第15話 千堂千尋は良いことを思いつく

 それから買い物は無事に終わった。俺の今日の夕飯は惣菜の唐揚げとサラダ、インスタントのお味噌汁である。我が家に電気ポットがあって良かった。


「時間も五時過ぎ……うん、良いくらいになりそうだな」

「だね。いつも一人だったからお買い物楽しかったよ」

「俺もだ」


 買い物袋を手に、千尋さんと二人で歩く。時折千尋さんがご近所に挨拶して、自然と俺も挨拶する形になりながら。


 何人目かと挨拶した後、千尋さんが笑った。


「今日一日で暁斗のこと、私のご近所さんに知れ渡ったね」

「そうだな。俺もこんなに人と挨拶したのは久しぶり……初めてかもしれない」

「ふふ……あ、でも次からは暁斗一人でも挨拶されるかも。そうなったらごめん」

「気にしないで。慣れてるから」


 前世もそうだった。に連れ出されて街の人々と挨拶していて……その後、買い物に行く時は一人の時によく話しかけられた。

 まさか今世でも同じことを――と笑みが零れながら、彼女が首を傾げてることに気づいた。


「慣れてる……?」

「あ、いや、その……ち、小さい頃。両親がご近所さんに挨拶する方で、学校からの帰りで挨拶されるとかあってな」

「そういうことね」


 危ない。気が緩んでた。前世の記憶が馴染んできてるせいか……今世と同じように感じる。いや、なんなら十年前の記憶より前世の五歳くらいの記憶の方が鮮明な気がする。

 なんにせよ、気をつけないと。


 そう自分に言い聞かせていると、千尋さんにじっと見つめられていることに気がついた。


「そういえば暁斗、一個聞きたいことあったんだけど」

「ん? なんだ?」


 一瞬の間が空く。聞くのを躊躇うように……けれど、それ以上の間は空かずに彼女が続けた。


「今日二人で遊んじゃったけど、暁斗って彼女とか……居る?」

「……何を聞かれるかと思ったんだけど。居ないよ。居たらこうやって異性と遊びに行かない」

「そ、そっか! 結構女の子の扱い慣れてるなって思ってたんだけど……ち、ちなみに今まで居たことはある?」

「いや、まず異性の友達すら……居なかったな」


 今世だと、と心の中で呟いておく。そうしないとに怒られてしまいそうだったから。いや、そのの魂は千尋さんの中にあるんだけども。

 そして、千尋さんは少し頬を赤くしていた。


「そ、そっか……そうなんだ」

「……ちなみに千尋さんは?」

「い、居ないよ! 居たこともないよ!」


 顔が赤くなっていることを気にしないようにするため聞いたのだが、もっと赤くなってしまった。


「お、男の子と二人で遊ぶのも今日が初めてだし!」

「……そ、そっか」

「うん!」


 顔を赤くしながらも笑顔で頷く千尋さん。自分の言ってることが分かっているのかいないのか……あんまり考え過ぎるとツボにはまってしまいそうだ。今はやめておこう。


 そうして話していると――彼女と一緒に居ると時間がすぐに経っていて。俺の家はもう目の前となっていた。


「……ぁ。もう着いちゃった」


 隣から独り言のような呟きが聞こえる。多分、千尋さんが言わなければ俺も言っていたと思う。それほどまでに、今日は早く感じた。


「明日も映画、観に行くもんな」

「……うん、そうだね。明日も暁斗と一緒に遊べる」


 今日は行けなかったから明日行く。カフェに行った時そう話した。

 だけど、それでも寂しく感じてしまうのに……理由は要らないか。


「千尋さん、今日はありがとう。服も選んでくれたのもそうだし、全部楽しかった。買い物なんていつも無心だったからな」

「わ、私も、楽しかった。すっごく」


 千尋さんの言葉に心が暖かくなる。楽しんでくれたなら良かった。

 凄く、凄く名残惜しいけども。


「それじゃあ――」


 ――また明日、という言葉は出なかった。彼女に遮られた。


「暁斗!」


 名前を呼ばれる。気がつかないうちに俯いてしまっていて、顔を上げれば――千尋さんと目が合った。


 見ない間に先程よりも顔が赤くなっていて、けれどそれ以上に瞳に視線が吸い寄せられた。

 その瞳は太陽のように、どこまでも明るく輝いていたから。


「……」


 少しの間目が合う。それから彼女は何かを決心したように小さく頷いた。


「瞳、悲しい色がおっきくなってる。……さっきまでは良くなってたのに」

「……ちょっと寂しいのかもしれないな。家だと一人だし」

「分かるよ。私も一人だし、一人だと嫌なこととか思い出して……寂しくなる。嫌だったことを思い出して眠れなくなる夜もある」

「……」


 言葉を発せられなかった。彼女が言ったことは全て俺にも当てはまっていたから。

 前世は本当に色んなことがあって、当然良いことばかりではなく……それどころか、最期は苦しい記憶で終わる。バッドエンドと呼ぶに相応しい終わり方だった。


 それでも前世の記憶を嫌な記憶と一蹴したくない。そう思っていても、前世の記憶を思い出す度に……楽しい記憶だったとしても、最期の記憶を思い出せば苦しくなる。

 それが辛くないかと聞かれれば……辛いと、そう言わざるを得なかった。

 どうすればが幸せになれたのか、それを考えない夜はない。


「私、良いこと思いついたの」

「……良いこと?」

「うん。簡単にストレスを軽減させる方法。……それで多分、私と暁斗にぴったりの方法」


 千尋さんがそう言いながら近づいてくる。自然と俺も下がって……家の敷地内へ入ってしまう。

 それでも千尋さんは止まらない。気づけば玄関の扉が背中に当たっていた。


「ち、千尋さん?」

「暁斗は知ってる? ストレスを軽減させる方法。二人で出来るの」

「い、色々ありそうだけど」


 それこそ映画とか……いや、一人でも観ることは出来る。それならなんだろうか。対戦式のゲームとか――


「ハグ」

「え?」


 予想だにしていなかった言葉に間の抜けた声が漏れる。けれど、千尋さんは止まらない。止まってくれない。

 もっと千尋さんが近づいてきて――以前瞳を観られた時と同じくらい近づいてきていた。


「ハグってリラックス効果とか、ストレスを軽減させる効果があるらしいの。一人暮らしをしてる私達にぴったりだと思って」


 千尋さんはそう言って、俺が返事をするよりも先に体をくっつけてきていた。


 その瞳は明るく――爛々と輝いていた。

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異世界でバッドエンドを迎えた執事と令嬢は現代日本に転生したようです 皐月陽龍 「他校の氷姫」2巻電撃文庫 1 @HIRYU05281

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