第14話 千堂千尋とお買い物デート

 一度家に帰り、荷物を玄関に置いてから近くのスーパーへ向かう。千尋さんもよく使うらしいが、そういえば近所で会ったことないな。


「私は時々見かけたけどね」

「そうだったのか?」

「うん。この辺住んでるんだなーってその時から気づいてたんだ」

「あ、それで知ってたのか」


 先週どうして俺の家がある方向が分かったのか今になって知る。あの時は考えることが多くて、疑問に思うことすらしなかった。


 それからスーパーへと向かったのだが――その途中のこと。


「あ、こんにちは! 藤沢さん!」

「あら、千尋ちゃん。こんにちは。今日は……あら? 男の子と一緒?」

「ど、どうも」


 道行く人……もちろん全員ではないが、結構な頻度で千尋さんが挨拶をしていた。凄く既視感のある光景である。


「はい! 藤沢さんはお買い物の帰りですか?」

「ええ、そうよ。千尋ちゃん達は?」

「私達もこれからお買い物です!」

「……! あらあらあらあら。そうなのね。かっこいい子捕まえたのね、千尋ちゃん」

「は、はい!」

「それじゃあ頑張ってね、また今度ね」


 繰り広げられる怒涛の会話。割り込む余地などなく、そのまま女性は去っていった。


「……なんか勘違いさせてたらごめん」

「う、ううん! わ、私こそ否定しなくてごめんね! 暁斗は気にしなくていいんだよ! ち、ちなみに今の人はご近所さんね。子供が今年十歳らしいの」

「それはめでたいな」


 というような会話がスーパーへ着くまでの間に一度ではなく、二度三度と繰り広げられた。


「それじゃあね、千尋ちゃん。困ったことがあったらいつでも相談していいからね」

「はい! ありがとうございます!」


 スーパーの前でそのやり取りがあった後、千尋さんが少し照れくさそうに俺を見た。


「え、えへへ。近所の人とは結構挨拶する方なんだ」

「……なんとなく、そんな気はしてた」

「え?」

「いや、なんでもない。良いと思う。一人暮らしなら色々助けられるだろうし」

「そうだね。ティッシュとかトイレットペーパーとか、消耗品を色々買いすぎちゃったって時々くれたりもするんだよ」


 前世の彼女も挨拶は欠かさなかった。それは貴族同士というだけでなく、街に住んでいる人々全員にそうだった。というか彼女の家はみんな珍しく、貴族以外の層。庶民にも好かれる貴族だった。

