかんと答える。


「素敵な名前だなって、入学式の呼名の時に思ったから。ずっと覚えてたんだよ」


光希は言葉を失った。


「ミツキは、とっくに綺麗な花だね」

「だって、同じクラスじゃないのに、僕の目に止まってたんだもん――あ、いや、耳か〜」

山本がそう言って一人でふっと笑う。


なんだそれ、ばかみたい。

――なんだか今までのことが、全部ばかばかしく思えてきた。


もう水やりは終わったはずなのに、花壇の花に、ぽとりと水滴が落ちた。

それが水なのか、涙なのか、自分でもわからなかった。


でも、それでよかった。

花壇のつぼみが、春の気配に揺れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春待つ、変人たち あまりもの @m_u24

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画