歩道橋の看板
@l0_30e1
歩道橋の看板
仕事のついでに立ち寄った地元の駅前は,記憶より寂して,どこか窮屈に感じられた.懐かしさをもとめるように,小学生のころ通った通学路を辿ってみる.細く長った住宅街を抜け,二車線の道路沿いに,一軒家が変わらずに立ち並んでいる.
十数分歩くと,歩道橋が視界に入った.
転落防止策は以前よりも錆び付き,看板の多くは新しくなっていた.
けれど,その中にひとつだけ,色あせたプラ板の看板が残っていた.青色のインクが落ち,「交通路」とだけ,かろうじて読める文字.その下には,子どもたちが書いた手書きの絵が張られている.
小学校の地域学習で描かされた交通安全の絵.
選ばれると,その歩道に一年間掲示される.
当時,絵が選ばれた子は,次の日,ほんの少し特別になれた.
足は,自然と歩道橋へと向かっていた.
胸の奥が,静かに熱くなる.
階段を上り切り,看板の前に立つ.
そっと手を伸ばす.プラ版の表面はざらつき,角はわずかにかけていた.指先にうっすらと黒い汚れがついた.
その絵は,もう僕の描いたものではなかった.
けれど,たしかに,ここには僕たちの時間が残っていた.
手の汚れを拭くこともせず,階段をゆっくりと降りる.
僕は,学校とは反対の駅の方へと向かっていた.
もう,それは必要ないとき気づいたから.
歩道橋の看板 @l0_30e1
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