 その分、貴族に敵は多かったが――


「……また考え事?」

「あ、ごめん」

「いいよ、気にしないで。考えてる顔見てるの楽しいから」


 つい一人で考えてしまい、千尋さんが顔を覗き込んできて意識が引き戻される。

 そうして向けられた言葉も、からよく向けられたものだった。


「と、とりあえず行こうか」

「うん。今日は何が安いかな」


 引き戻された意識がまた沈まないよう気を引きしめ、それから俺は千尋さんとスーパーへ入る。


 カゴとカートを手に、千尋さんが最初に向かったのは青果コーナー。その中でも果物のコーナーである。


「……うーん」

「果物、何か買いたいのあるのか?」

「買いたい気持ちはあるんだけど、果物って高いんだよね。買うとしてもバナナくらいかな。そろそろ梨も旬だけど、切るのがね」

「あ、そっか」


 切る必要がないのはバナナや……今は旬じゃないが、ミカンとブドウとかになるか。

 その時ふと、とある考えを思いついた。


「俺が切ろうか?」

「……え?」

「多分、家はそんなに遠くない……よな?」

「う、うん。暁斗の家から歩いて十分くらい」

「それなら大丈夫だな。皮剥いて切るくらいなら俺でも出来るし。…あかと、そうだな。リンゴとか梨も結構値段張るし、半分こにして折半とか。どうだ?」

「いいの?」

「もちろん。あ、でも半分じゃなくて一個食べたいとかあったらそれで全然大丈夫だ」


 つい提案してしまったものの、余計なことを言ってしまったなと反省し……けれど、千尋さんはぶんぶんと勢いよく首を横に振った。


「私も一個丸々は食べないよ。……暁斗が良かったら、時々お願いしたいな。半分こでもお金は私が出すから」

「いや、それはさすがに……」

「ごめん、暁斗。でもここだけは譲れない」


 折半で、という言葉は遮られる。千尋さんはこちらをじっと見つめ、真面目な表情をしていた。


「私、小さい頃から刃物が怖くて、……いつか怖くなくなるって思ってたんだけど、どんどん怖くなってね。今は尖ったものも少し怖いの」

「……そう、なんだ」

「うん。それでね、私小さい頃から果物全般好きで……昔はお母さんが切ってくれてたんだけど、からなくなって」


 千尋さんが刃物が怖いということは聞いていたが、ここで母親の話が出てくるとは思わず身構えてしまう。


「一人暮らしになって……っていうか、お母さん達が出ていって、一人になって。もう果物を食べる機会はないかもって思ってたから」

「……出ていった?」


 その言葉を見過ごすことは出来なくて、千尋さんが一つ小さく頷いた。


「うん。正確に言うと、私も着いていくか聞かれたんだけど……断った。それで、一人暮らしを始めたの」

「……なるほど」


 親との仲はそこまで良くなさそうだったが……出ていった両親のことが気になるけど、気軽に聞いていいことじゃない。

 何を言えば良いのか分からなくなり……千尋さんが声を抑えた。


「あとね、あんまりこれは人に言わないんだけど……私のお家、お金だけはあるの。どうにか金銭感覚が狂わないように頑張ってるけど、お母さんはもうとっくに狂っちゃってて……この話はいっか」


 珍しく、その表情が苦笑い……それも、自嘲するようなものに変わる。

 けれどそれは一瞬のことで、千尋さんはすぐに笑顔になった。


「たまに果物を食べるくらいの贅沢なら良いかなって思ってね。だから、お金は私が出したい。本当に嬉しいから、お礼として受け取ってほしい」

「……分かった」


 言葉を飲み込み、頷く。ここで拒否すると、多分千尋さんは俺に頼まなくなるかもしれないと思って。

 それはそれとして。


「でも、お金に関する話はこれで最後にしよう。今日の洋服の時もそうだけど、今の話を聞いたら……これから俺がお金目当てに千尋さんに近づく、みたいな感じになるかもしれないし」

「暁斗はそんなことしない」

「……ありがとう。もちろん俺もしないつもりだけど、今のうちに言っておきたかったから」


 千尋さんも俺も気軽にお金のやり取りはしないだろうけど、ここで伝えておきたかった。


「その方がお互い安心できると思って」

「言いたいことは分かる、けど……ううん、分かった。暁斗がそう言うなら」

「ありがとう」

「……お礼を言うのは私の方だと思うんだけどな?」


 千尋さんの言葉に笑って、彼女が手にしていたバナナを一房取り上げてカゴに入れる。


「それじゃあ旬になったら梨とかリンゴとか……まあ、別に果物だけじゃなくて野菜も切って渡していいし」

「……サラッと言ってくれるね?」

「手間じゃないからな」


 ふと思って言葉を付け足せば、千尋さんがまた驚いた顔をする。それから、ふっと息を吐くように笑った。


「ありがと、暁斗。……私はどうやってお礼すればいいのかな」

「果物はお金、出してくれるって言ってたし。俺は千尋さんが楽しく毎日過ごせていたらそれでしあわ……と、友達が楽しそうだったら俺も嬉しくなるからな」


 途中から言っていることが少し危うくなり、慌てて言葉を付け足す。千尋さんは少しきょとんとした後、笑顔で頷いた。


「暁斗がそう言うなら。……友達暁斗がもっと喜ぶ顔見たいし、私も頑張るね」

「そ、そこを頑張るのはほどほどで良いんだけども」


 千尋さんがクスリと笑って、それからカートを押す俺の隣を歩く。



 それから千尋さんがやけに何かを考え込むようになったが――触らぬ神に祟りなし、と自分に言い聞かせることにした。

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